陽転思考の達人 過去と現在の賢人たちに学ぶ実践的アクティブ・ブレインの生き方 -18ページ目

陽転思考の達人 過去と現在の賢人たちに学ぶ実践的アクティブ・ブレインの生き方

記憶術×陽転思考の<a href="http://www.oda-abs.com">アクティブ・ブレイン・セミナー</a>を受講した方限定のメルマガ「ウィークリーコンパス」の中から「陽転思考の達人」のみを抜粋し公開しています。

●あえてハードルを上げて挑戦する

先回紹介したように孫正義はアメリカの高校を飛び級で進級し、さらに卒業前でも大学を受験する資格の取得に挑戦しています。

「検定試験は1日2科目、3日間にわたって行われた。孫は配られた問題を見て愕然となった。日本とはまるっきり違う。机の上にドサッと問題が置かれた。
ふつうの学生なら、この量だけでもおじけづくだろう。枚数だけで数十ページもある」(『志高く 孫正義正伝』)

それはアメリカ人が受ける試験と同じもので、問題の難しさ以上に孫には語学上の大きなハンデがありました。
それで孫は試験官に辞書の使用と時間の延長を申し出ます。試験官としては当然そんな突然の例外措置を認めることはできません。
普通の人なら、そこで諦めてしまうことでしょう。いや、そもそもそういう要求をすることさえしないかもしれません。

しかし孫は自ら職員室に赴き、直談判を始めます。
もとより「国語」としての読解力は問われても、英語力を試す試験ではありません。英語の単語を知っているかどうかではなく、真の学力や思考力を評価すべきである
ーーおそらくそんな感じのことを、職員室の教員たちに向かって堂々と主張したのでしょう。

そしてその言葉は、フェアであることを重視するアメリカ人の心を動かしたのです。
教育委員会に電話で確認すると、その電話先の相手にも孫の熱意は伝わり、ついに特例が許可されたのでした。

スティーブ・ジョブズと同じように、孫もプレゼンの巧みさには定評がありますが、その能力は既にこの時にも発揮されていたようです。
既存の制度に熱意と理論で立ち向かい、なんとかして改革させてしまうということも、やはりこの頃から培われてきたのでしょう。

一般の学生が午後3時で試験を終えて帰るなか、孫はなんと3日間続けて深夜に至るまで朦朧(もうろう)とする頭で問題と格闘します。そして見事、合格を勝ち取ったのです。

その結果、何もアピールせずに状況をそのまま受け入れていたら3年かかるところを、ハードルを一気に上げて挑戦することで、孫のアメリカでの高校生活はたった3週間で終わることになるのです。

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●シュートを放たずに点を取れる事は滅多にない

ソフトバンク創業者・孫正義は高校時代、語学研修のためアメリカに短期留学しています。
そこで見た世界のスケールの大きさに衝撃を受けた孫は、日本の進学校を中退して単身でアメリカに渡り、現地の高校に入り直します。1974年、まだ16歳でした。
高校を中退することに反対する親戚に対して、孫は次のように語っています。

「自分は韓国籍だから、大学を出ても日本では認めてもらえない。(中略)アメリカで結果を出せば評価される」(『志高く 孫正義正伝』)

孫は在日韓国人二世(現在は日本に帰化)でした。アメリカにいても、そして日本にいても「異邦人」という意識があったがゆえに、逆に初めから「世界」に目を向けることができたのかもしれません。

孫は4年制の高校に2年生(日本の高校1年に相当)として編入します。
もちまえの国際感覚もあって環境になじむのにそれほど時間はかからなかったようです。しかし授業内容や周囲の志の低さ(子供っぽさ)には落胆していました。

孫は校長に「すぐに3年に進級させてほしい」と談判します。理由を問われると「一刻も早く大学に進みたいから」と答えています。
控えめな日本人らしからぬ孫の強引とも思える要望に驚きつつ、校長はそれを受け入れます。成績レベルが高かったということもあったでしょうが、それ以上に、彼の意志の強さに校長が折れたのかもしれません。
そして、その校長の判断は正しかったということがすぐに証明されます。

翌日から突然3年生になった孫は、周囲の人が驚くほど猛勉強に打ち込みます。それを見た校長は、実力主義のアメリカ人らしい判断で、なんと孫をさらに4年生へと進級させるのです。
しかし孫は驚くべきことに、さらにその上を目指します。なんと高校在学中に大学受験の資格を得るための検定試験にチャレンジしたのです。

「シュートを放たずに点を取れる事は、滅多にない。人生も」(ツイッター@masason 2010.6.29)

とにかく何でも挑戦してみる。挑戦もせずに無理だと決めつけることはしない。こうして自ら次々とハードルを上げて行く孫の姿勢は、50歳を過ぎ、超一流企業を育て上げた今も全く変わらずに続いています。

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●「ほら吹き」となっても「嘘つき」になってはいけない

カリフォルニア大学バークレー校を卒業したばかりの孫正義は、1981年、日本に帰国してすぐにパソコン関連事業の会社「ユニソン・ワールド」を起業します。
孫の他に社員はアルバイトも含めてたったの2人でした。

「トタン屋根の会社。そこにリンゴ箱の演台をこしらえる。その上に立って、社員とアルバイトのふたりに熱っぽく語った。
『売上高は5年で100億、10年で500億。いずれは豆腐のように、一丁(兆)、二丁(兆)と数えたい』 ふたりの従業員は黙って聞いていた。
だが、毎日聞かされたのではたまらない。まもなく、社員もアルバイトも去った。(『志高く 孫正義正伝』)

そのユニソン・ワールドこそ、現在のソフトバンクの前身となる会社でした。
ソフトバンクの売上高は、リンゴ箱の上で孫が語ったように、すでに兆のレベルに達しています。
まさしく「夢は叶う。心に強く願ったことは実現する」ということを証明するかのような人生です。

しかし当時の現実からはあまりにかけ離れていて途方もないような夢。普通に考えれば、ただの「大ぼら吹き」か、どうしようもない「大嘘つき」に見えたでしょう。
もう少し現実的な目標であったならば、社員も去っていくことはなかったのかもしれません。
しかし孫は「ほら吹き」になる可能性はあっても、決して「嘘つき」ではありませんでした。「ほら吹き」と「嘘つき」の違いについて、彼は次のように語っています。

「ほら吹きと嘘つきは、似て非なるものである。常人では信じられない程の夢や志を語り、万が一達成出来ない時それは、ほら吹き。
しかし、そこには夢や志がある。明るい願望がある。現実を見れない阿呆かもしれないが、前進の可能性がある」(『孫正義名語録 情熱篇』より)

その壮大な夢が実現可能であるということを孫は確信していたでしょう。なぜならばすでに先駆けてその道を行きつつある2人の若者を見ていたからです。
ビル・ゲイツとスティーブ・ジョブズ。孫より2歳年上の2人は、その頃すでにそれぞれマイクロソフトとアップルを立ち上げ、IT業界に大旋風を巻き起こしていました。
孫は、その2人ともずっと親しく交流を続けています。

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●スピード・決断力・勇気・大胆・チャレンジ精神

孫正義。日本長者番付トップ3の常連。自ら起業し一代で築き上げたソフトバンク(株)は、時価総額でトヨタに次ぐ第2位にまで上りつめました。
3位以下には、大手銀行をはじめ日本有数の伝統ある一流企業が名を連ねています。そこにはライバルのNTTドコモやKDDIの名前も見られます。
ソフトバンクがボーダフォンを買収して携帯電話事業を立ち上げたのは2006年のこと。その時ドコモは雲の上のような存在でした。

孫は、先回取り上げたスティーブ・ジョブズとも交流がありました。ジョブズの死を、その翌日のツイッターで次のように悼んでいます。

「とても悲しい。スティーブ・ジョブズは、芸術とテクノロジーを両立させた正に現代の天才だった。数百年後の人々は、彼とレオナルド・ダ・ヴィンチを並び称する事であろう。彼の偉業は、永遠に輝き続ける」
(ツイッター @masason 2011.10.6

ほぼ同世代。同じIT業界で、同じように夢を追いかけ、時代を切り開いてきた同志への気持ちが表れています。
ジョブズが息を引き取る前日も、孫はアメリカのアップル本社で同社CEOのティム・クックと打ち合わせをしていました。

アップルの大ヒット商品iPhoneは、日本では当初ソフトバンクが独占的に取り扱っていましたが、それを可能にしたのは、孫とジョブズのビジネス上の信頼関係と共に、個人的な友情もあったでしょう。
iPhoneの独占販売により、ソフトバンクは後発でありながら会員数を飛躍的に伸ばしてきました。

経営判断のスピードや決断力、勇気、大胆さ、そしてチャレンジ精神において、孫は決してジョブズに引けをとらないでしょう。
慎重派の人からは、強引だったり無謀に見えたりするのも似ています。その無謀な夢と思えることにも挑戦して、結果的にそれを実現してしまうというところも共通しています。

なぜそれができたのか。能力があったから、というのも一つの答えでしょう。
しかしそれ以上に決定的な要素は「実現するまであきらめない」という目標に向かい続ける心と、それを支える希望的・楽天的な感性です。
そういった意味では、2人の最も似ているところは、どちらも「陽転思考の達人」であったというところかもしれません。

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●Stay hungry. Stay foolish.

2005年6月12日、スティーブ・ジョブズは、スタンフォード大学卒業式において、「伝説のスピーチ」として語り継がれることになる有名な講演を行っています。ガン宣告から約2年後のことでした。

本シリーズでもいくつかそのメッセージ内容を引用してきましたが、「スティーブ・ジョブズ スピーチ」で検索すると、今でも実際の動画(日本語訳付)を見ることができます。
名門大学を巣立っていく学生たちに向かって、ジョブズは「自分が生きてきた経験から、3つの話をさせてください。たいしたことではない。たった3つです」というような感じで静かに語り始めます。

わずか14分間の短いスピーチの中には示唆に富んだ内容が凝縮されています。その最後を締め括る言葉は、いかにもジョブズの生き方を象徴するかのようなものでした。
それは「Stay hungry. Stay foolish.」。普通に訳せば「ハングリーなままであれ、愚かなままであれ」というような意味になるでしょう。
元は、ジョブズが20代前半に読んだ「全地球カタログ」という本に記されていた言葉のようです。

「70年代半ばで、私はちょうどあなた方と同じ年頃でした。(全地球カタログの)背表紙には早朝の田舎道の写真。あなたが冒険好きなら、ヒッチハイクをする時に目にするような風景です。
その写真の下には「ハングリーなままであれ。愚かなままであれ」と書いてありました。著者の別れの挨拶でした。ハングリーであれ。愚か者であれ。私自身、いつもそうありたいと思っています。
そして今、卒業して新たな人生を踏み出すあなた方にもそうあってほしい」(『スタンフォード大卒業式でのスピーチ』(2005年6月)より)

「Stay hungry. Stay foolish.」――この言葉に、ジョブズはどんな気持ちを込めたのでしょう。
とくにStay foolishをどう解釈すべきか、悩むところです。
ジョブズ自身は、あえて詳しい説明をしていません。聞く者の心に委ねられています。ようするに「自分で考えてほしい」ということなのでしょう。

「愚か者になることを恐れるな」とも、「周囲から愚か者に思われても自分の信念を貫け」とも、あるいは「良い人ぶるな」「分かったふりをするな」という解釈もできるでしょう。

前後の文脈と、ジョブズの生き様を踏まえたうえで、陽転思考的には次のような解釈も候補として挙げたいと思います。
「いつも夢を渇望し、夢に向かえ。情熱的に、愚か者と思われるほどに」

陽転思考の達人「スティーブ・ジョブズ」は今回が最終回です。
次回からは、スティーブ・ジョブズとも交流があった「孫正義」をお送りいたします。
お楽しみに☆

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 『スティーブ・ジョブズ I
 『スティーブ・ジョブズ II
  ウォルター・アイザックソン著
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