先回に引き続き、スティーブ・ジョブズがもっていた類まれな自己肯定感について考えてみましょう。
ジョブズは大学をたった半年で中退しています。
大学生活を続ける友人とドロップアウトしてしまった自分とを比べて、多少なりとも挫折感や焦燥感にさいなまれそうなものですが、ジョブズには全くそうしたところは見られません。
「両親が一生かけて蓄えたお金をひたすら浪費しているだけでした。私は退学を決めました。何とかなると思ったのです。
多少は迷いましたが、今振り返ると自分が人生で下した最も正しい判断だったと思います。退学を決めたことで興味もない授業を受ける必要がなくなったからです」
(『スタンフォード大卒業式でのスピーチ』(2005年6月)より)
「多少は迷った」とあるように、それなりに不安もあったのでしょう。
しかし悩んだ末、一度決心して行動に移したからには、その状況を受容・肯定し、そこから再スタートするというのがジョブズのやり方でした。
そしてそれはいつの場合も最善の策となります。次につながる反省であれば有益ですが、ただくよくよと後悔するのは何の役にも立たないものです。
自分を責めるのも、他人を責めるのも、不運を呪うのも、何ひとつ良いことはありません。かえって状況を悪化させ、対策を遅らせるだけです。
ジョブズの退学の理由としては、経済的な事情もあったようにも受け止められがちですが、前述のスピーチをよく読むと、それは本質的な問題ではないということが分かります。
「お金がなかったから退学せざるを得なかった」というような受動的あるいは被害者意識ではなく、むしろ自分にとっていま何が大切かということを熟考したうえで、ジョブズは主体的に退学を決意しています。
些細なニュアンスの違いのように見えて、ここには価値観や人生観の大きな違いがあります。
退学したあとも、ジョブズはカリグラフィー(書法)など興味のある授業には出席しています。そこでジョブズは、「科学ではとらえきれない伝統的で芸術的な文字の世界のとりこになった」と語っています。
「もちろん当時は、これがいずれ何かの役に立つとは考えもしなかった。ところが10年後、最初のマッキントッシュを設計していたとき、カリグラフの知識が急によみがえってきたのです。
そして、その知識をすべて、マックに注ぎ込みました。美しいフォントを持つ最初のコンピューターの誕生です。もし大学であの講義がなかったら、
マックには多様なフォントや字間調整機能も入っていなかったでしょう」(同)
退学ということを前向きに戦略的にとらえることができたからこそ、そこで新たな知識を吸収しようという意欲も出てきて前進することができたのです。
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□書籍のご紹介
『スティーブ・ジョブズ I』
『スティーブ・ジョブズ II』
ウォルター・アイザックソン著
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