学ぶ喜びの伝道師 有本満恵の今日もチャレンジ!! -4ページ目

学ぶ喜びの伝道師 有本満恵の今日もチャレンジ!!

毎日を楽しく幸せに暮らしていきたいな

喜多川泰先生の待望の新刊 「スタートライン」ぜひ、若い人にこそ読んで欲しい、そんな一冊です。


ただ、若くない私にも(笑)得るものがたくさんありました(^.^)


喜多川さんはこの本のあとがきでこのようなことをおっしゃっています。


僕が読書をするときにいつも心がけていることがあります。


自分にとっての本の価値は、その本を読んだあとに、何を成し遂げたかで決まるということです。


世の中には、心を動かされる本がたくさんあります。


そして、そういう本との出会いは、いつも最高のタイミングで訪れます。


だからこそ、「感動した」「いい本だった」で終わりにせずに、その本と出会うことによって


「一歩踏み出しだ」「新しいことを始めるきっかけになった」と言えるよう、実際に行動することも


読書の一部です。


そうやって行動を始めた先に、「あの本と出会ったからこそ今の自分がある」といえる日が


かならずやってくる。


その日のために一冊の本と出会うのです。


感動しただけで終わらせない、行動に結びつける


この本を読んで、爽やかな風を感じるとともに


その風に乗って一歩踏み出そうと決心させてくれる本。


行動しないで後悔したまま死んでいくのだけはいやだと思います。


おそらく、アニキ塾での課題だった 自分にあてた「弔辞」を書いていく中で自分の死に直面して


徐々にその後の行動が変わってきたこともあると思います。


人生って長くてたった100年しかありません。


そのとき、何ももっていけない。


なら失敗しても思いっきりやりたいことをやって悔いを残さずに死んで行きたい


そう思うようになりました。



あなたの行動を変える、そんなお勧めの一冊です。



自分が成長したいと思うなら 結果に対して言い訳をするな!


これは昨日読んだ本でも習慣にすべきことだとありましたが


以前読んだ、ひすいこたろうさんのメルマガにも


成功する人の条件はいろいろあってこれがそうと言えないけれど


失敗する人の条件は 結果に対して言い訳をする人 という共通点があるそうです。


そう考えると、私は普段教えるという職業ですが


なかなかやる気を出さない生徒に対して、やる気がないから・・・・と


これも言い訳をしているのですね。


あれこれ理由をつけて、結果が出ない人に対して、責任を押し付けている・・・・


私の技術不足で学べなかったのかもしれません。


早稲田大学教授の 向後千春先生がこんなことをおっしゃっています。



学ぶ人が学んでいなければ、教える人は「教えた」とはいえないという


「学者検証の原則」を受け入れると、学ぶ人がいい結果を出せないのは


学ぶ人の責任ではなく、教える人の責任である



私は今までいろいろな言い訳を使っていたのだなと、思いました。


学ぶ人にやる気がないなら、やる気を起こさせるところから教える


目的意識をしっかり持ってもらう


学ぶ人にやる気がないならやる気を起こさせるのも教える側の責任であり、仕事である


そう考えると、もっと授業を工夫する努力が必要ですね。



そう考えただけでも、色々ななアイデアが浮かんできます。


やはり、結果に言い訳をしない姿勢がとても大切なようです。




世界的なコンサルタントであるディック・ライルズ氏による、フィクション仕立ての本でとても簡単に


そして分かりやすく書いてあります。


例の使い方も絶妙で、胸にすとんと落ちていきます。


ある夫婦で妻のジェニファーは昇進していく、一方夫であるアルバートは昇進しない。


このことでアルバートは悩んでいる。


そんな時、家の隣の女性に紹介された人物にいろいろなことを教えてもらうという内容です。


この本の中で習慣ということの大切さと習慣にしていくためには、日記に書き留めて振返る必要が


あるということがよく理解できました。


あることを習慣にしようと決める


そしたら、その決めた習慣に対してその習慣にもとずいて行動することを選んだか、


あるいは違う行動をしたかを記録をしていく。


そして翌日はこういうふうにやってみようと思うことを書いておく。


翌日自分がやるといったことをやったかどうかをチェックする。



たとえば習慣の一つのこと


私も習慣にしたくて、手帳を活用していますが


この決めた習慣を振返るって事をあまりしないなかったなぁ。


習慣にしたいことを書き出すだけでかなり続けられるけど


習慣を応用したかどうか、しようと思えばできたのにしなかったかをすべて書き出し


翌日にこうしようと思うことを書いていく。


このほうがもっと、確実に習慣化されていくね、きっと。


明日から、この方法で習慣を絞り込み振返りの時間を入れることにしよう。


4つのうち、こんな習慣もあるんだって思ったのは


「結果に対して言い訳をするな!」


今までだと、ああ、そうだよなぁと納得はしても習慣にしようと思わなかった。


よし、1月後の私が楽しみになってきた~!



昨日は、大好きな作家である喜多川泰先生の親学塾の2回目でした。


一回目もとても素晴らしかったです。

その内容はここで確認してみてください。

http://ameblo.jp/active16/theme-10057277136.html


今回は2回目で「視点を学ぶ」


楽しい=笑える ということは違うということのお話でした。


人は10歳ぐらい、つ がつかない年齢になると今の自分に必要なものを考えるようになり

笑えるものが少なくなってくる。


そうするとテレビをみることを選択してしまう。それでも笑えない時は喜ばしてもらえることに


お金を支払うようになる。


でも 楽しい=笑える  これが間違っていて


楽しいこととは何かに本気で取り組んだときはじめて楽しいことになる


【事実は一つ、解釈は無限】


一番大切なことってなんなのか


これは、高校生の先生の例を使って話されました。


たとえば高校生がコンビニの前でたむろしている


それをみた近所の人が学校に電話をする


そうしたら学校の先生に伝わり、朝礼で


「誰かコンビニの前にたむろしている人がいるだろ、迷惑かけるな!」


という、注意事項があった場合、生徒達は果たして素直に聞けるだろうか。


でもこういえばどうだろう


「コンビニで高校生がたむろしている中に一人入っていく気持ちって分かるかな。


中学の部活の帰りにお母さんが豆腐忘れてから買ってきてとメールが入った。


コンビニに行くと高校生がたむろしている。


なんか言われそうで怖いなぁと恐る恐るそばを通るとすぐ後でくすくす笑い・・・


自分のことを笑われていると感じる そんな経験って誰にでもあるよね。


みんな、そのときどんな気持ちだった?


じゃあ、どうすればいいかな?」


こういう風に話せば学生達にも理解してもらいやすい。


結局、先生は自分の責任になるのがいやだと、大切なことがすり替わってしまう事になる。


選択する猶予を与えることも大切。最初に頭に浮かんだことをまず疑ってみよう。


ルールには理由がある、それを分かってもらうのはどうすればいいか。


「一番大切なことは一番大切なことを一番大切にすることです」


この言葉を教えていただきました。


【学びの場のはず】


クレームにより 得るもの と 失う ものがある。


たとえば家族で美味しいものを食べようと飲食店で うどんを注文した場合

でてきたうどんがお箸でもてないぐらい延びきっている・・・


そんな場合、 どうしてこんなまずいうどんが出せるんだって


まず 怒りが湧いてくる。


そしてクレームを言いたくなる このときに考えてみよう


得るもの →  クレームによって作りたてのうどんが出てくる


失うもの →  子供の前でクレームを言った場合、子供はもしかしたら将来うどん屋になるのは

          やめとこうと考えるかもしれない・・


そう考えたら、 怒りから言っているのか、優しさから言っているのかと考えて


怒りが優しさに変われば言ってもいい


そんな視点もある


では視点を変える為にはどうすればいいか


本を読む 人と出会う  非日常と出逢う(旅など)


そして、本当に大切なことは出逢って、それを受け入れること


受け入れないとそれは学びにならない。


【可能性の種は言葉】


喜多川泰さんのお父さんの言葉


「人は誰でも種をまいて生きているんだ


どうせまくなら後からみるのが楽しみになるたねを蒔けばいい」


言葉は自分の可能性を開いてくれる


まだ見ぬ、可能性を発見するために生きている


【合意しますか】


誰かにいわれた言葉を自分のことだと思ってしまっていませんか?


たとえば、誰かに「あなたって雑な人間だね」って言われたとしましょう


この言葉、受け取らなくていい


合意しなくてもいい


合意する必要がないのに子供も親でもほとんどの人が受け取ってしまう。


すべて合意する必要などない



そして最後に喜多川さんは すべての物事は偶然ではなく、必然にやってきている


という話をされました。


私は最近、この言葉を聞くことが本当に多いのです。


本から、また8月に行った尾崎里美さんのセミナーでもおっしゃっていました。


私はこの言葉を最近受け入れることができるようになってきました。


必然で物事がやってくると受け入れた場合


ある出来事があれば、このことから自分は何を学べるだろうと考えることができます。


「これって何を自分に教えるためにおこっているのだろう」


こう考えて乗り越えたとき、成長があるのだなぁと思えます。


昨日もたくさんの学びを、気づきをいただきました。


ありがとうございます。








9月になって、やっと涼しくなってきましたね。


8月は、とても充実した月になりましたが、


出張が多く、なかなかブログを更新できませんでした。


8月27日は、「アニキ塾」があり


一月前の宿題が


自分にあてた「弔辞」を書くこと。



死んだ自分を前にして、自分にあてた弔辞を書く。


誰でもやろうと思ったら書けるけど、なかなか書かないよね。


今回宿題ということで書くことになりました。



いざ書いてみると今までの自分を振返り、またこれからどんな生き方を


していけばいいか、どんな生き方をしたら後悔しない生き方ができるのだろう。


自分の本当に求める、自分が幸せだと思える生き方ってどんな生き方だろう


と、真剣に考えました。


書いていると、最初の記憶、今までの嬉しかったこと、楽しかったこと、悲しかっ


たこと、辛かったこと、苦しかったことが次々と浮かんできました。



そしてそれを乗り越え、そして成長してきた自分が見えてきました。


そして、これからどんな生き方をしていきたいのかということを見つめなおして


いきます。


これをみんなの前で発表するのです。



他の仲間の発表を聞いて、ものすごく仲間の意識が強くなりました。


誰も皆、愛おしいという気持ち、尊敬する気持ちになります。


人は誰でも多くの経験から成長しているのだと改めて感じました。


自分の目からみた人生を語っているのを聞くことはとても感動することでした。


アニキは これを書いた時点でもうこの弔辞を書くことの効果は十分であると


おっしゃっていたので、人に話してみる必要はありません。


この、自分の死を前にして弔辞を書いてみる。


ぜひ、書いてみてください。気づきがあると思います。