喜多川泰さん 親学塾(しんがくじゅく)2回目 | 学ぶ喜びの伝道師 有本満恵の今日もチャレンジ!!

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昨日は、大好きな作家である喜多川泰先生の親学塾の2回目でした。


一回目もとても素晴らしかったです。

その内容はここで確認してみてください。

http://ameblo.jp/active16/theme-10057277136.html


今回は2回目で「視点を学ぶ」


楽しい=笑える ということは違うということのお話でした。


人は10歳ぐらい、つ がつかない年齢になると今の自分に必要なものを考えるようになり

笑えるものが少なくなってくる。


そうするとテレビをみることを選択してしまう。それでも笑えない時は喜ばしてもらえることに


お金を支払うようになる。


でも 楽しい=笑える  これが間違っていて


楽しいこととは何かに本気で取り組んだときはじめて楽しいことになる


【事実は一つ、解釈は無限】


一番大切なことってなんなのか


これは、高校生の先生の例を使って話されました。


たとえば高校生がコンビニの前でたむろしている


それをみた近所の人が学校に電話をする


そうしたら学校の先生に伝わり、朝礼で


「誰かコンビニの前にたむろしている人がいるだろ、迷惑かけるな!」


という、注意事項があった場合、生徒達は果たして素直に聞けるだろうか。


でもこういえばどうだろう


「コンビニで高校生がたむろしている中に一人入っていく気持ちって分かるかな。


中学の部活の帰りにお母さんが豆腐忘れてから買ってきてとメールが入った。


コンビニに行くと高校生がたむろしている。


なんか言われそうで怖いなぁと恐る恐るそばを通るとすぐ後でくすくす笑い・・・


自分のことを笑われていると感じる そんな経験って誰にでもあるよね。


みんな、そのときどんな気持ちだった?


じゃあ、どうすればいいかな?」


こういう風に話せば学生達にも理解してもらいやすい。


結局、先生は自分の責任になるのがいやだと、大切なことがすり替わってしまう事になる。


選択する猶予を与えることも大切。最初に頭に浮かんだことをまず疑ってみよう。


ルールには理由がある、それを分かってもらうのはどうすればいいか。


「一番大切なことは一番大切なことを一番大切にすることです」


この言葉を教えていただきました。


【学びの場のはず】


クレームにより 得るもの と 失う ものがある。


たとえば家族で美味しいものを食べようと飲食店で うどんを注文した場合

でてきたうどんがお箸でもてないぐらい延びきっている・・・


そんな場合、 どうしてこんなまずいうどんが出せるんだって


まず 怒りが湧いてくる。


そしてクレームを言いたくなる このときに考えてみよう


得るもの →  クレームによって作りたてのうどんが出てくる


失うもの →  子供の前でクレームを言った場合、子供はもしかしたら将来うどん屋になるのは

          やめとこうと考えるかもしれない・・


そう考えたら、 怒りから言っているのか、優しさから言っているのかと考えて


怒りが優しさに変われば言ってもいい


そんな視点もある


では視点を変える為にはどうすればいいか


本を読む 人と出会う  非日常と出逢う(旅など)


そして、本当に大切なことは出逢って、それを受け入れること


受け入れないとそれは学びにならない。


【可能性の種は言葉】


喜多川泰さんのお父さんの言葉


「人は誰でも種をまいて生きているんだ


どうせまくなら後からみるのが楽しみになるたねを蒔けばいい」


言葉は自分の可能性を開いてくれる


まだ見ぬ、可能性を発見するために生きている


【合意しますか】


誰かにいわれた言葉を自分のことだと思ってしまっていませんか?


たとえば、誰かに「あなたって雑な人間だね」って言われたとしましょう


この言葉、受け取らなくていい


合意しなくてもいい


合意する必要がないのに子供も親でもほとんどの人が受け取ってしまう。


すべて合意する必要などない



そして最後に喜多川さんは すべての物事は偶然ではなく、必然にやってきている


という話をされました。


私は最近、この言葉を聞くことが本当に多いのです。


本から、また8月に行った尾崎里美さんのセミナーでもおっしゃっていました。


私はこの言葉を最近受け入れることができるようになってきました。


必然で物事がやってくると受け入れた場合


ある出来事があれば、このことから自分は何を学べるだろうと考えることができます。


「これって何を自分に教えるためにおこっているのだろう」


こう考えて乗り越えたとき、成長があるのだなぁと思えます。


昨日もたくさんの学びを、気づきをいただきました。


ありがとうございます。