ほっこり中国茶しませんか? -9ページ目

ほっこり中国茶しませんか?

英語と中国語を駆使しつつ美味しいお茶に巡り合う方法を模索しています。中国茶と、お茶にまつわる歴史が大好物です。


先日41歳で息子を出産しました。こんなに高齢で子供を授かるなんて、考えてもいませんでした。

 
家庭に子供がやってくると一言で言っても、20代の若夫婦の場合と40代の中年夫婦では、随分勝手が違うわけで、産んでみて感じた事を書いていきたいと思います。
 
今回はメリット編。よかったよ〜というのをまとめていきます!
 
キャリアプラン
 
これは、圧倒的に高齢出産組にメリットがあると思いました。
 
私は二十代から会社員として7年働き、その後主人の転勤に伴い退職しました。一時的に主婦になったのですが、有り余る時間を活かして資格を取り、その後転職。資格を活かして講師として8年間働いてきました。
 
資格を取ったのは30代前半、そこから新しいキャリアを積み上げて来ました。全国展開している会社で働いているため、東海地方から関西に引っ越しても同じ仕事を続けることができ、ありがたい事に主戦力として働かせてもらっています。
 
今は出産、子育てで一時的に仕事を休んでいますが、いつでも戻ってきていいよと言っていただいています。若干社交辞令かもしれませんが、戻れる場所が確保できてて、それに見合った実力も伴ってるのは高齢出産の一番のメリットだと思います。
 
パートナーのサポート
 
これは、パートナーの性格や世代的なものも関係しますね。私たちの両親はいわゆる団塊の世代です。母親は専業主婦という世帯が多いためか、団塊ジュニアの男性は家事をする事に抵抗がある方が多いように思います。
 
主人もどちらかと言えば家事は苦手なので、恐らく20代で出産していたら、子育てと家事はお前の仕事だろう的なことを言ってたはずです。しかし、40代でやっと授かった我が子を前にすると、そんな昭和レトロな価値観はぶっとぶらしく、掃除、洗濯、買い物などできる限りの事をやってくれています。
 
また、40代になると仕事の計画を立てる側に回るため、子育ての時間を捻出しやすい側面もあります。我が家は双方の両親共に遠方に住んでいて、親のサポートが受けられないので、主人のフットワークの軽さには本当に助けられています。
 
メンタルの強さ
 
これも高齢出産あるあるだと思います。
 
私の妊娠期間は、びっくりするほど次から次にきつい判断を迫られ、夫婦揃って頭を抱えていました。大変な時って、後から振り返ると記憶がなかったりしますが、今回もそんな感じで半年ほど記憶がぶっ飛んでます。毎晩のように家族会議をして、主人の晩酌のペースがえらく早かった事だけ鮮明に覚えています。
 
20代ならば、自分の妊娠だけで手一杯で、その他の重荷には耐えられなかったろうなあと思います。感情の起伏が大きいとお腹の子供に障るので、とにかく冷静にどっしり構えるように心がけていました。なので、妊娠中は特に感情面でのトラブルとは無縁でした。
 
ただ、産後は流石にきつかった!産後2週間までは最も産後うつになりやすい時期のようですが、確かにホルモンバランスが崩れたせいかおかしくなりました。
 
この時期は夜中の授乳が辛かった。身体はガタガタだし、3時間おきの授乳のために、2時間以下のぶつ切れ睡眠しか取れない。授乳しているうちに夜が明けて、だんだん明るくなる空を見ながらなんて孤独なんだろうと感じてました。
 
心の支えになったのは、同じく41歳で出産した同級生の「この大変さは期間限定だから」という言葉。
 
今思うと、初めての育児で全くペースが掴めない、経験がないってのが辛かったんだろうなあ。でも、まあなんとかなるだろう、みんな通った道だしという、高齢ならではの鈍感力に助けられました。
 
お祝いしてくれる人の多さ
 
これは完全に年齢に比例すると思います。
 
長年転勤族としてさすらううちに、いろんな場所に大事な人がいるようになってきました。相手も転勤族の場合が多く、みんな日本全国、ひいては世界各国に散り散りになってそれぞれの土地で活躍されています。
 
お祝いを送ってくださった方、外国から海を渡って息子の顔を見にきてくださった方、もちろん夫婦それぞれの親戚の面々など、頂いたお祝いの数はもうじき40に迫ります。いやすごい、本当に。
 
「こんなに頂いて、まるで王子だね。」と主人と冗談をいうほどでした。多くの方々に支えて頂いているんだなあと、感謝するばかりです。
 
何よりも嬉しかったのは、心から喜んで下さる方が多かったこと。私達夫婦は二人ともお節介で、若い方や知人の少ない外国人の面倒を片っ端からみていたのですが(有り難迷惑かもしれませんが^_^)、そんな友人達が一番喜んでくれて、ああ真面目に生きてきて良かったなあとじーんときました。
 
まだまだ色々ありそうですが、書いていて幸せな気持ちになりました。

さあ!次はデメリット編を書くぞ〜!
 

 不肖四十路、具体的に言うと41歳の更年期間近の私ですが、5月に息子を産みました。妊娠がわかる前までは、結婚して10年以上経つし、もう我が家は永遠に出生率0のDINKSなんだろうなぁと、ぼんやりと思っていました。

 
なので、妊娠が発覚した時も『うれしい!』よりも『えっ、私妊娠できないはずだったんじゃないの?』と戸惑いの方が大きくて、次にやってきたのは、『歳も歳だし、ちゃんと産めるのかしら?』という不安でした。
 
素敵女子ならば、『みなさんにお知らせがあります。実はお腹に新しい命を授かりました❤︎』的なコメントをブログで公開するんでしょうが、四十路だとそもそもちゃんと産み落とせるかが分からないので、SNSで発信とか無理無理って感じでした。
 
更に、四十路オンナには人生の荒波もきつい。妊娠中に母が亡くなったり、複数の人の人生が狂わされるようなトラブルに巻き込まれて、大事なものを守るために毎日が文字通り戦場で、ふわふわ優しい妊婦生活が送れたのは最後の一ヶ月だけでした。
 
泣くとお腹の子に障ると思って、母の葬儀でも涙は出ませんでした。初めて泣いたのは、出産数日後。その日はちょうど母の日で、病院のスタッフが新米ママ達に、一輪のカーネーションをプレゼントしてくれました。
 
18歳で実家を出てから、母の日とは、私が母にプレゼントを贈る日でした。これまで母の日は義務だと思ってましたが、違う、お母さんにありがとうって伝えられる権利なんだと気付きました。義母にプレゼントを用意しながら、贈る相手がいるのは幸せな事なんだなぁとしみじみ感じました。
 
そんな中、助産師さんから一輪のカーネーションを手渡され、あぁ母になったんだなあ、ちゃんと命を次に繋げたなあと思ったら、張り詰めていた緊張が解けて、ダムが決壊。涙が止まらなくなりました。
 
母は8年半の間、癌と戦った後に旅立ちました。すごく良い先生と体に合った薬と出会えて、4年間ほどは旅行に行ったり、友達と英会話教室に通ったりと、普段どおりに過ごしていました。家族旅行にも3回行けました。長崎で食べたちゃんぽん美味しかったなあ。
 
母は、普通だったら暗くなりがちな闘病生活を明るく楽しく駆け抜けました。癌であることを周りにカミングアウトして、昔の友達の結束を固めたり、新たに癌になった友人達に情報を提供したり、最後まで強く明るく太陽みたいな女性でした。
 
子供ができたと電話した時に、電話越しにぼろぼろ泣いてくれてありがとう。病院にお見舞いに行った時に少し膨らんだ私のお腹を見て、うれしそうに笑ってくれてありがとう。
 
初孫を抱かせてあげることは出来なかったけど、息子には私の昔話を通じて、母のことをたくさん話してあげたいと思っています。
 
息子は最近笑うようになってきました。毎日一番の笑顔は、大ウンチをかました後だというのが引っ掛かりますが、息子が笑うと小さなころの私も一緒に笑っているような、そんな気持ちになります。

お母さんありがとう。お母さんみたいに、強く厳しく明るい母になれるように頑張ります。見ててね。

 

不肖、私アラフォー女性。生きている年数が長くなるとともに、クレジットカード、ポイントカード、銀行口座、証券口座等々、お金にかかわる身の回りの荷物もどんどん増えてきました。

 

2017年になってから、リサイクルショップを活用して書籍、食器、ブランド品などの断捨離を行っています。


 転勤族で5年に一度引っ越しをしてきたこともあり、一般的な家庭と比べると荷物は少ないほうだとは思うのですが、客用布団や、結婚のお祝いに頂いたブランド物の食器など、使わないまま10数年しまい込んだものを手放すと、押し入れの中もすっきり、気持ちもすっきりしました。

 

さて、そんな勢いがついたところでお金の分野でも断捨離を行おうと、野村證券の口座を解約することにしました。もともとは社会人になる際に、母のアドバイスにより開設した口座だったのですが、何をするにも手数料が高額なこと、SBI証券をメインの証券会社として持っていて管理が面倒になったことなどが口座解約の理由になります。

 

野村証券の顧客の属性とは?

 

野村証券では、顧客として下記の二種類の属性を取り扱っています。

 

① 本・支店口座のお客様

② 野村ネット&コール口座のお客様

 

まあ、ざっくりというと①は窓口&電話で取引する中高年~シニアの富裕層向け、②はネットで取引する富裕層予備軍の若者向けといった感じでしょうか。


私は属性は完全に②ですが、母に連れられて地元の野村証券の支店にて口座を開設しました。その時が投資を始めた年齢だとすると、かれこれ15年以上投資には触れていることになります。とはいえ、20代の私には株と、国債の違いさえよくわかっていませんでしたが、若いうちに投資に触れる機会を与えてくれた母に感謝です。

 

さて、①の本・支店に口座がある顧客が口座を閉鎖する場合には、取引のある支店に電話する必要があるとのことなので、まずは支店に電話をかけてみます。銀行や役所と同様に、窓口が開いているのは平日の日中のみというのが、若干ハードルが高いです。

 

野村証券の支店に電話してみた

 

電話で対応してくださったのは、声の感じからして30代の男性社員。受け答えもきっちりしているし、一貫して誠意のある対応で信頼が持てます。口座を閉鎖したい旨を伝えると、個人情報を確認し口座の状態を見たうえで、必要な流れを説明してくださいました。

 

その時に口座に入っていたのは、個別株が1つ、数万円のMRFだけという、『おいおい、野村証券に口座を持つ必要あるのか??』という、証券会社にしてみれば最下カーストの顧客だったのも関係したのでしょうか。


どうして口座を閉鎖されようと思ったのですか?』的な、若干脅し気味の尋問もなく、いたって事務的かつスムーズに事は進みます。

 

個別株はSBI証券に移管したいこと、MRFは現金化して銀行に振り込んでほしいことをお伝えして次の作業について伺うと、必要な書類をお送りしますと言われて待つことにしました。

 

野村証券からの書類が到着

 

電話連絡をした二日後に必要書類が届きました。はやい!口座閉鎖に関する書類は必要なく、返信が必要だったのは『特定口座内保管上場株式等移管依頼書』のみでした。長い名前ですが、要は特定口座に持っている個別株を野村證券→SBI証券に移管するのにあたって必要な書類を提出してくださいということです。

 

特定口座内保管上場株式等移管依頼書

楽天証券バージョンのPDFですが、これが一番参考になりました。

 

機構加入者コード』、『加入者口座コード』など、耳慣れない言葉が出てきますが、移管先の証券会社に確認すると教えていただけるそうです。私はSBI証券HPの中でこれらの番号を探して記入しました。

 

野村証券に書類を送付

 

野村証券に書類を送付して数日後に、担当の方から電話をいただきました。伝えられたのは下記の3点でした。株式移管には最低二週間がかかり、それが完了した後、残額を振り込み、口座の閉鎖を行うとの事でした。

 

① 個別株を移管する作業に入る

② 株式移管には1800円の手数料がかかる

③ 株式移管後、手数料を除いた残高を銀行に振り込む

 

野村証券から株式移管完了の連絡

 

野村証券に電話をしてから約1か月後に、株式移管が完了したとの連絡がありました。早速、SBI証券のHPを確認したところ、無事に個別株として登録されていてほっとしました。

 

今回は、野村證券の特定口座→SBI証券の特定口座間で株式の移動を行いました。その際に移管されるデータは下記の3点です。取得日を引き継げるので、結局損してるの?得してるの?を示す損益額もすぐわかるのがありがたかったです。

 

① 株数

② 取得日

③ 取得価額

 

野村証券の口座ついに閉鎖!

 

株式移管が終了して、ようやく口座閉鎖の手続きに入ってもらいます。残額を銀行口座に振り込んでもらい、口座の残高をゼロにした後、口座を閉鎖しました。ふ~、結婚よりも離婚のほうが大変といいますが、証券会社も同じく開設よりも閉鎖のほうが大変でした。

 

ただし、さすが大手証券会社だけあって専任の担当者がついてくれ、同じ方からいつも連絡をいただいて安心感はありました。私が60代以上のシニア層だったら、ネット証券を解約して野村証券に一本化してもいいかなあなんて考えそうな気もします。それぐらいの信頼感のある対応でした。

 

ともあれ、また一つ肩の荷が下りたような気がします。

 

当然ですが、お金の断捨離は、物の断捨離よりも大変でした(笑)そろそろ、ほったらかしにしてある投資信託のリバランスもしなきゃなあ・・。