不肖四十路、具体的に言うと41歳の更年期間近の私ですが、5月に息子を産みました。妊娠がわかる前までは、結婚して10年以上経つし、もう我が家は永遠に出生率0のDINKSなんだろうなぁと、ぼんやりと思っていました。
なので、妊娠が発覚した時も『うれしい!』よりも『えっ、私妊娠できないはずだったんじゃないの?』と戸惑いの方が大きくて、次にやってきたのは、『歳も歳だし、ちゃんと産めるのかしら?』という不安でした。
素敵女子ならば、『みなさんにお知らせがあります。実はお腹に新しい命を授かりました❤︎』的なコメントをブログで公開するんでしょうが、四十路だとそもそもちゃんと産み落とせるかが分からないので、SNSで発信とか無理無理って感じでした。
更に、四十路オンナには人生の荒波もきつい。妊娠中に母が亡くなったり、複数の人の人生が狂わされるようなトラブルに巻き込まれて、大事なものを守るために毎日が文字通り戦場で、ふわふわ優しい妊婦生活が送れたのは最後の一ヶ月だけでした。
泣くとお腹の子に障ると思って、母の葬儀でも涙は出ませんでした。初めて泣いたのは、出産数日後。その日はちょうど母の日で、病院のスタッフが新米ママ達に、一輪のカーネーションをプレゼントしてくれました。
18歳で実家を出てから、母の日とは、私が母にプレゼントを贈る日でした。これまで母の日は義務だと思ってましたが、違う、お母さんにありがとうって伝えられる権利なんだと気付きました。義母にプレゼントを用意しながら、贈る相手がいるのは幸せな事なんだなぁとしみじみ感じました。
そんな中、助産師さんから一輪のカーネーションを手渡され、あぁ母になったんだなあ、ちゃんと命を次に繋げたなあと思ったら、張り詰めていた緊張が解けて、ダムが決壊。涙が止まらなくなりました。
母は8年半の間、癌と戦った後に旅立ちました。すごく良い先生と体に合った薬と出会えて、4年間ほどは旅行に行ったり、友達と英会話教室に通ったりと、普段どおりに過ごしていました。家族旅行にも3回行けました。長崎で食べたちゃんぽん美味しかったなあ。
母は、普通だったら暗くなりがちな闘病生活を明るく楽しく駆け抜けました。癌であることを周りにカミングアウトして、昔の友達の結束を固めたり、新たに癌になった友人達に情報を提供したり、最後まで強く明るく太陽みたいな女性でした。
子供ができたと電話した時に、電話越しにぼろぼろ泣いてくれてありがとう。病院にお見舞いに行った時に少し膨らんだ私のお腹を見て、うれしそうに笑ってくれてありがとう。
初孫を抱かせてあげることは出来なかったけど、息子には私の昔話を通じて、母のことをたくさん話してあげたいと思っています。
息子は最近笑うようになってきました。毎日一番の笑顔は、大ウンチをかました後だというのが引っ掛かりますが、息子が笑うと小さなころの私も一緒に笑っているような、そんな気持ちになります。
お母さんありがとう。お母さんみたいに、強く厳しく明るい母になれるように頑張ります。見ててね。
