行ってらっしゃい、と息子を送り出しナオコは家のドアを開けた。

ドアノブがやけに重く感じる。朝から続く、強い風吹く曇り空の影響もあるのだろうが、これから出向く会合がナオコの手を、足を、背中を重くしているのだろうと悟る。会合がある日は例外なく、いつもそうなる。


「行きたくないな」思わずぼそっと突いて出る。


ナオコは二年ほど前から地区の主婦で運営されている環境資源を考える会に入会し、月に一回の会合に出席している。


きっかけは二年前の朝。


区で決められた燃えるゴミの日に、ゴミを出そうとした時。いつものように集積場に向かうと、ひしめき合うビニール袋の合間にカンやビンが散乱していた。そのまま見ぬふりをして立ち去ろうかな、と思ったが

テレビで環境問題についての番組を見たばかりだったナオコは私にできることを少しでも。と、散乱しているカンやビンを集積場の隅にまとめていた。


その時、後ろから「困るわね」と嫌疑がかった声がした。振り返ると上品な服に身を包んだ、ふくよかな年半ばの女性が見下ろしている。近所で何回か目にしたことがある女性。


「え?」と声を上げるや否や、女性の口が決壊した。


「困るのよ、こういう事されちゃあ。今日は燃えるゴミの日でしょ?カンやビンは金曜日に出すの。知っているでしょ?ただでさえ最近マナーを守らない人が多いの。だから、こういう事されるとホント困るのよね」


「あのー、わ、わたし・・・」


「なに?わかったなら、片づけて持って行ってちょうだい!」女性は間髪入れず言い放ち、私を見据え仁王立ちしている。


「これは、その・・・」


「だから、なんなのよ。あなたのしている行為にどんな理由があったとしても、正しいなんて言わせないわ」


「わ、わたしじゃありません!」


「え?」


「わたしが来た時にはあったんです。だから、その・・・少しでも片付けようと隅に寄せていた所なんです」やっと喉につかえていた言葉が出た。


「あ、そ、そうだったの・・・ごめんなさいね。最近マナーの悪い人が多いから、つい・・・」女性の仁王立ちが崩れ少し前傾姿勢で、申し訳なさそうに言葉を濁す。と


「そうよね、わざわざマナーの悪い人がきっちり隅に寄せることなんてしないわよね。そうなら、そうと先に言ってくれたら良かったのに!でも、あなたみたいな人がいてくれるのはいいことだわ。このゴミの山を見ても臆せず整理しようなんて、あまりいないわよ!・・・そうだ、私、環境資源を考える会っていうのを開いているの。良かったら参加しない?気軽に一度だけでも。今度の月曜日に会合があるの!朝の10時に駅で皆さんと待ち合わせてるのよ。良かったら来て。参加するだけでいいから、ね?あなたみたいな人がいると私たちも刺激を受けるわ。一緒に頑張りましょう!待ってるわね。10時に駅ね。服装は普段着でいいから」


瞬時に打って変わり、のけぞるような姿勢でまくし立てた。


ナオコがポカンと口を開けたまま聞いていたのをよそに、女性は言い終えると、さっと身を翻しふくよかな体を支えているパンプスをガツガツ鳴らしながら、「10時ね!」と一度振り返り、町の路地へと歩いて行く。


女性の姿を目で追いながら、勝手に決めて・・・傲慢な人。


あの態度、話し方、苦手なタイプだな。と思いながらも、でも・・・近所付き合いも大切だしな。どうしよう。参加するだけなら。一度だけなら。と、世間体を重視した気持ちで参加を決意し、足もとに転がってきたカンを隅に寄せ集積場を後にした。

ペダルをこぎ出すこと10分。長い海岸沿いの道が続いている。


ロードタイプの自転車とはいえ趣味の範囲を超えないミツオにとって、車に追い付くことは容易ではない。ましてや軽く1時間を超えてここまで来たのだ。なおさら厳しい。



がんばれ、オレ。心の中でつぶやく。



体力も限界に近い。


強い風音を撥ね退けてミツオの乱れた呼吸が聞こえ始めた頃、信号が視界に入った。青信号だ。

願いを込めて信号に言葉をぶつける。


「あか、あか、あか・・・あっ、よしっ!!」


信号は色を変えた。鮮やかな黄色、そして言葉をぶつけられて打ちのめされた赤。

小型トラックはミツオの願いを聞き入れるようにゆっくりと、とまる。


チャンス到来、猛スピードで追いかけた。息が切れ、肩が揺れ、自転車は左右に傾く、渾身のペダリング。


小型トラックがみるみる迫る、ペダリングをぎりぎりまで粘りブレーキをかけた。



がんばった、オレ。



がんばったミツオの二つの誤算は、追いついた所で何をしゃべるのか考えていなかった事と、乱れに乱れた呼吸。


小型トラックの運転席側から、ばっ、と出てきたミツオは運転していた男を捕らえた瞬間に


「が・ば・・りまっ・・し・・・」


人が急に出てきたのでビックリし横を振り向いた男は、意味不明な言葉とミツオのあまりの形相を捕らえて


「ハァ?」と言い放ち、男の目、眉、口が左右非対称に滑らかに動いた。


そこで誤算に気がついたが、もう遅い。

はっきりと男に聞こえたのは、強い風音を撥ね除けて聞こえるミツオの乱れた呼吸だけだった。

勝手次第なのではありますが、今日は更新できそうにないのです。


頑張って綴ると意気込んでいたのですが・・・折角読んで下さっている方々、大変申し訳ありません。


日付が変わり、以降また綴らして頂きます。どうぞよろしくお願いします。


                                                  アコウ

朝起きて鏡を見た時だ。

「まいったな」舌打ちしながら呟いた。

昨日は何もせずに寝てしまった。最悪だ。瞼は腫れ、より眼下が弛み、鼻深溝から上唇にかけてぷっくらと膨らんでいる。

昨日あいつの前で泣いてしまい帰りが遅くなったせいだ。もちろん、家に帰って飲んだ缶ビールも一役かっているだろう。それにしても…「ひどい顔」声が震えた。

鏡の前で見つめているとまた、込み上げてくる。蛇口を回して水を顔にぶつけた。「しっかりしろ!」自分をたしなめるような怒声が響く。

目を見据え「よしっ!!」と、腹に力を入れて発すると時計をみた。


時刻は500を指している。

まだ出社までは時間がある。


洗面台から部屋に戻り、化粧水で肌を整え、特別な日しか使わないとっておきのパックの袋を開け、目に、顔に、いたわるようにフィットさせた。

程よく心地よい冷たさが浸みる。思わず「ふぅ」と声が漏れる。


部屋を見回せば、思い出してしまうあいつの事を考えないために、私のために。昨日散々壊された目をやすめる。




五分間。少しだけ。


髣髴とよみがえる思いを鎮めることだけを願った。

父に告げたその日から勉強の日々が始まり、塾にも通った。邪魔になると思いクラブも程なく退部した。

2年間、殆ど全てを捧げてきた。唯一の例外は、今日会う約束をしているリカとの交際だけだ。



今は学校が休みなので塾の講義に参加している。

昨晩の電話で講義は午後からと伝えると「じゃあ、久しぶりに会おうよ」とリカが切り出し、都内で会うことになった。


二人とも時間には正確なので、待ち合わせの時間通りに会い


「ブラブラしようか」と僕が言い


「いいよ」と彼女が頷く。


歩きながら最近流行の音楽や面白かった本の話を聞いていると、志望校ギリギリラインと釘を刺されている僕の焦る気持ちが、和まされていくのを感じる。



話をしている内に塾の姉妹校がある通りに出た。賑やかな十字路通りには大きめの街頭テレビがあり、都心で見られる大型街頭テレビを彷彿とさせる。


角にはパチンコ屋があり、曲がって少し歩くと姉妹校がある。今日はそこで講義だ。


塾の近くで軽くご飯でも食べようよと話がきまり、探している途中でこちらを見ている一人の男が目に入った。


牛丼店の前で立っている男は感情がひしひしと伝わる眼をしている。間違いなくよく思われていないだろう。


と束の間、眼をそらし頭を振って背中を丸め、街に溶け込んでいくかのようにて歩いて行く。



「どうしたの?」目で後を追っている僕にリカが話しかけてきた。


違う言葉が出てきそうだったが「何でもないよ」と短く言い、立て看板の値段を見ながらお店を探した。