会社の最寄駅に着くとすでにホームは人で溢れていた。

オーケストラよりも臨場感あふれる音を私の耳が集音し現実味を呼び覚ます。

電光掲示板に目をやるといつもよりも二十分遅い電車の発車案内。

込み上げる気持ちを抑えられなかった時間。沼田さんには迷惑かけたなぁ。彼の声を聞いている途中で突然涙が滴った。

一筋。「あ、あれ?松永さんどうしたんですか」

「え」気持が

二筋。「す、すみません」頬を伝う。止められない。

沼田さんの口元が何か伝えようと動いているように見えるのが、にじむ瞳の向こう側。

自分に必死で沼田さんが何を言っていたのか覚えていない。

とにかく電車を下してくれた。

私をホームのベンチに導いて、ただハンカチを差し伸べて「よかったら」と一言。あとは隣に腰かけて泣いてる私よりも前のめり。

徐々に落ち着きを取り戻し「すみませんでした」というと、「いいえ」と奏でた。

ホームに電車到着のアナウンスが流れる。

彼が首をかしげてこっちを向いた「乗れますか?」

「はい」視界に彼の目線を感じながら頷く。

立ち上がり、電車に私を促して乗せると、「僕は用があるので、ここで」と言って扉が閉まり、彼とホームが離れていった。

気遣いが嬉しかった。また流れてきそうな一筋を握っていたハンカチで押し止めた。


振り向くと、少し切れ長の目をした細見のスーツ姿の男性が、すぐ後ろで斜めに振られた吊皮を持って立っている。

「お久しぶりです」優しい口調、聞き覚えがある。えーっと、たしか・・・

「沼田です。イベントありがとうございました」

三か月前に会社のイベントで顔を合わせた取引先の人。

「こちらこそ、ありがとうございました」不意をつかれて張りがない声になった。

「お身体どうかしました?」

「え?大丈夫ですよ」

「それならいいんですけど・・・どうも顔色が良くなさそうなので」あぁ、労わる眼差しが刺さる。

「お気遣いありがとうございます。朝は顔色が良くないとよく言われるんです」嘘を言うのが苦しい。

「そうですか。いつもこの電車に乗られてるんですか?満員かな、と思ったら割と空いていますね」

「はい、大抵この電車です。時間帯が割と早めなので人はそこまで多くないんです。もう少し遅い電車になると混みますけどね」

「それにしても毎日朝早くから大変ですね」

「ありがとうございます。そうですね。仕事を続ける以上仕方ないかなって思っています」

「んーうちの会社なんて出勤が遅いですからね。今日はたまたま早いですが。すごいな、と思いますよ。朝が弱い僕にとっては耐えられないな」

「そうなんですか?朝、強そうに見えるのに」と言い、見上げていた目線を少し下に戻した。厚めの口元がふんわり動いている。

いやぁ、そんなことないですよ。と優しい声が聞こえてくる。アイツとは違う声の強弱。

この人・・・間が悪いな。と思いながらも、優しく奏でる声色が私を包むようにして、開いた引き出しを見えなくしていく。

いい人なんだろうな。と思いながら久々の優しさに触れた。

長らく更新出来ませんでしたが、今日から合間を見て更新させていただこうと思います。折角見て頂いている皆様には大変申し訳なく思います。ご容赦ください。

今後ともよろしくお願いいたします。

                                                 アコウ

マンションがある駅から会社までは一時間半。少し空いた電車の窓際に立つ。


私の目に景色は見えない。見えるのは、昨日のアイツの少し薄く均一な口元。と、いつもより表現力がない眉。と、瞳孔まではっきりと見えた目。

アイツの声色が鳴る。

「別れよう」「このままじゃ、先がみえない」「今までありがとう」

私の顔の感覚が蘇る。

「なんで?」「どういうこと?」「何それ?」

気づけば唇を強く結んでいた。そっと剥がす。

口紅が舌先に纏わりついた。

イヤな感じ。

この口紅アイツが気に入ってたっけ。

この鞄も。このスーツも。このパンプスも。

開いた引き出しから思い出が見える。見たくないのに。逸らせない。


「松永さん」すぐ後ろで声がした。


窓際に寄りかかり弛緩していた身体が硬直し、不自然に動いた。「はい?」

鈍い身体の動きを感じ、振り向いた


少しドタバタとして更新ができなかったのですが、徐々に落ち着いてきたので再開させていただきます。

今後とも、どうぞよろしくお願いします。


                                                 アコウ