マンションがある駅から会社までは一時間半。少し空いた電車の窓際に立つ。
私の目に景色は見えない。見えるのは、昨日のアイツの少し薄く均一な口元。と、いつもより表現力がない眉。と、瞳孔まではっきりと見えた目。
アイツの声色が鳴る。
「別れよう」「このままじゃ、先がみえない」「今までありがとう」
私の顔の感覚が蘇る。
「なんで?」「どういうこと?」「何それ?」
気づけば唇を強く結んでいた。そっと剥がす。
口紅が舌先に纏わりついた。
イヤな感じ。
この口紅アイツが気に入ってたっけ。
この鞄も。このスーツも。このパンプスも。
開いた引き出しから思い出が見える。見たくないのに。逸らせない。
「松永さん」すぐ後ろで声がした。
窓際に寄りかかり弛緩していた身体が硬直し、不自然に動いた。「はい?」
鈍い身体の動きを感じ、振り向いた。