3年ぶりに
ふらりと入った古い喫茶店で
偶然 君に出会った

君は驚いたような顔をして
急に思い出したように
吸っていた煙草を
慌てて揉み消した


そういえば
僕らが初めて出会った頃
君は片肘をついて
今のようにラークをくゆらせていたものだった


君の向かいの席には
コーヒーが飲みかけのまま置かれていた
連れはちょうど席を外しているらしい


僕が笑って会釈をすると
君は恥ずかしそうに微笑んで片手を振った



「ねぇ 煙草を吸う女ってどう思う?あまり好きじゃないでしょ?」

僕らがよく喋るようになった頃
君はそう聞いた

「いや 別に嫌いではないよ。煙草を吸う女って結構 色っぽいものさ」

「そう!良かった。結構嫌だっていう男の人っているのよね。わたしだって辞めたいけどなかなか辞めれないんだもの」


僕は当時
煙草を辞めていたから
正直いって君にも煙草を辞めて欲しかった


君は僕とレストランに行く時も
バーに行く時も
煙草と一緒だった


僕は一計を案じ
ある日こんな事を言った

「煙草には苦い思い出があるんだ。昔ね友達と面白半分にオカマバーに行ったんだ。そこであるオカマに凄く気に入られちゃったんだ」

「え~本当!信じられないわ。それでどうしたの?」

「チークダンスを踊ってね 無理やりキスされたんだ」

「いや~!衝撃的!もしかして綺麗な人だったの?」

「とんでもない!今のニューハーフと違ってどう見ても髭の青々としたおじさんだったよ。その人が凄く煙草臭くて だから煙草を吸ってる女とキスするとあのオカマおじさんを思い出してしまうんだ」

そう言うと君は急にしゅんとしてしまった


ちょっと言い過ぎたかな…
僕は少し反省した


君はそれからしばらくして煙草を辞めたようだった


禁煙が1ヶ月を過ぎた頃
僕らはデート帰りの車の中で
初めてキスをした


君は心配そうな顔をして

「どう…おじさん出てきた?」

と聞いた

「いや 全然。甘くて素敵なキスだったよ」

そう言うと
君は本当に嬉しそうな顔をして
僕にキスの雨を降らせたのだった…



僕は少し離れた席で
そんな昔を思い出しながらカフェオレを飲んでいた

やがて君の今のパートナーが席に戻り
僕は少し感傷的になっていた


しばらくして
君は連れと席を立った
君は僕にだけ分かるように軽くウィンクをして店を出た
君の変わらないお茶目さに
僕は少しだけ笑った

君の去ったテーブルには…

君のお気に入りの
ライターと
ラークが

忘れられたように
置き去りにされていた…。






宮沢賢治は
日本を代表する優れた童話作家であり詩人でもあった


その多くの作品は
賢治が教師として赴任した岩手県花巻の農学校時代に作られている

賢治が教師として過ごした期間は4年4ヶ月であった



賢治の作品は
読めば読むほど奥の深い世界観が広がる不思議な童話であり
そこに描かれているイメージは子供の為のものという範疇を遥かに超えた心象世界だと思う


しかし
魅力的な話でありながら全てを理解できない不思議な謎の多い作品
それが自分の中の賢治作品だった


その謎解きは賢治の教師時代の足跡を辿る事によって
少しずつ真実に近づく事ができる


賢治は農業教師として
作物を教え
土壌を教え
肥料を教え
さらに
化学、代数、英語も教えた
日曜も祭日も学校に出て
他の職員の宿直まで引き受けて
夜中に読書をしたり詩や童話を書いた

授業が終わると田野を歩き
感動した事や詩的心象をその場で手帳に書きとめた


茶目っ気があり ハイカラ好きで
学生とも外を歩きながら話すのが好きだった

賢治の授業は
温かく 楽しく 面白かった


学生同士が議論していると
「相手を降参させようとするのではなく、大事なのはお互いの意見を知る事だ」と説いた

生徒の家庭はほとんどが農家であり
より豊かな質の良い作物ができるようにいつも考えていた

土地改良の為
肥料の研究にも努力し
仕事に追われるだけではいけないと音楽演奏や演劇を生徒に教えた

学校の実習農場は北上川のほとりにあり
賢治は実習の後によく生徒を川で泳がせた
そこの岸は凝灰質の泥岩でイギリスのドーバーの海岸に似ているからと
イギリス海岸と名付けた


教室の勉強だけでなく山登りや温泉に生徒を連れていく事もあり
彼は生徒から強く慕われた


そんな充実した教師生活のある日

賢治の最大の理解者であり最愛の妹であるトシが病の床につく


トシは肺結核の為
闘病生活の末24歳でこの世を去った
大正11年11月27日
みぞれの降る寒い夜だった



「けふのうちに
とおくへいってしまうわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ

(あめゆじゅとてちてけんじゃ)

うすあかくいっそう陰惨な雲から
みぞれはびちょびちょふってくる

(あめゆじゅとてちてけんじゃ)


青いじゅん菜のもようのついた
これらふたつのかけた陶椀に
おまえがたべるあめゆきをとろうとして
わたくしはまがったてっぱうだまのように
このくらいみぞれのなかに飛びだした

(あめゆじゅとてちてけんじゃ)


蒼鉛いろの暗い雲から
みぞれはびちょびちょしずんでくる」




「春と修羅」より


※()は「みぞれをとってきてください」の意味





死の間際
トシは賢治にみぞれを取ってきて欲しいと頼んだ
賢治は茶碗にみぞれと松の枝を入れてトシに渡し
トシはみぞれを口に入れて


この世を去った



賢治は翌年の夏
汽車に乗り樺太まで旅をする

生徒の就職活動を兼ねた心の旅だった


「こんなやみよの
のはらのなかをゆくときは
客車のまどは
みんな水族館の窓になる」



13日にわたる旅路で
賢治はトシの幻影を探し求めた

この時の心象世界をまとめたものが
「銀河鉄道の夜」
になった



賢治の教師生活は理想の教師像のようだったが

彼は自分の立場を宙ぶらりんだと感じ
教師を辞めて農業で生きる事を決意する

自ら農業をするかたわら
土地改良の相談に無料でのり
農業の向上につとめた


7年後
昭和8年9月21日
37歳の若さで他界した






ケンタウル祭の夜

丘の上から夜空を眺めていたジョバンニは
気がつくと突然
列車に乗り込んでいる事に気づく

それは銀河を走る不思議な列車で
白鳥座 こと座 ケンタウルス座
へと走り続ける

いつの間にか友達のカンパネルラと一緒になり
銀河系の旅は続いていく…




宮沢賢治の
「銀河鉄道の夜」は
彼の代表作と言われながら
生前には発表されなかった未完の作品だった

賢治は第一稿を書いてから実に10年以上も改訂を加えながらついに完成する事はなかった

実際 
話の途中で抜け落ちた原稿もあり賢治の死後 未完のまま世に出た事は残念な気もする


しかし賢治が原稿用紙83枚に残した物語は
長い時を経たいまでも夜空に輝く星のように光輝いている




ケンタウル祭の夜
ジョバンニは本当に
「銀河ステーション、銀河ステーション」
という声を天気輪の丘の上にひらけた草むらの中で聞いたのに違いない

街の人すべてが浮かれるケンタウル祭に
ひとり天気輪の丘に登る人間は
たとえようもなく孤独で
孤独なるが故に自分で自分をもてあまし自分で自分を街から追放しようとする人間に違いない

「銀河鉄道の旅」は死者を乗せて死の国へと走る旅なのだ

銀河鉄道は宇宙に広がる銀河系の中で
ふたつの十字架を旅する

ひとつは北の十字架と呼ばれる白鳥座

もうひとつは南十字座


だが日本では南十字星を見る事はできない


賢治は何故見る事のできない星を登場させたのだろう


賢治は熱心な法華経の信者として知られている
日蓮は自分自身が人間以上のものになって慈悲をもってすべての人に接し献身する事を説いている

彼の生きざまはこれを実践するもので
民衆の困っている事に無償で奉仕しようとした
それ故 彼は生涯を独身で通した


この物語で書かれているイメージはキリスト教を彷彿させるものになっているが
賢治にとって同じ教えはどちらも
「ただひとりの神」だったのだろう



賢治は最愛の妹であるトシを病気で亡くした
みぞれの降る寒い冬の日の事だった

賢治の悲しみは尋常ではなく
押し入れを開け
その中に入っていた布団に頭を突っ込み声をあげて泣いたと言われている

翌年の夏に賢治は岩手から北海道に渡り更に樺太までの13日間の旅をする

賢治にとってトシの思い出を辿り自身の生きざまを思い巡らす旅だったようだ


この時に感じた事を書き綴った心象世界が「銀河鉄道の夜」のもとになったと言われている


しかし
賢治はこの物語を単なる妹の魂を追悼するだけのものにしたくないと考えたのではないだろうか


例えば初期の頃の原稿には
「セロのような声をした」
ブルカニロ博士という人物が登場する

この人物は物語の後半
カンパネルラが突然ジョバンニの前から消えてしまい
嘆き悲しんでいる時に現れて
ジョバンニにいろいろな不思議な話をするとても興味深い人物で
それはまるで賢治の分身のような人物なのだが

改稿が進むにつれて賢治は憑き物がとれたかのようにバッサリと切り捨てている



賢治がこの物語で本当に言いたかった事

それは何だったのか


賢治を一言で表すなら?

という問いにある人は


聖者

と答えた



「みんなの幸せの為にこの体をお使いください」

と言って赤く燃え続けるサソリの火


それが彼自身の生きざまともダブって見える




それとも…



夜空を見上げながら

賢治に思いに馳せるのもいいだろう



今宵 銀河鉄道に乗って…