ケンタウル祭の夜
丘の上から夜空を眺めていたジョバンニは
気がつくと突然
列車に乗り込んでいる事に気づく
それは銀河を走る不思議な列車で
白鳥座 こと座 ケンタウルス座
へと走り続ける
いつの間にか友達のカンパネルラと一緒になり
銀河系の旅は続いていく…
宮沢賢治の
「銀河鉄道の夜」は
彼の代表作と言われながら
生前には発表されなかった未完の作品だった
賢治は第一稿を書いてから実に10年以上も改訂を加えながらついに完成する事はなかった
実際
話の途中で抜け落ちた原稿もあり賢治の死後 未完のまま世に出た事は残念な気もする
しかし賢治が原稿用紙83枚に残した物語は
長い時を経たいまでも夜空に輝く星のように光輝いている
ケンタウル祭の夜
ジョバンニは本当に
「銀河ステーション、銀河ステーション」
という声を天気輪の丘の上にひらけた草むらの中で聞いたのに違いない
街の人すべてが浮かれるケンタウル祭に
ひとり天気輪の丘に登る人間は
たとえようもなく孤独で
孤独なるが故に自分で自分をもてあまし自分で自分を街から追放しようとする人間に違いない
「銀河鉄道の旅」は死者を乗せて死の国へと走る旅なのだ
銀河鉄道は宇宙に広がる銀河系の中で
ふたつの十字架を旅する
ひとつは北の十字架と呼ばれる白鳥座
もうひとつは南十字座
だが日本では南十字星を見る事はできない
賢治は何故見る事のできない星を登場させたのだろう
賢治は熱心な法華経の信者として知られている
日蓮は自分自身が人間以上のものになって慈悲をもってすべての人に接し献身する事を説いている
彼の生きざまはこれを実践するもので
民衆の困っている事に無償で奉仕しようとした
それ故 彼は生涯を独身で通した
この物語で書かれているイメージはキリスト教を彷彿させるものになっているが
賢治にとって同じ教えはどちらも
「ただひとりの神」だったのだろう
賢治は最愛の妹であるトシを病気で亡くした
みぞれの降る寒い冬の日の事だった
賢治の悲しみは尋常ではなく
押し入れを開け
その中に入っていた布団に頭を突っ込み声をあげて泣いたと言われている
翌年の夏に賢治は岩手から北海道に渡り更に樺太までの13日間の旅をする
賢治にとってトシの思い出を辿り自身の生きざまを思い巡らす旅だったようだ
この時に感じた事を書き綴った心象世界が「銀河鉄道の夜」のもとになったと言われている
しかし
賢治はこの物語を単なる妹の魂を追悼するだけのものにしたくないと考えたのではないだろうか
例えば初期の頃の原稿には
「セロのような声をした」
ブルカニロ博士という人物が登場する
この人物は物語の後半
カンパネルラが突然ジョバンニの前から消えてしまい
嘆き悲しんでいる時に現れて
ジョバンニにいろいろな不思議な話をするとても興味深い人物で
それはまるで賢治の分身のような人物なのだが
改稿が進むにつれて賢治は憑き物がとれたかのようにバッサリと切り捨てている
賢治がこの物語で本当に言いたかった事
それは何だったのか
賢治を一言で表すなら?
という問いにある人は
聖者
と答えた
「みんなの幸せの為にこの体をお使いください」
と言って赤く燃え続けるサソリの火
それが彼自身の生きざまともダブって見える
それとも…
夜空を見上げながら
賢治に思いに馳せるのもいいだろう
今宵 銀河鉄道に乗って…