蒸し暑い夏の日の事だった


僕は母親と田舎の田んぼ道をトボトボと歩いていた


よく晴れて空は真っ青だった


具合の思わしくない母を病院に連れていく為にバス停まで歩いていたのだ


母は体が辛いのか
時々歩くのをやめて
立ち止まって田んぼを眺めている


田んぼは田植えが済んで水をたっぷりとたくわえている
水面に青い空が反射して見える
なんだか涼しげな光景だ


母は田んぼの上を吹きわたる風を感じているのか

いつまでも田んぼを眺めている


僕はそんな母を心配しながらも
バスに遅れてしまわないか不安になっている


僕は空を見上げる


飛行機が遠くに飛んで
後に長く白い飛行機雲を作っている


僕は軽くため息をついた


母はやっとゆっくりと歩きだす

僕もゆっくりと並んで歩く


しばらく歩くと小さな売店がある
店先には氷の旗がひらひらと風になびいていた



母は
「ノドが渇いたね。何か飲んでいくか」
と言った

店の奥から老婆がニコニコと笑いながら顔を出す


「うん、そうだね。何を飲もうか?」

僕はそう答えながらも
バスに遅れないか心配している



まだまだバス停は遠い…








これが母親が亡くなって3年後に


始めて見た母親との夢だった。








昨日久しぶりに友人とカラオケにいった

自分の好きな歌を思う存分に歌った時に
ふと気付いた事があった

それはカラオケの画面に表示されたある作詞家の名前だった



星野哲郎




『幸せは歩いてこない
だから歩いて行くんだね
一日一歩
三日で三歩
三歩進んで二歩さがる』




「365歩のマーチ」
「函館の女」
「男はつらいよ」
「昔の名前で出ています」


などの名曲を世に送り出し85歳でお亡くなりになった名作詞家だ



もともとは船員だった

遠洋漁業の後
病気療養中に雑誌に投稿した歌詞が入選し作詞家デビュー


彼の作詞家哲学は


「歌はすべて人生の応援歌」
であった


冒頭の「365歩のマーチ」はその思いが凝縮されたような傑作だった




ネオン街を愛し
店が替わったホステスから電話があり
またお店に来てねと誘われた
源氏名を尋ねると

「前と同じよ」
と言われ


「昔の名前で出ています」

が生まれた




『はるばるきたぜ函館へ 逆巻く波を乗り越えて』


「函館の女」は

作曲家の島津伸男さんに
急がされて自宅でその詞を書いた

慌ていたが突然尿意を催した

急いでトイレに駆け込んで
出てきてほっとして言った一言がそのまま歌詞になった


『と~ても我慢が できなかったよ~』


笑い話のような本当の話だった




生前 創作の舞台裏について聞かれると

「僕は今でも懸賞屋の癖が抜けなくてね 選者の心を射止める為には出だしが肝心 だから僕の歌は最初の二行が一番いいところ二行が決まると後はサーッとできる」




『俺がいたんじゃお嫁にゃ行けぬ 分かっちゃいるんだ妹よ いつかお前の喜ぶような 偉い兄貴になりたくて 奮闘努力の甲斐もなく 今日も涙の 今日も涙の日が暮れる 日が暮れる』



うん うん そうだよなぁ
と共感しながらも


『ドブに落ちても根のある奴は いつかは蓮(はちす)の花と咲く 』




共感させて
最後に励まされて
ホロリとする


そして
また頑張ろうと思う



そうだったんだ


この歌も星野さんの歌だったんだ



知らないうちに励まされていたんだなぁ


温かい眼差しに感謝…







春の夢は

落ちていく




突然意識を切断されたように

深く深く

奈落の底に落ちていく


いくら落ちても
底にたどり着くこともなく

果てしなく
落ちていく



僕は
薄れていく意識の中で


いろいろな人達と出会った



幼い頃に
泣いている僕の涙を
「おやおや」と言いなから
ポケットからだしたハンカチで拭いてくれた近所の優しいおばさん


小学生の夏の夜
肝だめしだと言って真っ暗な神社の裏の森に連れて行ってくれた二つ上のやんちゃな隣の兄ちゃん


中学校の行き帰りによく見かけた
一学年下の体の弱いとても綺麗な髪の長い女のこ


いつも笑顔でダンディで
洒落た服を着て
カッコイイ車に乗っていた親戚のおじさん





みんな笑顔で手を振っている


懐かしいな


みんな大好きな人達だった



こんな風に

みんなにいっぺんに会えるなんて


最近会ってないから
どうしてるのかと思ってたんだ




あぁ

なんだか幸せだよ


みんなの顔を見たら
自分自身がとても素直で
穏やかな気持になれるよ



あぁ

桜が綺麗だね

ほら目の前の
川沿いに満開の桜がずっとずっとどこまでも続いているよ


どの桜の木も
みんな満開で
薄いピンクの花びらを枝いっぱいに重たそうにつけている
まるでたくさんの綿菓子のようだね



あぁ
風が気持いいね

爽やかな中にも温かい匂いを含んだ春の風だね


ほぅら

風が吹くたびに桜の枝が揺れて
花びらが雪のように舞っているよ


なんて綺麗なんだろう


ずっとずっと見ていたいね




でも


みんなどうして喋らないの



どうして


どうして黙って笑っているの



みんなに聞いて欲しい話が
いっぱいあるんだ


会ったら話そうと思ってことがあるんだ




えっとね


えっとね



なんだっけ…




何が言いたかったのか
全然思い出せないや




みんな


みんな…



そういえば
みんなあれからどうしてたの


全然見なかったけど


遠くに引っ越したの




あれ



あれ…



そうか


そうだった


みんな


みんな



もう


死んじゃったんだよね






やっと思い出したよ


これは夢なんだね


夢の中でしか会えないから


会いにきてくれたんだね


そうだね




うん


ありがとう


本当は


みんなと同じところに行きたいけど



まだしなくちゃいけないことがあるから


また











夢で会おうね