少し前のこと
ある病院の待合室で女性週刊誌を読んでいた

その中のある記事がとても気になったのでここで紹介します


ある女性の方が原因不明の体調不良が続き
突然倒れてしまったそうだ

病院に行って検査したところ末期のガンで
あと半年の命と宣告されたという

彼女は悲しみと絶望の中で藁にもすがる気持である医者の門を叩いた


その医者とは「食べない健康法」の著者である石原結實さんだった


石原医師は

「ガンは自分の体が作り出したものだから自分の体で治しなさい」

と言って
食事療法と体を温める事をアドバイスした


具体的なメニューとして


朝・人参とリンゴの絞ったジュース

昼・しょうが紅茶か味噌汁にしょうがを入れたもののみ

夜・食べたいものを好きなだけ食べる


朝と昼は固形物をとらず
しょうがを多く摂ることを勧めた

しょうがたっぷりの紅茶、味噌汁にもしょうがをたっぷり

こぶし大のしょうがをすりおろし
2Lの紅茶に溶かして毎日その日のうちに飲み干した

更に

「とにかく身体を温めなさい。そしてよくないものを出せる身体を作りましょう」

とアドバイスした


体温の低かった彼女に
身体には腹巻き、レッグウォーマー、靴下は二枚重ねを勧めた




食事療法を始めて二週間後
身体に物凄い変化が出始めた

「身体中の排泄器官が一気に働きだしたような感じ」

を彼女は実感した


吐き気、40度の発熱、排便

一日に10時間トイレにいたこともあった


真っ黒な球のような脂状の便
髪からはポマードのような脂

目やに
舌苔
耳だれ
鼻水

次から次へと身体のあらゆるところから毒素が出てきた


体の中に溜まっていた悪いものが一気に外に排出されていくのを実感した

やがて体が徐々に楽になっていった



40日後
血液検査で白血球が不足してる以外
肝臓や血糖値の数値はすべて正常な値におさまっていた


そして一年後には腫瘍マーカーはなくガンは消滅していた



ガンは体温が35.1度以下でもっとも増殖し
39.3度以上で死滅するといわれているそうだ


現代の食生活を見直すことによって
体の中の免疫力を蘇えらせる事ができる

そうしてガンは克服できるという

またガンの増殖を防ぐ為には体を温める事が必要だという事だった


いろんな健康法や体験談を読んでも
疑り深い僕は
あまり簡単に信用しない


だがこの記事は
妙に僕の心を揺さぶった


それはちゃんとした根拠と正しい手段が示されているからこそ
真実を伝える重みがひしひしと感じられたからだった


この女性の方は自らの体験を本にまとめた


ムラキテルミ
「DR.石原メソッド ガンは自宅で治す」
KKベストセラーズ

という本だ


興味をもたれた方は一度読んでみたらいかがでしょうか。






最近 石原結實(ゆうみ)さんという方の
「食べない健康法」という本を読んでいます

この方の本を読んでみたいと思ったのは
病院の待合室で読んだ女性週刊誌がきっかけでした
その内容は後日また日記に書きたいと思います

要するに末期ガンと宣告された方がこの方の勧める健康法を実践した結果
ガンを克服したという内容でした

「ガンは自分の体が作り出したものだから、自分の体で治しなさい」

それが石原医師からその方が言われた言葉でした


35年前に比べると
医師の数も医療も格段に進歩しているのにガンによる死者は13万人から35万人に激増し
心筋梗塞や脳梗塞などの血管病も増加している
更に糖尿病、高脂血症、高血圧、肥満の人はどんどん増え続けている

この現代病は日本人の食生活の変化と深く関わっている
いわゆる欧米型の肉、卵、バター、牛乳といった栄養食品の食べ過ぎだ

実は食べ過ぎはありとあらゆる病気の患者を増やし
いくら医学が発達しても対処できない症状を招いている

何故なら「食べすぎ」は免疫力を低下させるからだ


「免疫」とは文字通り「疫=病気」を免れるために体に備わった能力のことである
簡単に言えば我々の体の血液の中を勝手に泳ぎ回っている「白血球」というアメーバのような生物の力のことを言う

我々がお腹いっぱいに飲食すると食物中の栄養素が胃腸から血液に吸収されて血液中の栄養状態もよくなる
するとそれを食べた白血球も満腹になり外からバイ菌やアレルゲンが侵入してきても体内でガン細胞が発生しても充分に食べようとしなくなる
つまり「免疫力」は落ちるのである

逆に我々が空腹の時は
血液中の栄養状態も低下し白血球も充分に栄養を摂れず空腹になるので
バイ菌やアレルゲン、ガン細胞を貧食、処理する能力が高まる
つまり免疫力は増強するのだ


我々人間も動物も病気をすると食欲がなくなるのは白血球の力を強めて病気を治そうとする反応に他ならない

よって日頃
腹八分に食べて少し空腹を感じるくらいの水準で過ごすと病気にかかりにくくなるのだ


では石原医師の勧める食生活とはどのようなものだろうか

基本的には次のようなものである


朝 ニンジンとリンゴのジュースをコップ2杯

昼 とろろそば

夜 何でも好きなものを食べる


加齢によりこれでも太り気味の場合は
昼に生姜紅茶を2杯だけ飲む


極めて簡単なことですね



人間の体の生理の鉄則として
「吸収は排泄を阻害する」
と言われている

飲食が多すぎると
その消化、吸収のために血液が胃や小腸な集まりすぎて
排泄臓器である大腸、直腸、腎臓、膀胱、汗腺
などへの血行が比較的悪くなり大便、小便、汗などの排泄が低下する

これにより体内に余分な老廃物、余剰物、水分をため血液を汚し万病のもとになる
水分の排泄低下は即「むくみ」や体重増加につながる


逆に少食生活を続けると

体重がその人の理想体重になり
体のだるさがとれ
頭脳が明晰になり
性欲が強くなり
ストレスに強くなる

という


いいことだらけですね


自分は以前日記に書いたナチュラル・ハイジーンという健康法をいまもユルくではありますが実践しています

その健康法はこの食べない健康法に重なるものが多く共感できました

実際自分も体の不調からかなり解放されて健康診断でも問題とされた数値がかなり改善されました
なによりも体調がいいことがうれしいです

今後この食べない健康法も少しずつ取り入れていきたいと考えています


この健康法に興味がある方は一度この本を読んでみたらいかがでしょうか

出版社はPHP文庫で476円です。






フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェは
1844年ドイツの東部ザクセン州の小さな村レッケンで
牧師の両親のもとに生まれる

父親は5歳の時に他界し
一家はナウムブルクに移り住む

母と妹、祖母、亡くなった父の姉二人と女性ばかりの中で育つ

成績は幼い頃から優秀でピアノも得意だった

ただ小さい頃から集団生活が苦手で
本当にに気持ちの通じる仲間1~2人と付き合うようなタイプで
それは生涯変わらなかった

20歳にボン大学に入学し、翌年1865年にライプツィヒ大学に移り有名な学者であったリッチュル教授のもとで古典文献学を学ぶ

ニーチェが在学中に書いた論文が学内で賞を獲得し
リッチュル教授の推薦により24歳の若さで
ニーチェはスイスのバーゼル大学の古典文献学員外教授の職を得るという異例の出世をする

ところが彼が28歳の時に書いた処女作「悲劇の誕生」は学界から受け入れられず
体調も崩してしまった彼は79年に大学を退職する

彼は文筆業で身を立てたいと考えたものの
本は売れずに大学からの年金で生活を送っていた


37歳の時
スイスのジルス・マリア滞在中
シルバァプラナ湖のほとりを散歩中
「永遠回帰」の思想がニーチェに降りてくる

38歳の時
ロシア生まれの
ルー・ザロメという21歳の才女と知り合う
結婚を2度申し込むが断られる

しかし彼女はとんでもない提案をした
それは当時ニーチェの友人だったパウル・レーとの3人の共同生活をしようというのだ
パウルもまたルーに恋していたのだ
この奇妙な三角関係は実現したものの
3週間で破綻する

しかしこの時間はニーチェにとってとても幸福なことだった


39歳の時
「ツァラトゥストラ」第1部をわずか10日間で完成させる
そしてニーチェは次々とたくさんの本を書きあげる

しかし相変わらず世間の評価は低かった


45歳の時
滞在中のトリノで昏倒し精神に異常をきたす

その後母親と妹に看病されながら10年ほど過ごす

この頃からニーチェの評価が徐々に高まってゆく

1900年
55歳の時
ワイマールで死去


孤独な寂しい生涯だった


ニーチェが本当に評価されるようなったのは病気に倒れた後だった

若くして名声を得ながら生涯自分の論文が評価される事なく独身のまま死を迎えた

そんな彼が「ツァラトゥストラ」を書いたということがなんだか皮肉なようにも思える


いや
だからこそ書けたのかもしれないとも思うのだ

彼自身がルサンチマンに陥っても仕方がない運命に翻弄されたのに

それでも彼は心から「永遠回帰」を
本当に受け入れたのではないかと思う


改めて彼の生涯を振り返ってみると
切ない気持ちと同時に
「ツァラトゥストラ」
の重みを
改めて感じずにはいられないのだ。