僕が入部したのは
「学生セツルメント」
というサークルだった

「セツルメント」というのは
もともとは帝国大学(いまの東京大学)から始まったサークルで
戦前に於いては
学生が極貧層の地域に入って医療や教育の専門知識を生かす為の社会的な地域活動を行なっていたものだった

しかし戦後の経済発展で極貧層が無くなってからは
学生が地域社会と関わることで大学で学問を学ぶことがどのように社会に役立つのかを学ぶ場として活動し
そうした中で自己を成長させるためのサークル活動として位置づけられようになった

具体的に言えば
特定の「地域」に毎週行って子供を集めて集団遊びをする

その事を「実践」と呼び
その「実践」の中で学生がどのような「働きかけ」をし
どのように子供が成長していったかを毎回レポートに書いて学生同士が討論し
その中で学生自身も成長していくというのがこのサークルの理念だった

人付き合いの苦手な僕には最もふさわしくないサークルだった

しかし
だからこそやってみたいと思った

変わりたい自分を
どうしたら変えることができるのか
自分にとっての冒険が「セツルメント」に入ることだったのだ

その結論にたどり着くまでに僕は1ヶ月近く悩み続けた

だから僕がそのサークルに入った時
僕はそこの新入生の一番最後だった

サークルの中は
対象となる子供の年齢に合わせて6つのパートに別れていた
下は3歳児から上は中学生までだった

一番低い年齢層が
ひよっこパートと呼ばれ
3歳~4歳が対象だった

次が
ひまわりパートで
5歳~6歳が対象

ありんこパートが
7歳~8歳

じゃんけんパートが
9歳~10歳

ガキ大将パートが
11歳~12歳

そして
中学生パートが
13歳~15歳だった



ギンガムチェックのスカーフの彼女はひよっこパートのセツラー(セツル活動をする学生はこう呼ばれた)でピーという人だった
ピーは社会福祉学部の4年生だった


僕が選んだパートは小学3・4年生を対象にした
じゃんけんパートだった

ピーには惹かれていたが幼児を相手にする自信がなかった
小学生なら一緒に遊べば自分も楽しいだろうと思ったのだ

僕の通っていた大学はほとんどの学生が本名でなくニックネームで呼び合っていた
僕は「ナッツ」というニックネームがつけられた
なんだか恥ずかしかった


じゃんけんパートには
4年生のトンボ(♂)
2年生のアール(♂)、スヌーピー(♀)
1年生は僕を含めて7人がいた
あぶさん(♂)、フデキ(♂)、一発(♂)、チャリンコ(♀)、レモン(♀)、ペコ(♀)、サニー(♀)

総勢10人のパート員はほかのパートに比べて大所帯だった



「なんでみんなニックネームで呼んでるんですか?」

とトンボに聞くと

「それはのぅ 昔はこの大学は政治活動や地域活動をやっとる学生が多くてのぅ 結構警察から目をつけられとったんじゃ。その為に氏名を知られんようにニックネームで呼びあっとったんじゃ。それに名前で呼ぶよりもニックネームで呼び合ったほうが楽しいじゃろ」

とトンボは楽しそうに笑った


サークル室は学生会館の3階にあった
学生会館は鉄筋コンクリートの4階建てで学生に管理を任された各サークルの部室の集合体だった


中に入ると古い新聞が床に散乱した汚い建物で
部室からベランダにでると
いろんなサークルの人の様子を見ることができた

ギターを弾いて歌を歌っている人
タバコを吸って外を眺めている人
2~3人で議論している人


こうして僕の学生生活が本格的に始まった

世間知らずの僕には
何もかもが新鮮だった。







いまから25年以上も前の4月のことだった

僕はある地方都市の大学生になって大学の門をくぐった
桜の花がちょうど満開に咲いていた

誰ひとり知り合いもなく少し心細いながらも
新しく始まる生活に
ワクワクした気持ちでキャンパスの中をウロウロしていた

講義が終わると
いろんなサークルの人達がビラを片手に声を張り上げて勧誘活動をしていた

体育系サークルにしようか
文化系サークルにしようか

迷ってる僕の肩を後ろからトントンつつく人がいて振り返ると
いままで見たこともないような爽やかな笑顔の女性がそこに立っていた

彼女は長い髪をひとつに束ねて
白いプラウスに
淡いイエローのベスト
白いジーンズ
そして首に水色のギンガムチェックのスカーフを巻いていた

「君 新入生でしょ?」

僕はびっくりして

「はい」

とだけ答えた


それまであんなに爽やかで
あんなに優しい笑顔の女性に話しかけられた事など一度も無かったのだ

その人はニコニコ笑いながら

「どこから通ってるの?」
とか

「なんでこの大学を受けたの?」
とか
たくさんの話をしてくれて

「私達ね、こんなサークルをやってるの。ここに簡単な紹介が書いてあるから読んでみて。それでもし興味があったら、ほらあそこにある学生会館に部室があるから寄ってみて」

そういうと笑顔で手を振って学生会館に消えていった

僕はただただ
彼女のギンガムチェックのスカーフを後ろからぼんやり眺めていた

爽やかな笑顔と
優しい眼差しが
いつまでも余韻として残った


午後の講義の時間
なんだか教授の話も頭に入らず
ポケットの中から
さっきもらった小冊子を取り出して僕は読みふけった

それはボランティアのようにある地域に入って子供を集め
遊んで集団主義教育について考えたり
地域の人達と話していくといった地域実践系のサークルだった

なんだか難しそうだな…

自分にはあまり向いてなさそうなサークルだと思った

もっと自分向きのサークルに入ったほうが学生生活を楽しめそうな気がした

そんな気持ちがあって
僕は他のサークルをいろいろと覗かせてもらった

でも家に帰って部屋で寝ころんでいると
あのサークルの事が何度も思い出された


思い起こせば
僕は高校時代ずいぶんと無気力な学生生活を送ってきた

めんどくさい事には背を向けて
決められた事を淡々とこなしてきた
大きな問題もなかったが感動も無かった

そんな自分が本当は嫌だったし
できれば変わりたかった


きっと高校生の僕は
喜怒哀楽のない能面のような顔をしていたのだと思う

そこまで考えた時に
ギンガムチェックの彼女の笑顔が浮かんだ


そうか

僕はあの時
彼女が美人だから心惹かれたのではなく
生き生きとした生き方が顔に表れていたから
強く惹かれたのだと気がついた

もしあのサークルに入ったら僕も彼女のようになれるかもしれない


それから数日悩み続けた

そして一週間ほどしてから学生会館のあのサークルボックスを訪ねた


中にはたくさんの男や女がいて
素晴らしい笑顔で僕を迎えてくれた

「えっ?もしかして入部希望者?」

みんながガヤガヤと騒ぎ出した時に奥から顔を出した人がいた

「あっ!あの時の彼じゃない!来てくれたんだ」

そう言って
あの時の彼女が笑顔で迎えてくれた

「よろしくお願いします!」


なんだか恥ずかしくて顔が熱くなった
僕の笑顔はきっと緊張でひきつっていたに違いなかった


僕もいつかみんなのような本当の笑顔になれるだろうか


ギンガムチェックの彼女はうれしそうに僕を遠くから眺めていた。







また新しい一年が始まったね



昨日テレビを見ていたら

いつか君が話してくれた街が紹介されていたよ

君が何年か前に住んでいた街



君の話でイメージしていた街よりもずっと大きな都会だったからずいぶんと驚いたよ



大掃除の途中だったけど
テレビに目が釘付けになってしまった



駅前の大きなメインストリート

君もここを何度も歩いていたんだろうか


少し路地に入ったところにあるフォーク喫茶の店

君もここで紅茶を飲んで若者のライヴに耳を傾けたんだろうか


駅裏に並ぶ居酒屋や飲食店

君もこの中のどこかの店に入って空腹を満たしたのだろうか
もしかして
お気に入りの店を見つけてそこの常連になったのかもしれないね


少し離れたところにある橋の上では
若者が路上ライヴをしたり恋人達が手を繋いで歩いている

夕暮れに浮かび上がる欄干の照明と
川をゆっくり進む船


君もここを歩き
この風景を見ながら家路に着いたのだろうか



この街で
君は青春を楽しんだのだろうか

それとも苦い思い出を重ねたのだろうか



僕はカメラが写すその街を見ながら
君がこの街で過ごした日々を勝手に想像しては
なんだかセンチメンタルな気分に浸っていた



僕は未来の希望を語る君が好きだった

それがどんな夢だったとしても
叶えてあげられるなら
助けてあげたかった



でも本当は

僕はただ君のそばにいたかっただけなんだ

君が僕のそばにいてくれたら
それだけで僕は幸せだったんだ



いま

君は

どんな街で暮らしているんだろう


お腹を空かせてないだろうか


笑顔を無くしてないだろうか



いま


幸せだろうか