毎週土日に地域から帰るバスに僕と同じ町から通っている二人の新人セツラーとよく一緒になった

僕らの大学には社会福祉学部、経済学部、短大の保育学部があって
二人とも短大生で小学1・2年生担当のありんこパートだった

一人はオケラという笑顔の素敵な可愛い子で
もう一人はペスというきれいな子だった

帰るバスや電車で自然と話すようになった

「セツルは続けたいけど拘束される時間が長いから時々辞めたくなるの。短大生は入学した年と卒業する年しかないのよ。もっといろんなことがしたいのに時間がない」

というのが二人の口癖だった


確かにそうだ
自分でも毎日が忙しくてたまらなかった
家に帰るのは遅いし
朝起きるのは早い
疲れて溜まって体が重くて仕方がなかった

ある日パート会の討論が進まなくて8時を過ぎてしまった

するとあぶさん(一年生♂)が声をかけてくれた

「良かったらうちに泊まっていかない?いまから帰るの大変でしょ」

あぶさんの下宿は大学からバスで20分ほどのところにある酒場街で有名な場所に下宿していた

5階建ての鉄筋コンクリートの古い建物で部屋は
3畳ほどの一間だったがありがたかった


「ナッツくん、なにかいま楽しみある?セツルばかりやってても疲れちゃうでしょ。なんか原動力っていうかさ、生き甲斐が欲しいよね」

「そうだよね、本当に疲れちゃうよね。あぶさんは何か原動力ってある?」

「ナッツくん、サークルの中でいいなぁって思う女の子いないの?」

「あっ、そっちのことね。う~ん…ピーとかサニーとかオケラかな」

「オレはトマトとペスとレモンかな」

「あや~、あぶさんって本当に面食いだなぁ。負けるわ」

「でもオレって本当に口べただからなぁ」

「よく言うよ、あぶさんの半分でも口が達者だったら自分でもすぐに彼女ができるのになぁ、っていつも思うよ」

「あはは、それ褒めてるの?それとも…?」

「いや、褒めてる、褒めてる」

二人で顔を見合わせ思わず笑った

そんな話を敷いた布団の中で夜中まで話していた


それがきっかけになって
急にあぶさんとの距離が近くなったような気がした

みんなの中ではなかなか話せない僕だったが
一対一では話すことができた

そっか自分でもそんなところからやっていけるのではないかと考えるようになった

それからというもの
遅くなった時に

「うちに泊まっていく?」
と言われたらできるだけ甘えるようにした


ある日
ありんこパートのジェレミー(2年生♂)が

「良かったらうちに来るか?」

と言ってくれたので泊めてもらった

ジェレミーの下宿は6畳ぐらいの広さできちんと整理されたきれいな部屋だった

酒を少し飲んで話すうちにジェレミーもサークルに入るのが遅くて
初めは自分を出せなくていつも黙ってみんなの話を聞くだけだったそうだ


信じられなかった
みんなの中で冗談をよく言っては場を盛り上げる陽気なジェレミーが初めはそんなふうだったとは


朝、目を覚ますと隣にひまわりパート(5・6歳担当)のヌルヌルが知らないうちに寝ていた

ヌルヌルもジェレミーと同じ2年生の男だった


「ヌルヌルって変わったセツラーネームですね」

とトーストとコーヒーを食べながら聞くと

「そうなんだわ。みんなが一番気持ち悪い名前にしよう、って言ってこんな名前になってしもうたんだ。そういえばナッツも工業高校なんやろ。オレも工業高校なんや。このハンデはでかいで。女慣れしとらんからオレもなかなか彼女ができんのだわ」

「あぁ、確かに。喫茶店でパート会やった時に自分の飲んだ飲み物を『ちょっと飲ませて』って女の子でも平気で回し飲みするじゃないですか。あれはビックリした。あれ?もしかして僕のこと好きなのかなって」

「ふっふっふ、分かる分かる。あれは工業高校生にはあり得んことやもんなぁ。工業高校生は女の子の飲んだところを覚えとって、そこを飲むんや」

「あはは、そんなことしないですよ。ヌルヌルはするの」

「内緒」

お互いに顔を見合わせて大爆笑した


なんだかこのサークルって面白いな

やっと心から楽しめる入口を見つけたような気がした。










新歓合宿の一週間後
初めて「地域」に入った


土曜日の昼のことだったまずは家庭訪問だ

僕は2年生のスヌーピーという女の人に同行してもらい
大学からバスで20分ほど揺られた郊外の住宅地域に降り立った


そこは市営住宅が何百戸と並ぶ大きな言わばベッドタウンだった

ここで子供達を集めて毎週遊ぶことになるのだ
いよいよ本当の意味での活動が始まる

そう思うと武者震いが自然と出たのだった

家庭訪問はセツラー(僕らはこう呼ばれた)一人につき6人ぐらいを担当した

次の日の実践の連絡や子供の家での様子やお母さんの子供に対する願いを聞いたりするのが主な目的だった

思ったよりもお母さんが気さくに話してくれて安心した

新しく入ったセツラーが来たというので
子供が出てきて話かけてくる子もいた

「このセツラーなんて名前なの?」
と小学3年生の女の子に聞かれた

「ナッツだよ。よろしくね」
と言うと

「変な名前!それにあんまりカッコ良くないね。アールみたいにカッコ良かったらいいのに」

がび~ん

はっきりいう子だなぁ
でも確かにそうかもなぁ


6件の家庭訪問が終わると3時間ぐらいが経過していた
簡単に連絡事項だけ伝えて終わる家もあれば
子供のことや世間話をいっぱいしてくれる面白いお母さんもいた

もう外は暗くてなりかけていた
スヌーピーに連れられて歩いてバスの終点まで行くと他のパートのセツラーがたくさんいた

そこには市場があって
八百屋、肉屋、魚屋があった
この地域の台所のような場所だった

その一角に焼きそば屋があって
そこはセツラーのたまり場だった

「ここのお母さんにはいつもお世話になってるの。みんな家庭訪問や実践が終わるとここで焼きそばを食べていくの。お母さん、この子新入生、ナッツっていうの。よろしくね」

「ナッツです。よろしくお願いします」

お母さんは焼きそばを忙しそうに作りながら不機嫌そうに僕をジロリと見ながら少しだけ頷いた

スヌーピーが困った顔をして笑った

「あたし何か食べようかな?ナッツもどう?」

「あっ、はい。え~っとそれじゃあ卵入りの大盛り焼きそばお願いします」

お母さんは無言で目の前の鉄板で焼きそばを作ってくれた

「美味しい!すごく美味しいです」

お世辞ではなかった
焼きそばのソースが麺に絶妙に絡み合っていて
半熟の卵もとても美味しかったのだ

お母さんの顔に少しだけ笑顔が拡がった


夕日が落ちて暗くなった頃
バスに乗って家に帰った
電車に乗り継ぎ
更にバスに乗って家に帰ると夜の9時だった



翌日の日曜日は初めての実践だった

朝6時に起きてまず大学まで行った
そこで待ち合わせたセツラー達とバスに乗って「地域」へ

実践は地域にある二つの公園でいろんなパートが分かれて行われていた

僕が第二公園に行くと子供がもう20人ぐらい集まっていた

果たして子供がなついてくれるだろうか
少し不安な気持ちになった
昨日家庭訪問した一人の実(みのる)の顔も見える

まずサッカーをやる事になった
子供とセツラーを混成した二つのチームを作り
ゲームが始まった
初めは子供をどう扱っていいのか分からずに戸惑っていたが

ゲームが進むに連れて自分も真剣にボールに向かうようになって子供に帰ったような気持ちになって走り回った

4年生のトンボも情け容赦なくボールを蹴っていた

そっか
子供だからといって遠慮をしないで自分も楽しめばいいんだ

なんだか楽しくなってきた

気持ちいい汗をかいた

後半は野球をやる事になった
楽しそうに夢中になっている子供もいたが
野球の得意でない2、3人の女の子が集団から外れてしまった
結局その子達は最後までゲームに加わることが無かった


ゲーム後に反省会をした

「女の子が途中からやる気がなくてつまらなかった」
と男の子から意見がでた


次の実践の予定を決めて12時頃に終わった

3時間も遊んでいたのだ

楽しかった

単純に子供と遊ぶ事が心から楽しかった

アールと市場に行ってまた焼きそばを食べた

「初めての実践どうだった?」
とアール

「初めは子供がなついてくれるか心配だったけど楽しかったです」

「まずは自分も子供になって真剣に遊ぶ事が大切だよ。でもそれに慣れたら子供に『願い』を持つことが必要だよ」

「願い?」

「そう、願いだよ。俺たちはただ子供と遊ぶだけでは駄目なんだよ。例えば野球の時にゲームから抜けてしまった女の子がいただろ。あの子達を巻き込んで集団として遊びを作りあげるには『願い』を持って『働きかける』ことが必要なんだ」

「『願い』?『働きかけ』?」


アールは2年生の男
なかなか男前で子供とも真剣に向き合うし
セツラー同士の話し合いでもひと味違う切り口で
議論を盛り上げる凄い先輩だった

僕は一目置いていた


う~ん、やっぱりアールの言うことは奥が深いなぁ


いまはまだ分からないことばかりだけど
続けていけば何か大きなものが得られそうな予感がしていた

やっぱりこのサークルを選んだのは正解だったかもしれない

自分の選択は間違ってなかった

そんな気持ちが湧いてきたのだった



ただ僕は家から通う自宅生で大学まで通うのに2時間ほどかかった

セツルの活動は土、日、月、水、金だった

土曜日は家庭訪問
日曜日は実践
あとの3日は討論だった

つまり週に5日もサークルに取られるのだ

本業である講義に出てからパート会議が終わって帰ると毎回9時を過ぎていた

夕食を食べて風呂に入るとくたくたですぐに寝ることが多く
疲れはどんどん溜まり

睡眠不足と体調不良からしょっちゅう風邪をひいていた

あまりにも体調が悪いので体重を測ると
2週間に1キロずつ減っていたのだった。










「海を越えて、想いを込めて、新しい握手が、いままた生まれる、当たり前の僕らが…」

セツルメントの学生が集まるとみんなでよく歌を歌った
みんなで輪を作り
肩を組んで声を合わせて歌った

それは校歌や流行歌などではなく
独特の学生歌や労働者のことを歌った歌だった
冒頭の歌詞もそんな歌の一つだった
僕が入部した当時の新入生歓迎のいわばテーマソングだった

まだ何もセツルメントのことが分からない僕だったが
みんなで歌を歌っていると不思議な連帯感や力強さが沸き上がってくるのだった


講義が終わって暇になるとサークル室に顔を出すのが日課になった

そこに行けばいつも誰かが2~5人ほどいた

みんな暇つぶしに来てはいろんな事を話して笑っていた

僕はまだみんなに馴染めずに話をただただ聞いてうなづいていた

もともと人見知りの僕はなかなか話の輪に入っていけず
段々とそこにいるだけで苦痛になっていった


「しまった~やっぱりここは自分のいるべき場所じゃない。もっと自分の性格に合ったサークルを選ぶべきだった」

いつしかそんな事を考えるようになっていて
このサークルを辞めようと考えていた


「ナッツくん、今度の金土に新歓合宿があるんだけど、出るでしょ」
同じパートの新入生のあぶさんが言った

彼は同じ経済学部だった
一年前に違う大学に入ったのだが何故か一年でその大学を辞めて今年からこの大学に入ったらしい
そんな彼はとても大人に見えた

誰とでも気軽に喋り
笑い声の絶えない彼を
僕は眩しい思いでいつも見つめていた

「えっ?それってみんな出るの?」

「うん、新入生は特に出たほうがいいよ。楽しいみたいだよ」

「う~ん、じゃあ出る」


本当は気が進まなかったが仕方なく出ることにした
金曜日の講義が終わると集まった人達からいくつかのグループに分かれて出発した

地下鉄、電車に乗り換えて約2時間
海沿いの民宿に到着した


総勢30人ぐらいが集まった
この他に用事でこれない人や休部してる人を足すと全部で60人ぐらいになるという

着くとすぐに夕食となりその後コンパが始まった

勝手が分からずに呆然としている僕に次々とビールを片手にもった先輩達がやってきた

「あの僕ビール飲めないのでジュースにします」
と言うと

「まぁまぁ 寂しい事言わないでよ。コップ半分だけでいいからさ」

「はぁ」


恥ずかしながらそれまで舐める程度しか飲んだ事のないビールは
苦くてとても美味しいものではなかった

「なんだ大丈夫じゃないか」

「いやあの、本当に駄目なんです」

「ちょびちょび飲むよりぐいって飲んだほうが美味いんだよ」

「でも無理です」

「いいじゃない、いいじゃない」

と入れ替わり立ち替わり何人もの人達に注がれ
いつしか僕の顔は真っ赤っ赤になり頭がグルグルした

その後
各パートごとにスタンツがあって寸劇や歌やダンスがあった

幼児パートは「たまごたまご」という歌と振り付け

「た~まご、たまごがパチンと割れて、可愛いヒヨコがびょっ ぴよっ ぴょっ。ま~可愛い!ぴょっ ぴょっ ぴょっ」

ってやつで
幼児向けの踊りをいい若者が真剣にやる姿がなんだかとてもおかしかった

児童パートは「これっくらいの、お弁当箱に、おにぎり、おにぎり、ちょっとつめて…」
とか
「お化粧の歌」とかいうのをやっていた

「おしろい塗って、口紅つけて、ラインを引いたらつけまつげ、今日は彼とデート、今日は彼とデート…」

っていう歌で思わず笑ってしまった


そんな調子でコンパは延々と3時間ぐらい続き
僕は疲れて眠くなっていた

コンパが終わるとみんなで海まで散歩に出かけた

「これからはもう寝るんですよね」
とアール(同じパートの2年生)に聞くと

「な~に言っちゃってるの。これからが本番だよ」

「えっ?まだあるんですか?」

「いまから『夜な夜な語ろう会』だよ。朝までね」

「ひぇ~!」


みんな民宿に戻ると畳の大広間に各パートに分かれて輪になって座り
いろんな話を朝の5時まで語り合った

だが僕はまだよく分からない人達と集団で話す事が本当に苦手で
人の話を聞くのはいいが自発的に話す事がほとんどできなくて
みんなが楽しく盛り上がれば盛り上がるほど
どんどん自分が惨めに思えてくるのだった

やっとおひらきとなり布団の中で

「やっぱりこのサークルは無理だ。もう少ししたら辞めよう」

そう僕は考えていた


朝は8時に起こされた


なんだって~
まだ全然寝てないのに…



朝食後に「入セツ式」と言って新入生一人一人に入セツ証書が配られた

それから海辺に出て「ネコとネズミ」という集団遊びをした
みんな真剣にやってることが楽しかった

その直後2~3人の先輩達がみんなに手と足を捕まれて海の中に放り込まれた

「なんだこれは!なんて無謀な事をするんだ!」

とびっくりしていると

スヌーピー(同じパートの2年生の女性)が

「あ~あ、ジェレミーも落とされちゃった。これねぇ、毎年恒例の行事なの。頑張ってる人を落とすのよ」

と言って笑った

駄目!自分は受け入れられない

僕は心の中でつぶやいた

昼食後グループ討論が2時間ほどあった
朝海に落とされたジェレミー(小学1・2年パートの2年生♂)も同じグループで

「一年生はまだなかなか自分の意見も言っていけないと思うけど、まずはカッコつけないで馬鹿になる事が大事っちゅうのかな。大切な事やんね」

その言葉が僕の心にぐさりと突き刺った

そうだ自分は自分で殻を作って逃げているんだ
まず恥を恐れずに馬鹿になってみよう

合宿の帰りの電車の中で僕は
そう呟いていた

もう少しだけ頑張ってみようかな…



そんな気持ちになっていた。