新歓合宿の一週間後
初めて「地域」に入った
土曜日の昼のことだったまずは家庭訪問だ
僕は2年生のスヌーピーという女の人に同行してもらい
大学からバスで20分ほど揺られた郊外の住宅地域に降り立った
そこは市営住宅が何百戸と並ぶ大きな言わばベッドタウンだった
ここで子供達を集めて毎週遊ぶことになるのだ
いよいよ本当の意味での活動が始まる
そう思うと武者震いが自然と出たのだった
家庭訪問はセツラー(僕らはこう呼ばれた)一人につき6人ぐらいを担当した
次の日の実践の連絡や子供の家での様子やお母さんの子供に対する願いを聞いたりするのが主な目的だった
思ったよりもお母さんが気さくに話してくれて安心した
新しく入ったセツラーが来たというので
子供が出てきて話かけてくる子もいた
「このセツラーなんて名前なの?」
と小学3年生の女の子に聞かれた
「ナッツだよ。よろしくね」
と言うと
「変な名前!それにあんまりカッコ良くないね。アールみたいにカッコ良かったらいいのに」
がび~ん
はっきりいう子だなぁ
でも確かにそうかもなぁ
6件の家庭訪問が終わると3時間ぐらいが経過していた
簡単に連絡事項だけ伝えて終わる家もあれば
子供のことや世間話をいっぱいしてくれる面白いお母さんもいた
もう外は暗くてなりかけていた
スヌーピーに連れられて歩いてバスの終点まで行くと他のパートのセツラーがたくさんいた
そこには市場があって
八百屋、肉屋、魚屋があった
この地域の台所のような場所だった
その一角に焼きそば屋があって
そこはセツラーのたまり場だった
「ここのお母さんにはいつもお世話になってるの。みんな家庭訪問や実践が終わるとここで焼きそばを食べていくの。お母さん、この子新入生、ナッツっていうの。よろしくね」
「ナッツです。よろしくお願いします」
お母さんは焼きそばを忙しそうに作りながら不機嫌そうに僕をジロリと見ながら少しだけ頷いた
スヌーピーが困った顔をして笑った
「あたし何か食べようかな?ナッツもどう?」
「あっ、はい。え~っとそれじゃあ卵入りの大盛り焼きそばお願いします」
お母さんは無言で目の前の鉄板で焼きそばを作ってくれた
「美味しい!すごく美味しいです」
お世辞ではなかった
焼きそばのソースが麺に絶妙に絡み合っていて
半熟の卵もとても美味しかったのだ
お母さんの顔に少しだけ笑顔が拡がった
夕日が落ちて暗くなった頃
バスに乗って家に帰った
電車に乗り継ぎ
更にバスに乗って家に帰ると夜の9時だった
翌日の日曜日は初めての実践だった
朝6時に起きてまず大学まで行った
そこで待ち合わせたセツラー達とバスに乗って「地域」へ
実践は地域にある二つの公園でいろんなパートが分かれて行われていた
僕が第二公園に行くと子供がもう20人ぐらい集まっていた
果たして子供がなついてくれるだろうか
少し不安な気持ちになった
昨日家庭訪問した一人の実(みのる)の顔も見える
まずサッカーをやる事になった
子供とセツラーを混成した二つのチームを作り
ゲームが始まった
初めは子供をどう扱っていいのか分からずに戸惑っていたが
ゲームが進むに連れて自分も真剣にボールに向かうようになって子供に帰ったような気持ちになって走り回った
4年生のトンボも情け容赦なくボールを蹴っていた
そっか
子供だからといって遠慮をしないで自分も楽しめばいいんだ
なんだか楽しくなってきた
気持ちいい汗をかいた
後半は野球をやる事になった
楽しそうに夢中になっている子供もいたが
野球の得意でない2、3人の女の子が集団から外れてしまった
結局その子達は最後までゲームに加わることが無かった
ゲーム後に反省会をした
「女の子が途中からやる気がなくてつまらなかった」
と男の子から意見がでた
次の実践の予定を決めて12時頃に終わった
3時間も遊んでいたのだ
楽しかった
単純に子供と遊ぶ事が心から楽しかった
アールと市場に行ってまた焼きそばを食べた
「初めての実践どうだった?」
とアール
「初めは子供がなついてくれるか心配だったけど楽しかったです」
「まずは自分も子供になって真剣に遊ぶ事が大切だよ。でもそれに慣れたら子供に『願い』を持つことが必要だよ」
「願い?」
「そう、願いだよ。俺たちはただ子供と遊ぶだけでは駄目なんだよ。例えば野球の時にゲームから抜けてしまった女の子がいただろ。あの子達を巻き込んで集団として遊びを作りあげるには『願い』を持って『働きかける』ことが必要なんだ」
「『願い』?『働きかけ』?」
アールは2年生の男
なかなか男前で子供とも真剣に向き合うし
セツラー同士の話し合いでもひと味違う切り口で
議論を盛り上げる凄い先輩だった
僕は一目置いていた
う~ん、やっぱりアールの言うことは奥が深いなぁ
いまはまだ分からないことばかりだけど
続けていけば何か大きなものが得られそうな予感がしていた
やっぱりこのサークルを選んだのは正解だったかもしれない
自分の選択は間違ってなかった
そんな気持ちが湧いてきたのだった
ただ僕は家から通う自宅生で大学まで通うのに2時間ほどかかった
セツルの活動は土、日、月、水、金だった
土曜日は家庭訪問
日曜日は実践
あとの3日は討論だった
つまり週に5日もサークルに取られるのだ
本業である講義に出てからパート会議が終わって帰ると毎回9時を過ぎていた
夕食を食べて風呂に入るとくたくたですぐに寝ることが多く
疲れはどんどん溜まり
睡眠不足と体調不良からしょっちゅう風邪をひいていた
あまりにも体調が悪いので体重を測ると
2週間に1キロずつ減っていたのだった。