それから10日ほど過ぎた
11月の下旬
夕方にアブさんの下宿に行ってみると

アブさんとユアサがまたまた酒を飲んでいた

寒さで体が冷えていたので
自分も酒をもらって体を温めた

「いまから来るのよ。あの子が…」
とアブさんが言った

「えっ!ミッキーが?」
と聞くとアブさんが頷いた

「じゃあ帰るわ」
と言うと

「いや。いてくれよ」
と言う


すると6時頃にミッキーがやってきた

だがドアのところに立ったまま中に入ろうとしないので
僕とユアサは帰ろうとした

「いいから、ここにいてよ」
とアブさんは言ったのだがそれでもミッキーは入ろうとしないので
結局アブさんがミッキーと出かけることになった

残された僕らはアブさんの冷蔵庫を勝手にさばいて卵やらとっておきのハンバーグを酒のつまみにして食べてしまった

ユアサは生活協同組合に内定した話や大学受験や彼女の話をしてくれた

中でも傑作だったのが彼女の話だった

「始めはさ、その女の子が弁当なんか作ってくれたんだよ。で、そのお礼に一緒に酒を飲みに行ったのさ。それでなんだか盛り上がってかなり飲んだんだよな。その店を出たところまでは記憶があるんだけど、それから後は記憶がなくって…目が覚めたら布団で寝てたんだよ。横を見たらあいつが寝てて、もう朝になっとるんよ。オレが驚いて『あれっ、オレ何かした?』って言ったら、ニコッって笑って、次にボロボロ泣き出すんよ。あれ~?オレもしかしてヤバいことしたんだろうか、って思って一生懸命思い出そうとしたんだけど全然思い出せなくて…それから付き合うようになったんだけど…酒は恐いわ、あの時酒さえ飲まなかったら、こんなことにはならんかったのに。本当に失敗した」

可笑しくて可笑しくて
笑い転げた

いや~
でもユアサは本当にいい奴だ
心底そう思った

アブさんは1時間半ぐらいして帰ってきた
上手くいっているのか、いってないのか
聞いてもはっきりとした答えは返ってこなかった


そろそろ卒論を仕上げなくてはならない季節になっていた
僕の選んだテーマは
「日本の低賃金構造の実態と歴史的変遷」
だった

以前から少しずつ資料を集めてボチボチと書いていたのだが
年明けには定期試験も迫っていたので共倒れしないようにテスト対策のほうも進めていった



やがて年が明けた

定期試験は前もって少しずつ準備していたので慌てるようなこともなかった
ノートや本を持ち込んでもいい科目もあり問題なく単位が取れた

よし!
これで本当に卒業できる

心からほっとした


そんなある夜
ライアンから電話があって、アブさんのお母さんが倒れたという話を聞いた
明日にはアブさんは北海道に帰るという
状況次第では名古屋を引き払って北海道で仕事を探すか
教員試験を改めて受けるかもしれないということだった

2月に入ると卒セツ生の卒業旅行があって卒セツ式があった
アブさんは北海道に帰ったままで欠席だった
お祭り男のアブさんがいない旅行や卒セツ式は少し盛り上りに欠けた

卒セツ式は大学の1号館の一室を借りて行われた
まずパーマンの挨拶から始まり
ヒョッコパートから順に卒セツ証書の授与が行われた
ジャンケンパート山根ブロックはアブさんとレモンが欠席だったので
僕1人が卒セツ証書をコロコロから受け取った

「卒セツ証書、ナッツ殿。入セツされて以来、純粋なあなたは半分下宿生としてセツルに根づかれました。なんと言っても実践のナッツ。子供の姿をリアルにレポートに書いたり、物まね口調で語ったりする力と姿、まさにセツラーの鏡でした。反面、「ラーメン頭」「おかまのナッツ」「サッカーしてもいいけどナッツがいるからダメ」と子供からバカにされる中、強く逞しく成長されてきました。サークルでも芸に歌に、まさにみんなに愛されたナッツでした。どーしようもないパート員を支えてきてくれて本当にありがとう。これからの社会人としてのナッツの前途を祝し、ここに卒セツを証します。2月21日ジャンケンパート山根一同」

卒セツ証書の内容は各パートの在校生が考える

傑作だったのはライアンと火星人の証書だった

ライアンのは
「誰かにジッと見られているように思って振り返ると、いつでもそこにいたのはライアンでした」
とカブが読み上げれば

火星人のは
「資本主義の搾取に怒り狂う火星人…」
とタンボが読み上げ
みんな大爆笑だった

やがて在校生から送辞
卒セツ生から答辞の構成詩があって
卒セツ生からパート員に贈る言葉があった
さすがに終わる頃にはシンミリとした雰囲気になった
最後はみんなの作った人間橋をくぐって退場した
外に出てから記念写真を撮った

その後、今池の鳥鈴で追い出しコンパがあった
OBやOGのコバン、タマ、ヌルヌル、ドッツン、アメンボ、イモ、ヤモが来てくれた
遅れてレモンも合流した

2次会に喫茶店に行って
3次会はペントハウスというパブに行った
初めはアナグマ、プッチ、マルチン、メバエ、スコップというメンバーで飲んでいたのだが
アナグマがプッチにばかり話しかけていて
だんだんと口説きモードになってきたので居心地が悪くて
タマとチャリンコのところに逃げ込んだ

なんだかなぁ~
最近飲み会になると口説いてるパターンが多くて
自分はそれが嫌でどうも楽しめないのだ

タマやチャリンコはそういう雰囲気がなくて純粋に楽しめたので良かった

コロコロとも少し話して
「同じ町だから、卒業してもたまには連絡してください」
と言われて思わずにやけてしまった

2時過ぎにやっとお開きになってタクシーでアナグマ、ライアン、タマの4人でアナグマの下宿まで行って寝た

あぁ、これで本当に終りだ
これで4年間の大学生活が終わるんだ

いい4年間だったな
でもやっぱり寂しいものだ
もし許されるならもっとこのまま学生でいたい
セツルを続けたい

後はライアンと二人で車で九州まで卒業旅行にいくだけになってしまった

寂しい
寂しい


振り返れば夢のような楽しい時間だった

でももう気持ちを切り替えないとな。





僕とライアンはアブさんの下宿に行き
3人で川の字になって寝た

明日の朝にオコシは帰ってしまう
どうしよう
名古屋駅まで見送りに行こうか
だが何時に帰るのかも聞いてなかった

駅まで追いかけてどうするんだ?
今さら何を言おうというんだ?

寝転んで話しているうちにいつの間にか眠ってしまった
何度もオコシの夢を見た



翌朝目が覚めるともう10時だった
もう手遅れだな…

外はいつの間にか強い雨が降っていた
今ごろオコシはどのあたりだろう?
きっともう大阪ぐらいまで行ってしまったんだろうな

自分はせっかくのチャンスをみすみす見逃してしまったんだろうか
もう少しオコシを独占することもできたのではなかったのか

もう本当にこれが最後なのかもしれない…
いつか僕はこの日のことを後悔するかもしれない


そんなことを考えながら昼過ぎに家に帰った


その夜に友人のHから電話があった
彼は「○○信用金庫」から内定をもらったと言っていた

「本当かよ。凄いな、良かったじゃないか」
と言うと

「なんか、あれで受かると、あんなもんかな~っていうかな。おれ○○信用金庫を買いかぶり過ぎとったなぁと思ったぞ。お前も受ければ受かってたと思うよ。だってお前のほうがよく知ってたもんな」

う~ん、確かに受けてみないと分からないよなぁ
でも自分は金融業を最終的に外したので悔しいとは思わなかった

翌日に「○ーユー」から速達が届いた
10月25日に話し合いがしたいから印鑑を持って来社して欲しいという内容だった
まだ選考があるのだろうか?
困ったな
そろそろ「○○ナカ」に断りの返事をしなくてはならないのに


すぐに「○ーユー」に電話してみると
25日は入社に必要な書類を作る為のもので
これ以上選考することはないということだった
先日に内定と言ったのは決定と同じで
ただまだ10月なので決定とは書面で書けないのでああゆう手紙になったということだった

良かった
これですっきりと次に進むことができる

すぐに「○○ナカ」に電話して内定辞退の話をした

それなら以前に送った書類にそういう事情を書いた手紙を添えて送って欲しいということだった
少しガッカリした様子だったが仕方ないということで理解してくれた


こんな感じで僕の就職活動は終わった


ライアンも希望していた地元の「○○コシ」というスーパーに決まった

一番の心配事から解放された僕らは残り少ない学生生活を楽しもうと連日遊び呆けていた

大学祭の日一人であちこちを歩き回っていると
アブさんがミッキーを連れていた
少し話しているとミルキーやカールにも会ったのでみんなで中華料理店に行って食事をした
アブさんは故郷の北海道の教員試験の結果がもうすぐ出ると言っていた

「あまり自信がなくてなぁ。でもどうしても教師になりたいんだ」
と不安な気持ちを打ち明けてくれた

それからみんなで後夜祭に出た
広場で学生達とみんなで肩を組んで大声で歌ったり踊ったりした

これで僕の大学生活も終わりだな
そう思うと寂しさが込み上げてきた

解散になると僕はアブさんと二人で彼の下宿に行った

「今日さ、ミッキーと朝から夜までずっと一緒におった。あの子いい子だ~。もう告白しようかなって思ったけど、最後の一言が出んのね。オレは北海道に帰るし…。しかしこれだけ燃えたのは2年ぶりだ~」
そんなことを喋りながらアブさんは寝てしまった


オコシが帰ってから1ヶ月が過ぎていた
彼女から手紙が来るかなぁと思っていたが来なかった
きっと仕事が忙しいんだろう
オコシから手紙がくるまでは自分から手紙を書くのはやめておこうと思っていたが我慢できずに書いてしまった
卒業してもう会えないと思っていたのに来てくれてうれしかった
仕事でつまずくこともあるだろうけど頑張って欲しいと

書いて読み返してみると自分が何を伝えたいのか分からなかった
本当に伝えたい気持ちはこんなことでない

結局僕はオコシに好きだという気持ちを伝えるだけの勇気がないのだ
もしかするとオコシはそんな僕に失望したのかもしれない


数日後、大学に行くと掲示板の前で久しぶりにレモンに会った
就職の近況を聞くと第一志望の公務員試験は駄目だったんだそうだ
最悪の場合は県庁で臨時採用で採ってもらうあてがあるけど
今から企業を探すと言っていた
大変なことだ

アブさんのことが気になったので下宿に行ってみると
アブさんが泣きながら酒を飲んでいた

「ナッツ先生、オレぼつっちゃった…」
酒の酔いで顔が真っ赤だった
教員試験に落ちたということだった
アナグマとユワサも一緒だった
アナグマは酔ってぶっ倒れて寝ていた
ユワサはアブさんを逆につめていた
「ふざけるんじゃないよ。自分の気持ちを誤魔化すんじゃないよ。たかが試験に落ちたぐらいで泣いた奴なんて初めて見たよ。一年ぐらいどうだっていいじゃないか。たかが一回落ちたぐらいで家に帰って、母ちゃんの尻にくっついて農協に行くんか。お前が会社勤めできる男か?聞いてて腹が立つよ!」
そう怒鳴りながらユワサも泣いていた

とても口を挟めない迫力があって
僕はただただ聞いていた

友達のツラい時に何も言えない自分が情けなかった
でもこの場にいてただ悲しみを分けあってやりたいと思っていた

夕方になり少し落ち着いてアナグマのところに行くことになった
7時頃アブさんと二人でアナグマの下宿まで歩いた
「昨日ミッキーと名古屋城に行ってきた。でも、もうアカンな。ナッツ、あの子をよろしく頼む」

「なんでそうなるの?」

「帰りに名城公園に行って、あの子を抱きしめた。そしたらあの子泣き出して、もうアカンわ」

仕方ないので自分がミッキーにアタックしたけどフラれた話をすると

「全く知らんかった」
と驚いていた

そうだったのか
試験だけじゃなくミッキーとのこともあったからあんなやけ酒を煽っていたのか

ツラい事って重なるものだな…

アブさんの心中を思うと僕の心も痛んだ。






いよいよオコシが来る日になった

彼女は朝の9時頃に名古屋に着くというので
僕はいつもより早めに家を出て大学に向かった

9時半頃に大学に到着した
もしかして既にサークル室にオコシが来ているんじゃないだろうかと思い
急いで学館の階段を登った
だがいたのはコロコロとアンチとチクワだけだった

良かった~
オコシより早く着くことができて

落ち着かない気持ちで待っていると10時ちょっと前にドアをノックする音がした
「はい、どうぞ!」
と声をかけると
恥ずかしそうにドアを開けてオコシが入ってきた

オコシはベージュのワンピースに胸にペンダントを付けて
髪はショートカットでゆるいパーマをかけていた目もとはアイシャドーでメイクしていてとてもきれいになっていた
ニコニコして
「あ~、なんか胸がドキドキしとる。大学に入るのも入りずらくて今も学館の裏から登ってきたんよ」
頬が赤くなっていて可愛かった
「名古屋にはいつ頃着いたの?」
「9時頃に着いた。昨日の夜11時頃に実家を出てきたんよ」
「よく来たね。どっか行きたいところとか、会いたい人とか、やりたいこととかある?」
「え~、別にないけど」
「今からどうしようね?」
「どうしようか?」
「チャリンコのとこでも行こうか?」
「うん、いいよ」
そんな感じでとりあえずチャリンコの下宿に行くことにした

二人で歩きながら下宿に向かった
「まだ胸がドキドキしとる」
「ふふふ。そんなに緊張する?」
「うん」

チャリンコの下宿に着くと丁度チャリンコが友達のノリ子さんと出かけるところだった

突然の来客にチャリンコだけ部屋に戻ってくれることになって
3人でいろいろと話した

保育の仕事場というのは女ばかりで意外と陰険で何かと気苦労が多いんだそうだ
男の人と知り合う機会なんてなかなか無いみたいでいい人なんてできない
と言っていた

昼頃に帰ってきたノリ子さんと4人で大学に戻った
1号館の前で話していると段々と人が集まってきた
ペコ、タゴサク、ボッチ、リッツ、タケ、ゼキ

行ける人を集めてロイヤルホストに昼御飯を食べに行った
僕は道中でアブさんを呼びに行って集まったのは

タゴサク、チャリンコ、ペコ、ノリ子さん、シツレイ、アブさん、ゼキ、スコップだった
みんなでオコシを囲んで会話が盛り上がった

それからサークル室に戻るとミッキーとチョビがいて話が弾んだ
今夜はポテトの下宿でコンパをやることになって
オコシはポテトの下宿に行った

僕はそれまで暇なのでアブさんとジャンケンパートのパート会に出て
夜の8時頃にアブさんと二人でポテトの下宿に行った

既にかなりの料理が出来ていた
作ったのはポテトとペコとオコシだそうだ
え~主役なのにオコシも作ったの?

集まったのはオコシ、ペコ、ポテト、ボッチ、アブさん、火星人、チョビ、ゴキボン、ミッキー、メンチ、オスギ、ピーコ、ショゲ、ボンボン、チッチ、スコップ、ライアン、ジャケイ、パーマン、ジョンソン、アンポンだった
総勢22人という盛大なコンパだった

料理をつついて、ビールを飲んで、歌を歌うという楽しいコンパだった

夜が更けていった

アブさんが突然
「爆弾宣言!」と言いながら僕に向かって
オコシはいま空いているからどーのこーのとか
就職は四国にすればいいとか
ライアン、ボッチ、パーマンまで一緒になって責められた

挙げ句の果てには
今までの恋愛遍歴を語れとか言い出して
僕は身の置き所がなくなってしまった
アブさんは
「この~。カゲで動く影武者!」

まぁ、確かにそうかもしれないけど
そんなに悪者扱いしなくたっていいじゃないか~

みんな少しずつ帰って最終的に夜中の3時頃にお開きになった
オコシはポテトの下宿に泊まることになっているので帰りぎわ握手をして帰った

アブさんの下宿までライアンと3人で歩いて帰った
「あんた、もうオコシに『好きです!』って言えや」
とライアンにさんざん言われた

アブさんがポツリと
「ミッキーいい女になった。オレ、ミッキーにしようかな」
と言ってライアンに向かって
「今度すき焼きパーティーをやってミッキーを呼ぼうぜ」
と言った
もう好きにせいや!

結局寝たのは4時頃だった



朝目が覚めるともう10時だった
パーマンが来てみんなに握り飯を握ってくれた
それをアブさん、ライアン、ジャケイと一緒に食べた

オコシは昼に豊橋まで行ってアメンボに会ってくると言っていた
名古屋に帰って来るのは夜になるだろう

夜まで暇なのでみんなで地域に行ったりライアンの車に乗ってブラブラ遊んでいた
夕食をアブさんの下宿で食べてポテトの下宿にライアンとアブさんと行ったのは夜の9時頃だっ

「アメンボに会ってきた。元気そうだった。豊橋でアメンボとプッチとナーナと待ち合わせして、いろいろと就職の話とかしたんよ」
とオコシが話してくれた
彼女はブルーのタオル地のトレーナーに紺色のジャージ姿でやっぱり可愛かった

しばらくすると、アブさん、ライアン、それにポテトまで消えてしまった

部屋には僕とオコシだけだった
オコシは地域で世話になった鈴木さんに手紙を書いていた

あんにゃろ~
あれほど変なことはするなと言ってたのに…

20分ぐらいしても誰も帰って来なかった
オコシは手紙を書いているので僕はその横で黙って弾けないギターを弾いていた

しばらくするとアブさん、火星人、ライアン、ポテト、タケ、ケーブがやってきた

その夜は昨日とはうって変わって静かな宴会だった
ツマミとお酒を飲みながらシンミリした感じで話をした

僕はなんだか気まずくてずっと聞き役に回っていた

11時を過ぎた頃に市バスの最終便に合わせてポテトの下宿を出た
アブさんとライアンと市バスに乗った

この2日間、オコシが楽しそうにしていた姿が嬉しかった
明日は帰ってしまう

これで良かったのか?
お前はこのままさよならでいいのか?

バスの窓ガラスに映った自分に向かって僕は自問自答を繰り返していた。