会社の研修期間は4月いっぱい続いて
月末に本社で辞令が交付された

僕はそこで大阪営業所勤務を命ぜられた


えっ?いきなり大阪?


そうか…


ショックだったが
名古屋本社にはたぶんいられないだろうとは思っていたから
気持ちはすぐに切り替えられた

帰って両親に

「勤務地が決まったよ。大阪営業所だよ」

と伝えるとやっぱりショックだったようで

「そう、いろいろと準備しないといかんね」

と母が寂しそうに呟いた


5月8日
会議で本社に来ていた大阪営業所のK課長に連れられて大阪に出発した

新幹線に乗って大阪に着くと地下鉄を乗り継いで四ツ橋という駅で降りた

「腹が減っただろ?」
と言ってK課長は僕を喫茶店に連れて行ってくれた

「ここのバターライスが美味いんだ」

えっ?バターライスって何?

「まあ、チャーハンみたいなもんだ」

「じゃあ、僕もバターライスにします」

どうやら大阪名物のひとつらしい
「郷に入れば郷に従え」だ

ところが出てきたのはご飯をバターで炒めたものだったが
大量のタマネギが入っていた!

まさかのタマネギだ
まいったなぁ

僕の一番嫌いな食材だった

外食する時はまずタマネギの入ってないメニューを選ぶのが常だったが油断した…

課長を前に見苦しい姿は見せられないので必死で食べた

何が大阪名物だ!
全然美味くないじゃないか!

もうバターライスなんて二度と注文するもんか!


「どうだ、美味いだろう?」

「はい、美味しいです」

僕はニッコリ笑ってそう言った

あぁ…僕はなんて嘘つきなんだろう
大人になって僕はドンドン嘘つきになっていくに違いない…


大阪営業所は4階建てのビルだった
1階2階が営業所で3階4階が倉庫と寮になっていた
所長に挨拶をすると
担当地域を伝えられた

「君には四国を担当してもらう」

えっ?
四国って広島営業所の担当地域じゃなかったの?

知らなかった

ということは
もしかするとオコシに会えるチャンスがあるかもしれない
思わずニンマリした姿に所長は不思議そうな顔をしていた


寮生は4人
ほとんど出張しているFさん以外は若い人で
一つ上のHさんとOさん
二つ上のNさんだった

3人の先輩はとてもいい人で
ほとんど毎日僕を飲みに誘ってくれた
しかも支払いはいつも先輩がしてくれた
さすがにそれは良くないと思い何度も
「自分も払います」
と言ったのだが
いつも受け入れてくれなかった


新しい営業の仕事が始まった
四国は二人の担当者がいた
一人は30代の強面のK主任で香川県、愛媛県を担当し
もう一人は40代のM係長で徳島県、高知県を担当していた
僕の役割は四県全部を担当し二人のフォローをすることだった
具体的に言うと末端ユーザーの薬局や化粧品店を回って新製品の売り込みをしたり
顧客の意見を集約することだった

僕にも専用の営業車があてがわれて
車内に目一杯商品を積んで大坂南港からフェリーに乗って徳島に向かった

フェリーの乗船時間は3~4時間だった
大きな畳敷きの部屋に座っていたが
ゆっくりとした船の揺れに気分が悪くなりそうだったので外のデッキに出た

強い潮の香りを感じながらひたすら海面や遠くの景色を眺めていた

これから始まる新しい生活に慣れていけるのだろうか
いや
慣れるのではない
自分で自分の道を切り開いていかなければいけないんだ

そんなことをずっと考えていた
やがて海の果てに徳島の港が見えた
初めて徳島の土を踏んだ時は思わず武者震いしたのだった


毎月の生活は
月始めに四国に入り
20日以上をビジネスホテルや旅館を場所を移動しながら泊まるという
旅ガラスのような毎日だった
月末に大坂の営業所に帰って事務処理を1週間ほどしてまた四国に出張に出かけた

食事は全て外食で
初めは好きなものが食べれると喜んでいたが
ハンバーグやトンカツなどは
すぐに飽きてしまった

初めの2ヶ月はそれぞれの先輩と同行し問屋と小売店を回った
常に先輩と一緒なのでオコシに会うどころではなく
電話で話をするのが精一杯だった

初めて四国に入った夜に彼女に電話すると
とても驚いていて

「もし近くに来ることがあったら連絡して」

と言ってくれて嬉しかった


3ヶ月ほど先輩と同行して仕事をしたが
その後は一人で宿に泊まり
一人で小売店周りをするという生活が始まった

一人は孤独だが同時に自由でもあった
僕は早速オコシに電話をして会う段取りをつけた

8月の終わり頃だった
彼女の仕事が終わるのが遅くて約束は8時だった

久しぶりに会うオコシ

雨が降るあいにくの天気だったが喫茶店で待ち合わせた
緊張して駐車場で待っているとオコシがニコニコしながらやってきた

その顔を見て思わず自分の顔が熱くなるのを感じた
彼女は小花柄の可愛いような
地味なような
微妙なワンピースを着て微笑んだ
向かい合わせに座ってアイスクリームを食べた

やっぱり可愛いなぁ
いや…きれいになったなぁ
と思った

お互いの仕事の話をしたが自分がいまいち会話を盛り上げることができなくて
あまり話が弾まなかった

でもオコシに会えただけで楽しかった

1時間ぐらい話して彼女を車で送っていった
真っ暗な雨が降る中
車でオコシを乗せて走るという状況が幸せだった

別れ際
「今日はありがとう。また、懲りずに誘って」
オコシはニッコリ笑って手を振りながら帰っていった

そっか…

やっぱり話が弾まなかったことを彼女も気にしてくれていたんだ

もともと今日は自分から無理を言って会ってもらったのに
「また、懲りずに誘って」って

なんて心の優しい子なんだろう

心の中が温まるような気持ちだった

それから車を飛ばして1時間ぐらいかけてその夜の宿に向かった

今日の会話を思い出しながら。







3月の中旬には会社のバイトがあって
2週間ほど名古屋の配送センターに通いながら
同じ新入社員と一緒に梱包や配達の手伝いをした

ほとんどの新入生が僕より一週間ぐらい早くバイトに来ていた
初めはみんなの話題についていけない孤独感を感じたが
段々と話せる人が増えていって最後には楽しくバイトをすることができた

取っ付きにくいと思っていた奴も共通の話題が見つかると驚くほど打ち解けてくれた
同級生の男はみんないい奴だった

3月の終わりには大学の卒業式があった
だがその直前に風邪をこじらせてしまって最悪の体調で卒業式に出るはめになった

卒業式の式典の間ずっと頭が痛くて
早く帰りたい
早く家で寝たい
そんなことばかり考えていた

式典が終わりサークルで集まった
みんな普段のラフな恰好ではなくスーツや袴姿で別人のようで思わず笑ってしまった

中でもワカメやマルチンの袴姿は可愛かった
プッチの着物姿もきれいだった

それにしても体調が悪くてゆっくり話すどころではなかった
レセプションは無理だから帰ろうと思ったが
アブさんとボッチに勧められて結局出席することにした

だが体調は悪くなる一方でどうにもならなずに途中で帰ることにした

なんてことだ
学生生活の締めくくりをみんなでしみじみと味わおうと思っていたのに
結局それどころではなくなってしまった

フラフラしながら地下鉄、電車、バスを乗り継いでやっと家に帰ると
すぐに寝た

なんてしまらない終わり方だ

でも振り返ってみれば
いい4年間だった
決して有名な大学ではなかったが
校風が自分に合っていたというか
人に対する思いやりのある学生が沢山いて
みんなが学生生活を楽しめるような雰囲気のあるいい大学だった
セツルメントというサークルも自分を人間的に成長させてくれるいいサークルだった
学生生活のほとんどの時間を使ってしまうようなハードなサークルだったが多くの出会いや悩みや喜びが詰まった充実した4年間だった

僕がまた4年間の学生生活を始めることができたとしたら
またセツルメントを4年間やってみたいと迷わず思うだろう



さよなら
僕の通った大学
僕を迎えてくれた学舎
いまは僕も大人になって
大学の門を旅立つ

さよなら
僕の好きなサークル
僕を育ててくれたサークル
いまは僕も成長して
サークルを卒業する

さよなら
僕の愛した人達
僕を愛してくれた人
いまは僕も大人になって
笑顔でみんなに別れを告げる…




4月になると社会人としての新しい生活が始まった
ネクタイをしめて
スーツを着て
1ヶ月の間研修の日々が続いた
配属が決まるのは4月の末だ
一体僕はどこに行くのだろう?



ある日家に帰ると大きな郵便封筒が届いていた

オコシからだった
中には手紙と一枚の色紙が入っていた

色紙には薄い緑色の背景に白い花びらを咲かせた花の絵が描かれていた
手紙は秋に名古屋に遊びに来た時のお礼のようなものだった


「名古屋ではいろいろお世話になり、今も楽しかったなぁー、行ってよかったとつくづく思っております。久しぶりに会ったけど、学生の頃にもどった様な…ことばでは言えないけど…こんな話がしたかった、というような話(わかってもらえるかな…?)ができて本当によかったです。
手紙もうれしかったです。自分の事をこんなふうに考えて下さって、うれしかったです。だけどやっぱり今の自分(まだまだ未熟でダメなところばかり目につきますが)に育ててくれたのはセツルの人達だったなぁ、と改めて感謝したい気持ちになります。もしセツラーに出会っていなかったら、もっと人の気持ちを知らない人、生き方などをふりかえらない人になっていただろうと思います。
ナッツにはやさしさを教えてもらったと思います。話していろんな考えを出した時、一度受け入れてから、相手を知り理解しようというやさしさです。大学を卒業して、それぞれの職について、それぞれの地で、はなればなれになっても、いろんなセツラーのやさしさとか生き方が自分の中で生きていることがすばらしいと思います。
これからはそれらの事を、今度は自分が他の人達に伝えてあげていきたいなと思います。

ナッツ君も元気で
あのやさしさを一人でも多くの人に伝えていってあげて下さい。
下手だけどナッツ君にいろいろお世話になったお礼に絵を描いたので送ります。
フリージアの花です。
受け取って下さい。
本当にありがとうございました。」


読んでいて涙がこぼれた

自分でも気がつかなかった自分のいいところをオコシが見つめていてくれたうれしさと
これでもうオコシとの糸が切れてしまうような予感の寂しさ
それに彼女に最後まで自分の気持ちを伝えることができなかった自分の不甲斐なさに涙が止まらなかった


オコシはどんな気持ちでこの絵を描いたのだろう
なんでフリージアの花なんだろう?

もしかしてフリージアの花言葉に何か意味があるのだろうか

僕は家にある書籍をさばくって花言葉を調べた


【フリージア】
純情、潔白、清香、無邪気


………

………


花言葉は関係ないのかな…


ただ気に入った花を見て
僕の為に描いてくれたのだろうか
それならありがたいことだ

それとも自分のはっきりしない態度に
いい人だけど無邪気で自分のことをどう思っているのか分からない
ということを本当は言いたかったのだろうか


彼女の真意は分からなかったけれど
その絵は僕の大切な宝物になった

額に入れて
いまでもその絵は
大切に保管している。














ライアンとの旅行から帰った翌日にジャンケンパートのコンパがあった

夕方に会場になるアブさんの下宿に行った
もうコンパの準備もできているだろうと思ったら準備どころかいたのはアブさん1人だった
相変わらずみんな名古屋時間だなぁ

アブさんと会うのも久しぶりだった
いろいろと話を聞くと
もう一年名古屋でバイトをしながら教員試験を受けることにしたんだそうだ
それに影響されたのかイワサも決まった就職先の生活協同組合を断ってバイトをしながら教員を目指すことになったということだった

もう一度やり直す決心をしたせいか悩みの取れたすがすがしい顔をしていた
やがてレモンもやって来たので3人で買い出しに行った
今日はすき焼きパーティーだ!

準備を整えて料理を作り始めると
チクワ、ジャケイ、パーマンがやってきた
なかなか美味しいすき焼きだった

もうこんな風にみんなで笑いながら鍋をつつくことも無くなるんだなぁ
と思うと寂しくなった
いよいよセツルとも
大学生活とも別れの時が近づいているんだ

夜にアブさんに布団を敷いてもらってオノロケ話を聞かされた
お母さんが倒れて北海道に帰った時にミッキーから手紙をもらったという

「お母さんが倒れたと聞いて何もしてあげられない自分が悲しい…大須観音でアブさんが名古屋にいられるようにお祈りをしました…」

ふ~ん
いい感じじゃないの
アブさんはもう一年名古屋にいられる訳だし
ミッキーは3年生だからもう一年は大学にいる訳だからいつでも会える
いいよなぁ

布団をかぶりながらアブさんと4年間の思い出を語り合った
僕から見るとアブさんは本当に楽しそうに生き生きと4年間を過ごして来たように見えた

「アブさんを見てると羨ましいなぁ、ってよく思ったよ。悩みもなくてみんなとワイワイやって、いつも笑っててさ」

「よく言うよ、オレなんか思ってることの半分も言えない人間だからさ。ナッツみたいに本能のまま動く人間が羨ましいよ」

「なに言ってんの。口から先に生まれてきたようなあなたが羨ましいよ。女の子にだって鍛えた話術で口説きまくってさ、よくあんだけ話が続くもんだよ」

「いや~、でもナッツも成長したよ。結局彼女はできんかったけど、陰ではオレの知らないところでいろいろやってたんだから。オレ知ってんだから」

「ははは、自分は自分なりに頑張ったつもりだったけどやっぱり力不足だったね」

「ナッツ、コロコロもういっぺん行け!オレの経験からすると一回の失敗は失敗のうちに入らないぞ」

「もう遅いよ。自分がこれからどこに転勤になるのかだって分からないんだから」

「う~ん、そうだなぁ…」


思い出話をすれば一晩中話していても話足りない

でもいつもアブさんは途中で寝てしまう
今回もそうだった

身を乗り出したままの態勢で動かなくなってしまったアブさんに布団をかけてやると僕は1人で4年間を振り返った

アブさんはもしかすると一番僕を助けてくれた人間だったかも知れない

人見知りが激しくてなかなかみんなと打ち解けれない僕のクッション役になってくれたのは彼だった
同じパート員として実践やパート会はもちろん
いつも遅くなると嫌な顔一つしないで下宿に泊めてくれた
僕が4年間セツルが続けられたのは彼がそばにいてくれたからかもしれない

ありがとうアブさん

どんな時も偉ぶることがなく
いつも笑顔でみんなの輪の中心にいて
みんなからは
「アブさんの下宿はナッツの第二のお家だね」
とよく言われた

ちょっとスケベで気に入った女の子には積極的に話しかけて酒が入るとよく口説いていたアブさん

泊めてもらうといま女の子で誰がいいと思うかと必ず話していたアブさん

手抜きも上手くて
見ていて時々腹が立ったけど頼るとブツブツ言いながらでもやってくれたアブさん

アブさんはプロ野球選手になりたくて中学を卒業すると故郷の北海道を出て野球の名門・奈良の天理高校に野球留学した
結局野球で成績を残すことはできなかったけどずっと1人で頑張ってきた

テレビで野球中継をやっていると講義をサボってよくアブさんの下宿で終わるまで見たものだった

酒が好きでギターが好きで歌が好きで
コンパがあるとフォークソングから歌謡曲、演歌までレパートリー豊富に延々と歌っていたアブさん

万年金欠病で吉野家で半額セールがあると3食牛丼をうれしそうに食べていたアブさん

寅さんの映画が大好きでよく映画館に行って観ていた
「オレさぁ、寅さん観てるとナッツを見てるみたいでいつも泣けそうになるんだ。いっつもいいとこでフラれてさぁ」

それが口癖だったけど
誰よりも寅さんそっくりなのはアブさん本人だった


ありがとうアブさん
あなたがいなかったら僕は4年間セツルを続けることはできなかったでしょう
あまりに身近にい過ぎた為に
僕は本当のあなたの素晴らしさに気がつかなかったのかも知れません

誰とでも仲良くなれるあなたを
僕は羨ましく思って
時には落ち込んでいました
女の子と気楽に話せるあなたに嫉妬して
時には疎ましくさえ思ったこともありました

でも結局それは
僕ができないことをアブさんがいとも簡単にしてしまうことへの憧れの裏返しだったのです

ありがとうアブさん
あなたは僕の知らないうちにずっとずっと僕を支え続けてくるたんです

僕は4年間あなたと兄弟のように過ごせた日々を誇りに思います

あなたがいつか教師になれる日を僕も心から応援します


これからはみんな遠くな離れてしまうけれど
またいつか会えるよね

年は過ぎていっても
この気持ちはずっと変わらないと思うよ
本当にいままでありがとう。