翌日、僕ら寮生4人はケイちゃんの引越しの手伝いに出かけた。
引越し業者を使わずに引っ越すという。

段ボールに荷物は詰めてあったので次々と荷物をトラックに積んでいった。

ケイちゃんの引越し先はうちの営業所から歩いて3分ほどのマンションだった。

エレベーターで何往復もして荷物を運んだ。

ずいぶんと重い荷物を何度も運んだのでクタクタに疲れてしまった。


翌日、寮生の人達とゴルフの打ちっぱなしに行って、夕方から招待されていたケイちゃんの新居にお邪魔した。

まだまだ荷物は積み上げられていたが、リビングはなんとか片付けられていた。

引越しのお礼の食事会だった。

メニューは鶏肉と野菜の水炊きだった。

それにビールとウイスキー。

「昨日は引越し手伝ってくれて本当にありがとうございました。おかげさまで助かりました。今日はささやかな食事を用意しました。遠慮なく食べてください。」

ケイちゃんが笑顔で言った。


鍋料理も美味しかったし、お酒も美味しかった。

楽しい時間が二時間ほど過ぎてひと段落ついた頃だった。

「ちょっと叔母さんに電話してええかなぁ?」

「もちろん、どうぞ、どうぞ。」

中井さんが言った。


ケイちゃんが食卓から外れて電話で話しだした。

しばらくしてからケイちゃんが子機を持って戻ってきた。

「あのなぁ、叔母さんがみんなにご挨拶したいって言うねん。ええかなぁ?」


「いいよ。いいよ。」

中井さんがまず子機を取った。

「中井です。いつもお世話になってます。いえいえ、ありがとうございます。はい、こちらこそよろしくお願いします。」

笑顔で話し終わると、小野田さんに子機を渡した。

「小野田です。大つぶって言われてます。いえいえ、あだ名です。ケイちゃんにつけてもらいました。はい、よろしくお願いします。」


小野田さんは細井さんに子機を渡し、

「はい、細井です。小つぶって言われてます。はい、ケイちゃんにつけられました。こちらこそ、よろしくお願いします。」


細井さんは僕に子機を渡した。

「初めまして。僕はオマケちゃんです。」

「まあ、あなたオマケちゃんって言うの?」


叔母さんの声は僕が思ったより若く感じられた。

「そうです。ケイちゃんがつけてくれました。」

「まぁ、なんであなたはオマケちゃんってつけられたの?」

「いやぁ、僕なんてまだ先輩のオマケみたいなモンですからね。まぁ、言うたらサービス品みたいなもんですわ。」


優しそうな叔母さんだったので、ちょっとふざけた自虐ネタの軽い気持ちでそう言った。


「あんたなぁ、自分の事そんな風に言うたらあかんよ。」

叔母さんは優しくなだめるような口調でそう言った。

「あのな、例えば子供がグリコのキャラメルを買うやんか。子供はグリコのオマケが欲しくてキャラメルを買うんや。オマケってそんだけ魅力があるねん。オマケちゃんもグリコに負けんような男になってや。これからもケイコと仲良くしてやってな。」

「はい。わかりました。ありがとうございます。」


素敵な叔母さんだった。

僕のおふざけを優しいオブラートで包んで励まして返してくれたようで温かい気持ちになった。


電話が終わるとまたお酒を飲んで盛り上がった。

細井さんが

「そうだ、野球拳でもやろうよ。」

と突然言い出した。

「野球拳ってどうやるん?」

ケイちゃんが興味津々で聞いてきた。


「ジャンケンして負けた方が一枚づつ服を脱いでいくんだよ。」

「女の人はケイちゃんだけだからやめとこう。」

と小野田さんが言った。


「ええやん。面白そうやん。やろ、やろ。」

とケイちゃんが言うので


「う〜ん、じゃあやろか。」

中井さんが言って野球拳が始まった。


「野球〜するなら、こういう風にしやさんせ、アウト、セーフ、よよいのよい!」


ランダムの組み合わせで始まった野球拳は、盛り上がった。

やがて小野田さんと中井さんがパンツ一丁になって敗退。

ケイちゃんと細井さんの対決はどちらも一進一退で、細井さんは上がTシャツ一枚、下がパンツ一枚。

ケイちゃんは下着と白いTシャツ、下がGパンになった。


「よよいのよい、よよいのよい!」

細井さんが勝った!


さあどうする?

「ケイちゃん、ギブアップでいいよ。遊びやから。」

「いや、ええよ。ちょっと待ってな。」


そういうと両手をTシャツの中に入れて、ブラを外した。

ブラを横に置くとみんなさりげなくケイちゃんの胸に視線を送った。


少し痩せているケイちゃんの胸の小山が、白いTシャツの下からふっくらとしたふたつの膨らみを浮かび上がらせた。


「よし、これでおしまい。さあ、また飲もう。」

中井さんがそう言って野球拳は終わった。


いつも元気なケイちゃんが少し恥ずかしげに下を向いていた。

僕は脱ぎ捨てた自分のブルゾンを持ってケイちゃんの肩にそっと羽織らせた。


ケイちゃんはブルゾンの襟に手をかけて、

「ありがとう、オマケちゃん。」

と小声で言った。


それからまたみんな飲み出して、やがて中井さんと小野田さんが飲みつぶれて寝てしまった。




僕の勤務地は四国だった。
月末と月始めの一週間だけは大阪の営業所にいて、月の始め頃に営業車に乗って大阪南港からフェリーに乗り四国に渡り、残り三週間は四国の薬局や化粧品店を回わり営業するという仕事だった。


四国を回っている時はビジネスホテルや旅館で泊まって外食をした。

初めは好きなものを食べれると喜んでいたが、ハンバーグとか唐揚げなどは何度も食べるのですぐに飽きてしまった。


四国を担当する上司は二人いたが30代の人と40代の人で、やはり気を使うので疲れた。

だから月末に大阪に帰るとホッとした。


大阪営業所に帰ると寮生の3人に夜は「樹海」に誘われた。

ママさんは一見クールだが、場が盛り上がってくるとノリノリでマイクを持って近藤真彦の「ギンギラにさりげなく」をよく歌っていた。


初めは歌詞通りに歌うのだが、途中から歌詞を変えて「ギンギラギンにわき毛なく、わき毛無く、また毛も無い〜!」と絶唱して笑いを取っていた。

面白い人だった。


小野田さんはわざとスキを見せてツッコミを誘うのが上手かった。

例えば「仕方ないさ」という酒場女の寂しさを歌った歌で

「つまづいて、振り向いて、泣いたって、仕方ないないのさ…」

という男に騙されて生きていく悲しい女の歌を歌い、ママさんから

「女々しい歌やな、情け無い!」

とからかわれて苦笑いしながら歌い、その場の笑いを誘ってくれた。

中井さんは初めに「星降る街角」をよく歌っていた。

デュエットも好きで、よくケイちゃんと「女性は愛に生きる」とか「大阪ナイトクラブ」とかを歌っていた。

細井さんは「ルビーの指輪」とか流行りの歌が得意だった。


「おまけちゃんは何歌うん?」

とケイちゃんに聞かれて困った。


僕は音痴で歌は上手くない。

それでもスナックで飲むのにカラオケは必須だ。


あまり難しくない「青葉城恋歌」などを歌っていたが、牧村みえこの「あなたの妻と呼ばれたい」が好きでよく歌っていた。


「この歌、ええ歌やなぁ。…お酒のしずくで、続いて書いた、あなたの苗字と私の名前…って、ここ可愛いなぁ」

ケイちゃんが笑顔で言った。


「そうそう、僕もそこ好きなんだ。」

「うち、今好きな歌があんねん。聴いてくれる?」

というので

「もちろん」


ケイちゃんが歌ったのは「別離」と書いて「イビヨル」という歌だった。

…時には思い出すでしょ、冷たい人だけど、あんなに愛した思い出を、忘れはしないでしょ…

なんだか切ない歌だけど、美しいメロディの歌だった。


「そろそろ帰ろうか、明日の事もあるし。」

珍しく中井さんがそう言った。

「ありがとう。明日はよろしくお願いします。」

ケイちゃんが言った。


「えっ?」

「あっ、まだ言ってなかった。明日ケイちゃんが引越しするからみんなで手伝うんだ。」

「え〜っ!え〜〜〜?!」


そんな事があるんだ。

飲み屋のお姉ちゃんの引越しに客が手伝うって…

う〜ん?


まぁ、いっかぁ。


僕らは客だったけど、ケイちゃんとは友達に近いような関係で、休みの朝は一緒にモーニングを食べに喫茶店に行ったり、ボーリングに行ったりしていた。













まだスマホも無かった時代の事だ、

僕は大学を卒業すると大阪で営業の仕事をする事になった。


僕がお世話になった大阪営業所は、

5階建ての自社ビルで、3階部分が寮になっていて、2年先輩の中井さんと、1年先輩の小野田さんと細井さんが寮生で寝泊まりしていた。

夕食は食事係の人がいて、寮生には食事を用意してくれていた。
寮生の先輩はみんな優しい人で、右も左も分からない僕のことを気にかけてくれて、困っている時はよく相談に乗ってくれた。



仕事が終わって食堂で夕食を済ますと、先輩達はよく飲みに誘ってくれた。
「 ○○ちゃん、飲みに行くか?」


よく行ったのは隣りのビルの2階にあった「 樹海 」という名のスナックだった。


そこには40代ぐらいの、ちょっとエキゾチックな感じママと、20代前半の可愛くて元気なケイちゃんという女の子の二人で店を切り盛りしていた。


飲むと言っても、酒の弱い僕はビールがコップで2杯程度、それ以外はウイスキーの水割りを飲む程度で顔を真っ赤にさせていた。
先輩の3人もそれほど酒が強い訳ではなく、ちょっと飲んでカラオケをするのが主な楽しみだった。


ケイちゃんは陽気な浪花女子で、

「 新人さんやな。三人にはニックネームがあるから、この子にもニックネームを付けたらんとアカンな。」

「 みんなニックネームがあるんですか?」

「 せや。中井さんはナカイさん、小野田さんはオオツブちゃん、細井さんはコツブちゃんや。」 


なるほど、小野田さんは大柄だからオオツブちゃんで、細井さんは小柄だからコツブちゃんなんだ。でも、中井さんはそのままナカイさんなんだね。


「 う〜ん、何がええかなぁ。う〜ん、う〜ん、…せや!あんたはオマケちゃんや!」


「 あはは、ええ名前やなぁ。オマケちゃんでええやんか。」


それまでニヤニヤしていたママさんが手を叩いて賛成した。


えぇ〜、

オマケちゃんってなんなん?

どうでもいいって事かな?


まあ、新人なんてオマケみたいなもんだからそれでもいいか。


僕が苦笑いしてるとケイちゃんは嬉しそうにマイクを持って、


「 ナカイさん、デュエットしよか?何がいい?」

と中井さんに聞いた。


「 じゃあ、あれいこうか。『女性は愛に生きる

』」

「 ええなあ、あの歌好きやねん。」


ムード歌謡というのだろうか、

酒場には酒場を盛り上げる独特の音楽がある。

酒を飲んで、つまみを食べて、店の女の子と話をして、歌を歌う。

楽しいものだ。


少し大人になったような気がした。


「 誰でも人は何かを求め、虚ろな夢を追いかけている」

「 わたしもそんな仲間のひとり…」


「人生なんて、アルバムのように、しみじみ後で感じるものよ…」



うん、うん、いい歌詞だなぁ


細井さんは山下久美子の

「 バスルームから愛を込めて」を歌い、


僕はあまりレパートリーがないので

「 青葉城恋歌」を歌った。



そろそろお開きにしようかという頃に

小野田さんが布施明の

「 そっとおやすみ」を歌った。



どの先輩もそこそこ上手で楽しいお酒だった。


そんな感じで僕の社会人生活はスタートしたのだった。