僕の勤務地は四国だった。
月末と月始めの一週間だけは大阪の営業所にいて、月の始め頃に営業車に乗って大阪南港からフェリーに乗り四国に渡り、残り三週間は四国の薬局や化粧品店を回わり営業するという仕事だった。
四国を回っている時はビジネスホテルや旅館で泊まって外食をした。
初めは好きなものを食べれると喜んでいたが、ハンバーグとか唐揚げなどは何度も食べるのですぐに飽きてしまった。
四国を担当する上司は二人いたが30代の人と40代の人で、やはり気を使うので疲れた。
だから月末に大阪に帰るとホッとした。
大阪営業所に帰ると寮生の3人に夜は「樹海」に誘われた。
ママさんは一見クールだが、場が盛り上がってくるとノリノリでマイクを持って近藤真彦の「ギンギラにさりげなく」をよく歌っていた。
初めは歌詞通りに歌うのだが、途中から歌詞を変えて「ギンギラギンにわき毛なく、わき毛無く、また毛も無い〜!」と絶唱して笑いを取っていた。
面白い人だった。
小野田さんはわざとスキを見せてツッコミを誘うのが上手かった。
例えば「仕方ないさ」という酒場女の寂しさを歌った歌で
「つまづいて、振り向いて、泣いたって、仕方ないないのさ…」
という男に騙されて生きていく悲しい女の歌を歌い、ママさんから
「女々しい歌やな、情け無い!」
とからかわれて苦笑いしながら歌い、その場の笑いを誘ってくれた。
中井さんは初めに「星降る街角」をよく歌っていた。
デュエットも好きで、よくケイちゃんと「女性は愛に生きる」とか「大阪ナイトクラブ」とかを歌っていた。
細井さんは「ルビーの指輪」とか流行りの歌が得意だった。
「おまけちゃんは何歌うん?」
とケイちゃんに聞かれて困った。
僕は音痴で歌は上手くない。
それでもスナックで飲むのにカラオケは必須だ。
あまり難しくない「青葉城恋歌」などを歌っていたが、牧村みえこの「あなたの妻と呼ばれたい」が好きでよく歌っていた。
「この歌、ええ歌やなぁ。…お酒のしずくで、続いて書いた、あなたの苗字と私の名前…って、ここ可愛いなぁ」
ケイちゃんが笑顔で言った。
「そうそう、僕もそこ好きなんだ。」
「うち、今好きな歌があんねん。聴いてくれる?」
というので
「もちろん」
ケイちゃんが歌ったのは「別離」と書いて「イビヨル」という歌だった。
…時には思い出すでしょ、冷たい人だけど、あんなに愛した思い出を、忘れはしないでしょ…
なんだか切ない歌だけど、美しいメロディの歌だった。
「そろそろ帰ろうか、明日の事もあるし。」
珍しく中井さんがそう言った。
「ありがとう。明日はよろしくお願いします。」
ケイちゃんが言った。
「えっ?」
「あっ、まだ言ってなかった。明日ケイちゃんが引越しするからみんなで手伝うんだ。」
「え〜っ!え〜〜〜?!」
そんな事があるんだ。
飲み屋のお姉ちゃんの引越しに客が手伝うって…
う〜ん?
まぁ、いっかぁ。
僕らは客だったけど、ケイちゃんとは友達に近いような関係で、休みの朝は一緒にモーニングを食べに喫茶店に行ったり、ボーリングに行ったりしていた。