まだスマホも無かった時代の事だ、
僕は大学を卒業すると大阪で営業の仕事をする事になった。
僕がお世話になった大阪営業所は、
5階建ての自社ビルで、3階部分が寮になっていて、2年先輩の中井さんと、1年先輩の小野田さんと細井さんが寮生で寝泊まりしていた。
夕食は食事係の人がいて、寮生には食事を用意してくれていた。
寮生の先輩はみんな優しい人で、右も左も分からない僕のことを気にかけてくれて、困っている時はよく相談に乗ってくれた。
仕事が終わって食堂で夕食を済ますと、先輩達はよく飲みに誘ってくれた。
「 ○○ちゃん、飲みに行くか?」
よく行ったのは隣りのビルの2階にあった「 樹海 」という名のスナックだった。
そこには40代ぐらいの、ちょっとエキゾチックな感じママと、20代前半の可愛くて元気なケイちゃんという女の子の二人で店を切り盛りしていた。
飲むと言っても、酒の弱い僕はビールがコップで2杯程度、それ以外はウイスキーの水割りを飲む程度で顔を真っ赤にさせていた。
先輩の3人もそれほど酒が強い訳ではなく、ちょっと飲んでカラオケをするのが主な楽しみだった。
ケイちゃんは陽気な浪花女子で、
「 新人さんやな。三人にはニックネームがあるから、この子にもニックネームを付けたらんとアカンな。」
「 みんなニックネームがあるんですか?」
「 せや。中井さんはナカイさん、小野田さんはオオツブちゃん、細井さんはコツブちゃんや。」
なるほど、小野田さんは大柄だからオオツブちゃんで、細井さんは小柄だからコツブちゃんなんだ。でも、中井さんはそのままナカイさんなんだね。
「 う〜ん、何がええかなぁ。う〜ん、う〜ん、…せや!あんたはオマケちゃんや!」
「 あはは、ええ名前やなぁ。オマケちゃんでええやんか。」
それまでニヤニヤしていたママさんが手を叩いて賛成した。
えぇ〜、
オマケちゃんってなんなん?
どうでもいいって事かな?
まあ、新人なんてオマケみたいなもんだからそれでもいいか。
僕が苦笑いしてるとケイちゃんは嬉しそうにマイクを持って、
「 ナカイさん、デュエットしよか?何がいい?」
と中井さんに聞いた。
「 じゃあ、あれいこうか。『女性は愛に生きる
』」
「 ええなあ、あの歌好きやねん。」
ムード歌謡というのだろうか、
酒場には酒場を盛り上げる独特の音楽がある。
酒を飲んで、つまみを食べて、店の女の子と話をして、歌を歌う。
楽しいものだ。
少し大人になったような気がした。
「 誰でも人は何かを求め、虚ろな夢を追いかけている」
「 わたしもそんな仲間のひとり…」
「人生なんて、アルバムのように、しみじみ後で感じるものよ…」
うん、うん、いい歌詞だなぁ
細井さんは山下久美子の
「 バスルームから愛を込めて」を歌い、
僕はあまりレパートリーがないので
「 青葉城恋歌」を歌った。
そろそろお開きにしようかという頃に
小野田さんが布施明の
「 そっとおやすみ」を歌った。
どの先輩もそこそこ上手で楽しいお酒だった。
そんな感じで僕の社会人生活はスタートしたのだった。