日本中を興奮させたWBCが終わり、ペナントレースが始まった。


僕のひいきの中日ドラゴンズは、開幕から6試合を消化して、2勝4敗。


開幕戦は若きエース候補の小笠原の熱投に応えるように巨人に逆転勝ち。

これは今年のドラゴンズは違うぞ!

と鼻息を荒くしたものの、涌井、福谷で敗れ、ホーム開催のヤクルト戦で、大野、柳のダブルエースで敗れ、早くも4連敗。


崖っぷちのチームを救ったのはWBCでも輝きを見せた高橋宏斗だった。

いきなり2番の浜田に自慢のストレートをホームランされたものの、その後は目が覚めたように立ち直り、終わってみれば被安打はその一本のみで、6回を投げて8奪三振。

見事に勝ち投手になった。

新しいエースの誕生を予感させる素晴らしい内容だった。



WBCが終わり、高橋が帰国してテレビに映った時、

あっ!顔が変わった!

と感じたファンは多かったのではないだろうか。

だった一カ月半で、こんなにも人は変わるものだろうか?


意識が変わった、

考え方が変わった、

というのなら理解できる。


しかし、僕は一カ月半でこんなにも顔の印象の変わった人間を見た事がない。


一言で言えば、「 大人になった」「 勝負師の顔になった」

と言うべきだろうか?


いずれにせよ、WBCの期間がいかに濃密で充実した日々であったのは間違いないだろう。


昨年、プロ2年目で6勝を挙げた。

しかし、高橋はファンから見たらその数字以上の可能性と器の大きさを感じさせる選手だった。


オフにはテレビ局の企画で前田健太と対談した。

その中で高橋は臆することなく自分の悩みや疑問を打ち明けた。

前田は惜しみなく彼にアドバイスを送っていた。

それを見て僕は、

あぁ彼はもっともっと大きくなれる選手だと思った。


大先輩に怯むことなく飛び込んでいける人間は大きくなれるのだ。


自主トレはオリックスの山本投手と共にトレーニングを行なったという。

いったいどんなツテを使って山本投手と自主トレを行う事ができたのか?


そして、WBCである。

ダルビッシュ有や大谷翔平という雲の上のメジャーリーガーと一緒に過ごした日々はかけがいのない財産になった事だろう。



この濃密な半年間は、レスラーに例えると、最短距離の世界チャンピオン養成講座と言えるのではないだろうか。



「 今まで経験したことのないプレッシャーでした。」

「 マウンドで足が震えた。」

「 このまま死んじゃうんじゃないかと思った。」

と振り返るアメリカ戦。



こんな大切な試合に信じて投げさせてくれた栗山監督。


ドラゴンズファンとして本当に感謝しかありません。


生死を分けるような闘いの中でしか掴めない精神力があるのだと思う。

そこで得たものは、これから何度でも遭遇する絶体絶命のピンチにきっと役に立つ。

きっと彼を支える力になってくれる。


まだ、一勝。


だが高橋宏斗がどんな進化を見せてくれるか、ワクワクが止まらないシーズンが始まった。



ヒーローインタビューを受けて笑った笑顔は

去年と変わらないあどけない顔で、なんだか嬉しくなった。





今回のWBCは過去と比較しても、最強の日本代表と呼んでも差し支えないメンバーが揃った。

二刀流の大谷正平、ダルビッシュ有、今年からメジャー入りする吉田正尚、日系二世のヌードバァ
これらの実力者を代表入りさせたのは栗山監督の熱意と人柄によるものだと思う。 


予選リーグでは圧倒的な力の差を見せつけた。


たが、決勝トーナメント戦ではイタリア戦はともかく、メキシコ戦は薄氷を踏むような勝利だった。

佐々木、山本共初めは素晴らしい内容だったが、2巡目以降はライナーのヒットを打たれだした。

メジャーリーガーが揃った打線はあきらかに順応性が高く速球や変化球に対応していた。

しかし、9回裏に大谷がツーベースヒットを打ち雄叫びをあげ、一塁ランナーが周東に代ると舞台は整った。

今大会不振だった村上のあわやホームランかという打球がセンターのフェンスにブチ当たると、大谷は一気にホームベースを駆け抜け、すぐ後ろからは疾風のように周東がホームに滑り込んで歓喜のサヨナラ劇になった。


そして翌日

いよいよ夢にまで見たメジャー軍団のアメリカとの決勝戦となった。



試合開始前のロッカールームで円陣を組むと大谷が語り出した。

「 僕からひとつだけ。憧れるのをやめましょう。ファーストにはゴールドシュミットがいたり、センターを見ればマイク・トラウトがいるし、外野にムーキー・ベッツがいたり、野球をやっていたら誰しも聞いたことがあるような選手たちがいると思う。憧れてしまっては超えられないので。僕らは今日超える為に、トップになる為に来たので。今日一日だけは彼らへの憧れを捨てて、勝つことだけを考えていきましょう。さあ、行こう!」

そう言って指揮を高めた。

素晴らしい言葉にみんなの心はひとつになった。


先発した今永は素晴らしい立ち上がりを見せた。

しかし、2回にターナーにホームランを打たれると、3回は迷うことなく戸郷にスイッチした。

5回以降は高橋宏斗、伊藤、大勢と1イニングつづ繋ぎ、8回のマウンドにはダルビッシュ有が。

日本は村上、岡本のソロホームランなどであげた3点を必死に守り抜いた。

ダルビッシュはシュワイバーにホームランを打たれたが、1点を守り抜いて大谷にバトンを渡した。

大谷はランナーを出したものの、ダブルプレーでツーアウトにするとエンゼルスの同僚のトラウトに対峙した。

まるで漫画のような舞台が整った。

野球ファンの誰もが夢を見た想像世界。

だが現実には起こらないと分かっていた対決。

それが現実のものとなった。


大谷の右腕がうなりをあげた。

初球のスライダーがボールになると、4球続けて全力のストレートを投げ込んだ。


最高の舞台で、最高の投手と最高の打者の勝負は

6球目、この日最高のスライダーが素晴らしいコーナーに投げ込まれた。

打者は全力でバットを振った。

バットは空を切り、ボールは中村のミットに収まると勝負は決まった。

大谷は雄叫びを上げると、

ミットを投げ、帽子を投げつけて喜びを爆発させた。


ギョッチャーの中村はのちに、

「 最後のスライダーがスローモーションに見えた。」と語った。



素晴らしいWBCだった。 


侍ジャパン、おめでとう!

そして、素晴らしい感動をありがとう!







新しい年が明け

やがて春が来た。

3月に僕らは母校を卒業した。


松本は一番の難関校と言われるA高校に合格したと聞いた。

僕は凡人クラスの行くO高校を受験し合格した。

卒業後の合格報告に中学校に行った時にみんなの中に松本を見つけた。

彼女は僕に気がつくとにっこりと笑った。

でもすぐに友達との会話に戻って行った。

それだけの事だったけどなんだか僕は救われたような気持ちになった。


結局僕らはまともに話すことなく別れた。


松本、君は偉いよ。

あんな事があったのに君は負けなかった。

周りの冷たい視線にも負けずに自分の信念を曲げずに自分の希望を叶えた。

僕は心から君を尊敬するよ。

僕は君といろいろ話せて本当に幸せだったよ。

ありがとう。


それが松本と会った最後になった。



僕らはそれぞれの生活の中で大人になって行った。

噂では松本は東京の大学に進学したらしいと聞いた。

僕は県内の私立大学に進学して社会人になった。


たまに中学の同窓会のハガキが届いたけど、出席する事は無かった。

中学での記憶は松本との思い出以外は薄く、他はあまり楽しいものでは無かった。

それに松本はクラスが違うから同窓会で会う事はないのだ。


卒業から10年経った時に全クラス合同の同窓会のお知らせのハガキが届いた。


そのハガキを見た瞬間に松本の顔が浮かんだ。

彼女、来るかな…


僕は悩んだ末に出席にマルをつけてポストに投函した。


会場は市内のホテルだった。

僕は精一杯のお洒落をして出かけた。

会場は沢山の若者で溢れていた。

久しぶりに会う懐かしい顔触れに自然と笑顔になり、昔話に花が咲いた。

楽しかった。

こんな事なら同窓会も出たら良かった。

当時の先生も10年の時を経て柔和なおじさんになっていた。

全部で100人ぐらいいただろうか。

あの時、6クラスで240人だったから半分にも足りなかったが多い方かもしれない。


松本は…?


見つけた。

彼女は花柄のシャツにベージュのジャケットを着てとてもお洒落だった。

驚くほど綺麗になっていた。

あの頃、日焼けしていた顔は色白で花が咲いたような可愛らしさだった。

松本は僕に気がつくとニッコリ笑った。

ドキドキした。

女の子に囲まれていた彼女になかなか話し掛けられず、やっと話せたのは一時間後ぐらいだった。


「 久しぶり。」

「 本当ね。本当に10年ぶりね。」


他愛のない話をしばらくしてやっと本当に言いたかった事を話した。

「 あの時は本当にごめんなさい。ずっと謝りたかったんだ。自分が始めた事なのに、君を巻き込んで、結局君だけに罪を負わせてしまって、本当にごめん。」


「 あぁ、あの事ね。いいのよあれで、あれが一番良かったのよ。」

「 そんな事ないよ。松本が逃げて、僕が捕まれば良かったんだ。…ずっと、松本に申し訳なくて…ずっと、謝りたくて、ずっと、後悔してたんだ。」

「 そんなに、悩んでいたの…。なんだかわたしの方が申し訳ないわ。」

「 だって悪いのは僕だから。」

「 あれは共犯なのよ。だからいいの。でも、あの時、男の子と一緒にいただろう、って何度も警察に言われたわ。」


ドキンとした。やっぱり分かっていたんだ。


「 それだけは嘘を突き通したの。だって、明くんといたって分かったら、大人はもっとゲスな事を考えるでしょ。私たちそんなやましい事してないし。わたし一人の事だったら受験勉強に疲れた中学生のイタズラで済むでしょ。だからいいのよ。」

「 ありがとう。でも…」

「 ねぇ、明くんはプールで泳いだこと、どう思ってる?」

「 えっ、うん、…あれは…最高の思い出だよ。中学時代の一番の思い出だよ。楽しかったし、あの夜の光景は一生忘れられない。」

「 うふふ、嬉しい。わたしも同じよ。明くんも同じ事思ってくれてたんだ。」

「 うん、大切な宝物だよ。だから、あれからずっと松本に会いたかったんだ。だから今日の同期会に来たんだ。」

「 わたしも。明くんに会えるかな、って思って。」

「 松本…、ありがとう。」


そろそろ同期会も終わりの時が近づいていた。

もっと松本と一緒にいたい。

なんとかしなくては。


「 松本、この後よかったらお茶でも…」

「 ごめん、明くん。もうすぐ彼氏が迎えに来るの。」


えっ?えっ?彼氏?

この展開で?


「 もう来る頃だから、じゃあね。今日は会えて嬉しかったよ。」

「 うん、僕もだよ…」

「 あっ、それからね。あの時黙っていたのはね。明くんを守りたかったの!」


そう言うと松本は出口に向かって去って行った。


松本…

君は…

君は、最高だよ


人は変わっていく

いつまでも昔のままではいられない。


あの頃、よく聴いたビョルンとベニーは

その後、二人の女性ボーカルを入れて四人組のグループになった。

彼らはヒット曲を連発し、誰もが知る世界的なグループになった。

彼らは四人の名前の頭文字を取ってグループ名にした。

彼らはアバと言う。




終わり