長かった夏休みが終わった。 


僕は憂鬱な気持ちで登校した。 

 とにかく松本に謝りたかった。 

僕のせいでこんな事になって本当に申し訳ないと、僕にも責任をとらせて欲しいと。 


 休み時間になると教室を出て松本のクラスの前の廊下をウロウロした。

 だが松本の姿は見当たらなかった。 

 どうやら一週間の自宅謹慎という処分が出たらしかった。


 いろんな噂が耳に入ってきた。


 「 松本はどうやら受験ノイローゼだったらしい」


 「 時々夜中に家を抜け出して町をさ迷い歩いていたらしい」 


「 プールのフェンスをよじ登って中に入って普段着のまま泳いでいたらしい」 


「 プールで男と一緒にいたらしい」 


「 男は付き合っていた生徒会長の三浦らしい」 


「 三浦は警察が来た時に逃げたらしい」 


「 松本は三浦をかばって一人でプールに入ったと言ってるらしい」 


「 それがきっかけで二人は別れたらしい」 


「 松本の両親は毎日泣いてるらしい」 


「 学校は優等生が起こした事件にショックを受けて処分に困っているらしい」 


「 松本のクラス担任が校長に辞表を出したらしい」 



人は噂話が好きだ。 



きっと人の不幸が好きなんだろう。 



僕はこれらの噂話を耳にするたびに心臓を鷲掴みにされたような息苦しさを感じた。


 自宅謹慎が明けて松本が登校した。

 みんなは彼女を遠まきにしてヒソヒソと噂話をしていた。 

だが松本はそんな視線をまるで無視するように毅然とした態度をとった。

 まるで何事もなかったように淡々と学年生活に戻っていった。 

 僕は何度も人がいない時を見計らって彼女に話し掛けようとした。


 松本はいつも一瞬だけ僕を見つめると、そっと人差し指をくちびるに当てると、くるりと背中を向けて去って行った。 


 何も言わないで 



 そう言っているようだった。 


 僕は一人残されたような気持ちになった。


 その空虚な気持ちを埋める為に僕は受験勉強に打ち込んだ。 

だが、簡単に成果は出なかった。

 そんな時に松本の言葉が思い出された。

 「 勉強って苦しいよ。私だって泣きながら机に向かってるの」 


 松本に恥ずかしくないように頑張ろう。

 僕をかばってくれた気持ちを無駄にしないように。 

今の僕にはそれしかできない。


秋が去って冬が来た。


僕は夜中に勉強をしながら深夜放送のラジオをよく聴いた。

その頃、洋楽好きな僕のお気に入りの曲に出会った。


ビョルンとベニーという男性デュオの

「 木枯らしの少女」

という曲だった。


その哀愁を帯びたメロディと二人の歌声が胸に染み渡っていった。


僕の英語力ではどんな内容なのか全く分からなかったけれど、その歌の主人公であろう少女に僕は松本を重ねていた。


松本の気持ちはきっとこのメロディのように違いない。

勝手にそう思い込んでいた。


そのせいかその曲をラジオで耳にするたびに僕の目は溢れ出る涙で滲んだ。


松本…君だけにこんな重荷を背負わせてしまって

本当にごめん。


僕に出来ることは何かないだろうか…








その夜は朝まで眠れなかった。


やっと明け方ウトウトしたと思ったら、

警察が家にやって来て逮捕される、という夢を見て泣きながら目が覚めた。


次の日はビクビクして一日を過ごしていた。


勉強して心の動揺を誤魔化すしかなかった。

いつ警察がやって来るかドキドキしていた。

家族と顔を合わせるのが辛かった。

両親には心の中を読まれてしまいそうで目を合わせられなかった。


警察はやって来なかった。


きっと松本もうまく逃げたに違いない。

もしかすると違う事件でパトカーが近くを通っただけかもしれない。

とにかくもうあんな事はやめよう。


僕は少しづつ落ち着きを取り戻していった。


それから一週間ほどして学年出校日があった。


僕は出来るだけ冷静を装いながら登校した。

教室に入ると10人ぐらいが集まってヒソヒソと何か話していた。

「 どうしたの?」


「 夏休みの間に警察に補導された生徒がいるらしいぞ。それも3年生らしい。」


ドキンとした。

まさかあの時に松本が…


「 誰が補導されたの?なんで補導されたの?」


僕はすがり付くように聞いた。


「 それがよくわからないんだよ。噂っていうか…」


「 でも単なる噂じゃないぞ。PTAの役員の親が学校から聞いた話らしいぞ。」


それを聞いて僕は地の底に落ちて行くような気持ちになった…


終わりだ…

間違いない。


あの夜、松本は補導されたのだ、

松本は全てを話したに違いない。

もう何もかも終わりだ。

僕も松本も…


やがて僕ら3年生はみんな体育館に集合するように言われた。


校長が壇上に現れて、マイクで話し始めた。

「 先日、非常に残念な事がありました。我が校のある生徒が夜中に学校の施設に無断で入り込み、近隣住民の通報を受けた警察に補導されました。

我が校の校長としてとても残念に思います…」


後の話は耳に入らなかった…


やはりそうだ。

あの時、松本は警察に捕まったのだ。

そうか近くの住民が通報したんだ。

やっぱり悪い事はできないな。

どこかで誰かが必ず見ているんだ。

松本はここに来ているのだろうか?

彼女に謝らないとな、

悪いのは僕なんだから、

初めにプールに忍び込んだのは僕なんだ、

松本は悪くない、


僕は落ち込んだ気持ちの中で松本を探した。

松本のクラスの生徒を順番に見て探した。

でも彼女はいなかった。


校長は、夜中に家を出ないように、夜家を出る時は必ず親と一緒にいるように、繁華街や学校には夜行かないように、

そんな事を話していた。


きっと僕も先生に呼ばれるのだろう。

僕が生活指導を受けるのは仕方ない。

悪いのは僕なんだから…

だけど松本は悪くない、

むしろ彼女は被害者なんだ、

彼女は僕につられただけなんだ…


僕はうつ向きながらそんな事を考えていた。


やがて僕らは教室に戻り担任の先生から

改めて夏休みの過ごし方について細かく指導を受けた。

きっとこの後、僕は職員室に呼ばれるのだろう…


僕と松本はこれからどうなるんだろう。

停学とか退学とか、なるんだろうか…

親を悲しませてしまうな。

僕は悪い子だ、

ごめんね、父さん、母さん…


そんなことを考えてるうちに帰宅の時間になった。

みんな帰っていったが僕は教室に残っていた。


誰もいなくなった教室に一時間ぐらいいただろうか。


おかしいな…


もうみんないなくなったのに先生が呼びにこない。


どうしたんだろう?


しばらくして先生がやってきた。


「 どうしたんだ?どっか具合が悪いのか?」


「 ???? …いえ、ちょっと」


「 そっか、ならいいけど、もうカギをかけるから帰りなさい。」


「 はい。」


何故なんだ。

僕は不思議な気持ちで教室を出た。


学校の門を出る時に振り返って校舎を見た。


もしかして、松本、君は…


そこまで考えた時、涙が溢れて止まらなくなった。


それが夏休み最後の出来事だった。











パトカーのサイレンに嫌な予感がした。


 もしかして自分達の事が通報された? 

 松本と顔を見合わせた。 


 いやしかしこんな事で警察が来るだろうか?

 きっと他に事件があったのかもしれない。 


 しかし、パトカーのサイレンはだんだんと近づいてきてるような気がした。 


もしかして…


 松本も同じ事を考えていたようだ。


 「 明くん!逃げよう!」


 「 うん!」


 僕らは慌ててフェンスをよじ登った。


 「 別々に逃げよう!何があっても振り向いちゃ駄目!それから私たちの事は絶対に秘密だからね!」 


 「 わかった!」


 僕は情け無いほどガタガタと震えていた。 

パトカーのサイレンはどんどん近づいていた。

 やっぱり僕らだ。 

警察は僕らを捕まえに来たんだ!

僕は自転車にまたがると慌てて走らせた。


ガタガタ震えていた。 


どうしようもなく動揺していた。 


 松本は? 

振り向いたら彼女は反対方向に走っていた。


どうかうまく逃げてくれ!


もし、僕らが捕まったら

どうなるんだ?

停学?

それとも退学?

高校進学もできなくなるのか?


僕は全身がガクガク震えるのを止める事が出来なかった。

ペダルがいつものように踏めなかった。

全力で自転車を漕いでるのに全然進んでいないように感じて泣けそうになった。


いつもの交差点を信号無視して渡った。

車が通っていなかったから良かった。

家までがとてつもなく長いように感じた。


パトカーは追ってこなかった。

ひとまず良かった…。


僕は家に着くとこっそりと自分の部屋に戻った。

急いで布団に入っても全身の震えを止める事が出来なかった。


涙が出てきた。

家の人に気づかれないように頭から布団をかぶってワンワン泣いた。


松本はちゃんと逃げれただろうか?

警察に捕まってないだろうか?

もし松本が捕まっていたらどうなるんだ?

きっと警察は僕の家にも来るだろう。

僕も捕まるんだ。

もう終わりだ。

僕の人生も終わるんだ。

あんな事しなければよかった。

僕があんな事をしたから松本まで巻き込んでしまった。


その夜は寝れなかった。


僕は朝まで泣き続けていたのだった。