昨年後半
Grand Palaisで開催されていた
「Georges Braque展」へ行っていました。
メトロ構内にあった
「ジョルジュ・ブラック展」の広告
![](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/111.gif)
ジョルジュ・ブラック(1882-1963)
フランス人画家。
ピカソとともにキュビズム創始者の一人でフランスの巨匠。
私は詳しく知らなかったのですが
友人が興味があるので行ってみたい、とのことで
一緒に観に行ったのでした
第一次世界大戦
第二次世界大戦
戦後と
時代を経て
どんどん作風が変わっていきます
この日は
たくさんの人が観に来ていました
20世紀を代表する画家の一人として
生涯に渡り描き続けた絵画、コラージュ、デッサン、手紙などが
100点以上展示されていて
一人の画家の作品を一度にたくさん観る機会はなかなかないので
とても見ごたえのある作品展でした
そして
2月の第一日曜日、美術館無料拝観日には
ルーブル美術館へ行きました
月初めの第一日曜日は
国立美術館の拝観料が無料になるので
度々美術館巡りをしていますが
今回の目的は
ルーブル美術館内の
ジョルジュ・ブラックの間を観ること
ルーブル美術館内に
ジョルジュ・ブラックの間があることを
Grand Palaisのジョルジュ・ブラック展へ行くまで知らなかったので
とても楽しみでした
ルーブル美術館の最寄り駅
メトロ1番線Palais Royal Musee du Louvre駅は
工事中のため閉鎖中なので
隣り駅で降りて歩きました
入口の荷物検査の後
Informationでルーブル美術館の地図をもらい
ジョルジュ・ブラックの間がどこにあるか聞くと
すぐに
1er etage(日本でいう2階)の32番の部屋です
と教えてくれました
広~いルーブル美術館の
Denonの入口から入り
もらった地図を見ながら進み
まず、半地階の「マグダラのマリア」を観よう、ということになり
半地下へ
ダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチ・コード」を読んだ人なら
誰もが気になる
「マグダラのマリア」です
→マグダラのマリアの詳しい解説はコチラをどうぞ
そして
しばらく進むと
モナリザはこちらと表示されていて
ジョルジュ・ブラックの間と同じ階なので
モナリザも観ておこうということになり
矢印に従って歩いていくと
ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」
モナリザの向かい側には
ルーブル美術館で一番大きい絵と言われる
「カナの婚礼」があります
→「カナの婚礼」の詳しい解説はコチラをどうぞ
「ナポレオン一世の戴冠式」
191人の人物が描かれているとのこと。
ナポレオン一世が妻ジョセフィーヌに冠を授けている様子が
描かれています
ルーブル美術館は本当に大きく
階段もあり
歩く距離がとても長く
寄り道したりしたりして
なかなかジョルジュ・ブラックの間までたどり着けず...
歩いていたら突然
ボッティチェリのフレスコ画が現れました
やっとたどり着いた
「ジョルジュ・ブラックの間」
荘重なルーブル美術館の天井に
斬新なブルーの鳥が
独特な雰囲気を作り出しています。
すぐ隣りのお部屋の天井は
Cy Twombly作の天井となっていました
アメリカ出身のサイ・トゥオンブリーは
現代美術の画家、彫刻家で
カリグラフィーの入ったような作風が特徴的だそうです
暗号制作者としてアメリカ陸軍に従軍していた時期があるので
カリグラフィーというか
神秘的で読み解けない字が描かれていたりするのでしょうか
ジョルジュ・ブラックを堪能した後は
2eme etage(3階)へ進み
前回貸し出し中で鑑賞出来なかった
フェルメールの絵画を観に行きました
→前回のルーブル美術館の模様はコチラ
フランス絵画
「ダイヤのエースを持ついかさま師」
カラヴァッジョ以降頻繁に絵画に取り入られるようになったという
17世紀の道徳における3つの誘惑
賭博、ワイン、邪淫
に身を委ねている様子が描かれているそうです。
フランス絵画
「ガブリエル・デストレとその姉妹ビヤール公爵夫人とみなされる肖像」
trompe-l'oeil=目を騙す=騙し絵の技法を使っているとのことで
<浴槽の中に敷かれた布と画面を縁取っている2つの幕を写実的に模倣して描いている。>
のだそうです。
ドイツ絵画「自画像」「あざみを持った自画像」
1493年デューラー作
<西洋絵画における独立した自画像のごく最初の例と言える。>
ルーブル美術館でもらった地図に載っていた
絵画を一通り観た後
「レースを編む女」
フェルメールの二枚の絵画を観ることが出来て
よかったです
タニスの大スフィンクス
歩き疲れて足が棒のようになった私達は
ルーブル美術館を眺めながらお茶出来る
Cafe Marlyで休み
帰路につきました
注)解説は主にルーブル美術館オフィシャルサイトを参考にしました。