ありのままの僕 答えを探して -6ページ目

なんとなく

何を見て何を感じすごしてきたんだろう。


病院にも入った、入った結果どうだったんだろう。


僕の心の傷なのかな、心の宝物なのかな、心に残って僕を突き刺して

僕に今だに痛みを与えるものは、君だ。


好きなんだ。君のこと。

違う彼女がいても、違う人といても、僕は君と本当はいたいんだ。

だから誰といても満足できないんだ。



君の落とす影はずっとずっと先に未来にも伸びて僕を支配する。



ここから逃げるのも僕??


いや、好きでいたいんじゃないんだ。


ただ、君がいるから。



未練たらしいって笑ってしまうよ、過去の日記を読み返せば。


でもね、それでも言ってしまうんだ。



君が好きなんだ


今にして 心に感じることは

勝手きままにしか書けない。

文章で伝えたいことが僕の中では認めていないことだから。



僕は笑えてるだろ?なんて聞いてみたりして、思いっきり最低なことを

言っては一人で笑ったりして、それが現実だったりして。。



疲れたな。


僕、就職して、普通に平凡に生きたいなんて


思うようになってるよ。



わかってる、僕の中には君がいる。。

ずっと僕の中から去ることはない君がいて

君は幸せに生きて僕は君の中にはいない。。




疲れたけど、もう一度

やってみたいから。



なんだろうな、この感触

思い出話

思いだして
しまう

好きに僕をなってくれた人をどうして愛せない? 大切にしなきゃていいきかせる心は息苦しくて。いつまでも僕は悲しい現実の嘘にも、はなしてくれるなら騙されてることを喜びにできるはず………………

心は上手く操れないからこのままでいくのなら

一番の暖かい日々を嘘だってなんだって、忘れることのできない暖かさの思い出は最初で最後かもって、満足できる、今の僕をみないで過ぎ去って、あの頃の僕を笑えば笑いが止まらない僕の笑いは、どこにつづくのだろう。

帰れる場所があるならどこにだって帰りたい。
小学生で捨て子であってほしいと、冗談なのか、『橋のしたにおちてたから拾った』って笑いながらいう親に笑うしかない時と似てる笑いかな?

書きたい 書かないと そんなことが次々と知らないでいたいことが知ってしまったりで、悲しくも腹立たしくも
思わないけど。

何もいわないでいることを選ぶ今は。

逃げたしたい
僕は中学までは泥棒の1人で、もう1人いる大泥棒にはさすがや、あの方、ずっと今でも、疑われすぎな事実はうけとめれない痛みを、僕が自ら知りにいったってなるから、まさかって、ためすもんじゃなかった。

患者と次の患者にあけたベット(2週間がベストな売り上げになるから)と、どっちの声がそして訴えて死んでしまう怖さを叫んでも、主治医はベットを当たり前のような顔でいわれて、
怖いって精神科なら先生の好きに診断くだして、そういうことってなんだってできる。

親は僕が家からでていけって、ダメになる僕を無視するのも、されるのもイヤだから発狂したように無理に出ていけといった。


つかれた、また続きを書き終わらせたいから、
書く。

恨みにかわる前の僕が醜くて、だらしなくて、
弱くて、なんてわかってる。
そう写ることをわかる。

怖い、精神的に自殺だってもっていける 主治医 2話

ガkン  

まだ、元気なのか、いや、元の生活に戻ったような、でも、もう前にも後ろにも

道がない、ここで終点のような、そんなやり切れない、自分にいらだっている、

なんだか、変な感じの今、僕はいる。

かけるときに書いて書いて残しておきたい。かけなくなる日はその内、やってくると思ってしまうから。


何をどう書けばいいのか、頭が錯乱してるが、あったことを嘘なく書いて残したいと思う

ありえない経験と僕の今


2話

退院の日は、一ヶ月後に話し合ってまた考えましょうと、主治医が口に普通な言葉を口にしてくれた。



僕は感情的になったり、勝手な言い分をいわずに、入院し、そして、僕が家に戻れば

だめになっていくことも、言った。だから、長いするわけでもなく、最高で3ヶ月の入院を

考えてはいるけど、速ければ、来週かも、一ヶ月後かもわからないけど、自分のペースで

締め切りのように、「一ヶ月、一ヶ月」と呪文をかけられると、あせって余計にできなくなるからって

言葉をやっと、一ヶ月滞在マンションから、主治医と患者に戻ったように思えて、

それからは、婦長さんが、しっかりやっているってことを、OT(作業療法)に、

会社にいくと設定して、朝も起きて、リズムを作ったりする姿をみたら、

主治医も嘘じゃない、本気だってわかってくれるっと、なるほど、結果として

作業療法に決められて日に決められた時間以内について、って

それなら、みてなくても、話をしなても、本気で家を出ないと僕はだめになって

だから、必死に就職を決めたいってこと、証拠として、ちゃんと守っていけば、

説明しなくても、本気で、遊びにきてるわけじゃないって伝わる・・・・・・・




な~んて納得した僕が悪いってわけでもなく、

約束も、朝一人で起きて朝食を食べてって、

わかってくれるさ。。。。今なら笑っちゃうよ、

精神的な病を助けてくれる医者は、

そう、反対に精神的においつめることも

できるってこと、わからないくらい

素直に真面目に励む僕には

わからなかった。 0医者がいったことは、

それが正しい判断だって、

たとえ、僕が違うっていっても、医者の

やることには間違いはないって、

そんなことを福祉課の人はいうけど、

医者って、みんなそうなの?本当に?



本来、あるべき、姿はそうなのかもしれない。

今の社会、そういけばいいけど、病んでる上にののしる人がいるような

精神的な打撃で倒れてしまって・・・・・あたり前にニュースみてたら

わかる。


一ヶ月がたつ前に、両親の定休日にあたる日に主治医から呼び出されて

僕の考え、状態、最後まで理解しないで、入院のほうがいいって信頼してる先生からの

救いの、最後の僕のかけでもあった、この入院は。


これは両親が言ったことだから、どこまでが僕のしらないところで

本人に内緒で決められた、退院の話


「約束とおりに退院です」っと言われ

「お願いですから、あと一週間、伸ばしてください」と父はいきなり電話してきて

退院は決まったからのあとから、いつもの見苦しいいいわけが始まった。

「土下座をして70回頭さげて」

「お前のために土下座して100回あたまさげて一週間のばしてもらったんだから」

って、


普通に考えれば、僕が任意して入院したわけだから

退院も何もかも病院に携わることは僕が知らないで

話が進んでいくこと自体、僕の意思を尊重してくれて

普通だとおもうんだけど、


僕が余命何日とかなら、かくそうとするのもわかる。

違うじゃん、僕は僕の出口が、あるかもしれないって、

僕のこと、何もしらないで、先生の約束って何かしらないけど

僕と主治医の約束のほうが、診察でそうなったことだから、

それを無視して、関係の悪化での入院とも紹介状にかいてあったのを

わかれば、親を使うのはある意味、作戦として、僕に間接的に

たえれない、信じれない、つきつけられた事実で僕はその日から

個室の部屋で、ただ家にかえっては僕は終わってしまう、だから、だからって

色々な相談窓口に話てみたけど、やっぱり、役所や、公務員の人は

医者が決めたことは絶対的に正しい判断で、それを承諾した後では、

もう、退院ってことは、医者のこれからの先を考えての、はやいと感じるとしても

それがベストだと、判断された結果だから、必ず、その後のケアーや

すごし方も指導してくれるから、しんぱいしないで大丈夫。


退院を勝手に決められてから、僕にいつ告げるかは、

親まかせだったみたいで、2週間前から、ずっと退院の5日前まで

言わないでいるのが、僕のため??

てか、主治医の先生とその中で一回診察があったけど、

その時はちょっとした人間関係の裏をしったりして、

落ち込んでたこともいって、でも、すぐにまた復活して

やるべきことをやります。でも、ちょっと今はしんどいです。

をいって


主治医はいきなり


これからは診察希望にするからね!

という言葉がわからなかった僕は、よい解釈をしてしまって、

自分で管理してやっていけるって、そういう意味かなって

思うしか、退院がすでに決まっていて、僕との診察で、

主治医が退院を僕にいわないでいるなんて、

何件か、精神科などまわって、今の先生に出会うまでは

なんかしっくりこないなぁって思っていても、

そ~んな、知ってるのに、知らないふりで、僕との約束にも

触れないで、患者は僕だ!!僕の状態をみて、僕と話して、

それでもだめなら、次は三者懇談ってのが、ここの退院にもっていくやり方だと

知っていたけど、ある意味、三者懇談にて、話がつくなら

僕にしたら、いい結果になる。親と僕が向き合って、その間に

僕の主治医が入って、まとまるなんて、

ありえないけど、ありえたら、やっぱ、入院してよかったって、

精神的な崩壊を戻し、親も僕のことを、いい加減に理解してくれたら、

僕だって、きっと、いや、絶対にラクになれる・・・・


なんてこと、考えたらありえないってわかるのに

僕はそう解釈して、頑張ろうって、そう思うしかないような

変な感じの診察に戸惑ったってことで。


両親も主治医も看護士さんも、婦長さんも知ってたんだって

思うと、今、怖いって思える。僕だけが知らなくて、

僕が患者、僕をみて、僕のしらないところで

僕が任意で入って、メンタルケアー病棟だから、

くるって判断が自分でつかないとでもいいわけで言うなら、

任意で僕が一人、親同伴は、状態に悪いからって

信頼してる先生が話してくれて、じゃ、最初に僕が

初診を受けて、別で親と話してくれないと、

何もわかってないから、僕が両親とのストレスでって

かいてあった紹介状を理解を患者の立場でみてくれたら

、てか、一ヶ月主義のやり方が僕なのでっていってた、

主治医からしたら、一ヶ月で納得して退院させるのは

無理って思ったとしか思えない。

人とのコミュニケーションも大切だからって言われて、

いつも一人でいたのに、人が遊ぼうってきてくれたり、

人がいることに最初はうれしくて、たくさん、今まで

何年間で一番、人と話した日々だったな、今思えばな・・・・


途中で、あんまり深くはかかわると、何をいわれようが

それは僕は気にはしないからいいけど、

巻き込まれたり、はめられたり、嘘ついて、それを信じてる人を

面白く笑ってたり、そんなのを見たからも、もちろんある。

僕的にも、次は集中して自分の時間をたくさんもって、

休憩する意味で、深くはかかわらずに、人と話していこうって

そう思っていた頃でもあった。


はじめなきゃ、いつまでも楽しいけど、しゃべって一日を終わるのは

もう、充分にコミュニケーションもとれて、楽しく過ごして、

ストレスが僕をねじりつぶすことはないって、もう

大丈夫だって、感じた僕は、スタイルをもっと、自分で考えたり、

悩んだり、将来を考えようって、そんな前向きな僕が戻ってきてた頃だったのに。



主治医のいう約束は治療計画書にある、推定の入院期間のことしか、

すべて、書類をもってきてもらって、どこにその約束があるか

さがしたけど、みんな、一ヶ月ってかかれて、それから、

粘ったりして、その時点で推定される期間であり、それは

変わることはその時点の状態であるって、書いてるじゃん、

下に。。。。

推定入院期間 一ヶ月程度っていう書き方みたら、

一ヶ月程度の推定を、その時点では一応、かわす契約として

はっきりとしたことがわからない時に、推定って使うって

調べてまではっきりとしたかった僕にも、元気だなって

ある意味すげぇー。。。。




くらい僕は退院を今したら、あと少しなのに、まただめになるって

わかっていたから、本当に僕にはそれは大変な事実で、

だから、必死になって変えることはできないのかって

色々と聞いて電話しても、医者が決めたことに親が承諾してることには

医者の判断は(一応)絶対的に正しいってことは、

ひっくり返すことは無理だとわかった僕は


落ちるところまで落ちたはず、まだ落ちれるのか!

まだまだ落ちて落ちてって、あるのか!って

出口が見えなくなっていた。



































医者は怖し、ふりかえれば  1話

阪○病院のE3病棟に入院して、


「両親からはなれて、人のいるところで、就職についてかんがえて、

家をでれるように」


と通い続けてるクリニックの先生が紹介してくれた。


自殺願望や、自傷行為、そんなことは決して口にしてはいけないよっと、

先生はいったが、実際、その病棟は、病棟で自殺未遂をしている人、

リストカットをしてる人、遊びにきて女とずっと話している人、

やばい人、って本当、ジャングルのような場所だった。


たくさんの病院をわたりあるいてる人が結構多かった。

大部屋でカーテンを閉め切ってでてこない人たちと

きっと会っていないままだと思う。

いつも外で食事をしたり、タバコをすったりする人は

同じメンバーだったからだ。


ここの病院は最初の診察の時の人が

入院後も主治医となる。

主治医次第でここの入院生活が天国か地獄にかわる。


上○先生が僕の主治医だった。

入院して最初の診察の時に何も僕の話を聞く前に


「じゃ、退院は一ヶ月後で」    


それを言われたときに、僕は唖然として、僕はここにきて、

親から離れるために、そして、過呼吸でパニックを起こした僕は

どこでもいいから診断書をと学校に提出するのに頼んだまま、寝てしまい、

気がつくと、牢屋にいれられていたあの隔離病棟で、親から何の連絡もないので、

保護室からでた僕は真っ先に電話をして学校のことをきいた。


「学校はもうやめる手続きしたから」


学校をやめてから、将来はなくなり、そして、元彼女とも、本当に終わってしまっている

事実をしり、僕は本当におちるところまできた、僕を無視していく親、

口を開けば、お金のこと、愚痴、僕はグータラなわけじゃない、

それを理解してくれずに、就職へのプレッシャーを感じ、

親も背中を押してるように感じた。



僕は動けなくなって家からも出れなくなっていき、

クリニックさえ自分でいくことができなくなっていて、

薬を切らして、このままだと気をおかしくなると思い

クリニックにいって、今の生活を話すと、

先生は入院をすすめてきたわけだ。


好きなときに退院できると聞いていた僕は

三ヶ月をめどに、活動できる自分をつくりなおそうとしていた。


一ヶ月、一ヶ月、診察希望を出して、僕の今の心境を

きいてもらって、と、普通に理解を望んだ。

しかし、主治医は一ヶ月、一ヶ月とそれだけが僕の耳に残り、

相談したことには、

親からのメールは受信拒否しておけば・・・・

そういうこともある・・・・・

っていうような言葉で、僕が入院してどれだけラクになって、

しかし、親が、頼んでいたオークションの件で、あれほど、わかりやすく書いて

小学生レベルのことまで細かくかいて、発送を頼んでいたが、

わからないと、あれだけ、入院中は会いにも、接触もとらないでほしいと

手紙にして渡したが、やはり、理解していない。


主治医は一ヶ月だけを診察でいい、僕は親と会うと、異常に興奮して

簡単には帰れない、帰りたくない、ここで就職にむけて考えて、

飛び出さないとっと、一ヶ月の言葉に悩まされながらすごしていた。


いつでも困ったことがあれば、気軽に相談をっと書いてあったので

僕は主任さんに、先生のことで相談しようとした。

話をする前にいきなり


気ままな入院生活だ


といわれ、僕が入院にもってきたものが

おもちゃに見えるらしい。

絵を書くためのもの、裁縫の刺繍などして服にアレンジを加えていくこと、

それが僕は入院生活で最初、療養中にしてのんびりしようとしていたことを

おもちゃって、きままって、全部みてもらってもいい、入院生活で何も困ることないように、

はさみや、ノートや、を持ち込んでいただけだ。


同じ部屋の人はかなりの量を持ち込んで、

部屋に傘を開いておき、風船が転がっていた中で

どうして僕だけがそういう言われ方を医療従事者からいわれなければいけないのかって、

部屋に帰ってすぐに過呼吸になった。

対処の仕方はしっていたが、かなりやばいって感じたので、ナースを呼ぶと、

紙袋をもってきて、ゆっくり息をすって・・・・・とボー読みのせりふのような

その声のトーンに僕はますます嫌になった。

結局、その言葉を残して、僕はまだパニック中というのに、

去っていったナースに恐怖に近いものを感じた。

理由は部屋の人がなんとなく話してくれてたけど、

病院側っていうのは、強いもんで、聞いてないふりをして、

主任は僕に会うと、目をそらして、すれ違うようになった。


そのことを主治医に僕は経過として話すと

「そう見えたんじゃない?見えるから言うわけでしょ」


なんていわれて、僕は本当にここは何?って思った。

答えは最後にわかるのだが、まだ経過をかくにする。


一ヶ月ノイローゼになっていた僕は、一度、家に必要なものを取りにいくついでに

病院からは遠いので、外泊許可をとり、そして、親に主治医のことを話して、

僕からいっても、言うのをやめてくれない、だから、親が言えば少しはかわるかもって

期待をして頼んで、

次の日、病院に戻ると、いきなりの診察で

あなたの両親から話があるということをきいたんだが??


に僕は正直に話した。主治医が診察中に毎回3~4回の電話がかかってきて、

その内容も、いってる言葉も、そして、背中をむけ、へらへら笑っているのが

僕は診察されてて、中断ばかりはいるから、それがいやだということで

親はその事について話があると思います。。。。っと。


電話は緊急の時など、かかってきて話すのはいいのですが、

診察時間よりも電話の時間のほうが長くて、話も真剣に聞いてもらってないと

感じてしまうので、少し、考えてはもらえませんか?


と僕がきくと主治医は


「できないな」


僕はその言葉のあと、努力なりどこか心のすみに・・・・


をいい終わる前に


「無理、いやなら、ほかの医療機関を探せ」

には、正直、今まで色々なクリニックにいってきたけど、

こんな先生の姿、態度、なんてみたことなかった。


そのあと、主治医は偉そうに

「ここで治療したいんか?したくないんか?どっちや?」



といわれ、僕は、「わかりました、こちらでの治療をしたいと思ってます」といった。


それからは、ほかの患者さんが、上○先生は運が悪かったな、アハハハ

なんていわれ、僕は落ち込んだ。


診察は主治医によって、定期的にくる人や、希望しないと来ない人、

薬のきれる前に来る僕の主治医、

診察してほしいと望んで診察希望の時に、主治医に僕は目標があってここにきてるので、

先生がいうダラダラいてもいい事がないってことについては、 僕は違うことを

何度か話し、それに向かって頑張っているということも話してはいた。



(続)