ablindspotのブログ -85ページ目

打率10割のファースト八番バッター

はい みなさま


お疲れ様です


お元気にされていますでしょうか


明日は週末ということで


うきうきぶぎぶぎでしょうね


僕の分まで楽しんでくださいな



さてさて昨夜の報道関係者とのお話をすらっと書き上げたいのですが


お話できる内容が限られているので胸の内に秘めとこうと思い


新聞読み比べでネタ探しの旅に出たもののやっぱり大したニュースがなく


何を書こうか迷っております



そういえば


朝日新聞では「おやじの背中」


神戸新聞では「まちかどスナップ」


読売新聞では「人生案内」


この三紙においては


記事枠というか欄といいますか記事といいいますか


なんと呼ぶのか良く分からないけど上記の欄は


面白いからどんだけ忙しくても目を通します



読売の人生案内は読者からの相談に


各界の著名人たちがアドバイスを送るのですが



本当にそんなことで悩んでるのかな


と考えたり


ああ深刻な悩みだなぁ


と考えたり


別にどうだっていいのに


と感じたり



本当に人それぞれ抱えている悩みや感じ方が


違うんだなぁ


と改めて考えさせられるわけです




嫁 姑 兄嫁 旦那 親 息子 兄弟 親戚




中でも親族の悩みが断然多くって


その次にモラルや会社や上司や近隣住民の悩みとなるわけ



同じ家や同じ空間で過ごしているから


こんだけストレスを感じるんだろうし


とる新聞って大体親と一緒の新聞をとるだろうし


ということは


みんな家の中で


もしくは親族の中で同じ読売をとっていて


この欄を読んでいる可能性も高いわけですわ



「あれっこれって私のこと言ってんの?」


「あれっこれわしのことかぇ?」


「あれあれ 先日話したことそのまんまじゃないか?」



「なんなんだよ こんなことを感じてるんだったら


直接言ってこればいいのに何でわざわざ読売新聞に投書して


おれのこと書くんだよ バカ」


と感じる加害者も多いんじゃないかな



※あくまでも投稿者を被害者する場合の話




それを感じさせるための最終手段として


わざわざ投書している人もきっと多いだろうし


なんなら採用されたアカツキには


晩御飯のテーブルにラミネートしたり


わざとその面が表に来るように置いとく人もいたりして



「おまえのことだよ」


とね。



はたまた、この人生案内が回りまわって


負のスパイラルとして働き


家族単位の読者離れを阻止してるから


この欄は外せねー



読売の渡辺さんも思ってるんじゃないかと踏んでいるのは僕だけか。




だって人の不幸は蜜の味っていうけれども


朝から人の不幸ってそんなに面白いもんじゃないし


ある程度知っているからこそ蜜に感じると思うしね



どう考えても前述のような


伝言掲示板のような役割を果たしている感じをうけるわけです



それにしてもみんな家族間で悩みすぎ



家族同士がこんだえ理解しあえないのに


どうやって日本人同士が理解しあうことができるのかなぁ


とも考えさせられたり。





朝日の「おやじの背中」は


毎回著名人が自分の父親の存在を肯定も否定もする欄



やはり父の存在というものが


なんだかんだいって本人の人格形成や人生に大きく影響しているなぁ


と思わされます



つまり どれだけ嫌な父親とこき下ろしていても


結局 否定しつつ暗に肯定している


投稿者である著名人の現在は


父親の存在によってなりたっている感が


どうであれ伝わってきて 



家族っていいなぁと


ほのぼの感じさせられることが多いんです



朝日と読売


陰と陽


こんな小さな記事ですが


それだけで


朝日のほうがポジティブに感じたり


粋に感じたり。



(今のゲバラドキュメンタリーは面白いよ


セイジくん朝日 頑張ってるね)




神戸の街角スナップ?



市内の写真が載っているだけなんですが


知らない場所が載ってたときに


ああ僕はまだこの町のしらない部分がたくさんあるなぁ



と思わされるから楽しいだけ




政治 経済 社会 スポーツ、文化、四コマ漫画・・・・


記事にもいろいろありますが



四番バッターよりもエースよりも


僕はファースト 八番バッターが好きだな





そんな話



















































美意識について思うこと


美しい
の定義は人それぞれで、国、地域、時代、世代、性別などそのベースによっても変わってくる。

目が細くてぽっちゃりがもてはやされる時代があったり、おしりが大きくなくちゃモテない国があったり、首の長さが美人の象徴だったり。
ああ昔に生まれたかった。生きにくい現代社会。


食料が潤沢にない時代には、ふくよかである、ということはイコール富の象徴だったかもしれない。

食料があふれかえる飽食時代になると今度はあまりのふくよかさは自制心の欠如、怠惰の象徴とみなされ、自分の管理もできないなんて…と、ビジネスシーンでは烙印を押されてしまうらしい。

そのため、持つ者は金貨で食料を買い、その食料を消費するためにまた金貨を使う。
経済は持つ者のループで成り立っている。


美人は三日で飽きる
なんて言葉もあるけれど、毎日鏡で見る自分の顔とあまりに違いすぎてただ嫌になる、という負け惜しみかもしれない。

美形ばかりがナルシストになるわけではないとすれば、どんなに造形が崩れていても、毎日見ていれば好きになってくるはず。

まさに愛着。

気をつけなきゃいけないのは、鏡を見るときの顔と、他人から見られている顔は全然違うってこと。
鏡や写真でのキメ顔をずっとしてたら、顔の筋肉つっちゃうもんね。

あと、自分のキメ顔が本当にキマってるかの問題。
自分の可愛いと、世間からの可愛い。その擦り合わせができるかどうか。自分の納得を取るか、迎合するか。
悩ましい。


どうやら初対面の数秒で、その人の印象が決まるらしいから、とりあえず私は目を見開いて、頬っぺたをすぼめて、「初めまして」をいうことにしよう。


すぐバレるけど。


懐疑

はい 皆さまお疲れ様です


お元気にされていますでしょうか?



僕は今からポルシェ先輩とご飯の予定がありますので


後15分したら店を出ようと思っております


本来なら大橋さんにブログを書いてもらおうと思っておりましたが


明日は報道関係者とご飯ですし


あさっては川崎さんとご飯ですし


土曜も日曜日も埋まっておりまして


月曜日には池本パーマさんとドラゴン竜也とよこちんちんさんとご飯ですし


と考えたら大橋さんに5日連続書いてもらうかもしれないので


こうして足早に書いているわけです



昨夜は昨夜で弊店のスタッフとのお食事会でした



僕の方針でもあるのですが


僕は会議というものが嫌いでして


店には一切会議というものがなく


あるとすれば年2回のお食事会と大掃除の日だけでして



一回に月大体3分で僕のコメントや挨拶は終わるから


スタッフ12人の全員の前で話す言葉は年間10分足らずなわけです


※マンツーでは話しますよ



昨夜も


「ご自分たちがお客さんとしていった店で



いやな接客だな


とか


いい接客だな


と色々感じると思いますが


果たして自分が店に立ったとき


その良い接客が出来ているかどうか確認してください」



とだけ申しあげたわけです


三分もないな


一分ぐらいか



だからみんなどんだけ酒が入っていても


黙って聞いてくれるわけです




そんなこんなでもう9年目を迎えますが


先日施設全体で行ったアンケートにおいては


お客様方から大変喜ばしいご意見ばかりいただきましたし


大体みなさんパートでありながら3年以上は働いていただいてますし


いまさら会議を増やすつもりはありませんし



かりに必要だと思ってもその会議をしている時間


そしてそこにかかる人件費を考えると


貧乏性のせいか 開く気が起こらないわけです



そもそもサラリーマンのときに度々ひらかれた会議だって


ただただひたすら上司が一人で話しているだけだしね


そんなことより営業回って新規客を増やすほうが


よっぽど成績があがるのになぁ



と思いながらも五時間くらい聞いていましたが。




みんながおのおの信じる道が


やっぱり正しいんじゃないかな



「あのねーオーナー、でねー・・・・・・・」


あのねーオーナー、でねー・・・・・・・」



どうでもいい話やシモネタや


夫婦の悩みや色々好き勝手いっとりまして


次第に


酔っ払ったスタッフさんが店に対して


真っ当な意見、見当違いな意見を話し出すのですが


まあ酔っ払ってるし



そうですね


そうですね


と答えつつ


そんな皆さまの楽しそうな酔っ払ってる姿をみると



スタッフのみなさんが心から楽しんでくれる環境をつくることこそが


経営者として一番大切なんじゃないかなぁ


つまりこういう宴が一番の会議じゃないのかな


と思ったわけなんです








ああ時間がない



ばいびー