なっちゃんとさっちゃんのハーモニー
最近の傾向として
「僕は、私は一所懸命がんばっている」という言い訳をする人が多い。
明らかな手抜き
明らかな接客のミス
明らかな対応のミス
あんまり怒らないようにするけれども
明らかにひどい時には 怒るようにしている。
すると前述のセリフが出てくる
一生懸命しているかどうか知らないが
客観的に見て
できていないから叱責するのであって
できていたら こちとら何も言わない。
「できてる」と「やってる」は全く違うのに
スポーツ、芸術、営業の世界
皆 一所懸命練習しても仕事しても
結果が残らないとするならば それ自体は無意味。
そのプロセスは本人の人生の糧にはなるが…
お金を戴く以上はプロであり
プロである以上は一所懸命という自己弁護は
全くもって必要ない、もって当然の気概である
そもそも一所懸命って言葉は
人が言うことであって
自分が言うことではない
結果が出なければ
解雇、廃業、倒産
ただそれだけ。
さいきん、日本は頑張っているかい?
はたらいく?
失業保険に
生活保護に
子供手当
社会保障の増大
70年代のイギリスと全く同じ
でもイギリスには0から1を生み出す「知恵」があった
そして そもそも「質素」な生活を好む国民性
おばあちゃんの五十年前のドライヤーだって平気で使っている
だから似ていて違う結末が生まれるに違いない
週休二日
と
世界の国々に比べてトップレベルの
日本の祝日の多さ
と
風邪ひいて休む
お腹いたいから休む
なんとなく休む
で
働けるのに保護をもらっている
もらわにゃ損損
すなわち
たぶん以前に比べてそんなに頑張っていない。
はたへいと
のに いまだ経済力があると思っている私たち
国力があると思っている私たち
頑張っていると思っている私たち
僕たちは戦後の世代、団塊の世代の築いた遺産を
黒ヤギさんのように むしゃむしゃ食べてるだけ
「おれおれおらおら詐欺」
おれだよ、おれ、ばあちゃん、とうさん 入金してくんない?
犯人がほかならぬ本人たちだから始末に負えない。
白ヤギさんからの手紙を読もうとしない
でも「俺たち頑張っている」という勘違いから
「お仕置きだべぇ」なんかで民主党に投票してしまうわけで。
ほら言わんこっちゃない
お仕置きの倍返し
崩壊は目に見えてるとして
次のステップ
8の4 最終章
ここからはじまるだろう
ハシモトさんちの「ナチズム」はとても怖い.
が、必要な側面もある。
プラス
さっちゃリズムを
直ちに取り入れなければ
僕たちはきっと破たんする
ない袖は振れない
なっちゃんとさっちゃんのBGM
このハーモニーがピーチ姫を助けるには必要
イクメンのお倒産
公園ふらつくお倒産
倒産すれば
資源もねえ
食べ物ねえ
仕事もねえ
朝から晩まで家事手伝えます
全員イクメン
そんな未来を子供たちに託す社会
「がんばってる」なんて言い訳ねえ
「我が逃走」
時間の問題
デンマークが良いらしい
つづく
機能という名のもとに
わかりやすい
日本の文化に
触れて過ごした 数日
日本美とは何か
あついなか
ボーっと考えていたら
やはり
機能としての美しさだと思った
そして
その一つ一つの所作を美しいと感じるのは
行為それぞれが意味を持っていて
そうあるべくして そうなっているから
「お茶碗は右手で出す」 というきまり
なのではなく
その方が近いから。
そんなもの
先人たちが残した
適材適所
同じ
石を運ぶという仕事をしていても
何の仕事をしているか聞かれたときに
”石を運んでいる”
と答えるか
”お城を建てている”
と答えられるか
そんなもので
結果は大きく違うかも
つづく
夏の詩
夏の詩
食べ終わった後のスイカの皮
パフェのさくらんぼの種
手につく かき氷の残り汁
浜辺のゴミ
ビールを飲み終わった後のゲップ
t-シャツの汗の痕
花火大会後の渋滞
血が通っている便座
サンオイルと入り混じった香水の匂い
浜辺を歩いた後の運転席の砂
刺された後の赤い十字架
夜更けのパラリラ
どれも後味がわるい
でも
思い出だけは美しい夏
お盆過ぎの須磨海岸
甲子園決勝の後のテレビ
8末の宿題
見逃した映画
今年も始められなかったサーフィン
朽ち果てた蝉の亡骸
外れ棒になったガリガリ君
直した直後に外れる網戸
部屋にある大量のビールの空き缶たち
しおれたヒマワリ
洗車直後の夕立
血を吸っていない蚊が潰れた手のひら
一つの商品も売り切れていない自販機
ヒグラシの鳴かない夕暮れ
返信し忘れた暑中見舞い
9月の真夏の果実
どれもむなしい
でも
思い出だけは楽しい夏
夏の終わりは思う以上に早い
どこだ 今年の思い出は。
「おおさわ、後ろ」
つづく