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西元町のぼんてん





時間がない。




さきほどまで書いていた


ワールド杯の日本のラグビーについてのコラムが


くだらな過ぎて


落ちが無くて 


全てを消去した。



2時間の無駄


気を取り直すが



西元町のボンテンの餃子が食べたくて



いそいそと書き終わろうとしている


午後六時半





7時半には片づけモードに突入するぼんてん




ビールのない餃子なんて論外。


そのため


PIGCから自宅まで車を置きにいくだけで



30分かかってしまい




そこから自転車で向かうと


とてもじゃないが時間がない










心を開くことができる場所


僕にとってのオアシス



加納町の「ともえ」



西元町の「ぼんてん」



楠公さん近くの「だんらん」




この3つに定期的に顔を出さないと


なにか 心にたまった垢が蓄積されていく






みんなアラ環


歴史と苦労を積んだ人たち




みんな言いたい放題な人たち


江戸っ子調な感じ




ばろってやんで、ちきしょー




口は悪いが


心は優しい



半分 怒られにいっているようなもんだけど




大人になって怒られることが


そんなないし


経営者だったら ますますない




経営の原点とはなんぞや




そんなとき


アドバイスをいただける


この3つの店は


僕にはなくてはならない貴重な店











昨年末


大丸近くのお花屋のカンフラワーデザインさんが



両親に見放された


もしくは


両親にDVを受けている


孤児達の施設にクリスマスツリーを送る企画を立案した





我がPIGCの支配人は


ボランティアに理解があり


すかさず カンさんの呼びかけに答えたものの


一社だけでは 予算が足りない





そこで様々なネットワークをもっている


広告会社4FLOORの清原さんに話を持っていく前に



腹ごしらえをするため



ぼんてんに寄っているところに



たまたま清原さんが目の前を通過した






清原さんを店内に呼んで


二人で餃子をつつきながら

店の中でカンさんの企画を説明していると



カウンター越しで話を聞いていた

オーナーの土屋さんがごそごそと動き出し




「小銭が重くて邪魔だから


 もってって」



とだけ言い



100円玉


50円玉


10円玉


5円玉


1円玉



各通貨に分けられた ぎっしりつまった袋を


ポいっと僕たちに渡してくれた






その額4万円なり



その金額は孫さんの100億より価値がある





餃子一人前300円の商売

そして 何の広告や売名にもならない



ましてや


話の信ぴょう性なんて確認せずに



「持ってって」







それを聞いたカンさんは絶句。







普段は女の話しかしない土屋さん




僕は今日も彼にしかられにいく











つづく






























































ブランドするということ



日本でブランドというと


バックとかのブランド品とか


ステイタス的な響きが強くなってしまうけれど






そもそもは


自分達の放牧している家畜に焼印をつけて


他と区別できるように差別化したことが原義らしい。







卒論書くとき調べものをしていて



一番おもしろくて、わかりやすいなあと思ったのが


インテルのやり方。





もうほとんどうろ覚えだけど



チャンチャラチャン♪インテル入ってる



でおなじみのメロディで


今や誰もが知るメーカーとなった。






ふつうなら


下請けのインテルのようなメーカーが目を向けるのは



元請けの取引先か、競合他社






でもインテルは


自分たちの直接の商売相手ではなく


エンドユーザーに目を向け、広告を打った





自分の作った製品を買ってもらうために、広告を打つのではなく



手に取るお客さんの心理状態をコントロールするために、





ブランドが与える


安心感や安全という気持ちを呼び起こすために投資をしたのだと思う。







そうして、自分たちの会社や製品を付加価値としてブランド化し

お願いして選んでもらうという一下請けの立場から、


インテルでなければと



選ばれる立場へ逆転させることに成功した。









ブランドってやっぱり


信用を買うということだと思うし





それが



みんな持ってるし、という安心感からの信用なのか



今まで続いているという歴史への信用なのか



伝統的な技術に対する信用なのか



値段に対する信用なのか






そこは色々だろうけど、まぁ間違いないでしょという


最低ラインは超えているはずという信頼のうえに成り立つ






何かと差別化しているうちは、ブランド



他がみんなやりだして、均一になったらブランドではなくなるんだと思う






one of them から only one へ



それができればね











つづく





足るを知る




本日も晴天なり





ひさしぶりに時間ができたので



宇治川商店街近くの



洋食の朝日でランチ





調子をのって昼間からビールをかっ食らうと非常に眠い。








満腹具合と重なって



つかの間の昼寝





この睡眠が気持ちいい






夜から朝にかけての睡眠より


遥かに気持ちいい







同じ睡眠なのに


この至福感の違いはなんなのだろう








人間の三大欲求が



食欲


性欲


睡眠欲






何食べても 


何をしても




食欲も性欲も満たされたら


無になるのに 




無と言うより


ニュートラルになる 



こと男性は

幸せ感は経緯にあって


結末にはない



「私の事好き?」




なんてピロートークなんて


どうでもよくって




「うーん」




日本の将来が気になる






しかしながら



睡眠欲だけは


そのシチュエーションで形を変える





寝過ぎても眠い時もありゃ


ねむ過ぎても 眠れないときもある





それは 


意識して「行う」ものではなく


「いざなわれる」ものだからかもしれない





電車の睡眠、後部座席の睡眠…




嗚呼、



「寝なきゃ」ではない 



導かれるしあわせ









お下劣な話だが


僕の至福の時は




便意をもよおしたとき


トイレに間に合った瞬間



「ああ、俺は世界で今 一番幸せ者だ」





人生の中で


これ以上の幸せを見つけたことがない



生き恥をさらさない幸せ





だから 


「一番幸せを感じた瞬間って何をしている時ですか?」



なんて質問されたりすると




「えーと…」



答えに困る





あれに代わる幸せなどないから



「幸せを感じたことはありません」



とハードボイルドに答える





なんてうそつきで正直な僕







いざなわれるもの






つまり



幸せとは



自分の中にあり


その中で受け身になり



流れに身を任せる





ということですね





何千年たっても


文明がいくら発達しても



人間だもの




幸せはその程度なんです





34にして「足るを知る」




若い諸君




青い鳥はいないぞ


どこにも










つづく