ablindspotのブログ -345ページ目

tpp

その昔


とある伝統工芸と関わるお仕事をしていた人と


お話をする機会がありまして






その方いわく


「いやー日本人の生活様式が変わってしまい


もう僕たちは必要とされていない中で


どのように 必要とされていくかが


喫緊の課題であり 


業界全体でどのように消費者を取り込んでいくか


日々 精進しております」





とおっしゃっておりました







そうだよね




たとえばガソリン代も


超円安が到来し


一リッター600円位になっちゃって





「いやいやゴルフどころじゃないでしょ



 ゴルフ場にいくガソリンもったいないし」




とかになってしまえば



家業の売り上げが吹っ飛ぶし




打ちっぱなしのボールが出てくるところを



パチンコ玉が出てくるようにして


体感的「遊技場」にでもしない限り


まったくもって


商売にならなくなる






いつだって


商売は人気や流行であったり


とりまく外部経済の影響であったり


非常に不安定の中にさらされている



在庫のないサービス業でもそうなんだから


在庫のある製造業なんてもっと大変






でもね


客観的にみていると




そこに忍び寄る環境の変化に


多くの日本人は


全く持って気付くことなく






いよいよ気付く状況が見えてきても


目をそらしちゃったりして




「あいや、こりゃ大変なことになるぞ」



と心の声が聞こえてきても





「そらみみ、あっわー」




誰がいったが知らないが…


のように



タモリみたいな感じで他人事のように


ふるまって




そして ほんとうに


カチカチ山の狸のように


泥船に浸水が始まったころ





「やべ。なんくるないことない


いやー業界は大変だー


行政も非協力で


日本は生活スタイルが変わってしまって…」



と いうことが多々ある






円高で


やれソニーの利益が吹っ飛び


トヨタが吹っ飛び


パナが吹っ飛び


みんなどっかに吹っ飛んでしまって




「おーナイスショットだねー」的に


何百億円が飛んでいく



なぜ


その「グローバル企業さんたち」は

その可能性を予見できなかったのだろうか???




なら「グローバル企業」って肩書きは


なんなのだろうか?




失策であるという見方もあってしかるべしでは


ないかと思うんですけど



外部環境のせいにしすぎてるように


思うんですよね



で経団連はtpp推進








「ナベツネ主筆事件」のことなんか


読売はもっと遠くに飛ばしちゃって




そんなことあったかしらん??



みたいに


みんなが


ガンガン騒いでも


トクオチすら恥じることなく



それでもなお


シャーシャーと全国売り上げナンバーを謳いながら




オリンパスを球団したりして


糾弾は球団されないことに対し





従業員は そうやって読者が離れていることを


なんとも思わないの?







この意味の分からない


フィクサー気取りに対し


長いものにマカロニ的で


ほっそいほっそい


せんのほっそい パスタ達は


伸びあがったり


途中でポキポキおれてしまう





世界発行部数一位の大新聞の


先が短い主筆のおじいさんのゆうことに


政治家も会社も世の中も踊らされてしまって




原発推進の旗印だって


正力さんだったわけで





この国はどこに向かっているの?








もう全くわからないが




このタイミングで


昨日の読売の


セシウムが全国に飛び散っているなどの記事を


みると





消費者的にいえば


これって 作為的に


日本の農作物はあぶないから



TPPに参加して


農作物輸入した方がいいんじゃないの?


的なプロパガンタにもみえちゃったりして








ああ この国の


官民もメディアも



つくづく



姑息だね


いやらしいね



となる








で最後のおとしどころに向かうんだけど






その伝統工芸に携わる人間が



彼の分野ではない


僕にプレゼントしてくれた


日本の伝統工芸品は


メード イン CHINAだった







僕は


彼の話に


納得したり


同情したりした


自分の浅はかさに


愕然とするわけで






あなたみたいな人が


伝統を崩していくわけなんだね





おらが村がよければよい








僕は



この



「自分さえよければ」





という風潮の結晶が



TPPだと思うのです









参加するならするで



食糧自給率をこれ以上さげないために


義務教育の授業に「農業」をいれるべきだと



僕は思います




じゃないと



本当に食べられなくなっちゃうよ



この国の人々








つづく


外面



もし生まれ変わったら


男か女、どっちがいいか論争で


「男」に一票入れた子2人が




口を揃えて言っていた理由





「化粧とか女子はめんどくさい。」







そうだよね、分かる分かる




努力を怠ってる私でもそうなんだから



アナタは大変でしょうね


尊敬するよ








どんなに化粧が面倒でも




私は断然

次も女子がいいけどね






なんて、そんなことはどうでもよくて








今日妹が化粧をしているのを


横から一部始終見てて






めんどくさいこの作業をしている間に


きっと





素の自分を覆って



世間という風に負けないように


対応できるように


大人になれるように





実質的にも精神的にも


外に出ていく準備をしているんだと思った






人それぞれ、男も女も



切り替えるポイントとかきっかけってあると思うけど




女子はお化粧ってのも


結構大きなオンオフの切り替えの道具になっている。





帰って、顔をクレンジングしてその日一日を洗い流す


みたいな






女の人はフェイスオフという

分かりやすい方法があるけれど





男の人はどうやって切り替えをしてるんだろう




というか切り替えが必要なのは女だけで



そこからして脳の構造が違うのかもしれない









年々年々

お化粧をする理由と対象が



変わっている様な気がしている







今は何のために、誰のためにしているんだろ










さて



とりあえず



化粧をとるために



また明日もせっせとお化粧をしようね

















つづく












私の道々



ああ今日はとても忙しい


夜は夜でVIPな方々とお食事会があるので


早く終わらなきゃならないのに




そんな日に限って


仕込みであったり


お客様がどんどこ入ったりして


とてもありがたいことなんだけど


「なんで今日なの」ってことが多々ある。




確実に遅刻できない状況なので


ひょっとしたら


ダイイングメッセージのように


書いている途中で終わってしまうかもしれませんが


悪しからずご了承ください







先日 久しぶりに


男性を乗せて 


当店から


三宮まで送っていく機会がありました







ルートというのは


意外と人それぞれ決まっていて




そのこだわりというか


別にあんまり深く考えることなく




急いでようが


ゆっくりであろうが


同じ道を


飛ばすか飛ばさないかの問題であり




漫画やアメリカ映画のように


「えーい 近道しちゃえ」


と一方通行を逆走したり


空を飛んだり 跳ねたりってことは


免許が必要な限りはない






先日の和歌山県の職員みたいに


飲酒運転で当て逃げした末


線路に逃げる人間もいるが



正常であれば


まず普通の道を選ぶ





 


A点からB点まで


大体の人は大体 決まって同じ道を通っていく






せいぜい帰りと


行きをかえるくらいかなあ






さきほどの話に戻るが


三宮まで彼を送る最中


いつもの自分のルートを通って


送って行った。





さほど信号に引っ掛からず


すいすい行くもんだから


おおよそ 10分で着いた






道中 ポーアイに住んでいる


その彼は


僕の選んだルートを


「こんな道あったんだなあ」


と呟いた






運転している途中


道をあれこれ指示されるのって


嫌いな人が多い






実際 運転者が素人ではない限り


「口をはさむこと」をあえてせず


助手席に座っていて


人の行く道を体感していると


「あーこういう行き方ってあるんだよね」


と思うことが多い






運転者(当事者)じゃなければ




リラックスして


信号にいらつくことなく


FMでメメさんの声を聞いて


道行く人を眺めて




多角的に「流れ」を検証することができる




(当たり前すぎることを書いております)






行き方と


生き方を置き換えると


さほど変わりはなくて





確実に未来やゴールに進んでいって





ルートAを選ぼうが


ルートBを選ぼうが


時間という概念は同じなんだけど



ああ


信号に捕まったよ


とか


前の原付うざったいね


とか



いきなり


トラックが走行車線にとまっていて


車線変更しなくちゃならない



とか


その各々の道に


障害があって



それを俯瞰的にみているものが


人のアドバイスであったり


人の成功事例であったりする




それを


かたくなに 


「これが私の生きる道」って言って


人のアドバイスを受け入れなかったりするけど


それは行き方でありつつ


生き方でもあるから


口を挟まれること


つまり


「右曲がったほうが早いよ」


とか


「あぶない 巻き込み注意してね」


とかイラつくアドバイスに





「わかってるよ、そんなもの」とか


「チッ」って舌打ちする前に


「余計な御世話だよ」って言う前に



そのアドヴァイザーの生きざまという


ルートを検証し 「助手席」にのってみて


流れる空気がおいしくて


楽しそうで 


最短距離をすすんでいると


感じるのであれば




その人にならって

柔軟に


ウィンカーだして


時にはUターンして


路線変更するのも一つなんだよね








こんな道あったんだ


という感動






全ての道はローマにつうず



ローマって結局


老いであったり 死であって


先細りしていく


そのネガティブなものに突き進んでいく



とてもアイロニック



だから


少なくとも


プロセスを楽しむことが大切で




少なくとも


歩んできたプロセスを


ふと振り返る必要もあるんだろうな




べたですが


人生に帰り道はない





初めて通る道って



なんか体感時間も長いし


緊張もするけど


(二度三度通れば慣れる時間だし)







そのワクワクドキドキを


皆求めているのに




すぐそこにあるのに


裏路地をすすめばいいのに




見つけ方を


皆忘れちゃっている


おじけづいちゃっている


カーナビなんて


無味乾燥







昨日と違う道を


通ってみるだけで


生き方って


だいぶ変わってくるんじゃないかな









と感じたドライブ





おおーちゃんとアップでけたー










つづく