私の道々
ああ今日はとても忙しい
夜は夜でVIPな方々とお食事会があるので
早く終わらなきゃならないのに
そんな日に限って
仕込みであったり
お客様がどんどこ入ったりして
とてもありがたいことなんだけど
「なんで今日なの」ってことが多々ある。
確実に遅刻できない状況なので
ひょっとしたら
ダイイングメッセージのように
書いている途中で終わってしまうかもしれませんが
悪しからずご了承ください
先日 久しぶりに
男性を乗せて
当店から
三宮まで送っていく機会がありました
ルートというのは
意外と人それぞれ決まっていて
そのこだわりというか
別にあんまり深く考えることなく
急いでようが
ゆっくりであろうが
同じ道を
飛ばすか飛ばさないかの問題であり
漫画やアメリカ映画のように
「えーい 近道しちゃえ」
と一方通行を逆走したり
空を飛んだり 跳ねたりってことは
免許が必要な限りはない
先日の和歌山県の職員みたいに
飲酒運転で当て逃げした末
線路に逃げる人間もいるが
正常であれば
まず普通の道を選ぶ
A点からB点まで
大体の人は大体 決まって同じ道を通っていく
せいぜい帰りと
行きをかえるくらいかなあ
で
さきほどの話に戻るが
三宮まで彼を送る最中
いつもの自分のルートを通って
送って行った。
さほど信号に引っ掛からず
すいすい行くもんだから
おおよそ 10分で着いた
道中 ポーアイに住んでいる
その彼は
僕の選んだルートを
「こんな道あったんだなあ」
と呟いた
運転している途中
道をあれこれ指示されるのって
嫌いな人が多い
実際 運転者が素人ではない限り
「口をはさむこと」をあえてせず
助手席に座っていて
人の行く道を体感していると
「あーこういう行き方ってあるんだよね」
と思うことが多い
運転者(当事者)じゃなければ
リラックスして
信号にいらつくことなく
FMでメメさんの声を聞いて
道行く人を眺めて
多角的に「流れ」を検証することができる
(当たり前すぎることを書いております)
行き方と
生き方を置き換えると
さほど変わりはなくて
確実に未来やゴールに進んでいって
ルートAを選ぼうが
ルートBを選ぼうが
時間という概念は同じなんだけど
ああ
信号に捕まったよ
とか
前の原付うざったいね
とか
いきなり
トラックが走行車線にとまっていて
車線変更しなくちゃならない
とか
その各々の道に
障害があって
それを俯瞰的にみているものが
人のアドバイスであったり
人の成功事例であったりする
それを
かたくなに
「これが私の生きる道」って言って
人のアドバイスを受け入れなかったりするけど
それは行き方でありつつ
生き方でもあるから
口を挟まれること
つまり
「右曲がったほうが早いよ」
とか
「あぶない 巻き込み注意してね」
とかイラつくアドバイスに
「わかってるよ、そんなもの」とか
「チッ」って舌打ちする前に
「余計な御世話だよ」って言う前に
そのアドヴァイザーの生きざまという
ルートを検証し 「助手席」にのってみて
流れる空気がおいしくて
楽しそうで
最短距離をすすんでいると
感じるのであれば
その人にならって
柔軟に
ウィンカーだして
時にはUターンして
路線変更するのも一つなんだよね
こんな道あったんだ
という感動
全ての道はローマにつうず
ローマって結局
老いであったり 死であって
先細りしていく
そのネガティブなものに突き進んでいく
とてもアイロニック
だから
少なくとも
プロセスを楽しむことが大切で
少なくとも
歩んできたプロセスを
ふと振り返る必要もあるんだろうな
べたですが
人生に帰り道はない
初めて通る道って
なんか体感時間も長いし
緊張もするけど
(二度三度通れば慣れる時間だし)
そのワクワクドキドキを
皆求めているのに
すぐそこにあるのに
裏路地をすすめばいいのに
見つけ方を
皆忘れちゃっている
おじけづいちゃっている
カーナビなんて
無味乾燥
昨日と違う道を
通ってみるだけで
生き方って
だいぶ変わってくるんじゃないかな
と感じたドライブ
おおーちゃんとアップでけたー
つづく