ノーティーバイ ネーチャー
やたらと最近
「読め 読め」と広告している新聞を
各紙見渡すが
面白い記事なんてどこにもない
だから僕の新聞スクラップノートが
いっこうに埋まらない
テレビはすでにそうだけれども
だんだんと新聞も面白くなくなっている。
それを
社会問題であるがごとく
高尚に
「若者の新聞離れ」をテーマに
あんた 新聞読んでないと
ろくでもない大人になるよ的な啓蒙活動
とんでもない話
面白かったら見るのです
「水曜どうでしょう」を少しは見習って
ホラッ ホラッ、はやく」
みたいに こっちが尻を叩きたくなる
テレビ局が
「若者のテレビ離れ」と言って嘆いていたら
滑稽で仕方ないけど
サウンド的にはあまり変わらない
4番 バッター 「とのさま」
実際、知り合いの新聞記者が
「いやーおーさわさん、今の若い子たち
ウィキとかググって記事書くんですもん。
効率的ですけど
記事に魂なんて入らないですよ」
だってさ
それにくらべ
文春、新潮、ポストは面白い
橋下さんの話は別として
汗を確実に書いている
シニカルな笑いの宝庫
読み応えがある
同じメディアとして見ると
新聞がいかに独自分析せず
通信社に頼っているかがよく分かる
アエラは
いったい何を言いたいのか よく分からないが
内田樹さんの「大市民講座」と
「ぐっちーさんのここだけの話 MONEY」は
とても面白いから必ず目を通す。
特に内田さんのコラムは
客観的で冷静で知的で非常に勉強になる
先日のブログに書いたような
「音のない世界の音」感が彼の文章には存在する
僕も行けるものなら神戸女学院で
教えを乞いたかった
女子じゃないから
無理だけど
さてと
どうでもいい話はこれくらいにして
11月下旬
12月は明後日なのに
今日は暑い
Tシャツで十分過ごせる
寒くならないから
関電から
節電のお願いをされても
いまいちピンとこない
寒くないから
日本酒熱燗も熱いだけ
体に染みない
暖房もいれず
掛け布団一枚
スッポンポンで寝ている
と考えると
アパレルさんも
電気屋さんも
うどん屋さんも
布団屋さんも
お風呂屋さんも
きっと火の車なのだろう
秋物も売れないし
冬物も売れないし
て思ったら もうバーゲンも目の前に迫ってるし
多くの洋服たちが
寂しい気持ちで
アウトレット出番待ちをしているのだろう
上記の商売にかかわらず
僕を含め
この異常気象のせいで
「今年をどうやって乗り切るか」
と考えている商売人の方々は非常に多いと思う
泥船だね
泥船
もしもーし 気付いてますか?
大震災
異常気象
放射能
僕等が「京」を代表とする世界最先端の技術をつかい
自然のシステムや構造を分かったとしても
けっきょく
「30年内に地震が起こる可能性が30%」
くらいしか分からない
それが
大きく掲載される
号外 明日の風は明日吹く
みたいだね
nature
自然は
福沢諭吉さんによってつくられた言葉であり
「自然」という概念として
ひとくくりにすることが出来るようになった
星の王子様じゃないけれど
名前を付けたことによって
何か遠いものが
身近に感じるようになり
身近に感じていたものに
慣れ合うようになり
「なあ」とか「おいっ」とか
「タッチ」の転校生が次第に偉そうになったように
距離感を保てなくなってしまった
僕は無宗教中の無宗教だけども
日本人として
山の神様
海の神様
風神雷神
お天道様
的感覚は
「ご先祖様を大切に」と同様に
持つべき感覚かとも思うのです
じゃないと
2000年ほど前から
100年ほど前までの間
神様扱いされていた「自然」が
そんな「なぁっ」扱いされてたら
あの上杉達也が怒ったように
「ちょーしのってんじゃねえ」
キャベツを切ると
隣のキャベツ(キャベツだったかな?)が悲しむのと同様に
地球だって生き物なのですから
そりゃ怒ると思うんです
もとい
それはおしかりになるもの当然かもしれません
おお 宮崎駿みたいだ
どこだ 箱舟は????
つづく
ぜいたくは敵か
先日あったお茶会
大阪の一等地にある
高級マンション
軽く億しょん
の二十何階にある
共用多目的ルーム的な和室での会
先生の娘さんのご家族の家だそうで
旦那様はサムライ業の方
いやあ
サムライ業はもうかるんじゃのう
景気のいい話で結構ですなあ
あっぱれ あっぱれ
と言いながら
至って小市民の私は
幾重にもかかるセキュリティをくぐり抜け
重厚な雰囲気の
バロック音楽の流れてきそうな
コンシェルジュのいるロビーで
キョロキョロ
口があく
小学校の時とかに学校終わって
遊びにおいでよーとか言われて
家行ったらこんなだったらびっくり仰天して
きっと帰りは
迷子になるな
いろんな意味で
ふつう
という価値観があるとするなら
そこに生まれ
その環境で育つという事がその子にとっては
ふつうであり、日常のこと
全ての価値というものは
否応なく自分の経験や過去の記憶と
比べてどうかという事を
判断にしているのだろうから
基準そのもののハードルが高すぎるというのは
なかなか
不幸なのかもしれない。
毎日ステーキを食べられる
ということが幸せなのか
ステーキを食べておいしいと思える
ということが幸せなのか
幸せはどこだ
つづく
僕が日本映画を好きな理由
昨夜はひさしぶりに
神戸の文化遺産 「ともえ」に出没
前夜は辛酸一家の組長と若頭が来店していたようで
かよちゃんは上機嫌でその様子を語っていた。
とにかく口が軽いので 僕はなるべくかよちゃんに
内情を語らないようにしている。
ビール4本 日本酒2合
おでん7品
ほっけに山芋、納豆
いい塩梅で店を出て
免許の更新なので きれいにひげを剃るために
そのまま 花隈の司の湯へ
僕のリラックスのバロメーターは
温泉と映画に行けているか どうか
最上のリラックスバロメーターは
月に映画を3本
週に温泉に2回
が
青年会議所にお世話になるようになってから
温泉は何とかいけているものの
映画を半年以上みることができていない。
湯船につかりながら
自分のゆとりのなさに
ああ、これじゃいかんね
文化を語ろうとする人間が
映画を半年も見てないなんて
とぼーと考えていた。
良い気持ちで1時間ほど湯舟で睡眠をとり
髭もおとし 「そろそろ出るか」と
千鳥足で階段を降りかけたとき
12段ほどの奈落の底に転がり落ちた
「あっ」
起き上がった瞬間に 太ももは内出血
拳は膨れ上がっていた
裸で滑り落ちる姿は恥かしいったりゃなりゃしない
着替えていると
笑いをこらえ終わった裸のおっさんが
「大丈夫??」
朝 足を引きずりつつも
無事 今朝 明石の免許更新センターで
更新を済ませ
買い出しのために
そのまま山麓バイパスにのり大安亭へ
日曜日の大安亭は気持ちいい
閑散としていて
僕の好きな日本映画の情景とかぶるものがある
音
自転車の音
行き交う人々の会話
半ば売り上げをあきらめかけた店主のリラックスした表情
刹那的な僕には
この祭の後の感じがとても心地がよい
好きな雰囲気に身を漂わせて
買い物をすませ
前川商店さん横にとめている車に荷物を載せると
その横のミナトという喫茶店の主が
店の軒先をうろうろしていた。
日向ぼっこをしてそうな雰囲気が
黒ヤギさんからの手紙を待ってそうな雰囲気が
その情景が非常に美しく
時間がないのにもかかわらず
ミナトで珈琲を飲みたくなった。
閑散とした日曜日だから
お客さんはおらず
もう半ば閉店準備を進めていたが
主は嫌な顔をせず
イギリス人の貴婦人がごとく
僕を迎え入れてくれた
「坊や おはいり」
店内にうっすらと差し込む日光
日向ぼっこをしている野良猫
グラスの中で氷がおどる音
珈琲が注がれる音
「どこで店やってるの?」と主のしわがれた声
僕がタバコに火をつけるライターの音
僕が新聞をめくる音
主が雑誌をめくる音
軒先を通るバイクの音
遠くから聞こえてくる遊び疲れた子供たちの声
「ありがとう また来てね」の声
ただそれだけ
その静寂の中に響くかすかな音達が
奏でるハーモニー
非常に気持ち良かった
以前にも書いたが
僕は80年代の日本映画のワンシーンでよく出てくる
さびれた中華料理屋の雰囲気が好きだ
高架下から響いてくる列車の音
新聞をめくる音
不倫カップルが小さな声でもめている会話
電球の切れたネオンがちかちかと点滅をくりかえし
「ジ―」と鳴り続ける音
ち、ち、ち、ち、ち と時計が刻む音
かすかにAMラジオから流れる音楽に合わせる店主の鼻歌
ふとミナトにいるとき
ある映画を見返したくなった
松田優作主演 「家族ゲーム」
家族ゲームには BGMがまったくない
僕の好きなかすかな音たちがBGM
夕暮れの船の汽笛の音
車の中のマッチをする音
鉛筆を走らせる音
音 音 音
音にまみれている
帰りの車は
めずらしくFMを切り
自然の音に耳を傾けた
音のない世界の音のある世界
温泉にしてもしかり
これが僕が落ち着くことのできる
世界だったと
改めて再認識した
だから僕はハリウッドが
きらいなんだなあと
改めて再認識した
とりとめもない日曜日の午後
諸行無常で響きあり
つづく