ボサノヴァ No2
そろそろ美容院に行かなくちゃ となる基準
髪の毛が増えてきて、言う事を聞いてくれなくなりだした時。
私にとって
髪の毛は伸びるものではなく増えるもの
美容院は、長さを変えるところではなく量を減らすところ
超直毛で、一本一本がしっかりとした存在感のある髪質のせいで
がんばって、お出かけ前にホットカーラーやコテで巻き巻きにしても
駅に着くころには、風で巻き巻きが、巻き巻きする前に戻ってしまう
せっかく頑張ったのに、目的地までたどり着く前に終わってしまって悲しい
でも
あるものは減らせるけれど
ないものは増やせないから、贅沢言うな
という指摘もうなずける。
まぁ何にしろ、あまり美容院が得意ではない
できることなら、行かずに済ましたいけど
そうもいかないから、そりゃ行くけど
じっと何時間も自分と対面し続ける感じとか
とりとめもない美容師との会話とか
顔に落ちた髪の毛がかゆくても掻けないところとか
肩とおしりが痛くなるところとか
かゆいところはないですかのやりとりとか
帰ってすぐ髪の毛洗うのにバッチりセットしたがるところとか
あたま触られると、自動的に眠くなるところとか
そう、頭を触られると眠くなってしまう。
小学生の時、親と一緒に美容院で切ってもらう時
頭触られると、どうしても眠たくなって
切ってる最中に何回も頭がガクンガクンするから
横にお母さんが付いて、寝そうになったらつつかれる
という手法をとってもらっていた。
今は何とか意識を保つことはできているけど
もし、できるのなら
寝ている間に切ってくれて、起きたら会計
みたいなシステムがあればすんごい嬉しいし、絶対流行る
髪切ってる間に、手のネイルして、フットマサージして・・
みたいなのもどっかで見たことあるけど
どこの、石油王だよ・・・
みたいな感じになりたくないから
きっと一生オーダーすることはないでしょう。
つづく
と”うて”もいい話 vol.4
非常に眠たい
昨夜 ひさしぶりに三時に目が覚め
「ああ ひさしぶりにゆっくり眠れるのに
なぜ起きてしまうのか」
とひさしぶりに考えてみた
考えてみても
寝られるようになるわけじゃないから
先日からちょいちょい
目を通している
「グレートフルテ”ット”にマーケティングを学ぶ」
を横になりながら読み続けた
二時間経過
なるへそね
世の中 フリーね
それを彼らが何十年も前から行っているという話
を現在の参考事例に置き換えて
説明しているが
前書きの糸井重里さんの文章の方が
面白かったゆえに
本編に相当期待していたものの
いまのところ 肩すかし感が否めない
が
1700円もしたから読まないとね
と考えているうちに義務を感じながら
読むのはよくないと思い
ボーとしながら
本日のブログのネタを考えてみた
あれかな
これかな
僕の中のもやもやが2.3あるが
そんなつまらないことを書いたら
自分もつまらない人間になってしまうな
と考えた
それは感情を熟成させたのち
後日 書くことにてしよう
と思っていると
ナベツネの発言を思い出した
「朝日新聞を内部機密の窃盗罪て”訴える」
新聞がこんな事言っちゃっていいのかな
あんた 数々のスクープて”
主筆に登りつめたのじゃないの?
じゃあ過去の窃盗罪の罪を償いなさいよ
あの老人はもう社会悪
あんなんが世論を形成する仕掛け人と考えるた”けて”も
虫唾が走る
「ナベツネがいなくなるまて”
読売は読むのをやめよう」
一人キャンペーンを考えていた午前5時
しかし寝られない
ふと高校時代を思い出した
全寮制の学校に通っていた僕
友人の各部屋にいけばいろんなジャンルが流れていた
ポップス
ヒップホップ
レゲエ
ロック
ジャズ
カントリーに
ビートルズ
洋楽好きが多かった僕の学校
放課後
一学年に20人くらいの人間がギターを弾いていたし
一学年に8人くらいはターンテーブルを所有してたし
多くのタ“ンサーがいたし
多くのスケーターが爆音をかけながら
滑っていたから
もう寮自体がNYのように
混沌とした音楽のるつぼ
週末の朝はみんな部屋の扉あけて
副流煙を流し出しているから
廊下を歩くと2mごとにジャンルの違う爆音が流れてくる
キマッてるね
ボブマーリーかジミヘンのジャケのよう
僕は特に洋楽に横文字に傾倒することもなく
各部屋に遊びに行き 流行りの音楽を堪能しつつ
ひそかに自分の部屋て”は
ハッパて”捕まる前の長淵剛や尾崎豊を聞いていた
「別に反抗したいから」
とか
「窓ガラスを割る」
とか
「愛国心」
とか
「男とは?」
とかを聞いて
「そうた” そうた”」と賛同し
「感化されたい」とか
「鼓舞されたい」とか
と感じたかったわけじゃない
彼らの過激的な歌の裏側の
優しさが表れている曲たちが好きた”った。
みんなが知っている彼らの曲は
もちろん知っているけれと”
みんなが知らない
彼らの美しい
儚い
繊細て”
情緒あふれる
哲学的な詩が
好きた”った。
曲名はいちいち書かないけと”
優しい詩たち
諸君
君たちは
意味もわからない洋楽や
文章の流れが支離滅裂な
リズムた”けの
商業主義的な匂いのする邦楽を
楽しんて”いるた”けじゃないか
僕はみんなが気付かないうちに
繊細な詩を勉強しているのた”
ということ考え聞いていたのかもしれない
そんなことを考えながら
その詩たちを思い出し
口ずさんて”いるうちに
僕はいつの間にか眠りについた
午後
大安亭の前川商店さんの前に
車を置いた瞬間
ラジオから「幸福論」が流れて来た
そうそう 僕はUAと椎名林檎という
魂のこもった詩人も好きやったわ
と思い出し
曲が終わるまて”
車の中て”聞き続けた
この4人の詩人に僕は
もっとも影響を受けている
のかもしれない
思春期に聞いてきた音楽と
人間の価値観との関係性が
存在するとするならば
(というか確実に存在すると思う)
この歌手とこの歌手をこの歌手を
聞いていたら
こんな大人になる
みたいな占い
あったらいいのにな
ってオチ
っていうか
永遠に途切れないし
彼女待ってるし
強制終了
続く
海のもの 山のもの
仰ぎ見れば山
覗き込めば海
それが神戸のいいところ
方向音痴にも観光客にも優しい町
海と山どっちが好き?
そんな質問が当たり前にできる環境を幸せだと思う
海も山も近くになけりゃ、想像で答えるほかないし
海がなきゃ海に憧れ
山がなきゃ山に憧れる
隣の芝生は常にフサフサ
で、私は山の方が好き
山ガールじゃないし、山登りも、バードウォッチングも趣味ではないけれど
山を背にして育ったから
山を見上げて家に帰るから
山が見えると
見守られているような、戻ってきたような
そんな感覚になって落ち着く
もちろん
コバルトブルーの澄んだ海も、どこまでも続く大海原も
解放感があって気持ちいいし
夏のBBQもわくわくするし
夕暮れの砂浜もろまんちっくだけど
潮風によってジワジワ浸食されてくる建物とか
だんだん錆びてくる鉄とか
何となく
寂しさと一緒にちょっと怖さも感じてしまう。
じわじわ って嫌な感じ
山との大きな違いは
地に足がついているかどうか。
大地とつながっていると感じられるかどうか。
海の場合
水を見ている自分も、水に入っている自分も
大地とつながっているというよりは
飲み込まれていると感じ、不安になるからかもしれない。
海も山も甘やかしてはくれないけれど
大きく、豊かな、余裕のある態度で
見守り、恵みを与えてくれる
土とアスファルト
同じ道でも、足の裏の細胞から伝わる熱量はきっと違うはず。
アスファストしか歩くことのできない犬は
やっぱり不幸だ。
つづく