ablindspotのブログ -207ページ目

奥の谷のナツコさん 前篇




へろー


へろへろー



一月中旬やというのに


もう僕の体力はおおよそ尽きつつある




から風邪をひかないように


本日は寝起きから寒風摩擦を行った




と言いたいがエアコンをつけて


室内にて温風摩擦を行った





はたしてこれが予防になるかわからんが


ゆれる下腹を眺めながら



ごしごしごしごし背中 肩 お腹



多少 あったかくなったから


きっと効果はあるに違いない




語り継がれる先人の教えには


歴史が評価しているからこそ


今まて”生き延びているわけやし


僕もじーちゃんになったら孫と一緒に寒風摩擦を


きちんと教えようと思う






さてさて本日のブログのテーマは




神戸はハンター坂にあるテ”ザイン会社


マグネット 奥谷社長に焦点をあてて


書いてみようと思っている





ずーと前に書いたOBAKEテ”ザインの


天才 福留さとりさんと彼女がユニットを組んて”いたころ


僕は出会った




彼の感性に


「天才とはこういうものか」と舌を巻き


彼女の論理と営業力と抜群の「ひとったらし具合」は




バイキンマンとト“キンちゃんのコンビネーションを


彷彿させる、最強の事務所て”あった。




県立美術館て”個展を開くくらいの


パワーに満ち溢れたモンスターユニット




彼らと話す時間は


なににも代えがたかったし


何気なく店に遊びに来る彼らを


僕はいつも心待ちにしていた




しかしある日


天才は彼女の元をさり


鹿児島へ帰っていった。




僕はあの天才が神戸からいなくなってから


人生の中の一つの楽しさがなくなったと言って過言じゃないくらいに


さびしい思いをしたし 




かといっていつかまた会うかもしれないという思いから


現在一切の連絡をもとっていない



くらいに済む程度の話になってしまう






言い方に語弊があるかもしれないが



天才がいなくなっても


暇つぶしとなる凡人はくさるほと”世のなかには存在するし



現に天才作家や映画監督があの世にいったところて”


惜しまれることはあれと”も


地球が滅亡するわけじゃない



から「さよならいつか」的にね「いつかまた」という楽しみをもち


毎日を過ごしている







奥の谷さんにとっては


宝石を作り続ける工場が


生産ストップになっちゃったわけやから


それはそれは生活にかかわるもんた”いやし


それこそ事務所を継続するのは難しいやろな



て”も女の子やしね


結婚と言う道もあるけんね



と思っていた。




というのも



僕も広告会社に勤めていた時


それはそれは「こいつは凄い!!」という製作者が代わるたびに


ああ もうテ”ザインじゃ売っていけない



宝石を売っていたのに


なぜ僕はプラスチックのおもちゃ宝石を


持っていかなくちゃいけないんや



なぜ なぜ なぜ




会社のばかやろー





と思いながら 贋作を


しぶしぶクライアントに持って行っていた




案の定



「おーさわくん これあかん」



「おーさわくん 最近新規の営業がきてさぁ・・・」




「これがオッケーと思うの ねぇ?


きみは何故ここにこれをもってきたか述べよ」



はぁ



確実に営業成績は落ちて行ったし


労力は増えていった記憶がよみがえって来るくらいに



奥の谷さんの気持ちがよくわかったし




ましてや天才と二個一としてやっていた楽しさや


「ツーと言えばカー」と言う絶妙の阿吽の呼吸や


公私ともに時間を過ごしてきたおもひて”達が


なくなる喪失感はきっと他人にはわからないに違いない




別に福留さんと仲良くしていたから


福留びいき的に奥谷さんと連絡をとらなかったわけじゃない




僕は個人的に嫌と思わなければ


他人の噂なんて全く気にならないしね





たまに彼女の事務所が週末た”け開いていた


今は亡き伝説のバーマグネットにも顔は出していたしね




そのたびに奥の谷さんは



「いやーきついっす」


「いやー素人同然のスタッフにいろはを


教えながら何とか凌いて”ます」



「寝てないっす」



ときっと心の中じゃ福留さんのいない空間て”


寂しい思いをしていることをさとられるたくない一心て”


笑顔を作り出している姿がとても痛々しかった



きっと精神的にも胃に穴があくくらいにきつかったと思うしね



もう一遍書くと



クライアント先に


天才が作っていたものの代わりに


素人がつくったものをもっていくわけやからね



そりゃきついわ




そして僕は僕て”仕事が忙しくなり


ギャラリーのことやなんやらかんやらて”


奥の谷さんと音信不通となっていった





そんなある日の


わがギャラリーのこけら落としの際



ばかて”かい10万円はするた”ろうお花が事務所にとと”いた




祝 ablindspot


マグネットより







次号へ





続く


























































1月17日


1月17日、阪神大震災から18年

毎年、年が明けるのと同時に地震のことを考える。

地震でぐしゃぐしゃになった街や店を思い出す。



昨日布団に入ると、布団がふっかふかで、筋斗雲に乗っている位ふっかふっかで


お日様の匂いや、ほのかに残る光線の温かさや、ふんわりと体を包み込むぬくもりに


そんな、とっても普通で何気ないことに

自分のためにそんな事をしてくれる人がいる、という幸せに


えもいわれぬ幸福と、少しの後ろめたさと、気まずさが相まみれ


心地いいはずの布団にくるまれながら、頭の中がぐるぐるした。




去年お鍋に入れるネギを切っている時に、左の人差し指のツメ三分の一まで一緒に切ってしまって


痛くてお風呂も滲みて、もうツメは伸びてこないのかも


と思うくらいなかなか治らなかったのに、もう今じゃヤスリで削らなきゃなんない程に伸びてきた


切りすぎた髪の毛も、ぶつけた痣もいつの間にか元通りになっていて


気づかないうちにあらわれて、気づかれないまま消えていく


そんな傷も怪我も、ウイルスもあるはずで、不具合が出て初めて気にしだすくらいの都合のいい私たち

時が解決したり、癒したりできる種類の事はたくさんあったりするけれど

その時を刻む事ができる幸せを
時は平等ではないということを

忘れっぽい自分に、思い出させる、そんな日。

ご冥福心より。





つづく




他人以上に知り合い


はい時間がないから


三十分以内のアップを目標にして


いまパチパチ タイピングをしております



なぜ時間がないかって?


それはね


まごころテ”ザインの井上さんと八時半に


三宮て”待ち合わせをしているからさ



ひさしぶりにご一緒するからね


ちょいと緊張しているんやわさ



なんてったって一年ぶりやからね


お子さんも生まれて


仕事も絶好調らしくって


西宮戎にいって


うんたらかんたらって


そこから先はもう情報がありませんのれ


空白のこの一年の真空状態を目いっぱい詰め込もうと思っております




最初から最後まて”子供の話をされたら


僕は何て答えたらいいのかしらん




ってな前置き




年始にチーム北須磨小学校の


ワールト”弁理士


蕎麦屋パラテ”ィのソムリエ



みかみくんと


飲もうという話になった




僕は星和台小在籍5年て”


北須磨小学校は一年しか通っていないし


卒業アルバムなんて


卒業してから見ていないし



みかみくんと言われたところて”


名前にはかすかに聞き覚えがあるものの


坊主頭の顔には


みかみくんという字しか書いてないくらいに


顔のパーツのパも浮かばない



まあ弁理士もいるしソムリエもいるし


ある程度は話が盛り上がるやろう



HOWEVER


おもに北須磨小学校の僕の在籍していない五年間の


思い出話がメインになったら嫌やなぁ



と思いながら待ち合わせの板宿にむかった



到着時刻五分前


弁理士に℡をすると



「今起きた すぐ向かう」との事



au前にいるかんねー





ソムリエの℡番は知らない



ったくさー



と思い開いている店を探し


予約をして商店街のau前にてつったっていた




するとおとこが話しかけてきた



「おー、おーさわー久しぶりやな―」




この場合


みかみくんやと思うのが普通やけと”


神戸は狭いし 偶然人とあうことも少なくない



僕は他人行儀に



と”ちらさまれすか?



と尋ねた。




すると


「みかみや」



おーひさしぶりっ




と言う言葉が出てくるかと思いきや


久しぶり過ぎて その言葉も出てこなかった



出て来た言葉は




あ と”-も




僕等はお互い何から話せばいいのか分からなかった



沈黙が続くお見合いのようた”



何から話すべきか 間合いを詰めるのがとても難しい



「サムイネー」




他人ならお天気の話から始めることが出来るが


知り合いに冒頭にそんな話をされたら僕は嫌た”



お互いにもじもじしあい


ひたすら弁理士を待った






来ない



から



無言のまま予約した店に二人て”向かった



出逢い系みたいた”



ようやく勢ぞろいしたとき


僕は思わず深呼吸をし


百貨店にて迷子になった子供のように


心の中て”叫んた”



「えーん 何処いってたのさぁ・・・」




顔見知りが塩漬けさけるくらいに


難しいものはない



ましてや23年の時をへて


何を話せというのやろうか




23年よ


0歳児が23歳になってるんやからね





その後


4人て”話して時間がゆっくりと経過すると


心のくさびは徐々に溶けて行ったものの




これがバーチャルのFBて”


つながったとした場合


何が共通の話として盛り上がるんやろうか



考え方も


環境も


友人も


全て異なっている別世界



を過ごしてきた人間が


同じ空間にいつ続けるための接着剤は


思い出話しか存在しない



その思い出話の中から


何がスパークしてミライを描けるんやろうか



結局



懐かしいよねー


とか


またあなたとの素敵な時間が・・・





が過ぎ去った時 大半が



やはり過去やったね


さぁ仕事 仕事




となる





なぜ継続しなかったのか


なぜ継続しようと思わなかったのか



必要じゃないから?


意味がないと思ったから?




取捨選択の人生



but




なぜ23年間継続しなかった弁理士とソムリエとは


自然と話すことが出来たのか



何がスパークさせたのか僕にはわからない


一緒のクラスにもなったことなかったのに




不思議やね






っておちのない話








続く