私がいろいろ事情があって、故郷の地方機関にいる時の後輩で、
栗田真一君という毎日新聞の記者がいる。
福島からダイレクトに外信部に行き、この3月まで、
パキスタンで現地の取材をしていた。
それで、今は福島の震災の取材もあって、
再度、戻ってきた。
10月17日付毎日新聞朝刊で、
東京電力が福島第一原発事故で、避難指示を受けた被災者への
精神的賠償を巡り、避難生活中に結婚した複数の女性への支給を、
「結婚で生活基盤が整った」として、
東電が打ち切った旨を一面トップのスクープをたった一人でやってのけた。
素晴らしい、おめでとう、よくここまで成長したと感激した。
彼が新人のころは、「警察、怖くて、夜回りできません」などと言っていたが、
どうして、どうして。
福島での取材はワンポイントリリーフと思われるが、
彼のようなオールラウンドの場で活躍できる記者は年々、減っていると感じる。
みなさん、今、新聞週間。
新聞は、テレビを前に圧倒的情報量不足と言われてひさしく、
新聞は無くなるのでは、と、私が子どものころに聞いた覚えがある。
しかし、そうではなかった。
そのテレビ局でさえ、今はスポンサー収入減など、低迷が始まっている。
決定的なのはネット。
新聞もテレビもこの媒体には10年後、20年後には想像する以上に、防戦一方になる。
ネットは劇的な文化創造のレベルにまで到達することは間違いない。
今だから言うが、新聞は社会の公器とか、世論構築の柱とかそれはもうない。
情報伝達のエリート意識がなかったか、と問われれば、
これはなかったと言えばうそになる。
今まで受け手だった個人が、ネットを駆使することにより、、
「発信者」となる時代となった。
そうした中で、新聞がどう生き残るかなどに思いをはせるばかりに、
部数確保のために保身を図るのは、
あまりにもみじめだ。
新聞社といえでも株式会社なのだから、利潤を追求すること自体は仕方がない。
間違いなく、新聞もWEB移行になる。
今は序の口だが、新聞社の社員でなくてよかったという時代がくるのもまじかだ。
このブログの読者のみなさんのコメントを読む限りでは、
時事問題に関し、新聞、テレビ、書籍、ネット・・・。
それぞれに意識が高い。
こちらがうかうか生齧りのことを書くと、お叱りのコメントがきそうな気配さえある。
逆に言えば、曲がりなりにも、この小ブログにしっかり目を通していただいているわけで、
そのことにより、私がこの小ブログを書く、いい意味でのモチベーションアップだ。
このブログ更新も毎日が厳しくなっており、コメント処理まではいかないかも知れない。
が、みなさんの意見、感想は私は絶対に無視しない。
一部に荒らし的な書き込みをする輩も出てきた。
ひどい場合には、警察、弁護士を介入させる。
私の仕事柄、こうした人脈主は捨てるほどいるので、
ネットの匿名性を利用するような卑怯極まる主には断固戦うだけでなく、
一罰百戒とすることを最後につけ加える。
読者のみなさんに、感謝感謝。