朝日新聞は5日付の朝刊で従軍慰安婦の問題をめぐる同紙の報道内容を検証する特集記事を掲載し、「一部に事実関係の誤りがあった」と認めた。


これについて自民党の石破幹事長は、「地域の平和と安定、隣国との友好や国民感情に大きな影響を与えてきた報道だ。検証を議会の場でも行うことが必要かも知れない。真実を明らかにしなければ、この先の平和も友好も築けない」とのべ、国会としても何らかの対応を行う可能性に言及した。

(以上、毎日新聞6日朝刊記事)


いみじくも、私は前々回、従軍慰安婦の問題を小ブログで取り上げた。だから、余計に驚きを禁じえない。朝日新聞の検証記事は「韓国・済州島で強制連行した」との証言を「虚偽で取り消す」としている。


朝日新聞の伝説的ねつ造記事である「朝日サンゴ事件」はカメラマンが保護対象となっている沖縄のサンゴに自作自演で傷をつけたものだが、この時は、社長が引責辞任している。


サンゴであれだけの騒ぎになったのだから、隣国までをも巻き込む今回の騒動は、どれだけの広がりをみせるのか、注視しなくてはならない。


朝日新聞という組織は、官僚機構を思わせるくらい「役所」である。私は記者4年目の時に朝日新聞からヘッドハンティングされたのだが、断った。どうせ、中途入社は地方回りが関の山だからだ。それに自由がない。


そういう堅い組織がどうしてこういう事態を引き起こしたのか。恐らく、担当記者は「事実、真実に臆病であれ」という記者の大原則を踏み外したのだろう。事実誤認ではなく、ねつ造の可能性もぬぐえない。


結果として、マスコミ不信が叫ばれることになる。余談だが、今年、朝日新聞に入社が決まった学生のうち、東大生はゼロだったとか。あーあ、毎日新聞でよかった。





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僭越ながら、安倍総理へ一言述べさせていただきます。


特定秘密保護法に続き、集団的自衛権の閣議決定ーー。


歴代の総理がタブーとし、犯してはならないとされてきたこれらの問題に、安倍総理は正面突破してきました。


先ほどのNHKニュースを見ていろいろ頭の中で思いをめぐらせてきました。一番気になったのは、「批判のための批判に臆することなく」という発言です。


民主主義というのは手続きがめんどうだし、少数意見にも配慮することが原則です。批判勢力を突き放すような物腰は、到底、受け入れられません。


さらに、「歴史の審判を仰げば(自分の施策が)認められる」との主張。自らの保守(その中でもかなり右だと思いますが)としての頑健さが露骨に現れています。果たして日本は大丈夫なのでしょうか。


安倍総理に一番言いたいのは、近隣諸国との関係です。外遊回数は歴代総理の中で一番だそうですが、問題は数より質です。軍事大国化し冷え切った関係にある中国や同じく久しく疎遠な韓国との関係改善なしには日本は生き残れません。


北朝鮮問題では、拉致問題の進展のきざしが見えた段階で一部制裁解除を行うなどしたことから、米国からクレームがきました。拉致問題の解決は行われなければなりませんが、それ以上に核やミサイルの開発は周辺国に甚大な脅威を与えるのです。


安倍総理は「言葉の重み」に敏感とは言えません。第一次の時に、消えた年金問題で、1年後に解決すると言っておきながら、この問題は解決不能な書類が山積しています。さらに、昨年の東京五輪決定時には、福島第1原発事故の汚染水問題で、私の内閣で解決すると言っておきながら、事態は変わっていません。


確かにここ数年、世論が右傾化していますし、ナショナリズムに訴える意見が多く聞かれます。若い方の意見を聞く機会がありますが、私の学生時代とはまるで違うという印象を持ちます。


安倍総理の次は石破自民党幹事長になるのでしょうが、彼もかなり右の急先鋒です。安心して国政を任せられるリーダーが不在、というか、人材が払底していますね。




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2013年5月、大阪市の橋下徹市長の発言をきっかけに、再び脚光をあびた「従軍慰安婦問題」。分かったようで分からない方も多いようなので、解説します。


「従軍慰安婦」という用語は戦後使われるようになりました。1973年、ノンフィクション作家の千田夏光氏が「従軍慰安婦」という題名の本を出版。それ以降、この名称が定着しました。


では、慰安婦とはどういう存在だったのか。1995年村山内閣の時代に慰安婦への償いのために財団法人「アジア女性基金」の定義によると、「かつての戦争の時代に、一定期間日本軍の慰安所に集められ、将兵に性的な奉仕をしいられた女性のこと」となっています。


日本陸軍の記録によると、日本軍の行動範囲が広がるにつれ、アジア各地に慰安所が設置され、計400カ所に上っています。1932年の第一次上海事変後、日本軍兵士による中国人女性へのレイプが起きたため、反日感情が高まるのを防ごうと、日本軍が作りました。


ただし、慰安婦の総数はどれほどだったのか、詳しい資料はなく、日本人研究者の間でも推論が分かれ、2万人から20万人までの説があります。


1992年、朝日新聞が慰安婦の募集を監督、統制していたとの資料が発見されたと報道し、耳目を集めました。これを受け、いわゆる「河野談話」が発表されました。


河野談話とは、「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」「政府は心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる」--これが政府としての正式見解です。


これを受け、韓国では「日本が補償すべきだ」との声が高まります。しかし、1965年に日韓基本条約が結ばれた際、韓国は一切の請求権を棄却しました。ですので、その条約の解釈をめぐって、補償金の是非が問題となりました。


そこで日本政府は「政府は補償できないから、民間で償いましょう」という立場で「アジア女性基金」をつくりました。1995年から2002年までに計5億6000万円が集まり、元慰安婦に200万円の補償金を渡しました。


ところが韓国はこれに猛反発。「政府は責任逃れをして、民間にまかせている」。このため、韓国の元慰安婦で補償金を受け取った人はごくわずかでした。


日本流のあいまいな決着が通用しないという形になりました。





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メールマガジン「オルタ」7月号に、ジャーナリストの大原雄氏が自著『双極性障害と闘う~患者として、新聞記者として』の書評として掲載しています。以下はその全文です。



■「双極性障害」と闘う、記者という「病」(病が病気を克服する)
 ) 熱海芳弘『双極性障害と闘う 患者として 新聞記者として』(無明舎出版刊 1600円+税)


ひとりの重症な患者の闘病記。この本を読む読者としての私の課題。
同じジャーナリストとして、患者である元新聞記者の闘いの軌跡を追いかけてみる。


現役の大手新聞の記者が、精神疾患で倒れた。やがて、知らされた病名は、「双極性障害」(以前は、「躁鬱病」と呼ばれた)という一般には、まだまだ、馴染みのない名前だった。きっかけは、町役場の女性職員の横領事件を特ダネとして記事にしたことだった。


後に、その職員から名誉毀損で訴えられ、2年後、記者は自ら証人として法廷に呼び出され、「記者の取材活動」を「虚偽」と決めつける相手側の代理人(弁護士)と闘った。出廷を含めて、その時の対応が、精神的な極度のストレスとなって、記者を襲い、「躁」状態になって、相手の代理人をやり込めるとともに、自身の気分のアクセルを「過度に」入れたような状態となってしまった。24年前のことだ。「双極性障害」。躁鬱状態を繰り返し、なかなか安定しない、という厄介な病気である。


記者だった著者は、その後長く、通常の安定した気分に戻らなくなってしまったのである。躁と鬱の気分の波に翻弄され、休職、入退院を繰り返し、11年後には、新聞社を退社せざるを得なくなってしまう。「双極性障害」では、「躁」状態の後には、「鬱」状態が襲って来る。


「躁」では、気が大きくなり、浪費したり、多額の投資をしたり、注意力に欠けて集中力がなくなったり、それでいて、相手を見下したりして、対人関係にトラブルを引き起こしたり、その挙げ句、失職する患者も多い。「鬱」では、「躁」状態の時の過度な言動を恥じて、落ち込んでしまう。イライラする、疲労感が取れない、眠れない、日常の生活活動の昼夜が逆転したりする。まともな就労が出来なくなったりする。極端な場合には、自殺したりする患者もいる。


ただし、著者は、新聞記者であった。患者となり一方的に病気に翻弄されてはいない。「双極性障害」という病気を相手に取材活動をし始めたのだ。その体験記が、『双極性障害と闘う 患者として、新聞記者として』という本に結実した。新聞記者が精神科病院に短期間、「偽装入院」してルポ記事を書くという前例はあったが、それはあくまでも「偽装」での取材だった。


著者は、入院させられた真の患者の立場で精神科病院の現状と問題点を取材して本書をまとめた。入退院を繰り返す中で、不幸にも「離婚」も体験させられた。苦渋に満ちた体験を記者は、「これは記事にしなければならない」という使命感に燃えて取材し続けた。闘病記は、体験ルポでもあった。開放病棟、閉鎖病棟、独房のような保護室にも入れられた。病院内で生活するほかの患者たちの様子もしっかり観察した。精神科病院の「闇」にも目を凝らした。


病気と闘いながら、著者は、復職をし、職場に戻った。しかし、なかなか上手く行かない。病気を理解しない職場の上司や同僚から心ない言葉も投げかけられる。新聞社に限らず、職場としてのマスコミは、極めて前近代的な職場である。非情な異動で、職場も変えられ、病気が悪化したこともあった。精神疾患になった記者は、健常者時代には自身も気がつかなかった新聞社の体質に目を向け始める。


健常な記者には見ることが出来ない光景を新聞社の中に見つけ出す。自分と同じように、精神疾患に見舞われ自殺した同期の記者に思いを馳せる。「まじめで、誠実、几帳面な」優秀な記者だったという。しかし、鬱病になってしまい、記者会見の場では、取材対象者には背を向けて、後ろ向きでメモを取っていたという。相手の顔を見ることが出来ない「対人恐怖症」に陥っていたのではないかと著者は、同期の記者の症状を類推する。新聞社の上司や同僚は、これに気づかず、あるいは、気づいても放置していた。その挙げ句、同期の記者は、電車に飛び込んで自殺をしてしまったという。病気を通じて著者が見いだした新聞社の体質は、極めて古いものであった。


著者は、8年ほど前から「寛解」状態になっているという。「双極性障害」は、完治しない病気だと言われている。「気分安定薬」などの服薬治療を軸に「精神療法」(認知行動療法、対人関係・社会リズム療法など)を加味して、気分を安定させて、「寛解」状態(気分の安定感を保てるが、治ったわけではない)に持ち込み、就労を始めとする社会復帰(健常者同様の生活をする)を実現させている人たちも増えてきた。


著者は、いまも、小さな気分の不安定と闘いながら、「双極性障害」の患者や家族のために作られた団体の役員として活動を続けている。この本の刊行は、著者に取って、本格的な「カミングアウト」(病気の告白行為)となったし、何より自分の病気と人生を改めて総括する(「ライフチャート」づくりという)ことができた。自分流の再発防止策も本書の中で提案している。こういうことを含めて、記者という「病」(生まれ変わっても記者になりたい)が駆り立てたであろう本書の執筆意欲と活動は、著者に取って極めて高度の認知行動療法的な効果があっただろうと思われる。


双極性障害を「寛解」状態に押し込めた結果、患者として、元記者として、見えて来たものは、抑圧的な方向に傾斜する現代社会の実状ではなかったか。だとすれば、本書で患者のために著者が提言していることは、患者に限らず、社会の抑圧化と日々闘いながら、生き抜かなければならない「患者予備軍」ともいうべき、ほかの健常者にとっても「患者にならない」ために多いに参考になる提言があちこちに籠められているといえるだろう。


 (筆者はジャーナリスト・元NHK記者・元日本ペンクラブ理事)




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ここのところ、暑さもあり、体調を崩しています。なかなかブログを更新できずにいて、すみません。元気ですか、というたくさんのメッセージをいただき、筆をとった次第です。食欲も気力もありません。


薬はきちんと飲んでいるし、睡眠もとっていますが、諸々あり、気分が乗りません。とりあえず、山のように積まれた参考文献を読まなければ、取材が進まないのです。


前回、お知らせしたのですが、実は震災絡みの本を書こうといろいろ頭をめぐらせています。これまで同種の本はかなり上梓されいますが、肝心の分野が触れられていません。


福島出身で精神疾患に詳しいジャーナリストは他に見当たらないし、他の人ができなくて、私しかできない分野を見つけました。ただ今は、体を休めることが必要のようです。


小ブログもしばらくは、リハビリのつもりで書いていきたいと思っています。何卒、よろしくお願いいたします。






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だいぶ、無理をした東京滞在でした。


普段は飲まないようにしている酒ですが、つきあいもあり飲みました。その場はまだ良いのですが、翌日、必ず、腹痛が起きます。ですので、昨日も一日中、ふとんの中でした。たまには良いでしょう。


同病者だから、良い人間だとは限りません。むしろ、腹黒い人も多いですね。という私だって、どう思われているか分かりません。ですが、人からどう見えているかを基準に言動、行動すると、ジャーナリストの仕事はできません。


今回、一番の収穫だったのは、やはり、先輩ジャーナリストの言。「すごいと思われるジャーナリストはサル真似はしない」だとか。なるほど、と改めて思いました。「知識より取材」だそうです。


それがあって初めて、人脈は生きる。


本日から通常態勢に戻ります。



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昨日は、要人と池袋のサンシャインの59fのフレンチで会食しました。まじめな仕事の話です。おかげさまで、上手くいきました。原稿料だけでは豊かな暮らしはできませんし、取材費を確保しなくてはなりません。


一昨日は徹夜でしたので、昨日はホテルで泥のように眠りました。朝早く起床。携帯の充電器をコンビニで買い、銀座へ。今度はイタリア料理店。日本社会福祉学会の先輩と、意見交換。修士だけで良いので、社会人枠の大学院に進学した方が良いと言われました。


まあ、行くとしたら、早稲田しか考えていませんが。お金は何とかなりますが、時間がありません。悩みます。2年の我慢ですね。死ぬまでジャーナリストでいたいと思っていますが、もっと、原稿を多く書かなくてはなりません。


今、秋葉原です。暑いので、マックで涼んでいます。メイドちゃんがやたら多く、チラシをたくさん、もらいました。あまり、興味がありませんが。


これから、丸の内に移動。先輩のジャーナリストと、焼肉を食べながら、諸々、話します。これは、トップシークレットですが、喜ばしい話ではあるので、おいおい書きませね。


明日は明日で、忙しいのですが、まあ、できれば、夜にアップします。そろそろ、電車に乗ります。ではでは。




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本日の毎日新聞朝刊の社説「脱法ドラック」は、実につまらなかった。脱法ドラックの説明が8割で、善後策を申し訳なさげに書いているだけだ。読んだ後、「一体何を言いたいの?」という感慨にとらわれた。


何となく誰が書いたか分かるが、警察取材に極めて強い人でないことは間違いない。そもそも社説というのは、生ニュースを母体にはしているものの、社としての意向や見識、主張を述べるべきものである。


先月、脱法ドラック乱用者による交通死亡事故があり、それを受けての記事であるのだが、一体、何を言いたいのかが、今一つ伝わってこない。恐らく、現場には行っていないのだろう。


この手の話で、「現場百戒」という言葉がある。論説室で会議を開き、申し訳程度に記事にしたのであろうが、核心を突くような痛快極まるようなものを読者は待っているのだ。


余談だが、毎日新聞社の人事が最近、腑に落ちない。社長以下、役員の多くが社会部出身なのである。関連子会社と言っても良い、スポニチの社長だった方(同部出身)が呼び出されて、副社長になったのには驚いた。


同じく、私の元直属上司(同部出身)も、関連会社社長から、持ち株会社である毎日新聞ホールディングスに大抜擢された。これでは政治部出身者から恨み節がくるのではないか。と言っても私にとってはあくまで古巣の話ではある。




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本日からしばらく東京滞在が続きます。早くて24日、遅くて25日の帰宅となります。


一応、Windowsのサーフェスを持参していきますが、電波の調子の悪いホテルもあり、更新できるか分かりません。


9割方、大丈夫ではあると思います。


後ほど、うれしいマイニュースがあるので、お知らせします。


このブログは「読者あっての私のブログ」です。


今後ともよろしくお願いいたします。




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安倍政権誕生後の政策アベノミクスで、日経平均株価が上昇し、世の中には、なんとなく浮かれた気分が充満しつつある。例えば、株をしている人が日経平均株価が上がったことを受け、デパートで高額商品を買うといった類である。


でも、アベノミクスでは、副作用も出ている。その代表的なのが、急激な円安だ。とりわけ、原油価格の高騰は影響大だ。全国のイカ釣り漁船は、2013年4月26日と27日の両日、いっせい休業した。


参加した漁船は4000隻。燃料代が上がってやっていけないというアピールで、政府に対策を要求した。昨年暮れからは1ドル当たり20円も円安が進んでいるから、漁船1隻あたり、年間で70万円以上のコスト増になった。


それでも、物価上昇に見合っただけ給料が増えればいいのだが、すぎに収入が増えるのは、輸出関連の大企業に限られる。そしてパートやアルバイトなどの非正規雇用の人たちにとっては、

収入が増えないまま支出だけが増えるという結果になる。


収入が増えないという点でいえば、年金生活者も同じこと。年金支給額はすぐには変動しないから、「物価上昇で生活が苦しくなった」という高齢者が続出すれば、次の選挙に「高齢者の反乱」が起きるかも知れない。





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