※2019年の記事を加筆修正しています。
こんにちは
経営者・起業家の事業を育てる
マネージャーのあみです。
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第4話 ワーママの辛すぎる現実と葛藤
私は関西の有名百貨店に勤務していました。
子供が4歳になる年の4月1日まで
育児休職ができるというなんとも
ありがたい会社でした。
3才違いで子供ができたこともあって
私が休職していた期間は6年。
6年間は社会とつながらず
ママ友と訳の分からない
怪獣2人と過ごしていた日々w
復職の日は社会復帰する
ワクワク感以上に
ドキドキ感でいっぱい。
そして、
配属されて見た光景は
私の目を疑うものでした。
休職していた6年前とは
人員配置が全く変わっていて
後輩の大卒女性が
管理職としてバリバリ働き
一般の女性社員が売場の運営や
派遣スタッフさんの
取りまとめや指導をしていました。
必然的に私も売場の運営や
派遣スタッフさんの指導をする立場
ということになります。
が、しかし!です。
私はほっといても売れる時代の
売るだけの販売員としてしか
働いたことがありません。
6年間社会から離れていたので、
時代は変わり、その変化に
頭も体も心もついていくのに必死でした。
どんなに仕事を頑張りたくても
お迎えの時間があるから
働ける時間は決まっている。
家に帰れば子供の食事に
入浴、寝かしつけ。
夜は仕事の時間に使おうと
思っても一緒に寝落ち。
起きても取れない疲労……
↑ ↑ ↑
「社会復帰」の大変さは
経験した人でないと
本当にわからないと思います(>_<)
そんな私にとって唯一気軽に話せる
心の拠り所の同期がいました。
◯◯ちゃんと呼び合う仲だったはずの彼女。
復職したら突然私を
苗字で呼び捨てにして
出来ていないことを厳しく
指摘してくるように……!
(猛烈なショックと驚きに言葉を失う)
派遣スタッフさんからは
仕事が遅いと言われ
仕事を奪われたり
指示を出しても
動いてもらえなかったり
風当たりの強い職場で疲弊する毎日。
正直、子育てに専念していた6年間は
アンパンマンやトーマスに
トミカと仲良し♡だった私は
プロレスのアッパーをくらった気分。
休職中は計算することも
ほとんどないから
電卓を叩くのも
めちゃくちゃゆっくりだし
字を書くこともほとんどなかったので
伝票に字がすらすら書けなくて
めちゃくちゃ時間がかかったり
何回も何回も間違えたり……
でも、立場は
派遣スタッフさんよりも上で……
派遣スタッフさんは
「社員さ〜ん」と
よくわかってない私に
あえて質問してきて
何かあったら
「あみさんに聞きました〜」。
と言われる始末。
そして、先輩や同期に怒られる。
もう、その時の私には
『惨め』
と言う言葉がピッタリでした。
復職したての私は
入社13年目だけど高卒だから
社内での評価は新入社員と同じ級。
本当にできない社員……
働くママ会社員の
職場復帰の辛すぎる現実を
目の当たりにしていました。
とはいえ
できないものは仕方がない。
そう!わたしの
切り替えの速さは人一倍。
スピードが命みたいな売場だったので、
毎日毎日、商品の包装が早くできるように
家に包装紙を持って帰って練習したり、
(この時はまだ家族で暮らしてます)
伝票の書き方、書類の出し方、
納品の片付け方、接客スキル、
図面の見方まで、
すぐに行動できるようになるために
どうやったらうまくいく?
どうやったらみんなと同じレベルになる?
と考え、そのために毎日解決策を
探して働いていました。
あらゆることを社員の先輩や
仕事のできる派遣スタッフさんの
言動をずっとウォッチングして
疑問を聞きまくっていました。
もうプライドなんてどうでもいい!
そうです!
惨めな私が思ったのはただ一つ。
みんなと同じレベルになりたい!
追い付きたい!
私はこの一心で毎日を過ごし、
行動していきました。
第5話へ続く…
今日も最後までお読みいだだき
ありがとうございました
あなたにとって
輝かしい人生になりますように
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