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あべせつの投稿記録

投稿小説・エッセイなどの作品記録用ブログです

公募ガイド 「短歌の時間」 2016/1


課題 『青』




「 明日もまた 生きてみようか 病室の 窓枠越しの 青空に虹 」



「 秋の空  水平線に  溶け入りて 染め上げていく 群青の海 」



投稿の備忘録です。


1首目 亡夫の闘病中 病室の窓から見た雨上がりの虹を思い出して。


2首目 大海原のはるかかなたの水平線と、ひとつ溶け合う蒼天を見た青春の思い出。










 行列の果て     あべせつ





 大売出しの日と重なって大型スーパーの駐車場は満車の表示が出ていた。空き待ちの車の列が裏道をはみ出て大通りのほうまで連なっている。

(くわあっ、こんなに並んでちゃ間に合わねえよ)

 

俺はその列を横目に通り抜け、駐輪場のあるフェンス横に車を駐車した。

(ほんのちょっとの間だからいいよな)

 そして車を降りるとスーパーの入口横にあるATMコーナーに走った。

(ありゃあ、ここもかよ)


月末締日とあって、二台あるT銀行のATM前は長蛇の列であった。

(ちぇっ、今日中に振り込まなきゃやばいってのに混み混みだぜ)

俺はいらいらしながら最後尾についた。



(ええっと、ここの銀行の本日中扱いのタイムリミットは何時だ? なになに、十四時ジャストか。今、何時だ。一時三十八分。とするとあと二十分ほどだ。行列の人数はざっと十人。一人につき二分かかるとして所要時間は二十分。ぎりぎりかあ。いや、ATMは二台あるんだから、その半分の時間でいけるよな。とにかく、みんなさっさとやっちゃってくれよ)

 

 思いが通じたのか、引き出すだけの人や記帳だけの人が続いて列はどんどん空いていった。

(よしよし、これなら楽勝だな)

 そう思ったのもつかの間、次の次が自分の番というところで行列の動きはパタリと止まった。

(おいおい、何やってんだよ)

 


 前に並んでいる背の高い青年の体の陰から身を乗り出して見てみれば、左側の機械にいる中年婦人は通帳をATMの棚の上に山と積み上げ、あっちの通帳からこちらの通帳へと入れたり出したりのやりくり算段をしているらしい。では右側はと言えば、今から老婆がおっちらと取りかかるところだった。

(こりゃあ、時間がかかりそうだな)

 

 

時計を見れば、残り時間あと十分を切っている。

(しまった。これなら駅前の支店にまで走ればよかった。あそこなら機械が十台あるし、最悪は窓口からも降り込めたのに)

 とは言え、今から走っても間に合わない。

(仕方ない、こうなりゃ、どっちでもいいから、早くやってくれ)


 すると意外にも左側の中年婦人は手馴れていたのか思ったよりも早く終わり、軽く会釈すると俺の前の青年に台を譲った。

(えらいぞ、おばちゃん。あんたは優秀だ)

 俺も心の中で拍手を送る。


(あと五分。これでどうやら間に合うな)

 青年もお金を引き出すと、きびすを返してさっさとコーナーから出て行った。

(よっしゃあ、これで間に合った)

 いそいそとATMの前に行き、振込のボタンを押そうとしたその瞬間、ガタン。何かの機械音がして、パネルに《お取り扱い中止》の案内が出た。

(うそだろ)

 

 俺は面食らったが、しかたがない。緊急連絡先の電話が付いているとはいえ、それをかけて悠長に苦情を言っているひまはないのだ。今となっては右隣りのATMが空くのを待つしかない。

 

 俺はばつが悪かったが自分の後ろに並んでいる人に、これが使えなくなったんですよとのボディランゲージをして行列の最前列に戻るしかなかった。後ろの人は気の毒そうな顔をしながらも、目はおかしそうに笑っていた。おそらく内心は(やーい間抜け)とでも思っているのだろう。

(俺がヘマをやらかしたわけじゃねえんだよ。まったくこっ恥ずかしいなあ)



ともあれあと三分。今すぐにでも老婆が終えてくれなければ、もう間に合わない。

ところが老婆はまだ機械の前を陣取っている。たまりかねて画面をのぞきこんでみると

《恐れ入りますが、初めからやり直してください》の表示が光っていた。


(

おいおい、さっきから、それを繰り返してるんじゃないだろうな)

「婆さんよ、もういい加減あきらめな」

 たまりかねて老婆の肩をつかんで振り向かせた。


「ぎゃあ、泥棒」

 老婆の声に巡回中の警備員が走ってきた。

「どうしましたか」

「この人がわたしのお金を盗もうとしたのです」

「ええっ、いや俺はそんなつもりじゃ」

「まあまあ、ちょっと事務所に来ていただきましょうか」

強面の警備員がぎらりと目を光らせると俺の腕をつかんだ。 完











第11回課題 「階段」


転 落   あべせつ




堀川沿いの土道は先ほどまで降っていた雨のせいでぬかるんでいた。ともすれば足をとられて転びそうになるのを必死にこらえ、豊太郎はとにもかくにも走り続けた。

 

 やがて夜道の先に、金色に輝く不夜城の灯りが浮かび上がるのが見えた。

近郊随一の遊里、松島茶屋町。その入口にある大門をぬけると、大通りの両側には格子造りの二階建てのお茶屋が軒を競うようにびっしりと並び立っていた。


どの店にも高欄と張り出しの縁側があり、蒸し暑い夜のこととて開け放たれた窓からは笛や太鼓や三味線の音曲、それに混じって女たちのかん高い嬌声が聞こえていた。

「あった。ここだ」


大門端の店から片っ端から訪ね歩き、提灯に籠文字で墨痕鮮やかに富久春と書いてある散茶茶屋を見つけると格子戸に手をかけ飛び込んだ。


いらっしゃいまし」 

愛想よく出迎えた下足番であったが、豊太郎がまだ年端もいかぬ若造一人と見てとると、途端にあしらいが邪険になった。

「こらこら、坊主。ここいらに来るには十年早いぜ。さっさと帰りな」

「親父が、福田富一が来ているだろう」

「えっ、福田の旦那の坊ちゃんで? こいつは、失礼しいたしました。旦那さんは二階のお座敷にいらっしゃいます。ご案内しましょうか」 


豊太郎は泥だらけの履物を脱ぐのももどかしく、返事もせずに二階へと続く正面の階段を駆け上がった。


--ガタン。

無言のまま勢いよく障子戸を開けると、既に酩酊している様子の富一は、杯を手にうつろな目をしてこちらを見上げた。その父の肩にしなだれかかっていた女は驚いたように目を見開いている。

「なんだい、あんた。人様のお座敷を勝手に開けたりなんぞして」

細面に狐目のその女は、きつい口調で豊太郎にくってかかった。

「まあまあ喜久乃、そう怒るな。これはわしのせがれだ」

「あっ、じゃあ、豊太郎さん?」

喜久乃と呼ばれた女はバツが悪そうに居住まいをただした。


「親父、お袋が危篤だってのに、よくもまあそんな飲んだくれていられるな。何度使いの者をやっても帰ってきやしねえ。だから俺が来たんだよ。さあ早く帰ろう」 

ところが富一は苦虫をかみつぶしたような顔をしたまま微動だにしない。


「どういうつもりだ、親父!」 

たまらず豊太郎は富一の腕をつかんで立たせると、階段際まで引きずり出した。

「まあまあ、坊ちゃん、落ち着いて下さいな」 

喜久乃が豊太郎と富一の間に割って入った。


「うるせえ、女狐。てめえがたぶらかしてやがるから、親父が帰って来ねえんだよ。どこなと、うせやがれ」 

豊太郎は軽く喜久乃の肩を付いた。


「きゃああああ」 

階段を背に立っていた喜久乃は足を踏み外し、もんどりうって転がり落ちて行った。


「喜久乃、喜久乃ー」 

いちどきに酔いの冷めた富一が叫ぶように名を呼びながら階段を駆け下り、女の身体を抱き起した。喜久乃は血の気を失い固く目を閉じたまま動かない。 

「いやあああ、人殺しぃ。女将さん、女将さん」

ちょうど階段下にいた中居が、運んでいた酒席の盆を取り落とし取り乱している。


「なんだ、どうした」とあちらこちらの座敷から酔客たちが顔を出し、あたりが騒然とし始めた。

「豊太郎、お前なんてことを。今日を限りにお前は勘当だ。さっさと家を出て行きやがれ」 

富一の怒号に我に返った豊太郎は、階段を駆け下ると、履物も穿かぬまま無我夢中で飛び出していった。






それから数年が過ぎた。

ある日、豊太郎は捕らえられた牢獄で、思いがけず同房の盗人仲間から故郷の話を聞くこととなった。


母の四十九日が過ぎて間なしに、あの女狐が富一の後妻に入ったこと。その父も心労のためか昨年早世し、家督の一切合財は喜久乃の手に渡ったこと。今じゃ、大店の女将として我が物顔に家を取り仕切っているらしい。



「そうか、あの女、生きていたのか」

あの時、転落したのは俺のほうだったというわけか。

豊太郎は泣くとも笑うともなく、鉄格子から見える月を見上げた。    完


















七時一分前  

 あべせつ

朝、目を覚ますとすぐ枕元に手を伸ばす。まちがいなくそこにある固いプラスチックのかたまりに触れると、手探りにボタンを探してグイと押す。

時刻は七時一分前。その目覚まし時計の文字盤に描かれたイラストのヒーローが出番をなくされて、ふてくされているようにも見えた。

(よしよし、今日も勝ったぞ)

えも言われぬ満足感がふつふつと込み上げてくる。


『七時にセットした目覚まし時計よりも先に起きる』

子供の時に決めたこの決まり事を、ボクはもう何年も続けていた。

新一年生の春、「もう小学生なんだから、これからは自分で起きなさいよ」と母親が目覚まし時計をプレゼントしてくれた。

当時流行っていたマンガのヒーローが、おしゃべりして起こしてくれるという目覚まし時計だった。それを見ていた父親が「タロウはそんなもんじゃあ、起きないぞ。もっとでっかいお寺の鐘の音が鳴るぐらいのやつじゃないとなあ、はっはっはっ」とからかった。


その言葉にカチンときたボクは「こんな目覚まし時計なんか無くったって、ちゃんと起きてみせるよ」と言ってしまった。

「へええ、ほんとかよ。一か月間、目覚ましにもお母さんにも起こされず自分で起きたら、なんでも好きなものを買ってやるぞ」

「ええっ、ほんと?お父さん。約束だよ」


それからの毎日は、目覚まし時計の鳴る前に起きることに全精力を費やした。何があっても夜九時には寝る。見たいテレビがあっても、したいゲームがあってもがまん、がまん。  

寝る前には「七時前に起きるぞ、起きるぞ」と呪文を唱えながら目覚まし時計をセットした。

(これが鳴ったらボクの負けだ)

なんとなく父親に挑戦している気分だった。

「タロウ、このひと月の間、よく自分一人で起きられたなあ。えらい、えらい。これからもちゃんと続けるんだぞ」

 喜んだ父親が約束通りボクにプレゼントを買ってきてくれた。それもうれしかったが、

明日からは朝寝坊ができるという解放感に満ちた喜びのほうが大きかった。

 

ところが、である。習慣とは恐ろしいもので、夜更かしをしようとするが夜九時になると睡魔におそわれ寝てしまう。そして朝は目覚ましよりも先に起きてしまうのだ。

(そういえば、この目覚まし時計、何かおしゃべりで起こしてくれるんだったよな。どんなことを話すのかなあ)

 

 買ってからまだ一度も鳴らしたことがないことに気が付いた。聞こうと思えばいつでも聞くことはできる。音声スイッチさえ入れれば済むことだ。でもなぜか、そうしてしまうのはもったいないような気がした。

(よし、どうせ自分で起きちゃうんだから、どこまでこいつにおしゃべりさせずにいけるか、やってみよう。今度はこのヒーローに挑戦だ)

 それからも毎日、目覚ましよりも先に起きた。時刻は決まって七時一分前だった。

一年が過ぎ、二年が過ぎ、とうとう十二年が過ぎた。中学生になっても高校生になっても大学生になっても、依然目覚ましは沈黙を続けた。そりゃあ、そうだろう。ボクはそのために多大なる犠牲を払ってきたのだ。部活にも入らず、彼女も作らず、友達すら作らなかったのだから。それらはみな、ボクにとっては規則正しい暮らしを邪魔するものでしかなかった。


しかし、ここで大きな障害が現れた。就職である。仕事となれば、今までのように付き合いをことごとく避けたりはできないだろう。残業や早出もあるだろう。記録はよもや、ここまでかとあきらめかけたとき、一つの天啓がくだった。

(そうだ。なにも会社務めをするばかりが仕事じゃない。自営業という手もある)

 ボクは卒業と同時に小さな会社を興し、なんとか口を糊することができた。これでまだ記録を更新することができる。

 

それから幾星霜。今や目覚まし時計の色は呆け、文字盤は茶黄ばんで時刻も読み取りづらくなっている。

そしてボクは今、臨終の床にいる。だれも看取ることのない孤高の老人だが、悔いはない。今日で三万日目。もう思い残すことはない。もうすぐ朝がくるだろう。あの世の土産にヒーローのおしゃべりでも聞いていくか。

七時一分前。目覚まし時計は老人とともに旅立つ。     完

Re trick 

あべせつ

 この扉の向こうに憧れの人がいる。

 美紅は携帯を握りしめると、ひとつ深呼吸してその重いドアを押し開いた。そのとたん、むせ返るような熱気とロックのBGM、そしてそれに負けまいとするかのような人々の喧騒が一気に押し寄せてきた。

 

 ドア近くにいた背の高い若い男が、この新しい客人を出迎えてくれた。茶髪のウルフカットに骸骨の絵のタンクトップ。ダメージジーンズの腰回りには銀鎖を幾重にもまとわりつかせている。つまりは美紅がもっとも嫌悪するタイプの男だ。


「チケットはお持ちですか」

「あ、はい、あの、これを見せるようにって」

 美紅はあわてて携帯のメール画面を開いて彼から送られた《前売り券》を見せた。男はそれを一瞥するとステージ前のテーブル席と案内し、予約席と書かれた札をはずした。

「どうぞこちらに」 


客席をはなれて店奥の闇の中へ溶け込んで行く男の後ろ姿は、細い腰と長すぎる手足のせいで美紅に蚊とんぼを連想させていた。

「ねえねえ、あれ、レイジじゃないの」

去りゆく男の姿に気づいて近くの席の女の子たちが騒ぎ始めた。

(レイジですって?)

 今宵の待ち人の名が出て美紅は驚いた。

(同じレイジでもタイプは色々ね)


苦笑して店内を見渡すと、二十ほどある四人掛けのテーブル席はほぼ満席で、客の大半は美紅と同じくらいの年頃の娘たちに見えた。彼女たちはどうやらあの蚊トンボが好きらしい。


(わたしの礼治さんは、いったいどんな人なんだろう) 

彼がメールで指定してきた待ち合わせ時間はとっくに過ぎている。何度も入口を目で追う美紅の前に、美しい色のカクテルが運ばれてきた。今夜のドレスと同じ色。

「あら、わたし、何も頼んでませんけど」  

困惑する美紅に黒服のウェイターが紙製のコースターをグラスの下には敷かずに手渡していった。見れば何か文字が書いてある。

《ステージが終わっても、そのまま席にいてください。工藤礼二》

(あっ、これは)


ウェイターを呼び止めようとした声は、ちょうどその時、ステージに現れたロッカーたちを迎える歓声にかき消された。

次の瞬間、ステージ上に目のくらむような閃光がさく裂すると、地鳴りのような大音響が客席を揺るがし始めた。

(ああ、苦手だわ、こんな音楽は。礼治さんはなぜこんな場所を指定したのかしら)



工藤礼治とは去年、自作の詩を投稿して評価しあうSNSのサイトで知り合った。ハンドルネーム〈レイジ〉は繊細でありながらも情熱的な詩を書く男で、美紅はたちまち彼の詩のファンになった。頻繁にコメントをやりとりするようになると急速に親しさは増し、プライベートなメールアドレスを交換しあう仲となるのに、そう長い時間はかからなかった。

そんな一年の間に美紅の中のレイジは秀でた額に少し神経質そうでクールなインテリの好男子、つまりは理想の男性の姿に仕上げられていた。


「一度お会いしませんか」

思い切って美紅はメールを送ってみた。

「では早速ですが、明晩のご都合はいかがですか?良かったら。工藤礼治」

すぐに待合せ場所と時間、さらにはライブハウスのチケットが添付されたメールが返信されてきたのだった。



ノイズにしか思えない数曲が終わり、もう我慢の限界かと思えた頃、突然ステージの照明が落とされ、リードギターの男だけにスポットが当てられた。よく見ればさっきの蚊とんぼだった。


「今夜はこの僕たち〈Reトリック〉のライブによく来て下さいました。リードギターのレイジです。今日は新曲を作ったので聞いてもらいたいと思います。いつもならボーカルのタツヤに任せるんですけどね。この曲は大切な人から贈られた歌詞をもとに作りました。だから今日だけは特別にぼく自身が唄います。どうぞ聞いて下さい」

そう言うと一人、弾き語りを始めた。


(あっ、この歌詞は)

それは紛れもなく美紅が作った愛の詩だった。それが甘く切ないメロディーとこの上なく優しいレイジの声に乗って耳をくすぐった。

レイジの視線はまっすぐに美紅を捉えている。美紅の身体はかっと熱く火照り始めた。


(本当にトリックだわ)

美紅は今、レイジが礼治になった快感に心底震えていた。完