大阪ショートショート応募作品「行列の果て」 | あべせつの投稿記録

あべせつの投稿記録

投稿小説・エッセイなどの作品記録用ブログです

 行列の果て     あべせつ





 大売出しの日と重なって大型スーパーの駐車場は満車の表示が出ていた。空き待ちの車の列が裏道をはみ出て大通りのほうまで連なっている。

(くわあっ、こんなに並んでちゃ間に合わねえよ)

 

俺はその列を横目に通り抜け、駐輪場のあるフェンス横に車を駐車した。

(ほんのちょっとの間だからいいよな)

 そして車を降りるとスーパーの入口横にあるATMコーナーに走った。

(ありゃあ、ここもかよ)


月末締日とあって、二台あるT銀行のATM前は長蛇の列であった。

(ちぇっ、今日中に振り込まなきゃやばいってのに混み混みだぜ)

俺はいらいらしながら最後尾についた。



(ええっと、ここの銀行の本日中扱いのタイムリミットは何時だ? なになに、十四時ジャストか。今、何時だ。一時三十八分。とするとあと二十分ほどだ。行列の人数はざっと十人。一人につき二分かかるとして所要時間は二十分。ぎりぎりかあ。いや、ATMは二台あるんだから、その半分の時間でいけるよな。とにかく、みんなさっさとやっちゃってくれよ)

 

 思いが通じたのか、引き出すだけの人や記帳だけの人が続いて列はどんどん空いていった。

(よしよし、これなら楽勝だな)

 そう思ったのもつかの間、次の次が自分の番というところで行列の動きはパタリと止まった。

(おいおい、何やってんだよ)

 


 前に並んでいる背の高い青年の体の陰から身を乗り出して見てみれば、左側の機械にいる中年婦人は通帳をATMの棚の上に山と積み上げ、あっちの通帳からこちらの通帳へと入れたり出したりのやりくり算段をしているらしい。では右側はと言えば、今から老婆がおっちらと取りかかるところだった。

(こりゃあ、時間がかかりそうだな)

 

 

時計を見れば、残り時間あと十分を切っている。

(しまった。これなら駅前の支店にまで走ればよかった。あそこなら機械が十台あるし、最悪は窓口からも降り込めたのに)

 とは言え、今から走っても間に合わない。

(仕方ない、こうなりゃ、どっちでもいいから、早くやってくれ)


 すると意外にも左側の中年婦人は手馴れていたのか思ったよりも早く終わり、軽く会釈すると俺の前の青年に台を譲った。

(えらいぞ、おばちゃん。あんたは優秀だ)

 俺も心の中で拍手を送る。


(あと五分。これでどうやら間に合うな)

 青年もお金を引き出すと、きびすを返してさっさとコーナーから出て行った。

(よっしゃあ、これで間に合った)

 いそいそとATMの前に行き、振込のボタンを押そうとしたその瞬間、ガタン。何かの機械音がして、パネルに《お取り扱い中止》の案内が出た。

(うそだろ)

 

 俺は面食らったが、しかたがない。緊急連絡先の電話が付いているとはいえ、それをかけて悠長に苦情を言っているひまはないのだ。今となっては右隣りのATMが空くのを待つしかない。

 

 俺はばつが悪かったが自分の後ろに並んでいる人に、これが使えなくなったんですよとのボディランゲージをして行列の最前列に戻るしかなかった。後ろの人は気の毒そうな顔をしながらも、目はおかしそうに笑っていた。おそらく内心は(やーい間抜け)とでも思っているのだろう。

(俺がヘマをやらかしたわけじゃねえんだよ。まったくこっ恥ずかしいなあ)



ともあれあと三分。今すぐにでも老婆が終えてくれなければ、もう間に合わない。

ところが老婆はまだ機械の前を陣取っている。たまりかねて画面をのぞきこんでみると

《恐れ入りますが、初めからやり直してください》の表示が光っていた。


(

おいおい、さっきから、それを繰り返してるんじゃないだろうな)

「婆さんよ、もういい加減あきらめな」

 たまりかねて老婆の肩をつかんで振り向かせた。


「ぎゃあ、泥棒」

 老婆の声に巡回中の警備員が走ってきた。

「どうしましたか」

「この人がわたしのお金を盗もうとしたのです」

「ええっ、いや俺はそんなつもりじゃ」

「まあまあ、ちょっと事務所に来ていただきましょうか」

強面の警備員がぎらりと目を光らせると俺の腕をつかんだ。 完