【アラフィフ母さん】会いたい人たちに会えた~戻る、の感覚
【アラフィフ母さん】会いたい人には会いに行く | abechiのヒビツレヅレ~コロラド、ドイツ、またコロラド、からの、まだ日本なの?の続きです。夜、懐かしい面々で集まってまたまたエビス琥珀エビス本当にまろやかで美味しい~乾杯!初めてみんなに会ったのはかれこれ大学出てすぐの就職先の地元金融機関なんと27年のお付き合い。ブラック企業ナンバーワンくらいの当時の金融で頑張った仲間。我が家が2020年に日本に異動になったときはコロナ禍で会うタイミングがまったくなく4年も経過してしまった。1人とは偶然小学校も同じだったし(ローカルあるある)その後、日本で出会ったアメリカ人と結婚して渡米という経路まで同じワタシは周りにいーっぱい尊敬する人がいるけれど彼女もその1人彼女の旦那様は日本語会話がまったく問題なく出会って一目ぼれ状態で押しまくられて(だったはずよ。そばで見ていた限り)あれよあれよという間に結婚して彼女は当時、特に英語を話すとか、アメリカ興味あるとかそんな要素ゼロだったけど、そこからはずーっとほぼアメリカでそれもアメリカの全然大都市とかじゃない相当田舎ばかりドイツに一回住んでるとこも同じ。彼女はずっと日本では生活していないけど自身のキャリアも積んで、もうアメリカの方が生活するのらく!って言いきっちゃってる人。30年近い結婚生活で、最近やっと地球全体で見たらw距離的には日本寄りなアメリカ某エリアに転勤してきたので久々に日本に帰ってきて、そんな機会にみんな集まることができました。彼女とは、お互いに、今後老後の生活はどこでする???という話になった。八戸名物、食用菊とじゅんさいの茶わん蒸しがバケツで食べたいくらい美味しかったなあ!アメリカなのか、日本なのかでも20年以上アメリカで暮らしてしまえばアメリカで充分過ごしていけるはずま、食べ物よね食べ物、問題は。となるけれどでも、それも最近は昔に比べたらだいぶ日本のものも手に入りやすいし日本のテレビだっていろんな方法で見れるしさあんまり変わらない生活とかしちゃえるよね。アメリカの地方でもさという流れになり、あの頃は朝まで飲んでカラオケ行ってクラブ行ってなんてやってたのに最後近くにできてたバルでしゅわしゅわで今後の健康を祈って乾杯して夜10時には終了。すごい自分たちの変わりよう子供のころから、そしてあの若かりし合コンして飲んで金融機関の激務に耐えてな日々も見ていた地元の風景もかなりの変わりようでちょっと寂しかったけど一泊二日で会いに行けてよかったなあ~ワタシも今後はまたアメリカに「戻る」ことになると思うので同じ温度な友達と話すことができてよかったし地元にいつも待っててくれる友達がいるっていうのも心強いし。この「戻る」という感覚ワタシは日本に戻るという感覚よりこの地元八戸に帰省すると「あー戻ってきたなあ」ってほっとする感覚はあるんだけど家族での生活に関しては、アメリカで基盤を作ったからか今後はアメリカに「戻る」という感覚がある。今住んでいるエリアで日本人でアメリカ人と結婚してうちと同じように日本在住の奥様と話した時に早く日本に「戻り」たくてやっと戻って来れたんだっておっしゃってる人がおおくて、この感覚の違いは同じ日米夫婦でもどこで生まれるのかなあ?って最近思ってたので、なおさら謎が深まった。