NHK-Gスペシャル

「シリーズ人体~神秘の巨大ネットワーク」

「第5集 “脳” すごいぞ! ひらめきと記憶の正体」 


初放送 2/4(日) 21:00~21:49 
再放送  2/7(水) 25:00~25:49 [ 2/8(木) 午前1:00~1:49]

 




□ リブログ


 

□ NHK-G「シリーズ人体~神秘の巨大ネットワーク」 これまでのブログ
 

「プロローグ」(2017-09-30初放送)
「第1集"腎臓"が寿命を決める」(2017-10-01初放送)
「第2集"脂肪と筋肉”が命を守る」(2017-11-05初放送)
「第3集"骨"が出す!最高の若返り物質」(2018-01-07初放送)
「第4集万病撃退!”腸”が免疫の鍵だった」(2018-01-14初放送)
「第5集“脳” すごいぞ!ひらめきと記憶の正体」(2018-02-04初放送)

 


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■ 司会(MC): 

タモリ・・・1989年の「驚異の小宇宙 人体」以来、28年ぶりに「シリーズ人体」の司会を務める。
山中伸弥・・・京都大学iPS細胞研究所所長・教授。2012年にノーベル医学・生理学賞を受賞。
久保田祐佳アナ。


■ ゲスト出演:

又吉直樹
菅野美穂

 


 

■ スタッフ

音楽: 川井憲次

語り: 池松壮亮、久保田祐佳

声の出演: 81プロデュース

制作: NHKエデュケーショナル



 


■ 概要

体中の臓器がお互いに情報を交換することで私たちの身体は成り立っている。
そんな新しい「人体観」を、最先端の電子顕微鏡映像やCGを駆使しながら伝えるシリーズ「人体」。

第5集のテーマは“脳”だ。

 


番組では、お笑い芸人で芥川賞作家でもある又吉直樹さんの脳を、世界最先端の技術で徹底的にスキャン。
内部を走る電気信号の様子を、世界で初めて映像化した。

 


その結果「閃(ひらめ)き」に関わるとされる、特別なネットワークの正体が浮かび上がって来た。
さらに「記憶力アップ」の鍵も解明されつつある。
脳の“或る場所”で、新しい神経細胞が次々と生まれ、記憶力を高める重要な役割を果たしていることが分かって来たのだ。
そのメカニズムの解明がさらなる研究へと波及し、認知症治療の新たな戦略も見えて来ている。
創造性や閃き、意識や心も生み出す、究極のネットワーク臓器“脳”。
その美しくも神秘的な世界に迫る。




 
■ 詳細

 
□ 今日のテーマは“脳”。

私たち人類が、他の動物に比べて特に進化させてきた脳。
高度な社会を築き上げて来た力の源である脳の神秘を、最先端の脳科学の力を借りながら、明らかにして行く。
お笑い芸人で芥川賞作家でもある又吉直樹さんの脳を、最先端の脳科学で徹底解剖!
W司会の山中伸弥さん・タモリさんに加え、女優・菅野美穂さんも迎えた豪華メンバー。
これまで見たことのない「全く新しい脳の姿」に迫った。

今回は脳の閃(ひらめ)きについて。
お笑い芸人にして芥川賞作家の又吉直樹さんの脳を使って、その不思議を紐解いて行く。
又吉さんの脳を世界最性能のMRIのもとに。
見えて来たのは脳の奥にあるケーブルのような神経細胞の束。
それを分析して、閃きの正体を浮かび上がらせる。
脳はやっぱり凄かった!
その美しく神秘的な世界にご案内する。

スタジオで又吉さんの脳を紹介。
今回の分析で明らかに一般的なデータとは違う部分があった。
それは緑上回と言われる言葉を司る部分。
通常の3割増。2万人に1人の確率だという。

実は今回は脳の奥にある神経細胞が本題。
一本一本の神経が集まり、束子(たわし)のようになっている。
これを見て行くと、閃きの極意に辿り着く。


*


※ 番組の解説

世界初!脳の中を行きかう電気信号を丸裸に!
私たちの脳には1000億の神経細胞があると言われ、それぞれの細胞が電気信号をやりとりすることで情報を伝え合っている。
番組では、脳の中を行き交う電気信号の様子を、世界で初めて超精細CGで再現することに成功した。


詳しくは、「ついに見えた!脳に広がる神経細胞のネットワーク」を参照。
CG---領域ごとに色分けした脳の姿


例えば、脳の一番後ろ、白い丸で囲まれた「視覚野」は、物を見た時にその情報を処理する領域。
脳の側頭部にある黄色い領域は、耳から入って来た音を聞き分ける「聴覚野」、その上の緑色の領域は、「言語」を司る領域といった具合。
こうした脳の領域毎の働きの違いを見て行くことも大変興味深いが、最先端の脳科学では、それとはまた一味違う姿として脳が捉えられつつある。
それを映像化したのが、こちらのCG。今、大注目の「脳の神経細胞のネットワーク」だ。

脳の中を走る神経線維の束をデータから再現した「脳の神経細胞ネットワーク」(岡田知久・京都大学/NHK)---脳の働きを「ネットワーク」でとらえ直す。
京都大学・脳機能総合研究センターの岡田知久特定准教授の協力を得て、世界最高性能のMRIという装置で脳を計測。
そのデータを詳しく解析したところ、白子のような脳の中を走る神経線維の姿が浮かび上がって来た。
私たちの脳の中には、約1000億の神経細胞があると言われている。
ここで見えているのは、その中でも特に領域と領域の間を繋ぐ細長い神経細胞の姿。
一本一本の線維は、数十万本の神経細胞が束になったものと考えられていて、隣り合う領域同士を結び付けたりしている。
そして、時に数十センチも離れた領域同士を結び付けたりする。その中を電気信号が縦横無尽に駆け巡っている。
脳は、決して一つ一つの領域がバラバラに働いている訳ではなく、こうした領域間を繋ぐ神経細胞のネットワークを介して様々な営みを生み出している。
脳の働きを「ネットワーク」という観点から捉えようという取り組みが、正に今始まっている。
わずか0.2秒間!生きている脳で何が起きているのか?
ただ、生きている人間の脳の中で、神経細胞がどのように繋がり、どのように働いているのかを明らかにするのは、簡単なことではない。
そうした難題に挑んでいる一人が、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)の山下宙人さん。
「脳活動ダイナミクス推定法」と呼ばれる手法で、人間の脳が領域間でどのように情報をやり取りするのか、世界で初めて映像化することに成功した。
領域間の情報のやり取りと言っても、その時、何をしているかによって脳がどのように反応するか全く違う。
山下さんが最初のテーマとして取り上げたのは、「私たちが人の顔を見た時」の脳の反応。
イギリスのケンブリッジ大学の研究チームが10人の被験者に人間の顔を見せ、その時の脳の反応を1000分の1ミリ秒単位で計測したデータをもとに、電気信号がネットワーク上をどのように流れているのか分析した。
番組では山下さんの協力のもと、この映像を超高精細にCG化。
目から入ってきた信号が脳の一番後ろにある「視覚野」に伝わり、そこから僅か0.2秒程の間に脳の一番前にある「前頭前野」にまで広がって行く様子が鮮やかに浮かび上がって来た。
「脳活動ダイナミクス推定法」という手法で解析された"人の顔を見た時"の反応。(山下宙人・国際電気通信基礎技術研究所/岡田知久・京都大学/NHK)


脳の中を駆け巡る電気信号が、0.2秒の間にどのような情報をやり取りしているのか、詳しいことは謎に包まれたまま。
しかし、こうした新たな解析手法によって私たちの脳の神秘が、少しずつ明らかになりつつある。



*

 

 




□ お笑い芸人 × 芥川賞作家 又吉さんの脳を徹底解剖!

又吉さんはアイディアに詰まると、屡々(しばしば)散歩に出かける。
目に入る様々な風景が閃きのヒントを与えてくれるという。
この何かを見た瞬間、脳の中で何が起きているのか?
最先端の技術によって驚くべき脳の活動が世界で初めて捉えられた。
それは誰かの顔を見た瞬間、稲妻のような電気信号が走るのが分かった。
その光は視覚野から脳全体に渡って行く。
この光の動きによって誰なのか認識するという流れ。
この電気信号の動きをミクロの世界に翔び込んで、分析する。

又吉さんの脳のネットワークの中では、神経細胞から細胞へ電気信号がリレーされている。
しかし、細胞と細胞の間に隙間があることが分かる。
実はこの隙間にメッセージを伝える物質が出され、次の細胞にも電気信号が生まれる。
要は細胞と細胞との間は電気信号に代わって、メッセージ物質が情報を伝えていたのだ。
要する時間は1万分の1秒。

しかし、なぜ態々(わざわざ)メッセージ物質を使うのか?
実は脳はメッセージ物質を用いることで、電気信号の伝わり方に様々なバリエーションをもたらしているのだ。
例えば素敵な女性が現れた時は、神経細胞が活性化し、その人の表情がより強く印象に刻まれる。
1000億の神経細胞とメッセージ物質が閃きを生み出すカギとなっている。


□ 脳 すごいぞ!閃きと記憶の正体

これまで様々な臓器同士がメッセージ物質をやりとりして、命や健康を支えていることを伝えて来た。
脳も他の臓器からメッセージ物質を受けており、脂肪からレプチンを受け取ることで食欲をコントロールしている。
また脳は受け取るだけではなく、内部に独自のネットワークを築き上げており、それこそが束子(たわし)のような姿のネットワークなのだ。
山中教授「この束子のようなネットワークは非常に高性能で、ほぼ無限の組み合わせになる。究極のネットワーク臓器が脳だ」。


□ 意外!閃きの極意は ◯◯◯◯すること

閃きを探るために、今回は又吉さんに小説のアイディアを考えてもらい、良いアイディアが閃いた瞬間にボタンを教えてもらう。
10分間の実験中に閃いたと思う瞬間は3回。
このうち2回に興味深い脳の活動の様子が捉えられた。
閃いた瞬間の又吉の脳を可視化してみると、集中している時は電気信号の流れが細切れになっているが、閃いている時は電気信号に太い幹が生まれ全体を繋げていたのだ。
つまり、閃く時は集中するだけでは生み出せない特別な状態になっていた。
実は誰でも脳を閃く状態に近づける方法があるという。
それは何も考えないこと!!
何も考えない電気信号の流れと閃いた時の脳はそっくりだった。


□ 意外!閃きの極意は ぼーっとすること

脳が何もしていない状態はデフォルト・モード・ネットワークと呼ばれ、新しい発想が生み出され易い。
デフォルト・モード・ネットワークは、脳が使う全エネルギーの7割を消費していると言われている。


□ 記憶力がグーンとアップ!脳の驚きのメカニズム

人の顔を一度見たら二度と忘れないという並外れた能力を持つ人達は、スーパーレコグナイザーと呼ばれている。
2011年にイギリスで起きた暴動事件で、防犯カメラに残された映像などから、犯人を割り出して検挙した。
その時のスーパーレコグナイザーの男性の脳をMRIで調査したところ、
歯のように並んだ歯状回の細胞が、次々と入って来る情報を異なるルートに振り分けることで、様々な記憶が作り出されていた。

ソーク研究所のフレッド教授は、長年記憶の謎を追い続けている。
歯状回で新しい細胞が次々と生まれていることを突き止めた。
インスリンが脳に届いている時と届いていない時とで、歯状回の細胞の成長に大きな差が出ていた。
バランスの摂れた食生活で、膵臓(すいぞう)を健康にして筋肉を鍛えると、記憶力がアップする。


*


※ 番組の解説

脳はただ単純に電気信号をやり取りするだけではない。
神経細胞と神経細胞との間には、ほんの僅かに小さな隙間があり、その間は電気ではなく「メッセージ物質」が飛び交って情報を伝えている。
CG---神経細胞と神経細胞とが情報をやり取りする「シナプス」。僅かな隙間が空いている。


脳の中を飛び交うメッセージ物質の中で最も多くの数を占めるのが、「電気を発生させて」というメッセージを次の細胞に伝える「グルタミン酸」。
このメッセージ物質があるお陰で、電気信号は細胞から細胞へ次々とリレーされて行く。
そして、この電気の伝わり方に様々なバリエーションを生み出すため、数十から100種類ものメッセージ物質が脳の中を飛び交っていることも分かって来た。
例えば、「一斉に電気を発生させるぞ」というメッセージを伝える「ドーパミン」。
素敵な人をみてテンションが上がったりした時に出される物質。これが脳内にばら撒かれると、電気信号の伝わり方が活発になり、神経細胞は一気に活性化して行く。
メッセージ物質の匙(さじ)加減一つで、電気信号の伝わり方に無数とも言えるバリエーションが生まれて来る。
常に揺らいでいる、その不安定さこそが時に想像すらしない「閃き」を生み出す原動力になると考えられている。
芥川賞作家・又吉直樹さんの脳に「閃き」の秘密を探る!
そんな「閃き」の秘密を探るため今回ご協力頂いたのは又吉直樹さん。
日々新たな発想を生み出し人々を楽しませ続ける又吉さんの脳を観察すれば、「閃き」の謎を探るヒントが得られるのではないか?と考えた。
そこで、京都大学脳機能総合研究センターにご協力頂き、世界最高性能のMRIという装置を使って、又吉さんが「閃いた」と思った時の脳の状態を調べてみた。
その時の又吉さんの脳は、広い領域が一斉に活動している状態になっていた。
実は誰でもそれと同じような脳の状態に近づける、意外な方法があるという。それは、「ぼーっと」すること。
「ぼーっと」している時、私たちの脳は決して活動を止めている訳ではなく、
脳の広い領域が活性化している「デフォルト・モード・ネットワーク」と呼ばれる不思議な状態にあることが分かって来ている。
このネットワークが、無意識のうちに私たちの脳の中に散らばる「記憶の断片」を繋ぎ合わせ、時に思わぬ「閃き」を生み出して行くのではないか?と今、大注目されている。
CG---又吉さんの脳から検出された「デフォルト・モード・ネットワーク」


私たちの記憶力のカギを握る、謎の器官「歯状回」
さらに番組では、「閃き」を生む上で重要となる「記憶」の秘密にも迫った。
私たちの記憶は、脳の奥深くにある「海馬」という器官で生み出され、やがてそれが脳の表面に広がる「大脳皮質」に移され、生涯に亘って蓄えられて行くと考えられている。
記憶を生み出す肝心要の「海馬」で、近年、脳科学の常識を覆す大発見があった。
脳の中で極々例外的に、神経細胞が新しく生まれ続けていることが分かった。
それは「海馬」の入り口にある「歯状回」と呼ばれる場所で起きていた。
ここで神経細胞が新たに生まれ続けていることで、私たちは新しい記憶を次々と作り出して行けるのではないか?と考えられるようになって来ている。

詳しくは、「記憶力アップのカギ!?海馬で起きている“大事件”・神経細胞の生まれ変わり」を参照。
記憶力アップのカギ!?海馬で起きている"大事件"・神経細胞の生まれ変わり
私たちの脳には1000億ほどの神経細胞があると言われている。
実はこの神経細胞に関して、1世紀近くに亘って脳科学の世界を支配して来た一つの独断的な説「ドグマ」があった。
そのドグマとは・・・「おとなの脳では、新たな神経細胞は決して生まれない」
このドグマの発端となったのは、近代脳科学の礎を築き上げた「巨人」、ラモン・カハール(1852-1934・1906年にノーベル医学・生理学賞を受賞)。
人間の脳を隈なく調べたカハールは、細胞が常に生まれ続けている他の臓器と違い、脳では生まれたばかりの未発達な神経細胞が全く見当たらないことから、
このように考え、それが絶対的な「ドグマ」として受け継がれて来たとされる。
海馬の歯状回という場所で新たな記憶が作られる。
ところが丁度20年前、このドグマを真っ向から否定する研究が現れた。
脳の中には極例外的に神経細胞が生まれ続けている場所がある、という。
その研究成果を論文に発表し世界に衝撃を与えたのは、アメリカ・サンディエゴにある「ソーク研究所」のフレッド・ゲージさん。
彼が生まれたばかりの細胞を見つけたのは、脳の「海馬」と呼ばれる器官の中にある「歯状回」という、それまでほとんど注目されたことのない場所だった。
CG---右は海馬の断面。青く光っているのが歯状回の細胞、紫色がその他の海馬の細胞。


私たちの脳の左右に一つずつある「海馬」は、「記憶」を作り出している場所として知られている。
大人の脳で細胞が新たに生まれている事実が見つかった「歯状回」は、海馬の入り口に位置していて、
海馬へとやって来た電気信号を最初に受け取って海馬の中へと送る役割を果たしている場所。
歯状回を介して海馬内に神経細胞のルートが生まれ、それが新しい記憶そのものとなって行くと考えられている。
なぜ、この歯状回では例外的に神経細胞が生まれ続けているのか?
ゲージさんの発見を機に「歯状回」についての研究がさらに進み、結果、私たちの記憶の謎が次第に明らかにされて来ている。
現在の脳科学では、歯状回で新しく生まれる細胞の役割は「細かな違いを見分け、これを記憶すること」にある、というのが有力な仮説となっている。
UCSF(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)准教授のメイゼン・キアベックさんは、人間と同じく歯状回で新しい細胞が生まれ続けているマウスの脳を観察することで、そのメカニズムを探り続けている。
記憶のメカニズムを研究しているメイゼン・キアベック准教授
「マウスの歯状回で新しく生まれる神経細胞は、周りの環境のささいな変化、例えばそれまでいた場所とはほんのちょっと違う場所に来た時に敏感に反応することが分かっています。さらに特殊な方法を使って新しく生まれた神経細胞の働きを阻害すると、そのマウスを新しい場所に移動させても、それまでの環境との違いを区別できなくなるのです。人間でも同じことが言えると私は考えています。駐車場に車を停めた時、いったいどこに停めたのか、私たちは正確に覚えていられます。いつも利用している駐車場で、いつもとは微妙に違う場所に車を停めた時でも、私たちがそのささいな違いを認識し、記憶することができるのは、歯状回の細胞のお陰であると考えられるのです。」
五感とともに作られる記憶
細かな違いを見分けて、それを記憶する。
歯状回が働くのは、目から入って来る「視覚情報」に対してだけではないと語るのは、UCI(カリフォルニア大学アーバイン校)教授のマイケル・ヤッサさん。
人間の脳の歯状回がどのような時に反応するのかMRIを使って調べて来たヤッサさんは、「視覚」に加えて「聴覚」・「嗅覚」・「触覚」・「味覚」など、五感を通して私たちの脳に入ってくる情報に歯状回は反応すると考えている。
どのような時に海馬の歯状回が反応するのか?を研究しているマイケル・ヤッサ教授
「私はこのコーヒーメーカーを使って1日に何度もエスプレッソを作ります。今日は皆さんがおみやげに持ってきてくれたこの豆を試してみることにしましょう。コーヒーを飲むという行為は、歯状回で生まれる新しい細胞なしには楽しめません。なぜなら、見た目だけでなく、におい、味など様々な要素が混ざり合っているからです。歯状回で新たに生まれる細胞がそのわずかな違いを敏感に探知してくれるお陰で、私たちはエスプレッソを1杯飲むたびに、以前に飲んだ1杯との違いを細かく記憶できるのです。」
記憶力アップのために、刺激ある生活を送るには?
歯状回で神経細胞が新しく生まれ続けているからこそ、私たちは日々の様々な経験を事細かに記憶して行ける。
マウスを使った実験からは、歯状回で神経細胞の生まれ変わりを盛んにするには、運動をすることに加え、沢山の刺激がある環境にいることが重要だということも明らかになってき来ている。
ヤッサさんと共に歯状回の働きを調べているUCI(カリフォルニア大学アーバイン校)教授のクレイグ・スタークさんは、「たくさんの刺激のある環境」を作り出すために、ちょっと意外なものが活用できるのでは?と考えている。
記憶する力を向上させるためにレテビゲームが役に立つと語るクレイグ・スターク教授
「刺激がある環境に身を置くために私たちは何ができるでしょうか。『みんな世界中を旅するべきだよ!』とあなたは言うかもしれません。それも良いでしょうけど、実際には数カ月ごとに世界旅行に出かける経済力をみんなが持っているわけではありません。でも現代には、それを実現してくれる便利なものがあります。それは「テレビゲーム」です。
こうしたゲームには驚くほど豊かな世界が用意されています。細やかなところまで作られており、魅力的です。才能あるアーティストやエンジニアが集まって、何百万ドルも投じて作り上げられたゲームの中にはすばらしい経験が準備されています。私たちは普段ゲームをやらない被験者たちを対象に、ゲームをやる場合とやらない場合とで、細かい違いを見分けて記憶する力がどのように変化するかを調べました。その結果、未知の世界を探検したりするゲームをやった被験者では、記憶力が向上する、という結果が出てきたのです」



*


□ 認知症を食い止めろ!世界最先端の治療戦略

認知症の中で最も大きな割合を占めるのがアルツハイマー病。
アミロイドβという蛋白質が神経細胞を壊すことで起きると考えられている。
これまでアミロイドβを分解する薬は作られて来たが、 薬を投与しても脳の神経細胞にまで届けられなかった。

ウィリアム教授が開発したアルツハイマー病の薬。
インスリンで脳の血管の壁を通り抜けることで、薬の成分を脳に運ぶことに成功した。

アルツハイマー病と共通点の多いハーラー病の、薬を使った臨床試験が行われた。
ハーラー病は、GAGと呼ばれる物質が子どもの脳に溜まり、神経細胞のネットワークが蝕(むしば)まれる。
認知機能や運動機能に障害が出る難病。
インスリンで脳の血管の壁を通り抜けることで、薬の成分を脳に運ぶことに成功し、多くの患者たちに改善が見られた。


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※ 番組の解説

CG---海馬の中にある歯状回の神経細胞。


さらに最新の研究では、この歯状回で新たに生まれる神経細胞の成長を、体のある臓器から届けられるメッセージ物質が後押ししているのではないかと考えられている。
その一つが、私たちが物を食べたりした時に「膵臓(すいぞう)」から出される「インスリン」。
サウスカロライナ大学のローレンス・リーガン教授によれば、インスリンが届いている時と届いていない時とで神経細胞の成長を比べたところ、届いていない時には細胞の成長が格段に落ちると言う。
体の中を行き交うメッセージ物質の影響を大きく受けながら、私たちの脳は働いている。そんな脳の姿が、今、明らかになりつつある。
「究極のネットワーク臓器」脳の解明が、認知症治療に繋がる。
体の臓器と密接に繋がりながら、同時に、それ自身で独立した「ネットワーク臓器」となっている。
脳をそう捉えることで、私たちを悩ませる深刻な病を克服する道筋が見え始めている。その病とは、認知症。
認知症は、一説によればアミロイドβと呼ばれる有害な蛋白質が脳の中に溜まることで、神経細胞のネットワークが侵され、発症すると考えられている。
このアミロイドβを分解する薬を脳に送り込むことで病気の進行を止めようという試みが始まっている。
その時にカギとなるのが、膵臓から脳に届いていた「インスリン」。
アミロイドβの分解薬はとても大きいため、点滴で血液の中に送り込んでも、普通の方法では脳の血管の壁を擦り抜けて薬を神経細胞へと届けることはできない。
しかし、同じく巨大な物質である「インスリン」は脳の血管の壁を擦り抜けることができる。
そのメカニズムを解明し、アミロイドβ分解役を脳へ送り込むのに応用しようというプロジェクトが始まっている。
CG---薬がカプセルに包まれて血管の壁を通過して行く。


さらにインスリンが脳の血管を擦り抜けるメカニズムを応用して作られた、「ハーラー病」という脳の病気の薬の治験。
ブラジルのポルトアレグレという街で3年前から行われ、大きな成果を挙げ始めている。

詳しくは、「認知症治療の切り札に!?“血液脳関門”突破の最新プロジェクト」を参照。
認知症治療の切り札に!?"血液脳関門"突破の最新プロジェクト
南米・ブラジルの南の端にあるポルトアレグレという街で、認知症の進行を食い止める特効薬の開発に繋がるのではと注目を集める、或る薬の治験が行われている。
週に一度、市の中心にある大学病院には3歳から16歳までの子どもたちが、母親に連れられて次々とやって来る。
「GAG(グリコサミノグリカン)」と呼ばれる物質が細胞の中に溜まることで引き起こされる脳の難病、「ハーラー病」を患う子どもたち。

新たな治療薬によって、病状が改善されつつあるハーラー病の子どもたち。ハーラー病と認知症の治療薬は同じ課題を抱えている。


1000億あると言われる脳の神経細胞にGAGが蓄積すると、運動機能や認知機能に大きな障害が出てしまう。
通常、私たちの細胞にはこのGAGを分解する酵素があるが、極稀れに、生まれつきこの酵素の働きが不十分だったり、酵素自体を持たずに生まれたりする子どもたちがいる。
そこで子どもたちは、このGAGを分解する薬の点滴を受けるために病院を訪れていたのだ。
認知症薬開発の鍵を握るハーラー病の子どもたち
病室にいた子どもたちの中で、一際、症状が重かったのが、10歳のルイス・オリベイラ君。
自分の足で歩くことがままならず、はっきりとした言葉で会話を交わすこともできない。
母親のゴレテさんは、1000キロ離れたサンパウロ州ジョアノポリス市に夫と19歳の長男を残し、ポルトアレグレの狭いアパートホテルに滞在しながら、子どもの治療に付き添っている。「これまでさまざまな治療法を試してきましたが、症状はまったく良くなりませんでした。この新しい薬だけが、私たちに残された希望なのです」と、ゴレテさんは点滴に繋がれたルイス君の枕元で話してくれた。
歩くことも、話すこともままならなかったルイス・オリベイラ君。劇的に症状が改善されつつある。
薬の物質が届かない!脳の血管の"特別な関門"
ハーラー病の患者たちには、これまでも「GAG」を分解する薬を脳に送り込む治療が試みられて来たが、効果が上がらず、患者の中には10歳前後で命を落とすケースも少なくなかった。
通常、点滴や錠剤の服用などで私たちの血液中に溶け込んだ薬の物質は、血液に乗ってその薬を必要とする臓器へと移動し、血管から滲み出して臓器の内部へ届けられる。
それが可能なのは、血管の壁に薬が通れるだけの隙間が開いているから。
一方、脳の血管の壁の細胞は、互いに強く結合しているため殆ど隙間がなく、こうした薬が通り抜けられない。
脳の血管には「血液脳関門」と呼ばれる頑丈な防御壁がある。
なぜ脳だけに、このような特殊な構造があるのか? 
それは、血液中を漂う様々な物質が無秩序に脳に流れ込んで、神経細胞の働きに支障を来さないよう、血管が進化して来たため。
つまりこの関門は、脳の働きを健全に保つ上で重要な役割を果たす仕組み。
しかしその仕組みが脳の中に薬を送り込んで病気を治そうとする際には、これを阻んでしまう、いわば「諸刃の剣」になっている。
脳の血管壁の細胞は、隙間なくしっかりと結びついているため、薬が脳の内部へ届かない。


実は、この子どもの難病であるハーラー病の治療薬の開発に成功すれば、認知症の進行を食い止める特効薬の開発の道筋も見えて来ると期待されている。
その理由がまさに「血液脳関門」と関係している。認知症の中で最も大きな割合を占める「アルツハイマー病」は、一説によれば「アミロイドβ」という有害な蛋白質が脳に溜まり、神経細胞を壊すことで引き起こされると考えられている。
このアミロイドβを分解する薬を脳に送り込むことで病気の進行を食い止めようと、これまで多くのアミロイドβ分解薬が作られて来た。
血液脳関門を突破して脳に届き、アミロイドβを分解していると確認された薬は、未だ一つもない。
脳内に薬を届ける新たな仕組みが発見された!
今、治験が進められているハーラー病の新薬に秘められた、血液脳関門を突破するための画期的な仕組みとは一体、何なのか?
この薬を開発したベンチャー企業ArmaGen(アーマジェン)の研究所は、アメリカ・カリフォルニア州のロサンゼルス郊外に在る。
薬の開発の指揮を執るのは、「血液脳関門」研究の世界的権威で、15年前にこの会社を設立した、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)名誉教授のウィリアム・パードリッジさん。
認知症の薬剤開発につながる薬を開発し、治験を進めているウィリアム・バードリッジ博士
パードリッジさんが注目したのは、私たちが食事をして血糖値が増えた時、膵臓から血液中へと放出される「インスリン」だった。
インスリンも他の物質と同様、血液脳関門で跳ね返される筈なのに、なぜか関門を乗り越えて血管の壁を越えて脳の中に入り込めることが以前から知られていたから。
インスリンが血液脳関門を越えるメカニズムが分かれば、薬を脳へと送り込む手立てが見えて来るのではないか?
パードリッジさんは苦心の末、その詳細な仕組みを突き止めた。
インスリンが血管の壁にある「小さな突起」にくっつくと、血管の細胞膜が小さなカプセルを作ってインスリンを包み込み、そのカプセルごと血管の壁を越えて脳の中まで運んでくれる。この仕組みを利用して薬を脳に届けようとパードリッジさんは考えた。
CG---薬は薄い膜状のカプセルに包まれて血管の壁を通過して行く。


8人中7人の患者さんの症状が改善しつつある。1年半に亘ってポルトアレグレで続けられて来た治験は、大きな成果を挙げている。
現在、治験に参加している子どもは全部で11人。そのうち症状が重い患者8人のうち7人に、認知や運動の面で症状の改善がみられている。
「ハーラー病は、GAGが神経細胞の中に溜まり続ける病気で、これまでは症状の進行を抑えるだけでも大変でした。それが改善の兆候まで見せているのですから、薬が神経細胞に届いている可能性が高いと考えられます」と担当医のジュリアーニ医師は言います。ルイス・オリベイラ君も格段に改善の兆しを見せていて、母親のゴレテさんは手ごたえを感じています。「この子は人と関わり合うのが嫌いで、自分の世界に閉じこもりきりでした。でも今はいろいろなことに興味を示すようになってくれ、私たちとも気持ちを通じ合わせてくれるようになりました。もちろん私たちはこの子の病気がどれほど困難なものか知っています。でも、この薬と出会って私たちは希望を持てるようになりました。奇跡が起きることを願えるようになったのです」。

体の臓器と密接に繋がりながらも、その内部に高度なネットワークを築き上げて来た、「究極のネットワーク臓器」としての脳の姿が、番組を通して浮かび上がって来ている。



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□ 今回の放送内容についてスタジオトーク。

山中教授「脳はネットワーク中のネットワークで、全身のネットワークの物質を取捨選択している凄い臓器だ」。
ウプサラ大学の質量分析加速器は、人間の脳の細胞を分析することができて、人間の脳は90歳近くまで細胞が生まれていることが判明した。