Route Black -6ページ目

旅 その3

みんな死んでいきます。
人は必ず死にます。
うさぎも猫もみんな死んでいきます。

死ぬのだけは絶対だす。











極限で似るものの家(メインパビリオン)
使用法:
 何度か家を出たり入ったりし、その都度違った入口を通ること。
 中に入ってバランスを失うような気がしたら、自分の名前を叫んでみること。
他の人の名前でもよい。
 自分と家とのはっきりした類似を見つけるようにすること。もしできなければ、
この家が自分の双子だと思って歩くこと。
 この家に住んでいるつもりで、また隣に住んでいるようなつもりで動き回ること。
 思わぬことが起こったら、そこで立ち止まり、20秒ほどかけて(もっと考え尽くすために)
よりよい姿勢をとること。

知覚の降り立つ場:あらゆる出来事を識別すること
イメージの降り立つ場:知覚の降り立つ場と場のすき間を充たすところ
建築の降り立つ場:ディメンションや位置を確かにすること

 どんな角度から眺める時も、複数の地平線を使って見るようにすること。
 一組の家具は、他の家具との比較の対象として使うこと。
 遠く離れている家同士に、同じ要素を見つけること。
最初は明らかな相似を見つけ出し、だんだん異なる相似も見つけ出すようにすること。










人間の感覚って素直なのかな
誰に素直なの
正直な感覚って誰の為のもの
気づいてない感覚は
眠っているだけ
それとも気づかなくていいもの
神様はきっとみんなに平等
オイラの神様は、、、



先日、白人の友達と飯食ってる時に彼女が言っていた。
その場ではうまく聞き取れなくて家に帰って辞書を引いた。
それでも意味はわからなかった。
彼女にたずねると、
『凝り固まってないか、まだはじまってもいないくせに!』
と、
彼女は18歳。僕26歳。
『はい』
と、僕。

もっともっと見えると思うよ。
もっともっと耳をすませ阿呆ンだら!



名古屋から名鉄特急、東海道本線乗り継いで約4時間半かけて熱海へ。
旅の疲れを癒し、~幕~  
---序章---


hajimariはじまり〜

白い律動の魔法使いの年

何かと理由をつけて走りたくない夜も朝もある。
別にそんなに走ったからといってどうなるんじゃ~い、
無理に運動なんかしなくてもえーわい、
好きな時に走ればいいじゃん、
ちょっと曇ってるしさ、
いぃや気分転換するもん。
するもんとかもうそれおかしいもん。
今年はもうレース出る予定もないしな、
でも汗だっらだらかいた後のビール美味しいんだよな。
でも今日は、今日は走んなくてもいいんじゃない、
一杯仕事したし一杯飲んで電車で帰れば、
明日も早いし無理しなくても、
それか飲んで走んないで歩いて帰れば。

電車もバスも頭にくるんだよな~。

いろんな誘惑に勝ち渋々走り始める。

ぎりぎり超えてはならないラインもある。
時には超えてもいい気もする、
甘えかな、、
張りつめた一本の糸だけは切らさない様、
そうゆう日に限って神様はプレゼントを与えてくれる。


ぎりぎり、
ギリギリの時にしかくれないのね。

kissして夏の思い出とさよならをした。

そして汗だくでコンビニに寄った。
小さい買い物をして財布の中の小銭がぴったしなくなった。
こういうことは5年に1回くらいある。
5年に1回といっても物心ついて自分で買い物をする様になってからだから、
結局今まで2回くらいしかないのだ。
その1回が今日あった。
しかし昔のあの1回の、
あの感覚とはまるっきり違った。
別にちっともうれしくない、
よっしゃーー、
うぉーーーすげー、すごくねっ、
ってのもなかった。
その事、そんなことって途中であって、
クライマックスでもなんでもない。
ぴったし金がなくなって人生が終わるならなんかカッコいいかもしれないけど、
また次買物をすれば、今度は札しかないのだから必ずまた小銭ができる。
数年前のドキドキした感覚と、
数年後のわくわくしない感覚って成長とイコールするのかな。

そんなこんな休日前。

カブトムシは今も好きかも。

東京

東京に出てきて約7年が経ちました。
新宿、渋谷、原宿、代官山。夢の様な街でした。
それしか知りませんでした。
7年経っても毎回のように新鮮で飽きない街。
勿論、街を歩いてて知り合いに会うなんてことは絶対にありませんでした。
7年も経つと知り合いも少しずつ増えたのか、
最近では出かけるたびに知ってる人に会う様な気がします。
駅のホームに立っていると昨日の事すら懐かしく感じます。
東京の駅のホームってなんだか凄く切ない。
いい意味でも悪いことでもなく、
なんだか過去を全部背負ってる、っていうことが目に見える。
田舎のホームではそれがない。
東京というのはだいたいの人にとってホームではなく、アウェーだからいつもなにかしら大切なものを背負って生活しているのだろう。
地元の場合は大切なものは、実家に置いていける。

毎日毎日いろんなものを架空のリュックに背負って生活していたせいか、
久しぶりに体調を崩した。 

『十六年は一昔、夢だ夢だ。』
何年か前、歌舞伎座で観た熊谷陣屋と、
高円寺駅に立っている、
なにもかもが様変わりしてみえる自分と、
何も変わらない自分が繋がって、
こんなにモワモワした最高な天気の下で,
センチメンタルになっていた一日でした。
その時、熊谷陣屋で熊谷次郎直美を勤めた中村吉右衛門が今日、人間国宝に認定された。
それを知ったのは阿佐ヶ谷ででした。
いつの時代も無常で無常だ。

上京→架空のリュック→御センチ→歌舞伎→人間国宝→とんかつ

10年後アジアのどこかで誰かと偶然会うことがあるのでしょうか。
20年後ヨーロッパのあの地であなたに偶然出会うのだろうか。
50年後アマゾンの奥深くでまだ見ぬ素っ裸のあなたにばったり会うのでしょうか。

帰りに吉祥寺でとんかつを食べた。
とんかつなんか大概どこだって美味しい。
不味いとこを知ってる方が教えてほしい。
それぐらい美味い。
ここのは別格。
安くはないよ。
熱々。
大概どこだって熱々だけどここのは違う。
みそ汁もなみなみ。
ビール、ギンギン!
キャベツが青い。
とんかつ以外も最高に美味い。
白米は香りがいい~。
とんかつ熱々。
また一つ東京で好きな店が増えた。


しかし男はいつもこうだ。



いい女だね~。



東京メトロで素敵な旅を!

fulusato


神々の母であるイザナミノミコトと、
火神カグツチノミコトが葬られている日本最古の地、
花の窟。
70mもの巨岩そのものを御神体とし、
そこには日本古来の自然崇拝の姿が残っている。
古来からエネルギーを集め続けてるかの様なそんな熊野のあまりにも巨大な神様を目の前にするとオモワズ足が竦む。
岩の下までなかなか行けない、ようやくその真下に立つと、鳥肌が立ち頭は真っ白になりただひたすら、
(深呼吸をしよう。)
と、そうつとめるだけでした。
身が引き締まり炎天下の中というのを忘れ、どれだけの時間居たことだらう。
最初はドキドキいっていたのが、それが慣れると心地よく、
ずっとそこに居たいような、
甘えたいような、
守られたいような、
そんな母性の様なものを感じました。
しかし見上げると恐ろしい♡


その夜、三重の美味しい魚をつまみに酒飲んでフラフラになりながらホテルまで帰っていたら、無意識に赤信号を渡っていた。
ヤベぇと思ったら車のライトがすぐそこまで点(き)ていた。
慌てて避けようとしたが車がわざわざ避けて反対側車線を走ってくれてて間一髪!
クラクションも怒鳴り声もなかった。
一瞬ちらっと運転席をみたら綺麗なお姉さんがウインクしていた。
おっしゃれ~~!☆♡
かっちょいィーー!!
一気に目が覚めたネ☆

1000年前だろうと今現在だろうと魅力的なものは変わったり、変わらなかったり。
矛盾してるようだけど、適切に表を現してると思うよ。


言葉や姿、香りに味わい。
日々流れ、変化し、乱れ、狂い、オスに飛びかかる!

あの~、なんだろ。。

全然出てこない。





that's all


熊野市から紀伊本線、
近鉄名古屋急行、養老鉄道乗り継いで、
約5時間。
旅はまだまだ続く。



最好的時光

瞬間的にバァーって走る感覚は思ってしまった事なのでもうどうしようもない。

満開の桜が悲しくなってきたお年頃。
春風に豪快に散っている時季の方が綺麗で気持ちが良い。
そんな桜吹雪の中の、日常のランニングの中で、
黙々と
淡々と
ただ走るという行為の繰り返しの中で、
そんな年の春に、今回の出会いがありました。
よし、伊勢に行こう。

2000年の歳月を26年の歳月がどう感じる?!




皇室の御祖神の天照大神をお祀りする内宮。(皇大神宮)
豊受大神をお祀りする外宮。(豊受大神宮)

14所の別宮
43所の摂社
24所の末社
42の所管社



炎天下の中、一日かけてのんびりお参り。
おかげ横丁で赤福氷を一瞬で食べ、
何てったって炎天下だからね、一瞬でドッロドロで餅が出てきちゃうからね。
そして五十鈴川で句を読み、おっとそれは嘘だ、、。
しかしいいね!あの感じ!
感じなんだよなぁ、あくまで、感じ!
文字じゃだめ、言葉じゃダメ、写真じゃ駄目駄目だね。

っつーことでそのなかの一つ、
風日祈宮(かぜひのみのみや)という風の神様をお祀りしている別宮でお参りしていたら、
そこでもの凄い風が吹き周りの木々も一斉に祈りのような雄叫びをあげたが、
しかしそこは静寂そのもの。
他の所では無風、真夏のモワモワしたベタベタな感じがそこでは別世界。
そこだけ時空が違う。
神が風に宿る、風が神を呼ぶ、風が蟹、間違えた、風が神。
神はやはり見えない。
ただ、神風を見た、とも言える。
風の中に一瞬、星の様なものが見えた。

瞬間的にバァーって走る感覚は思ってしまった事なのでもうどうしようもない。

何億光年も経て、星のひかりが届くように。
地上から、いくらロマンチシズムに願いを込めたとしても、
星に願いが届くのは、そして何らかの答えが返ってくるのは、
すべてが終わってからなのだろう、、
、、それでいい。

走るという事
祈るという事

神宮では神様は見えないのですよ。と、掃除しているおじさんが話してくれた。




神様が見えない。
何か、いろんな事が自分の中で繋がったり離れたりしている。

当たり前のような、
普段、神様を見てるつもりになっていた。
いざ、見えないものなのですといわれると、見えない事がなんだか珍しいような。
不思議な感覚。
あれっ、見えないの?
見えると思ってた。
えっ、見えてたよ、いや、見えてないか。
良く考えると見えるわけはない。か、、

神様は見えない。
神風は見えた。



はじめての土地を訪れ、その地で食し、休み、身を委ねていると、
自分が何処から来たのかはっきりわかる場合と、
自分が何者で何処からやって来たのかさえわからなくなる事もある。

瞬間的にバァーって走る感覚は思ってしまった事なのでもうどうしようもない。

伊勢に行こうと思ったのは自分で実際伊勢にいるのも自分。
祈っているのも自分で、自分の中の神様は自分の中にいる。
自分。

神様は見えない。

氷は暑ければ溶ける。

桜は散る。

走り出したらいつかは止まる。

伊勢市から熊野市まで三宮線と紀勢本線で約3時間半。
時間はかかるがローカル線の旅は楽しい。
その土地の生活が垣間見える。
、、当たり前か。