最好的時光
瞬間的にバァーって走る感覚は思ってしまった事なのでもうどうしようもない。
満開の桜が悲しくなってきたお年頃。
春風に豪快に散っている時季の方が綺麗で気持ちが良い。
そんな桜吹雪の中の、日常のランニングの中で、
黙々と
淡々と
ただ走るという行為の繰り返しの中で、
そんな年の春に、今回の出会いがありました。
よし、伊勢に行こう。
2000年の歳月を26年の歳月がどう感じる?!
皇室の御祖神の天照大神をお祀りする内宮。(皇大神宮)
豊受大神をお祀りする外宮。(豊受大神宮)
14所の別宮
43所の摂社
24所の末社
42の所管社
炎天下の中、一日かけてのんびりお参り。
おかげ横丁で赤福氷を一瞬で食べ、
何てったって炎天下だからね、一瞬でドッロドロで餅が出てきちゃうからね。
そして五十鈴川で句を読み、おっとそれは嘘だ、、。
しかしいいね!あの感じ!
感じなんだよなぁ、あくまで、感じ!
文字じゃだめ、言葉じゃダメ、写真じゃ駄目駄目だね。
っつーことでそのなかの一つ、
風日祈宮(かぜひのみのみや)という風の神様をお祀りしている別宮でお参りしていたら、
そこでもの凄い風が吹き周りの木々も一斉に祈りのような雄叫びをあげたが、
しかしそこは静寂そのもの。
他の所では無風、真夏のモワモワしたベタベタな感じがそこでは別世界。
そこだけ時空が違う。
神が風に宿る、風が神を呼ぶ、風が蟹、間違えた、風が神。
神はやはり見えない。
ただ、神風を見た、とも言える。
風の中に一瞬、星の様なものが見えた。
瞬間的にバァーって走る感覚は思ってしまった事なのでもうどうしようもない。
何億光年も経て、星のひかりが届くように。
地上から、いくらロマンチシズムに願いを込めたとしても、
星に願いが届くのは、そして何らかの答えが返ってくるのは、
すべてが終わってからなのだろう、、
、、それでいい。
走るという事
祈るという事
神宮では神様は見えないのですよ。と、掃除しているおじさんが話してくれた。
神様が見えない。
何か、いろんな事が自分の中で繋がったり離れたりしている。
当たり前のような、
普段、神様を見てるつもりになっていた。
いざ、見えないものなのですといわれると、見えない事がなんだか珍しいような。
不思議な感覚。
あれっ、見えないの?
見えると思ってた。
えっ、見えてたよ、いや、見えてないか。
良く考えると見えるわけはない。か、、
神様は見えない。
神風は見えた。
はじめての土地を訪れ、その地で食し、休み、身を委ねていると、
自分が何処から来たのかはっきりわかる場合と、
自分が何者で何処からやって来たのかさえわからなくなる事もある。
瞬間的にバァーって走る感覚は思ってしまった事なのでもうどうしようもない。
伊勢に行こうと思ったのは自分で実際伊勢にいるのも自分。
祈っているのも自分で、自分の中の神様は自分の中にいる。
自分。
神様は見えない。
氷は暑ければ溶ける。
桜は散る。
走り出したらいつかは止まる。
伊勢市から熊野市まで三宮線と紀勢本線で約3時間半。
時間はかかるがローカル線の旅は楽しい。
その土地の生活が垣間見える。
、、当たり前か。
満開の桜が悲しくなってきたお年頃。
春風に豪快に散っている時季の方が綺麗で気持ちが良い。
そんな桜吹雪の中の、日常のランニングの中で、
黙々と
淡々と
ただ走るという行為の繰り返しの中で、
そんな年の春に、今回の出会いがありました。
よし、伊勢に行こう。
2000年の歳月を26年の歳月がどう感じる?!
皇室の御祖神の天照大神をお祀りする内宮。(皇大神宮)
豊受大神をお祀りする外宮。(豊受大神宮)
14所の別宮
43所の摂社
24所の末社
42の所管社
炎天下の中、一日かけてのんびりお参り。
おかげ横丁で赤福氷を一瞬で食べ、
何てったって炎天下だからね、一瞬でドッロドロで餅が出てきちゃうからね。
そして五十鈴川で句を読み、おっとそれは嘘だ、、。
しかしいいね!あの感じ!
感じなんだよなぁ、あくまで、感じ!
文字じゃだめ、言葉じゃダメ、写真じゃ駄目駄目だね。
っつーことでそのなかの一つ、
風日祈宮(かぜひのみのみや)という風の神様をお祀りしている別宮でお参りしていたら、
そこでもの凄い風が吹き周りの木々も一斉に祈りのような雄叫びをあげたが、
しかしそこは静寂そのもの。
他の所では無風、真夏のモワモワしたベタベタな感じがそこでは別世界。
そこだけ時空が違う。
神が風に宿る、風が神を呼ぶ、風が蟹、間違えた、風が神。
神はやはり見えない。
ただ、神風を見た、とも言える。
風の中に一瞬、星の様なものが見えた。
瞬間的にバァーって走る感覚は思ってしまった事なのでもうどうしようもない。
何億光年も経て、星のひかりが届くように。
地上から、いくらロマンチシズムに願いを込めたとしても、
星に願いが届くのは、そして何らかの答えが返ってくるのは、
すべてが終わってからなのだろう、、
、、それでいい。
走るという事
祈るという事
神宮では神様は見えないのですよ。と、掃除しているおじさんが話してくれた。
神様が見えない。
何か、いろんな事が自分の中で繋がったり離れたりしている。
当たり前のような、
普段、神様を見てるつもりになっていた。
いざ、見えないものなのですといわれると、見えない事がなんだか珍しいような。
不思議な感覚。
あれっ、見えないの?
見えると思ってた。
えっ、見えてたよ、いや、見えてないか。
良く考えると見えるわけはない。か、、
神様は見えない。
神風は見えた。
はじめての土地を訪れ、その地で食し、休み、身を委ねていると、
自分が何処から来たのかはっきりわかる場合と、
自分が何者で何処からやって来たのかさえわからなくなる事もある。
瞬間的にバァーって走る感覚は思ってしまった事なのでもうどうしようもない。
伊勢に行こうと思ったのは自分で実際伊勢にいるのも自分。
祈っているのも自分で、自分の中の神様は自分の中にいる。
自分。
神様は見えない。
氷は暑ければ溶ける。
桜は散る。
走り出したらいつかは止まる。
伊勢市から熊野市まで三宮線と紀勢本線で約3時間半。
時間はかかるがローカル線の旅は楽しい。
その土地の生活が垣間見える。
、、当たり前か。




