朝寝坊弁慶のささやかな交湯録 -67ページ目

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

コロナで人間ドックが取りにくい。確定申告の期間中に予定を取れれば一石二鳥で1日ですむのだけれど、今年も去年同様1月に予約の連絡をしたのに3月末なってしまった。

確定申告は去年との違いは、コロナになるか濃厚接触者になるか、なんらかの直接的影響がないと申告期間の延長が適用されない。医療費で帰ってくるのは1万円かそこらだけど、昨年は映画ミュジコフィリオを支援できる京都市のふるさと納税に3万円、ついでに明らかに官制脱税的な物もやったので、その分だけでも7万円帰ってくるだよね。官制脱税だという立場は変わらないけれど、時にはそれを上回る価値観もあったりすることが去年はあったんだ。価値観は一つではないんだよ、感情を持つ人間だからね。

それはそうと、人間ドックだから久しぶりに歩くことにした。秋はずいぶん歩いたけれど、冬はただ太っただけだったからね。

何処に行くか考えたら、それはやはり秩父が歩き慣れてるかもしれないということになり、それでは何処辺りを歩くかを考えたら、再び巡礼の道に沿って歩くのが良いと思った。


初めての試みとして、まずはバスで寄居駅まで移動し、秩父線に乗り換える。


そして、今日から秩父鉄道もSuica使えるんだかんね😤


大野原の駅で降りたら梅の香りがした。桜と違って梅は香りがあるのが良いな。


上野原駅から50mくらい熊谷よりの踏切。秩父鉄道のデキ100形は、1950年から63年の製造なので、うちの車とか弁慶とかと同じ世代だよ。


そのデキ100形を待つ踏切の向こう側にあるのが、稲荷神社ならぬ伊奈利神社って表記になっている神社。

なんだろっと思って調べてみると、稲荷神社の元締、伏見稲荷大社は、もともとは伊奈利社と呼ばれていたそうで、それを稲荷という表記に変えたのは、なんと空海さん。その稲荷神社を狐神と関係付けたのも、空海さんなのだそうだ。もともとの伏見稲荷大社は渡来人の秦氏の氏神。


伊奈利神社は秩父愛宕神社の境内にある。

一気にぽかぽかと春本番の陽気になったので、国道140号にはバイクが多いなあ。


そこからは十八番札所に移動して、番号を逆に辿った。十六番札所に来たら、隣の秩父夜祭の山車の倉庫から太鼓囃子の練習が始まった。御朱印を貰いに行くと、時々練習しないと太鼓もダメになるからたまにあるのだそうで、ちょうど良い時に来ましたねとお寺の方が仰った。


十五番の少林寺まで来て、15時くらいから遅い食事に向かう。このパリー食堂も魅力的だけど、今日の目的地は別にあった。


ハイランダーイン秩父。古民家を改造したブリティッシュバー。


ずらっと並ぶウイスキーのボトルの中にはイチローズモルトのボトルも多い。


フィッシュ&チップスのSサイズ。ハギスを食べてみようと思ったんだけど、口に合わなかったら嫌だなあと決心がつかなかった。ハギスってまだ食べたことないし、不味いという噂しか聞いたことないし😅。

かわりにオリジナルのカレーを食べた。牛肉が形の無くなるちょっと手前まで煮込まれた、美味しいカレーだった。


ハイランダーイン秩父の近所の惣円寺は浄土宗のお寺なんだけど、河童もいれば真実の口もある😵。

そんなこんなで、歩いたことは歩いてんだけれど、



翌日に着た去年買った革ジャンがパツパツだった。だめだろ、これじゃあ。


ね。




ウラルを走らせて秩父方面に行ってきました。これはドラレコで記録した映像ですが、カメラはサイドカーの先端についています。サイドカーにとってワインディングロードは操作が難しいです。特に右に曲がるのは怖いんですよ。


このウラルというサイドカーは、ロシアで生産されてはいますが、実は現在はアメリカ資本で、本社はアメリカにあります。冷戦時代の終了を象徴のような車両でありますが、それゆえに今回の侵略戦争では困ったことになっています。


現在、工場での新車生産は停止されましたが、部品の生産は続けているそうです。ただし、それが輸送できるとは限りません。




早く平和が取り戻されることを祈ります。


ユニセフのウクライナ緊急募金


こちらと、楽天でも募金があったので、溜まったポイントで募金させてもらいました。


さて、寒さとラリーの準備があったので、久しぶりのウラルでしたが、巡礼した時に何回か前を通って気になっていたお寺に行ってみました。



二十三夜寺。通称です。


正式には師慶山医王寺といい、真言宗豊山派のお寺となります。


秩父十三仏巡礼のお寺で、聖徳太子の創立、本尊は勢至菩薩。地元の人たちからは、三沢の三夜様と呼ばれ、親しまれているそうです。


なぜ気になったかといえば、二十三夜寺という名前ゆえです。二十三夜といえば、月待講。月待講で二十三夜と言えば勢至菩薩。


来てみればやはり勢至菩薩が本尊ということだし、三夜様というのも二十三夜待が三夜待とか三夜供養と呼ばれていたことにも通じます。




仁王門。ここまで来るのもずいぶん登ります。




本堂は更に登ります。段々畑みたいに山の斜面を開いて作られたのでしょう。本尊は勢至菩薩ですが、愛染明王の旗が建っていました。




球歴の二十三日限定の御朱印は愛染明王でした。愛染明王は月待講だと二十六夜待の本尊なんですけどね。




薬師堂とお地蔵さん。


聖徳太子がこの地を訪れた際に、諏訪明神から夢の中でお告げを受けた。ここは仏法隆盛の地であると感じた太子は、自ら薬師如来の像を彫刻して草庵に安置、医王善逝の寺としたという縁起があるそうです。


その後、聖武天皇の時代に行基菩薩が巡訪され、勢至菩薩を安置し、師慶山観音院と名付けた。


秩父観音巡礼のお寺でも行基作の観音像はいくつかあったので、この辺になるとずいぶん現実味のある話しになりますね。その後に弘法大師が来る話になるのですが、まあこのへんで。




梅が咲いてました。良い天気で予報より暖かく感じました。


ね。



2月28日は、ひたちなかで、プロスペクトアベニュークラシックカーラリーが開催されました。



寒いからクローズドなのかといえば、最近猫が忍び込むからクローズドなのです。



ドイツが降伏して時、イギリスに接収されたフォルクスワーゲンの工場で生産されたビートルです。


国産が3台並んでいます。フェアレディZはサファリクラシックラリーに参加する為に仕上げている車両です。


優勝は、前回に引き続き、我が師匠、砂原・仮屋チームでした。

あっさりですけど、今回、これくらいしか写真撮ってないの😅



あ、これも撮ったね。ジーロの主催者チームが今回参加したけど、3人で来たから、




1人はお預かりしました(爆)。でも距離計をリセットする以外はお願いしておりません。


SP1と2は、指定された速度でシークレットなゴールまでの区間を走れという設定で、SP3はSP2のゴールから、そこに表示された指定速度で走れという設定だったのですが、これが何処に書いてあるのかわからなくて、適当に予想して走ったら約5kmの区間内で1分以上の遅れをくらいました😱。


SP1は2秒、SP2は11秒(この2つは2km〜3kmの区間だったと思われます)の誤差だったのは終わってから確認しましたので、まあ上手くいったとしてトータル30秒くらいかな。トロフィー圏内はどっちみち無理でした😓。ま、仕方ないです。


ね。

オリンピックで4月に延期された番組が、繰り上げで今週末に放送されることになったらしい。



浦和から高崎まで旅する途中で、本庄に寄った。本庄の前には和菓子屋に寄ったらしいのは、Twitterにアップされた写真で知っているが、その後はわからない。タクシーに乗って走り去ったよ。



オリンピックが終わるのを待っていたように、ウクライナにロシアが侵攻した。



なんてことだろう。今は21世紀だというのに。




こっちは半額を国境なき医師団に寄付する。ロシアサイドカーにこれ、貼って走るよ!


ステッカーは冒頭の番組で出る本庄のお店にも置いておく。


ね。

幸せを呼ぶ初午大根焚き。だいこんだきではなく、だいこだき。それに全て三千院が付けた名称で、私が幸せを呼ぶと付けてるわけではないんよ。



さて、はるか大原は適当に言うと4年ぶりくらいになる。遠いようで、その気になるとそんなに遠くない。



京都駅から烏丸線の終点、国際会館前まで行って、バスに乗り換えるが、バス停は以前と違って宝ヶ池通りを渡ったところにあった。



三千院へはバス停からはわずかに登る川沿いの道、里の道で約10分。門前には数軒の食事と土産物の店が並ぶ。参拝料は700円。

靴を脱いでビニール袋で持って移動する。



まずは客殿で元三大師像にお詣りし、その先の庭を眺めながらお茶を頂く。600円だったかな。別に頂かなくてもいいんだけど、急ぐ必要を否定したいから、あえて飲む。この4年で観光というかなんというかだけど、見て回るスタイルがずいぶん変わってきたと思う。

廊下伝いに宸殿に移動して、伝教大師作と伝わる薬師瑠璃光如来にお詣りすると、そこからは庭にでる。



往生極楽院の阿弥陀如来にお詣りする。この御堂は、恵心僧都の建立と伝わる。以前来た時はここで法話を聞いたんだけど、今日はないのかな。堂内には3人の僧侶が居て祈願の受付みたいなことをしていた。



そして前庭にある、わらべ地蔵は撮影スポットということで、カメラ女子も多い。







金色不動堂に向かう石段の左の弁財天像。弁財天はヒンドゥー教の神様サラスヴァティー、河の化身で持っている楽器はヴィーナという。仏教は他宗教の神様もみんな取り込んじゃうおおらかさが面白いと思う。



この日に来た目的の幸せを呼ぶ初午大根焚きに到着。大根焚きというとほとんど12月で、ニュースでやったりする有名なのは、千本釈迦堂の大根焚きだけど、三千院は2月なんだよね。

その前に金色不動堂で不動明王の御真言を唱えお詣りして、御朱印をもらって大光焚きのお接待を受ける(無料)。



大根焚き。ニュースで見る千本釈迦堂の物より色が薄いね。本来はここで頂くことが出来るんだけど、コロナなので持ち帰りだけとなっている。だから箸がない。そうだよね、箸はないよな😓。



芹生茶屋
075-744-2301
京都府京都市左京区大原三千院畔 
https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260504/26007376/

門前の一番手前のお店。料理旅館で温泉も有する芹生の系列店。



大原女(おはらめ)

もっと軽く、蕎麦だけとか団子とか餅とかいろいろあるのに、よりによってセットメニューを頼まなくたってねえ😓。でも美味しそうだったんだよ。

お店の方にお伺いし、大根焚きもここで頂いた。思ったよりでかいんだな、これが。

そんなこんなで、大根焚きのテントの裏にある観音堂にお詣りするのを、ころっと忘れたし、奥の庭を散策することもなかったんだけど、4年前に購入した念珠を買い替えることは忘れなかった。



左が今回購入した念珠で、珠がちゃんと108個ある僧侶規格的な物。同じ緑鳳という木製だけど、4年分の腕の脂で右の物は色が濃いね😅。右は千円、左は三千円だったかな。

いつでも何処でもふと目についたお寺とか寄るので、数珠に代わる物は持ち歩いていた方が良いと思っている。みんな神様の前ではニ礼ニ拍手一礼するみたいな物だよ。みんな神様にはけっこう真面目にお詣りするよね。お寺でパンパンしちゃったりするのに(笑)。

大原には三千院のほかにもお寺がいくつかあって、中には宿坊をやってお寺もあるんだけど、今回は前回回れなかったお寺を回ることにした。



魚山 実光院

勝林院を本堂とする僧坊の一つ。後鳥羽天皇・順徳天皇陵の向かい(三千院とは逆側)にある。



磐石(けいせき)

声明(しょうみょう)、音階を付けて唱えるお経を練習するための楽器。本堂である勝林院は天台声明の聖地。



客殿から眺める契心園庭園、その奥には旧理覚院庭園が広がり、そちらは散策できる。



旧理覚院庭園へ向かう途中から見える契心園庭園と客殿。客殿には本尊の地蔵菩薩、そして欄間には三十六詩仙の絵。



次に回ったのは念佛寺。大原らしくなく新しく見える寺だったが、後醍醐天皇の第三皇子護良親王の創建と伝わる。昭和9年10年の台風で倒壊、流出するも、昭和13年に再建された。

間伐材を利用した御朱印帳があるのだが、御住職は不在のようで、御朱印もまた頂くことが出来なかった。


帰りは17系統で河原町三条まで。


新潟の緑川酒造の古緑川は、持ち込み。9時までだから早めに行った。


で、翌朝はギックリ腰でどこにも行かずに帰ってきたんよ。立ち仕事で痛くなって、それが慢性化してしまったらしい。ぜんぜん良くならないだけど、ヘルニアって診断された時のような足の痺れとかはないけど、こんなに痛くなったのは初めてだった。

ね。