朝寝坊弁慶のささやかな交湯録 -36ページ目

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

盆も過ぎたのに、まだ祇園祭である😅


ホテルにチェックインして少し休んでから八坂神社へ古い厄除粽を納めにいった。


南側の門から入ろうとしたらガードマンに止められてしまい、何かやってるのかなと四条通りのほうに回った。



すると本殿前にはロープがはられ、ただならぬ空気が漂っている。スマホで調べて見ると、延暦寺から僧侶を招いて八坂礼拝講というのが19年ぶりに行われていると書いてあった。



少なくとも30分は待っていたと思う。僧侶達が出てきた。祈祷をする声でわかったが、無動寺谷の叡南浩元大阿闍梨も参加していた。


八坂神社は明治維新の廃仏毀釈以前は、祇園社、あるいは感神院といい、神仏習合の神社であり、比叡山延暦寺の別院であった歴史がある。



現神主は2033年の祇園感神院の復元事業に取り組んでいるのだそうで、神仏習合の形を整えて行きたいのだそう。



八坂神社の斜め前の祇園石屋



そのはなれ あんず家



汁物は鱧でした。



焼物は焼いての提供、タン



なんだっけ爆



ユッケ



大黒しめじ、ひろうす


ひろうす=飛龍頭と書く。これは何?と聞くと、「関東でいう『がんも』です。『がんも』やないけど。」ということになる。何が違うかというと、具に意味があって、龍の鱗に見立てた百合根、目に見立てた銀杏、髭に見立てたひじきなどという具材を豆腐で丸めて揚げている。だから、がんも。でも、がんもじゃない(爆)。



四条大橋は、コロナ前よりは、まだ空いている。空いてないけど笑。先斗町に川床が並んでいる。



八坂神社の御旅所にお参り。



で、祇園に戻って会員制バーへ。



西瓜は大好物なんだよね。



まあ、普通にチーズをおつまみに、大人しく。


ね。

祇園祭である。京都人ではなくても、あの風情はなんとなく恋しい。しかし、この時期の京都は暑苦しい。気温も湿度も人の密度も高い。



満月寺は滋賀の堅田の寺院で、あの恵信僧都が湖上の安全運行と人々の安寧を祈って建立した。恵信僧都は横川の僧都のモデルというだけあって、比叡山横川で修行した。横川から山を降れば坂本であり、この堅田も遠くはない。



有名な浮御堂。千仏閣、千体仏堂とも呼ばれるように、堂内に多くの仏像が安置されている。室戸台風により倒壊し、1937年に再建された。



本堂は観音堂で、聖観音が御本尊である。



近くの伊豆神社は、堅田の総鎮守。大山祇命を祭神とする。


この神社を中心にした宮座という自治組織のようなものが形成されていた。



摂社の天満宮と稲荷神社



幸運を呼ぶ石に願うようになったら、弁慶も焼きが回った証拠だね。



本殿裏の楠の大木



臨済宗大徳寺派 祥瑞寺



大徳寺の華叟宗曇が開祖で、一休宗純はひたすら願い、苦心の末ようやく入門を許され弟子になり、この寺で厳しい修行を行ったことで有名な寺。



都久生須麻神社は、伊豆神社の境外摂社



本福寺 浄土真宗本願寺派



境内には蓮如像がある。親鸞は元々は浄土真宗を起こしたつもりはなく、のちの時代になり新興宗教化したのだが、もともとの信者は一時離れてしまっていた。蓮如はその真宗を親鸞の時代に戻そうとし延暦寺に睨まれ、大津やこの堅田で再起を計ったという。


また、この寺は近江一向一揆の中核を担う寺であったようだ。



光徳寺 真宗大谷派



堅田源兵衛父子殉教の像


何があったのかというと、蓮如は比叡山に追われた時に、比叡山と敵対する三井寺に親鸞の木像を預けていたのだが、山科本願寺を建立したので、返還を願った。しかし三井寺の答えは「生首2つと交換」だったのである。これを聞きつけた源兵衛は父の源右衛門に私の首を使ってくれと申し出た。


その意思は固く、源右衛門は泣く泣く息子の首をはね、その首を持参して三井寺に返還を求めた。三井寺から「首が一つしかない」と拒まれると「もう一つはこの首だから、今すぐここではねよ」と答えたところ、恐れをなして親鸞像を返したという。



それはやめておきます。



湖族乃郷資料館


自治組織であった堅田衆の歴史などが展示されている。



神田神社


堅田が下鴨神社の御厨であったので、その下鴨神社を勧進して創建された神社。創建は949年と歴史のある神社であった。


ちょっと道を外れて寄り道ばかりしていたから、このあとで通り雨にあって、しばらく雨宿りする羽目になったよ。


ね。

いい加減にタイトル変えろ!と言われそうだから(爆)。


目が覚めて一時間後に思い立ち、それから準備して信州に向かった。


高崎から信越本線で終点横川。更にバスで軽井沢。



軽井沢から、しなの電鉄。



上田から上田電鉄。



塩田町駅からシャトルバス。



無言館



無言館は戦没画学生慰霊美術館


館長で、作家で美術評論家の窪島誠一郎さんは、作家の水上勉氏の御子息である。太平洋戦争で戦死、病死した画学生の遺作を展示している。


この施設を知るきっかけは、内田裕也と樹木希林の御息女の内田也哉子さんが戦没画学生慰霊美術館「無言館」の共同館主に就任することがニュースに流れたからだ。



こちらは別館の傷ついた画布のドーム


絵のことはよくわからない。展示された遺品の中に、印刷された定型文の手紙の空欄を、ひとつ、ふたつ埋めるだけの戦死の通知があったが、普通ではないことが、社内の訃報届けのように簡略化されて伝えられるような世の中は嫌だなあと思った。



そして別所温泉の北向観音へ。



手水も温泉で、尚且つ飲める。



北向観音は天台宗の寺院で本坊は常楽寺。825年に円仁さんが、建立した。円仁さんはいったいいくつの寺を建立しているのだろう。


長野善光寺と併せてお参りすると言われているのは、善光寺が来世、北向観音が現世の願いを叶えてくれるということによる。



大師湯


円仁さんが北向観音を建立した時に、よくこのお湯に入っていたことで、大師湯と名付けられている。



入浴料金は250円で、タオルも販売しているので、気まぐれで来ても安心🤭。



温泉名 別所温泉3号源泉

泉質 硫黄泉

源泉温度44℃  使用温度41.9℃  pH9.04


熱からず温からず、長湯のできる適温で卵臭のする良い湯であった。また行こう😄



上田電鉄、別所温泉駅



ニューゴールデン 上田駅前店

0268-21-2070

長野県上田市天神1-2-36 

https://tabelog.com/nagano/A2004/A200401/20017356/


ゴールデンにゴールデンタイムに行った。



−3℃の大瓶とお通し



まずは冷奴



美味だれで串焼を食べて



馬刺しまで行った(爆)なんとタンパクなことよ。


ね。

7月の最初に1週間は、全国安全週間。



しかし、乗り越して神保原駅まで行ってしまったり相変わらず危険はいっぱいなのである。



安全週間での合同パトロールという仕事で崎陽軒のお弁当を食べたりもした。



ところで、グルテンで腹痛になってる気がして小麦を食べないようにしようとしている。昼食でラーメン、うどん、ラーメンと食べたら、2日ほど変な感じで腹痛になったのと、もともとアレルギー検査をすると小麦の数値が少し高めなのがそう考える根拠なんである。



しかし、カツのころもは小麦だろうが💢



十割じゃない限り、蕎麦も小麦含有だ。


中華やカレーは基本的に全て入っているし、外食ではほぼ困難だ。即効性のアレルギーの人はかなりたいへんなことなんだろうなあ。



最近生息している湯楽の里。下界は暑い。だから回数券まで買った。



買ったというば、浴衣に合わせた帯を買った。これはビアホールに備えてのこと。



眼鏡も買った。履歴をみると毎年夏に買っている。遠近とか色眼鏡(爆)とか異なる眼鏡だから、単品でみると2年に一度かな。


今年は遠専用。舞台が見難いのでね。



月一の内科への通院。高血圧をキープ。



cafe NINOKURA

0495-24-7878

埼玉県本庄市千代田4-2-4 二の蔵

https://tabelog.com/saitama/A1105/A110504/11029107/


蔵御膳。



ふるさと脱税だっけ? 新潟県の宿泊で利用できる金券が届いた。



そば芳

0273-86-3615

群馬県高崎市通町90-13 黒沢ビル 1F

https://tabelog.com/gunma/A1001/A100102/10023588/



鴨汁で蕎麦は十割。



買物といえば、NINOKURAの2階で個展をやっていた、そして、ちっともワインバッグを作ってくれないgra..子のバッグも買った。浴衣で持ち歩くバッグが欲しかったのだ。


ワインバッグは、コロナ禍よりもずいぶん前にオーダーしたので、きっと忘れたのかと諦めていたら、昨年、覚えているよ笑と言われたので、なおさらタチが悪い笑。


ね。

見かけた物にはなるべく足跡を残す。



末多武利(またふり)神社


京坂の宇治駅から宇治上神社へと向かう道の途中にある小さな社。



祭神の藤原忠文は平将門の乱を鎮圧のための征夷大将軍に任命され、東国に向かったのだが到着前に将門は打たれてしまった。それによって大納言藤原実頼の反対により恩賞の対象から外されたことを忠文は深く恨み、死後も実頼の子孫に祟ったので、この神社は忠文の御霊を慰めるために作られたのだと書いてある。


現在でも毎年12月17日にお火焚きという祭事が行われているのだそうで、大切にされてるのだなあ。



開運不動尊 正覚院


やはり宇治上神社に向かう途中にある。真言宗のお寺で、あまり詳しいことはわからないが、開運不動尊なんだからと蝋燭を魂し、お参りした。ここは誰もいないかった。



橋寺 放生院


真言律宗の寺院で、推古12年、聖徳太子の命により秦河勝が建立。宇治橋の管理を任されたことから橋寺と呼ばれる。



本堂。御朱印を頂くときに本堂を開けてくれたので、御本尊の地蔵菩薩のほか、不動明王像を見ることができた。こちらも観光客は通り過ぎるだけ。


昼食はなんとなくスープカレーが食べたくなり



ココニ

0774-51-1183

京都府宇治市宇治妙楽16 

https://tabelog.com/kyoto/A2607/A260701/26030883/



宇治なのに、抹茶ではなくビールかも。



野菜のスープカレー。そんなに辛くはなかった。その後、平等院参道へ。



能登椽 稲房安兼 

0774-21-2074

京都府宇治市宇治蓮華11 

https://tabelog.com/kyoto/A2607/A260701/26006026/



この日はちょうど夏越の払いなので、水無月を食べたくて、宇治にこの店を再訪。前回、美味しかったので、ただそれだけで宇治に来たのだった笑。


京阪の宇治駅に戻って、



近鉄の伏見駅まで移動し、3ヶ月前にオーダーしたブーツを引き取りに行った。



なんかポーズとらされてる🤭



流石にいくつものサイズを履き比べ、長さも幅もミリ単位の調整をしてオーダーしただけあり、サイズはこの上もなくピッタリであった。


実は普段履いている革靴よりも1センチほど小さいが、ぜんぜんどこも窮屈ではない。


これで全ての予定はクリアしたので、帰る!


ね。