「何しても駄目って言っていたら先に進まない。時間は解決するかもしれないけど解決しなかったらどうするの」永井さんはたじたじになっています。どうやら永井さんという人は優しいのですが優柔不断という感じを受けました。それが貴子さんにはじれったいのかとも思いましたね。時間は午前3時過ぎになっています。
また、今日も朝までの雰囲気が漂ってきました。外は車の通りもめっきり少なくなったようです。
まだまだ由美さんの一人舞台は続きます。
「ねぇ 貴子さん。後何年くらいなら待てるの」と本気モードになっています。
お酒の量も増えてきました。私は作る人、あなたは飲む人の図式がはっきりしてきましたね。
仁さんは黙って聞いているだけです。
「うーん 2年かな。それ以上は辛いから」と貴子さんがはき捨てるような感じで永井さんの顔を見ています。
「おいおい 2年しか猶予はないのか」と永井さんが不安そうに聞き返してきました。
「だって そんなに待てないよ」貴子さんは半分泣き声です。大変なことになってきました。
バーではたまにあることなのですが、聞いていて気持ちのいいものではないですね。楽しく飲んで欲しいのですが場合によってはこんな展開になってしまうのです。
永井さんは、困ってしまっています。「永井さんがしっかりしたらいいのよ、何とかしてあげてよ」と由美さんが懇願状態になっています。女として何とかしてあげたいと思う優しい心なのだと思いたいです。
しかし、酒が入っているので大きな声と大きな態度になっていますからはたから見ていると永井さんが一方的に怒られているというシチュエーションになってしまっているのです。同じ男として悲しいやら切ないやらで見ていたくないというのが本音ですね。
「彼だけが悪いということはないし、私も何とかしたいけど何もできないから」と貴子さんのか細い声。
永井さんはモルトを一気に飲み干してから「今年中には結論はでないかもしれないけど何度も妻にアタックしてみるよ。場合によっては誰か間に入ってもらうことも考えるから」ちょっと強気になった永井さん。
いい調子になってきました。それでこそ男です。心の中でエールを送っていました。しかし、普通に考えたら不倫している人を応援するというのもおかしなことです。何故こんなことになったのか。
バーという雰囲気とお酒の力がそうさせたのだと思いました。この永井さんの発言から店内は一転してなごやかなムードになったのです。貴子さんも落着きを取り戻したように見えました。
初めて会った客同士が自分の生活や人生について語り合うというのもバーの魅力の一つなのかもしれません。
もう、4時過ぎになってしまいました。4人はなごやかに談笑しています。どうやら今度バーベキューに行くとの話で場所はどこにしようかとか話しています。4時だよ4時と心の中で呟いても仕方ないですよね。
とまさに私が心に思った瞬間にドアが開いたのです。あっそうだ外の看板の電気を消してなかったのです。
「まだやってますか」と近所の居酒屋の店員の佐藤さんである。ここまできたらやるしかない。
「やってるよ」と佐藤さんに告げると席に座りました。
「4時にやっと閉店できたよ。疲れたよ。とりあえず生ビール」との注文。4人は相変わらず話して盛り上がっています。「3時閉店じゃなかったっけ マスター」と佐藤さんが言ってきました。ええそうですけど時間は関係ないですよ。と答えると。永井さんが「マスター すいませんね、時間オーバーしていて」と優しい永井さんらしい言葉です。「気にしないで下さい。昨日も8時までやっていましたから平気ですよ」
そろそろ帰ろうかという話で、4人は帰っていきました。4時半になっていました。
「マスターも1杯飲んでよ」と佐藤さん。ぐっと飲み干すと疲れが吹っ飛びました。
足はパンパンになっています。立ち仕事ですから仕方のないことですから。
たまに、客足がなくなると逆立ちしたりしています。血が足に溜まってしまうのです。
佐藤さんとも長い付き合いです。以前は自分で店を経営していたのですが閉店されたそうです。
46才の方です、今は従業員として働いていますが、また、店を出すようなことも言っていましたね。
佐藤さんには特技があるのです。プロではないのですがプロ並の手品ができるのです。
指先はかなり器用ですね。以前、店の中で手品をしてもらってお客の喝采を浴びていました。
今は、月に1回くらいですが都合のよい日に店内で手品を披露してもらっています。
この手品は、評判がよくてファンの人も多いのです。佐藤さんの都合で前日までは確定しないのですが
その日に来店した客はラッキーなのです。お代はいりませんし1時間くらいのショーなのです。
みんなに喜んでもらえる楽しい日なのです。
「マスター 来週の月曜日なら手品できるよ。休みだから」これは早く日にちが確定しましたね。
「来週の月曜日なら17日だね。OK宣伝しておくよ」早速店内に張り紙をしようと思いました。
特にトランプ手品が凄いのです。テレビによく出ている人と差はないと思います。20年以上前から趣味で始めているのだそうです。私とも7年の付き合いになりますしなかなか楽しくて面白い人なのです。
「マスターの顔の広いとこで、このあたりに良い物件はないかな」と佐藤さんが聞いてきました。
どうやら店を出すことに決定したようです。
「居酒屋なの」と聞くと「違うのよ 和風スナックやろうと思う」和風スナックとは意外でした。
てっきり居酒屋だと思っていたのですが、スナックらしいです。
「料理もうまいし何故スナックなの」と聞くと。「前に居酒屋をつぶしたから居酒屋はやりたくないし、客と会話したいからスナックみたいなのがいいのよ。女の子も一人雇って」そうです。佐藤さんは会話が面白いのです。今は居酒屋の厨房に入っていますが本意ではなかったのです。
「不動産の友人が沢山いるから聞いておくよ。何坪くらいなの」と聞くと7坪あれば十分とのことでした。
実は、みんなに隠していることがあるのですが昔不動産業にも従事していたことがあるのです。宅建の資格も持っていますし不動産のことなら普通の人よりもはるかに詳しいのです。ですから法律的な話もできますし
家庭の問題や不動産等の法律相談みたいなこともやっています。ただ、資格があったり不動産会社で働いていたことは秘密にしています。ですから客によっては、マスターって何でも知っているよねと言われますね。
ここだけの話です。それ以外にも色々とあるのですが機会があれば書きたいと思います。
「マスターは店を他に出さないの」といきなりの質問です。
「今のところは考えていないよ」と答えたのですが実はこれも秘密なのですがバー1軒と居酒屋をやっているのです。近い場所ではないからみんなは知らないと思いますね。これも秘密なのです。
「そうか マスターなら他にも店の一つや二つくらいあってもおかしくないのに」と言うのです。
「そうだね。何かあったらとは考えているよ」と笑いながら答えました。
いつかはみんなに話そうと思って何年か過ぎたのでそのままにしてあるのです。
「佐藤さん いつごろからと考えているの」と聞くと、来年までには店を決定したいとのことでした。
もう、5時になってしまいました。佐藤さんも2杯飲んで帰られました。
今日も楽しくもあり何かおかしなことが起こった日でありました。これがまた面白いのですが。
平凡な日の連続が一番とは思っているのですが、なかなか神様はそうはさせてはくれません。
もっと修行しなさいということでしょう。
帰り際に、店内と天外に佐藤さんの手品の日の告知ポスターを作って貼りました。
今日は6時には家に帰れそうです。今日は月曜日です。