「テキーラの味は如何ですか」と彼に聞いたのだが、聞くと同時に「もう一杯」との注文。
「お客さんはテキーラが好きなのですね」と聞いたら「今日はね」と言葉が返ってきた。
「同じものでいいですか」と聞くと、同じというように首を立てにふった。
2杯目を飲み干すと「この店はいつからやっているの」という質問があり「もう、16年になります」と答えると「そんなに長いの、僕も昔はバーテンダーになりたかったよ」との答え。
私は、何となく場慣れしていると思った直感に少しの嬉しさを覚えた。店の中にいると客の素性の推理をしてしまうことが多々ある。100%はわからないが、どんな仕事なのかと思う時があるのも事実である。
「お客さんも、バーテンダーの経験があるのですか」と聞くと「若いころに3年」と答えてきた。
「3年やられていたのですね。それ以来はないのですか」とちょっと突っ込んで聞いてみた。
バーテンダーは、あまり客のプライベートに突っ込んで聞かないのがルールであるが、今回の客は客のほうからバーテンダーになりたかったというので敢えて聞いてみたのである。
「長崎にいたころ、憧れていてね。もう、25年も前のことですよ。20歳のころ」と苦笑しながら話してきた。
私は、やはり年齢は45前後だと思っていたのが当たっていたのがとても嬉しくて小さな幸せであった。
「マスターでいいの。別にオーナーはいるの」とちょっと失礼だと思ったのだが質問をしてきた。
「私がオーナーです」と話すと「年とると辛い仕事だよね」との返答。
そんなことはわかっている。一日中立ち仕事だから年とると大変なのは当たり前である。
「そうですね。慣れてしまえば大丈夫ですかね」と疑問形式で話すと彼は「僕の仕事も立ち仕事だから」との
返答。「僕は車会社の期間臨時工だから生産ラインで立ってばかりだよ」と。
建設関係ではない。工場なのであった。確かに、このあたりには大手の自動車会社がある。
私は、この客は全国の自動車会社の期間工として働いているのだと直感した。私の店に来る客の中にも期間工の客がいる。その客から聞いた話である。彼は、フゥーッと手拭で再度顔を拭くと、生ビールを注文してきた。
普通の客とは逆の注文順序である。すでに時間は9時を過ぎている。どうやら今日は客足が遅いようだ。
キンキンに冷えた生ビールを出すと、追加でピーナツを注文してきた。
ピーナツを食べながら、ぽつりぽつりと話始めた。横で従業員の和夫くんは手持ちぶさたでグラスを拭いている。
「マスター 僕はね、色々な事業をしたのだけど全部失敗して破産したのだよ」といきなりの言葉。
「そうですか。それは大変でしたね」とさりげなく話した。
「家も担保に取られたし、家内とも別れた。子供は成人しているから関係ない」とはき捨てるというより
寂しい感じの言葉であった。「それとね。人にも散々騙されたよ」まるで、さっき来た綾と同じような感じである。今日は、こんな日なのかと少し寂しい気がした。でも、バーテンダーというものは、客の愚痴を聞くのも仕事であるから仕方のないことである。この客にも人に言われない過去があるのだと思った。
さらに続けて「30才のころは天下を取ったような気持ちだったね。家も建て高級車を乗り回していた。」と遠くを見るように話始めた。
「マスターも横の彼(和夫くん)も聞いてくれるかな。僕は何とかして再起したいのだけど何から始めたらいいのかが何にも思い浮かばない。今は、流されるだけ流されている」と私の顔をじっと見て話したのである。
ゆっくりでもなく早くもなく坦々とした話ぶりである。過去に社長を経験したことのある人であることが
伝わってくる感じがした。「調子に乗って、色々な事業に投資したのだが全てが悪い方向になってしまった。あせればあせるほど深みにはまっていくのを実感したよ。金融機関からの融資も駄目になり、数千万円という借金を背負って倒産した。家内は、錯乱状態になり、子供を連れて家出した。私は、やむなく破産という道を選んで今があるのです。若いころに地道にバーテンダーにでもなっていたらよかったと思うよ」という内容の言葉を続けて発したのです。唯一の救いは、彼の話す言葉の中に悲壮感があまり感じられないということです。
笑顔もあるし、過去との決別はできていると思いました。そして「ここにきて、初めて話したよ。くだらない話を聞いてくれてありがとう。少し胸のつかえが降りたよ」と生ビールを飲み干した。
彼の目の奥には、まだ、光が残っている。この人は絶対に再起すると確信しましたね。私にも似たり寄ったりの経験があるから他人ごとではなかったのです。