後で分かったことなのであるが、タンクは天井裏の中に隠してあるのだった。

畳半畳もない狭いトイレであるから便器のすぐ上に水を溜めるタンクを設置できないということであった。

もし、便器のすぐ上にタンクを設置したならば、しゃがんだ時にタンクが顔に当たってしまうのだ。

後に、この話は、1階に住んでいる千葉さんが教えてくれたのであった。

次に、風呂に水を入れてガスコックをひねってみた。一応、説明書というものを大家さんに貰っていたのでその通りにやってみた。家では全ては母がやってくれていたので何にも知らない。

風呂を沸かすという行為も初めてであった。これは簡単にできたので何か大きな喜びを感じてしまった。

30分くらいすると、ピーという変な音がして、風呂が沸いたということを知らせる装置がついていた。

今では当たり前だと思うが、シャワーなんてものはない。

ただ、風呂の中の水が沸くだけで、お湯は風呂の中から汲んで使うということしかできなかった。

つまり、ちょっとだけ体を洗いたいという時にも一度お湯を沸かさないといけないという、ある意味においては無駄なガスを使うということであった。しかし、贅沢はいっていられない。風呂があるだけでもいいと思うしかないのだ。そんなことをしていると、ドアをコンコンと叩く音がする。

運送屋の人が九州からの荷物を持ってきたのだ。

炬燵と布団などを部屋に運んでくれた。

部屋を片付けることもなく、公衆電話へ走った。かあさんへ連絡しないといけない。

家へ連絡すると、今度は妹が出た。「兄ちゃん、大丈夫・・・」と聞くので「一人で定食屋に入って生姜焼きを注文して食べたよ」と言うと「そんなの当たり前だよ、そんなことが出来ないなら暮らしていけないよ」と笑っていた。

かあさんはと聞くと、買い物に行っているということであった。

かあさんの声を聞きたかったのであるが、夜もう一度電話するからと伝えて電話をきった。

そして、部屋に戻り荷物の片付けを始めた。

夕方になっていたので部屋の中は寒い。陽は午前中の少しだけ当たる部屋だ。

簡単にいうと、東向きの部屋ということになる。だから午後は全く陽がささない。

まぁ、昼間は学校に行っているから問題はないと、かあさんも言っていた。

炬燵を部屋の真ん中において、布団は押入れの中にしまい、僕の服や下着も押入れの中にしまった。

かあさんから貰った、裁縫箱は部屋の隅に置いた。この裁縫箱の中にとうさんのライターや文房具を入れることにした。つまり、文房具入れとして使うことにしたのだ。

台所にガス台と炊飯器を置いて、食器は荷物の入っていた段ボールを加工して食器棚にした。

荷物の中に一升ばかりの米と少しの野菜が入っていた。

それよりも笑ったのは、かあさんが使っていた料理の本が2冊入っていた。これを見て料理の勉強をしなさいということだろう。

外は真っ暗になっていた。九州なら、この時間はまだ明るいのに関東では陽が沈むのが早い。

外が暗くなると何だか悲しくなってしまった。今夜は一人で寝るのだ。

今まで家族と一緒にいたのに今夜からは一人ぼっちになってしまうのだ。

自分が望んでこちらに来たのに、もうホームシックにかかってしまったようだ。

初日からホームシックになってしまうとは情けないと思う。そんなことを考えていたら公衆電話に走っていた。

かあさんの声が聞きたい、何でもいいから話したい。

今度は、かあさんが電話に出てくれた。荷物が着いたことは妹に聞いていたから、特別話すことはないのであるが、何でもいいから話したいと思い、米の研ぎ方や炊飯器の炊き方などを矢継ぎ早に聞いた。

「メモを渡してあるから、それを見なさい。その通りにすれば大丈夫」と、坦々と言う。

定食屋に一人で行ったことを聞いてないのであろうか。そして、それを誉めて欲しいと思ったのだが、結局、かあさんの口からは定食屋の話はなかった。妹が話していないのかもしれないと思い「近くの定食屋で生姜焼きを食べたよ、それと、そこの人が優しくしてくれたよ」と少し自慢げに話すと「よかったね・・・」と一言であった。

どうして誉めてくれないのだろうか。以前は、何か初めてのことをしたなら誉めてくれたのに。

「もう、寒いから部屋に戻っていなさい。明後日は入学式があるから、ちゃんと出席しなさい」と何かつっけんどんのような感じで言う。

僕は、分かったと言って電話を切った。電話を切ってから何故か涙が止らない。

かあさんが今までとは違ったように感じて涙が止らなかったのだ。

後に、僕が一人で生きていけるように、少し突き放すということを、とうさんと話し合ったようであった。

そんなことを僕は知らないから、このことがしばらく頭から離れなかった。

部屋に戻って、しばらくボーっとしていると、ドアを叩く音がする。

泣きながら歩いて帰ったので目は真っ赤になっていた。

今頃誰だろうと思い、用心深い、かあさんに言われたようにドアチェーンをかけて開けた。

そこに立っていたのは、昼間の大家さんであった。

かあさんが大家さんに贈り物をしたようであった。そのお礼で来たのだ。

大家さんは僕の顔を見るなり、何かあったの?と聞いてきたので、目をこすり過ぎて赤くなったと嘘を言ってしまった。どうやら、息子のことを宜しくお願いしたいということと九州の産物を沢山送ってきたらしい。

「おかあさんから頼まれているから何かあったら遠慮なく相談して。当分は不便だと思うけど慣れれば大丈夫」と言う。何かは歯の言葉を聞いているようで胸が熱くなってしまった。

大家さんは、それだけ言うと帰っていった。既に、夜の7時になろうとしていた。

その後、何とか部屋の片付けは終わった。

片付けが終わると何だか無性に人恋しくなってしまった。片付けの間は何も考えなかったのだが、何もすることがなくなると無性に寂しさが湧いてきた。

昼間の定食屋はまだ開いているのだろうか。誰でもいいから話がしたい。

そう思うと、足は定食屋に向いていた。

店に近づくと電気がついている。どうやらまだやっているらしい。暖簾もかかっていた。

昼間と違って、いきなり戸を開けた。

店内には数人の客が酒を飲んだりして楽しく話していた。僕が入るといっせいに客が見る。

おばあさんが「よく来てくれたね」と言って、カウンターの真ん中に座るように勧めてくれた。

真ん中というか真ん中しか席が空いてないのである。

「何にする」とおばあさん。「何か暖かいもの・・・」と言うと「鍋でも食べるかね」とおばあさん。

どうして暖かいものと言ったのかは分からないが、何か暖かいものを食べたいと思っていたのが口に出たのかもしれない。「鍋焼きうどんでいい・・・」と聞いてきたので、こくりと頷いた。

店の中の客は常連のようで話がはずんでいた。

その中にいて僕は完全に孤立していたかのようであった。それは無理もない。今日初めて来たのだ。

しばらくすると、おばあさんが「おまちどう、大盛りにしておいたけど大丈夫」と言う。

勝手に大盛りにされてしまったのか?お金がもったいない。そんなことを勝手にしないでほしいと思っていると「普通の料金でいいからね」と笑いながら話した。鍋焼きうどんは、450円であった。

店内のメニューには、大盛り100円増しと書いてあるので100円を得したことになる。

何だか嬉しい気持になってきた。確かに大盛りである。

鍋の中にいっぱいの具といっぱいのうどんが僕の寂しい気持を解放してくれたようだ。

猫舌の僕にとっては、早く食べたいと思うのだが熱くて食べられない、そうこうしているうちに熱さで咳き込んでしまった。店内に響き渡るほどの咳である。

おばあさんがあわてて水をコップに注いでくれ「ゆっくりでいいからね」と背中を擦ってくれている。

その背中の擦りが、かあさんの手のような感触で、熱いものがこみ上げてしまった。

今度は、咳と泣き声になってしまっていた。鼻水は出てくるし、しゃくりあげてしまうし最悪の事態である。

周りの客は何事かと僕のほうを見ている。とても恥ずかしい気持と人前で泣いたことがないので、どうしたらいいのか分からない。それだけで全身が硬直してしまった。

「みんな、この人は今日九州から初めて来たらしい。みんなも優しくしてあげてな」と、おじいさんが助け舟を出してくれた。テーブル席から「俺も青森から10年前に来た時を思い出すな」と職人風のお兄さんが話しかけてきた。

「俺もそうだよ、毎日泣いていた」とスーツ姿の人も間髪入れずに話しかけてきた。

「はい・・・」と僕は言うしかなかった。

隣に座っていた人が「うどんが伸びるよ」と笑いながら話しかける「はい、今食べます・・・」と言いながら少し冷めてきた鍋焼きうどんの汁をすすった。

このようなことがあったからであろうか、皆が昔こちらに来た時のことを話し始めている。

何やら結構盛り上がってしまったようであった。

「お客さんの名前は」とおばあさんが聞いてきた「井上といいます」と答えると「鈴木だよ」とおばあさんが答えた。おばあさんが鈴木春子、おじいさんが鈴木清二ということも分かった。

鈴木さんという人だ。全国的に鈴木さんという人名が多いことは知っていた、しかし、僕の田舎には鈴木さんという知り合いは一人もいなかった。多分、九州には鈴木さんという人は少ないのかもしれない。

そんなことを鈴木さんに話してみたところ、また、この人名のことで皆の話が盛り上がってしまった。

僕の話したことが皆の話題になっている。

こんな経験は生まれて初めてのことであった。何かとても嬉しいやら恥ずかしいやらではあったが、何か心地よい感覚を味わったことも事実であった。人との会話がこんなにも楽しいのか。こんな僕の話でも人は聞いてくれるのであろうか。

「井上さん、端に座っている千葉さんが、同じアパートだよ」と春子さんが教えてくれた。

春子さんのいう方向には、年のころなら30才くらいの職人風の人が静かに酒を飲んでいた。

皆の会話は聞いているのだが、仲間には入っていないと気付いた。一人でのんびりと酒と肴を楽しんでいるように見えた。

「千葉です」と僕のほうを見て会釈した。「井上です、今日越してきました。1階の端の103号の部屋です」と言うと「俺は101の部屋だよ」どうやら、僕の部屋の反対の端の部屋のようである。

「今日なの」と聞いてきたので「はい、今日からお世話になります」と告げると「あぁ、こちらこそ・・・」と以外とぶっきらぼうな返答であったが、目つきは何となく温かみのある人のようであった。

すると突然、「君も酒でも呑むか」と千葉さんが、春子さんにお猪口を頼んでいる。






何を作っていたのかというと大概は、家族の服であった。かあさんの趣味でもあったのかもしれない。

かあさんは、何の趣味もなく何を欲しいとかいう人ではなくて、ただ、家族の為に一日中家事をこなしていたと思う。祖父母とはけっして仲が良いことはなかった。僕が中学生のころになると、僕たち親子と祖父母とは別の食卓になっていた。何が原因でそうなったのかは、はっきりとした記憶はない。

ただ、かあさんと祖母との言い争いが日ごとに増えていった記憶があるのが中学生からだと思う。

一つの台所で、時間を決めて、かあさんと祖母が交代で食事を作り出した。

だから、僕は中学2年からの食事は祖父母と一緒にしたことがない。

家庭の中も険悪な雰囲気になってしまっていたが僕としては何をするということもなく親の態度に従うしかなかったと思う。家族でありながら食卓が違うということは何か切なくて哀しいものであった。

血が繋がっていないということも起因しているのだろうか。血というものはそんなにも関係しているのだろうか。

その時は、ふと考えたりもしたが僕の生活にとって何も影響しないということで無視していたのかもしれない。

そんな何事にも無関心な子であった。

それが、大学進学ということを考えるようになって変わっていったのだ。

高校3年の夏からは、猛勉強を始めた。目標とする大学はあったのだが、今の成績では逆立ちをしても無理であった。しかし、何としても合格したいという気持が日々強くなっていった。

何とか合格ラインまでは到達したが、実際の受験では不合格となった。

結局、浪人することになったのだ。浪人といっても何か変わることはない。日々の生活が変わることはないのだ。

唯一、嬉しかったことは、成績が上がっていくという快感を覚えたことだろう。成績が上がるということは周囲の目も変わってくる、予備校の中においても一目おかれるという立場にもなった。

そうすると人間というものは不思議なもので、更に上のレベルの大学に行きたくなるのである。

僕も同じように感じ始めていた。そして、僕の目指す大学の学部は東京にあることが分かった。

ただ、東京での生活というものは想像することもできないし、一人暮らしということも出来ないだろうと思っていた。その当時においても、かあさんと一緒に買い物に行かないと不安になるという性格は変わっていなかったのだ。

これほど気の弱い僕が東京で一人暮らしが出来るわけがないのは明白であった。

それでも一生懸命に勉強していた。どうやら、かあさんと、とうさんは地元の大学に進学するだろうと思っていた節があった。

この子は、家から離れて暮らすことなどは無理だと思っていたに違いない。

僕が、東京の大学の話をした時には、青天の霹靂だと思ったに違いないのである。

何とか親を説得して、東京の大学へ進学を許してくれた。そして、春には合格ということになってしまったのだ。勿論、受験の時は母が付き添いで東京に来たのは言うまでもない。

初めての東京に驚いてしまった。初めてということは、高校の時の修学旅行が中止になったのであった。何故かというと、修学旅行の前に僕の高校で大きな不祥事が発覚して取りやめになったのだ。そんなことがなければ、修学旅行は東京見学であったのだ。

東京は大きいところであった。母は昔一度何かの旅行で来たことがあったようだ。

とうさんは会社の出張で幾度となく来ていると聞いていた。

合格が決まって、その大学に入学するということは、東京で暮らすということである。

ついに一人暮らしとなるのだ。

一人で何もできない僕にとっては、未知の新世界へ行くということと同じである。

いくら日本人同士で言葉が通じても、僕にとっては全く未知の世界なのだ。

かあさんが付き添って再度東京に来てくれ、入学の手続きや部屋探しをしてくれた。

部屋といっても、貧乏な家なので、家賃が2万円以下でないと無理であった。

東京都内で、家賃が2万円以下というとまともなものはない。

大学の寮もあったのだが、人とうまく交われない僕にとっては一人のほうが断然楽なのだ。

そこで、都内ではなくて隣接している埼玉県で探すことになった。

2日目の夕方に部屋は決まった。

とある駅から15分のところにある6畳と風呂と便所がついた築30年以上の日当たりの悪い1階の部屋であった。

1階には3つの部屋があり、2階にも同じ数の部屋がある木造のアパートだ。

不動産屋のいうことには、学生は一人もいなくて、皆、会社員ということであった。

風呂がついているだけでもいいと不動産屋が母に話していた。風呂がついているということよりも近くには風呂屋が一軒もないということを後で知った。アパートの周りは畑ばかりの田舎であった。

ここから大学へ通い、帰るということである。大学へは片道1時間はかかると思う。

3日目に母と家に戻った。戻りの夜行列車の中は何かとても楽しくて母と旅行している気分になっていた。

東京へ行く時の列車の中では何か気まずい雰囲気があったのだが、東京で大学生活を送るということが決まったので少しは気が楽になったのかもしれない。

かあさんも何かがふっ切れたのだと思う。笑顔がとても嬉しかったことを記憶している。

かあさんにとっては僕がいないということが寂しいのだと思うが、僕にとっては新しい旅立ちが待ち遠しいような不安なような気持が交差していた。

家に着くと、とうさんが迎えてくれた。妹も何か寂しい顔をしていたが、兄ちゃん元気でいてよと柄にもない言葉をかけてくれた。祖父母も喜んでいたようだ。

その夜、とうさんは僕にライターを手渡してくれた。僕が二十歳未満でたまにタバコを吸っていたのを知っていたのだ。タバコを吸うというのは、何かのストレスの発散であったのかもしれないし、何かの不安、不満に対しての僕なりの攻撃であったのかもしれない。

電子ライターというガスの補充ができるものであった。色はところどころ剥げている金色だ。

そして、そのライターは、とうさんの目を盗んで、庭で紙くずや木切れに火をつけていたものであった。

子供のころに、庭で何かに火をつけて遊ぶのが好きであった。大きな鉄の鍋に紙や木を入れて燃やすのが好きらのだ。燃えているものを見ると何か気持がすっきりとした。僕の一人遊びでもあったのだ。

とうさんはそのライターを持っていけというのだ。父のお気に入りのライターであったに違いないのだが、僕にくれたのだ。かあさんは、僕に裁縫箱を持っていけという。

かあさんのお気に入りの裁縫箱だ。大きさとしては、30cm四方くらいだと思う。引き出しが4つついている。

古臭い木造りのものであった。かあさんが養女になる時に実母に貰ったものだという。

昭和23年あたりであろう。

かなり年期の入ったもので、元の色はこげ茶色だと思うが今はかなり剥げてしまっていて茶色になっていた。

それを持っていきなさいという。僕が、そんなもの持っていっても何を入れるのかと聞くと、何か役にたつからと

勝手に、東京へ送る荷物の中に入れてしまっていた。

5日後には、東京に行かなければいけない。そして埼玉のアパートに住む。

5日しかないのだ。6日後には大学の入学式がある。

かあさんが一緒に出席してくれると思っていたのだが、お金もかかるし僕だけで行ってくれという。

とても不安で、どうして暮らしていけばいいのかが分からない。不安は大きくなっていた。

お金もないので、電話も引くことはできないし、洗濯機も買えなかった。唯一、買ったものは中古の冷蔵庫だけなのだ。それ以外は、家から送ってくれるということなのである。

送ってくれるといっても、僕の布団と小さな炬燵と食器や炊飯器等であった。

僕がアパートに着いた日の夜に運送会社が届けてくれるという手筈になっていた。

そうしないと、夜は布団も何もない部屋で寝るしかないのだ。本当に運送会社が来てくれるのだろうかと思うと不安が増してしまう。

何もできない僕に、かあさんが家事についてのメモ紙を作ってくれていた。





生まれて初めての一人暮らしとなる。

大学進学での上京であった。他人から見たならたいしたことはないであろうと思う。

僕は、子供のころから引きこもりであったし、人と話すこともとても苦手であった。

いつも、外に出ると、かあさんのスカートの裾を引っ張って歩いているような気の小さな子供であった。

朝、幼稚園に行くのも、かあさんと二人であったし、何かを買うのも一人では出来ない子供であった。

小学校でも、友達もいない、いないというよりも作れないのであった。

教室の中においても、いつも一人でいて誰とも話さないから友達もできないし、完全に仲間外れであった。

いじめにもあったが、無視ばかりしていたので、次第に誰も相手にしなくなっていった。

孤独という言葉が適当なのかどうかは知らないが、孤独という言葉が適当だとすればそうかもしれない。

朝、小学校に行って、授業が終わると、そそくさと早く家に帰ってしまう子供であった。

近所の人とも挨拶すらできないのである。近所の人から声をかけられたとしても、全く無視してしまう最悪の子供であった。色黒くて、愛想のない、小太りの無口で人見知りする子供であった。

家族は、祖父、祖母、父、母、3つ違いの妹の6人だ。

父と祖父は、製鉄関係の会社のサラリーマン。かあさんと祖母は専業主婦であった。

父は、戦争中は飛行気乗りで、四国の松山海軍航空隊のゼロ戦の特攻隊であったが、特攻日の前に終戦となり命は助かった。その後、復員して警察予備隊に入り、その後製鉄所に入社した。

その後に、かあさんが養女となっていた今の家に婿養子として結婚したのだった。

かあさんも、戦争中は広島にいて、86日の原爆投下の日には、広島市内へ買い物に行く途中に原爆が投下されてしまい、列車が止まってしまい運よく引き返したのだ。もし、原爆投下時間に広島市内にいたなら、かあさんは間違いなく死んでいたと思う。

特攻隊の生き残りと原爆投下に遭遇しなかった夫婦の間に生まれたのが僕である。

何か運命のようなものを感じる。どちらかがいなければ僕は存在していないのだ。

そして、血のつながっていない祖父母がいることも小学校5年になるまでは何の疑問すら持たなかった。

小学5年の時に、担任の先生に言われて初めて気付いたのだ。

この担任が、今思うととんでもない人であった。

40過ぎの大柄な女性で、いつも厚い化粧をしていて、自分の気に入らない子供は完全に無視して授業を進めていってしまう。頭のいい子に対しては、丁寧に教えるが、頭の悪い子には、何もしてくれないばかりか、ちょっと質問の答えが出来ないと廊下に出て立っていなさいという人であった。

特に、少し吃音のあった僕には、厳しい態度で、早く言いなさいといつも言われていた。

吃音であるから早く言えないのであるが、そんなことは無視されていた。

その担任が、何かの授業の時に僕に「あなたの家族は血がつながっていない」と言うのだ。

どうやら、母が何かの時に話してしまったらしい。それを教室の中、みんなのいる前でしゃべってしまったのだ。

僕が嫌われているのは知っていた。何故嫌われているのかというと、一つには吃音、一つには動きが遅い、そして決定的なことは勉強ができないということであった。

45人の学級で成績は下から3番目くらいであったと記憶している。

この担任は、頭の悪い子の家の事情まで、平気で話してしまう人であり、頭の良い子の場合は、どんな家庭であったとしても何も話さないという人だ。

この担任になってから、僕の暗い性格は更に暗くなってしまった。

それよりも、祖父母と血が繋がっていないという事実を知らされたことのショックが大きくて、その日は、家に帰ることが出来なかった。

どうして、親は話してくれなかったのだろう。色々な思いが頭の中を駆け巡っていた。

普通なら夕方の4時迄には家に帰るのだが、その日は、帰りたくないという気持と帰ったなら何を話していいのかが分からないままに町をうろうろしていた。

ランドセルを背負った小学生が夜の8時くらいに町の中を歩いているのは不自然である。

家に帰ったのは、8時半を過ぎたころであった。

家に近づくと、家の前に母が立っていた。

僕が恐る恐る近づくと、張り手で左の頬を思いっきり叩かれてしまった。

「何をしてた」と、かあさんの大きな声。どうやら、警察にも捜索願を出していたようだ。

今も、とうさんや祖父は近所を探し回っているらしい。

その夜は、かなり怒られたのだが、祖父母と血が繋がっていないということが原因だとは一切話しをしなかった。

その件については、それから数ヶ月後に話をするようになる。

そういう子ども時代を送っていた。とにかく話し相手という人は、家族しかいなかったのだ。

小学校で一日誰とも話さない日は普通であり、話さないことは苦痛でも何でもなかったのだ。

中学校になっても何も変わることはなかった。一応、高校受験をしたのだが、希望の高校へは入学できずに、この地域でも下から数えたほうが早いレベルの高校へ進学した。この高校になっても同じ日々の繰り返しであり、僕にとっては平凡な生活であり、特に何をしたいとか何が欲しいとかいうこともなく、何かを買う時は母と一緒に出かけるということも前のままであった。全く、大人になりきれないのである。

そんな僕に大きな転機がきたのは、高校3年になってからである。

大学進学ということを何かぼんやりと頭の中で考え始めたのである。大半の学生は就職してしまう。

大学進学という道へ進む生徒は20%くらいであったと思う。

このころには、成績は上の下という位置にいた。特に勉強することはなかったのだが、この位置にいたのだ。

僕が頭がいいというよりも、周りが勉強していないのだと思う。

僕は、誰とも付き合わないから、時間は沢山あり、勉強だけはしていたのだ。

担任は、大学進学を勧めてくれていた。母もそう願っているような素振りをしていたと記憶している。

かあさんのことについて少し書きたいと思う。いつも、裁縫箱を横において何かを作ったりしていた。




かあさんの裁縫箱と、とうさんのライター  勝汰 章

勝汰章 HP   http://katsuta.yu-yake.com/index.htm

なくしてはならないもの、そして大切なもの

※登場人物

僕 井上隆広

母・しずか 父・隆一郎 妹・久恵(結婚後 橘となる) 祖父・寛治 祖母・みさ 

アパートの隣人 千葉豊  耳が不自由な人 新倉修司

定食屋 いろは 鈴木清二 春子

学生仲間 立野光男 藤村公二 大谷信行 福島昭 片田由美子

公園で会ったギターの人(いろはの常連) 間沢則重

トラックバイト先店長 青山茂

彼女(一度目の妻) 田島弘子

田島仁美 弘子の妹(准看護婦)

糸井慶子 音楽クラブの後輩で浮気相手

金尾純一 隆弘の会社の上司 係長

近藤守 弘子の会社の上司 不倫相手 同棲

中村和義 バー・アイリのマスター

山田茂 アイリのバイト店員

青木めぐみ 山田の恋人。歌手の卵。

二度目の妻 渡辺(岩田)佐知子

佐知子の父 岩田晋

佐知子の主人 渡辺俊二

佐知子の友人 福井美和

福井美和の父 福井鉄太郎

妹 久恵の旦那 橘 幸三

あらすじ

かあさんの裁縫箱と、とうさんのライターを持って、一人上京した若者の物語。

その二つの品が、生きることへの力を与えてくれることになる。

何でもないものなのだが、若者にとっては命と同じものだと気付いた。

同棲から結婚、離婚、そして、結婚の繰り返しの中で成長していった。

一章 ひとりぼっちじゃない P1P16

二章 初めて仲間が出来た P17P34

三章 初めての恋が逃避行 P35P66

四章 もう駄目かもしれない P66P77

五章 無理な結婚と離婚 P77P142

六章 新しい出会いに向けて P142P156

七章 出会いと夜逃げ P156P185

八章 灯火が見えてきた P185P206

九章 新しい旅立ち P207P229

十章 人生これから P229P251

一章 ひとりぼっちじゃない

6畳の暗い部屋の中にひとつだけ優しい光が当たって明るい場所がある。

その場所には、裁縫箱とその上に金色のライターが置いてある。

どちらも、かあさんと、とうさんから貰ったものだ。

思い出すと、30年前に遡る。昭和51年の3月。

「体に気をつけてね、夜更かしが好きだから注意するのよ」と、かあさんが言う。横でとうさんが何も言わずに下を向いたままだ。

「うん 大丈夫」と僕が答えると同時に駅のホームに夜行列車が入ってきた。

大きな発車のベルの音と、周囲の人のざわめきがいやでも旅立ちだと思い知らせる。

「何かあったら電話しなさい」と、かあさんが少し泣き声になりながらも僕の手を優しく握った。

とうさんは、下を向いたまま何も話さない。

19年間育ててくれたお礼もそこそこで列車に乗った。座席に座ると、窓の外には、泣き顔のかあさんと、下を向いたままの、とうさんがいる。

とうさんが、何か言おうとしている、列車の窓を開けて聞こうとしたが、小さな声で聞き取れない。

「とうさん なに」と聞き返すと「がんばれ」と弱々しい一言であった。

僕としては、東京に行くだけのことなのであるが、親としては何か違う感慨があるのだろう。

子がいなくなるということは親になって初めて分かることなのかもしれない。

と、突然、じいさんが駅のホームに走ってきた。発車まで数秒の時だ。

じいさんは、手に何か持っている。それを僕の手に渡すと「東京はいいとこだぞ、お前なら頑張れる・・・」と言った。「大丈夫だよ」と、じいさんに答えた。

じいさんは、会社を早退してきたようだ。額に汗が光っていた。

発車のベルがいっそう大きく鳴り響いた。

東京行きの夜行列車は、かあさんと、とうさんと、じいさんをゆっくりと置きざりにしながら走り出した。

しばらくして関門トンネルにすべりこむように入った。

このトンネルを過ぎたなら本州になる。

じいさんから貰った袋の中には、2万円が入っていた。そして、手紙が添えられている。

手紙には、辛くなったらいつでも帰ってこいという内容だ。その文字はばあさんの書いたものであった。

ばあさんは、軽度の脳梗塞の後遺症で外に出ることができないのだった。

ばあさんとは、これが最後のやり取りとなってしまったのだ。

職業に関係なくクリスマスというのはみんなが幸せになったり、なりたい人が集まるのがバーなのかもしれません。ですから少しでも手伝いができたなら私も幸せなのです。

この職業は、みんなが楽しむ日は仕事になってしまうという宿命なのです。

ちょっと愚痴になってしまいました。

12時過ぎになりました。綾さんも小川さんと一緒に帰られました。

ほどなくして大場さんと真紀さんもお帰りです。真紀さんは娘さんがいるのであまり遅くにはなれないのです。

店には高橋さん一人になっています。高橋さんは明日来れないので少し寂しそうに話しています。

去年は仲間と3人で来ました。今年は仕事関係があるので仕方のないことですね。

高橋さんもお帰りになられて店に客はいません。

1時を少し回った時でしょうか。

近くのクラブのママが入ってきました。

このあたりでは大御所と呼ばれているママです。もう60才近いと思いますね。しかし、顔の艶やはりは30才代でも十分に通用するくらいの美形のママです。

「マスター 何かノンアルコールのカクテル作って」と注文です。ママの好きなカクテルはサイドカーというカクテルですが今夜はノンアルコールということなのです。

「はい アルコール抜きにします」というと頷かれました。疲れているのかなとも思いました。

ママの店は女の子を常時20人くらい雇用しています。このあたりでは大きなクラブです。少し高級なので客層は年配の方が大半の店です。たまには一人で飲みたいということで来店されたようです。

クラブはバー以上に大変な世界だと思います。女の子の管理が半端ではないようです。

ママもこの地で始めて35年になると言っていましたね。相当な苦労があったことは察することができます。

好きな人はいたようですが、ずっと独身を通しているとのことです。

「ママ 今年も終わりだね。どうでした」と聞くと「そうよね、大変な一年だったわ。」とため息をつかれました。

余計なことに触れたかもしれません。

「私が病気になってね」とぽつりぽつりと話し始めたのです。

前に来られたのは5ケ月前くらいになりますが、その時よりも痩せたような感じもしました。

2ケ月、店に出てなかったのよ。その間はチーママが全部やってくれたから良かったけどね」私は何も知りませんでした。噂も聞いたことがなかったので驚きの顔をしました。

「何かあったのですか」と恐る恐る聞くと。

「マスターだから話すけど、乳癌だったのよ。先月手術して摘出したの」と話してくれました。

回りの人には、体調がよくないからしばらく静養するということで自宅に住んでなかったということなのです。

ママの実家は、東北の地方都市とは聞いていましたから、そこで手術したということでした。

実際、人に知られたくない内容ですから、隠しておきたかったのかもしれません。

それで静養をかねて実家でゆっくりするということを話したということでした。

この年ですから私の友人の何人かは癌で亡くなっていますから人ごととは思えませんし、親戚でも癌で亡くなった叔父さんもいます。

「大変でしたね、その後調子はどうですか」と聞くと「今はとてもいいですよ。5年間再発しなければ安心して下さいと医者に言われたから定期健診は月に一度しているの」とちょっと不安そうな顔で話してくれました。

ママは店の中では暗い顔をすることはできません。しかし、一人になると不安で仕方がないと思います。

私がママの立場ならどうだろうと考えると何も手につかなくて毎日不安で泣いているかもしれません。

何かあれば男は女より弱いとも思います。女は強しです。未来永劫において普遍なのだと思います。

私の店に来る客からも色々な話を聞きますが、土壇場においての女性は非常に強いものです。

実際は、男は愛嬌、女は度胸なのではないかと思ってしまいますね。

話をママのことに戻しますが、最初は何をしたらいいのかこの先生きられるのかと悶々とした日々だったそうです。しかし、なるようにしかならないとハラをくくったら自然と生きたいという気持ちが強くなっていったと言うのです。それが良かったのかもしれません。

ママにとっては一生の中で忘れることのできない年になったと思いますし忘れようにも忘れることのできない心の痛みなのだと重います。今後、発症しないことを心から祈ったのでした。

もう3時前です。今夜も色々なことがありましたが、明日はもっといい日でありたいと思っています。

明日は、クリスマスイブ。外は雪が降ってもおかしくないくらい寒い風が吹いていました。

今年のクリスマスイブは近年まれにみるくらいの大盛況でした。

それも、居酒屋の店員の佐藤さんの手品ショーに尽きました。結局手品ショーが始まったのは11時過ぎになっていましたが、佐藤さんの手品を見るために誰一人として帰らなかったのです。

店内は、33名という大混雑となりました。普通の場合の3倍です。予約のない方で10時過ぎにこられた方は入店できないので残念ながらお断りさせていただいた状態でした。

佐藤さんのショーは面白いくらいに順調に進んでいきました。客の不思議そうな顔や何故なのという手品の大爆笑の連続です。ショーの間はドリンク等のサービスは一旦中止していますので私たちも楽しんで見ることができます。こんな時にドリンクを作っている場合ではありません。私も和夫くんも見たいのですから。

大成功のうちに手品ショーは終了しました。われんばかりの拍手喝采です。

アンコールが3度もあったのも佐藤さんの力量があってこそだと思います。

12時半前にショーは完全に終わり、約半数の客は帰路につかれました。

佐藤さんもとても満足そうな顔をされています。来年は、佐藤さんは再起をかけてスナックを開店させるようなのでこの手品ショーもいつまで続くのかと寂しい気持ちも交差していました。

客はみんな楽しそうに談笑しています。ドリンクもスタートしましたので私たちは大忙しとなりました。

でも、心地よい忙しさなのです。それもクリスマスイブという特別な日のなせる技なのかもしれません。

2時を回ったころには店内は6人の客だけになっていました。

全て常連さんです。

大場さん、小川さん。仁さん。由美さん。昭さん。そして佐藤さんです。

この後、大場さんの爆弾発言へと続くのでした。

ここで初めて登場する昭さんについてちょっと書きます。

25才のパティシエなのです。近くのホテルで厨房に入っています。パティシエといってもまだ卵なのですが

彼の作るスイーツは独特なものがあり、将来が楽しみな青年です。バーボンにも造詣が深いですね。

来年は修行のためにフランスに行くそうです。一見、おっとりした感じですが仕事に関してはテキパキとこなす職人なのです。

常連ならではの会話がしばらく続いたところで大場さんの爆弾発言となりました。

「みんなに話しておくことがあります」とやけに真顔になっています。私はもしかしていうことが頭をよぎりました。

「来年の春に真紀さんと結婚します」と。

他の客は寝耳に水状態になっています。

少しは兆候があったので感じていたという人もいましたが全員がまさかという気持ちになっています。

まさか、結婚するとはいうことなのです。付き合っていたのを知っていたとは思いますが、結婚するとはという驚きです。

仁さんと由美さんの結婚が決まっていることは常連なら誰でも知っていましたが、大場さんも女帝の真紀さんと結婚するということは想像だにしていなかったようです。

みんなの拍手です。あの女帝の真紀さんが結婚するということが一番の驚きなのです。

「驚いたよね。真紀さんは何も言ってなかったし」とめぐみさん。

「どうなっているの。今年この店で出会ったんだよね」と仁さん。

「さっき真紀さんと真紀さんの娘といっしょだから何かあるなとは思っていたけど」と昭さん。

「真紀さんファンを敵にまわしたよね」と笑いながら小川さんが大場さんの頭を軽くこづいています。

みんなでおめでとうの言葉の合唱になっています。

「みなさんありがとう。まあ、そういうことになったので」と照れながら大場さんがペコリと頭を下げました。

大場さんも地方から出てきて色々と苦労もあったと思います。この店に初めて来た時のことが昨日のようです。

事業で失敗して追われるようにこちらの町に来て、新しい出会いがあって結婚までとなったわけですから

「みんなで乾杯しよう。今日はこれから3時までの飲み代は店もち」と私が言うと、大きな拍手喝采。

私としては、何かみんなに感謝したいという気持ちになったのです。

今年は仁さんと由美さん、大場さんと真紀さんというカップルが誕生しました。それも二組とも来年に結婚するのですから、こんなに嬉しいことはありません。

次は小川さんだよね。と小川さんに聞くと「まだまだですよ。どうなるか神のみぞ知る」と真剣な顔になっています。おそらく来年には小川さんと綾さんの嬉しい報告を聞くことができると思います。

クリスマスイブの夜に愛する人から贈りものをいただいたような優しい心になりました。

ふと、小窓から外を見ると粉雪が舞っています。12月としては珍しいですね。

今年も残すところ一週間になってしまいました。

色々と楽しいことや悲しいこともありましたが、終わり良ければ全て良しというありきたりの言葉しか思い当たりません。でも、それでいいと思っています。

店内には、和夫くんが気をきかせて、ホワイトクリスマスの曲が流れています。

残り一週間も幸せなことが待っていると信じています。

外は少し雪が強くなってきたように感じます。みなさんもバーで幸せな時を過ごしてみませんか。

今年出会った人に感謝の気持ちを込めて・・・

明日はクリスマスです。メリークリスマス。






「マスター 宜しくお願いね」と由美さんです。なにげに由美さんの顔が前と違って見えました、

結婚が決まると女性は強くなるといいますが何やらその兆候があるように見えました。

私の勝手な推測なのですが、仁さんは由美さんに敷かれると思います。行動力や実行力は見ているだけで由美さんのほうが数段上に見えるのです。今後が楽しみなのは私だけではないと思ってしまいました。

今日も楽しい一日が終わろうとしています。和夫くんと藤本さんは何やら男どうしの話になっているようです。

和夫くんは前から藤本さんに興味を持っていて色々と教えてもらっているのです。いいか悪いかは大きな疑問ですが、ある意味において藤本さんは自由に生きて好きな仕事をバリバリやっている社長さんという雰囲気がありますから男としても興味を持つこともあるとは思います。

今夜は、思い出の客から離婚してまた結婚するという客でした。

何やら人生の縮図を見たような気がしていましたね。

バーとはこんなものです。この日々の繰り返しなのです。ですから毎日が楽しくて仕方ないというのが私の本音でもあります。人の幸せも蜜の味、人の不幸も蜜の味とでもいいましょうか。

閉店の時間になりました。今日もみなさんお疲れ様でした。

明日と明後日は宴会が入っていて貸し切りとなります。お客さまに迷惑をかけないように表のドアに宴会のお知らせの張り紙をして外にでました。12月も下旬近くになると冬なのだと感じてきます。

明日も明後日も7時より10時までの宴会となります。

もうすぐクリスマスもあります。私の店ではミニクリスマスパーティーもやっていますが、おかげさまで毎年好評です。来店していただいた客にはケーキとスパークリングワインを一杯サービスさせていただいています。

それ以外にもイブには鶏肉の料理も無料で提供しています。悲しいことに彼氏彼女のいない人が多く来店されるのですが、その時にカップルになるケースが多いのも何か嬉しいものがあります。

明日のために早く帰って体調を整えておこうと思ったのです。町は静かな朝を迎えようとしていました。

あの藤本さんも新しい奥さんの元に返ったでしょうか。ちょっと心配になったりしました。

おかげさまで2日の宴会とも問題なく終わりました。

今日は、2日目の宴会が無事に終わって10時半になった時のことです。

ドアがカタンと開いて、大場さんと真紀さんの二人です。

「宴会が終わるのを見計らってきましたよ」と大場さん。

話によると、真紀さんの娘さんとも特に問題はなく食事して真紀さんを応援しているからということでした。

もしかしたら大葉さんが真紀さんの娘さんの新しいお父さんになるかもしれない人なのですから。

「マスター 緊張したよ。娘さんに何言われるかとびくびくでした」と照れて話しています。

「以外とさっぱりした娘でしょ」と真紀さん。

どうやら娘さんの好きな寿司屋に行って食事をしたらしいのです。作戦成功なのかもしれません。

年末には、真紀さんの両親にも会って交際を認めてもらうということです。

大場さんにも春がきたのかもしれません。それよりも真紀さんが妙に女らしくなっているのが可笑しいやら驚くやらでした。私の店では女帝と呼ばれている人でも妙に変わるものなのだと感心しましたね。

「真紀さん 女帝という名前はゴミ箱に捨てようか」と少し冗談めいて話すと、「まだ 駄目よ、この先どうなるか分からないし」と大場さんへ目線を向けています。

「そうだね。とりあえず保留としておきます」と私も笑いながら答えたのでした。

何かほのぼのとした雰囲気に心がなごみました。

しかし、和夫くんは宴会の食器の片付けをしながら二人の会話を聞いて腹から笑っています。

「和夫くん 君はちょっと笑いすぎだよ」と真紀さん。

「いえいえ あまりにも真紀さんが綺麗になりすぎて惚れそうになったから」と最近の和夫くんは客の言葉へのうまい返し方も板についてきました。

「和夫くん それは駄目だよ。和夫くんは若いから何人もいるだろ」と大場さん。

「一人ですよ。彼女欲しいけど誰かいませんか」とちょっと物悲しい顔になっています。

「若いからというのはおかしいよ。そしたらあなたは年だからいなくて、いないから私が拾ってあげたということなの」と真紀さんのいきなりの突っ込みです。これには大場さんもたじたじになってしまいました。

こんな楽しい会話をさえぎった事がこの後に起きたのです。

それは、近所の居酒屋チェーンの店長のことなのです。

突然、その店長が飛び込んできて「マスター うちの店員の葛西を見なかった」かと息せき切って聞いてきたのです。「何かあったの」と聞くとどうも尋常ではない形相なのです。

「店の金を持ち逃げされた」と言うのです。どうやら店の売上金を全部持ってどこかに行ってしまったということなのです。今日は大きな会社の宴会があって、その葛西というのがレジを担当していたらしいのですが、宴会も大きなもので53人という人数だというのです。大きな会社なので総額で40万円以上とさらに他の売上金を合わせると60万円以上になるというのです。

どうやらその葛西という店員が持ち逃げしたらしいのです。それで慌ててみんなで探しているということなのです。私も葛西という店員は知っています。2,3回来た記憶があったものですから「あの葛西くんなの」と聞いたら、どうもそうらしいのです。彼がいなくなってからレジを見たら小銭しかなかったというのです。

私の店の客も和夫くんも目がテンになっています。

「あの葛西くんだろ、何かの間違いじゃないの」と再度念押しして聞いても、1時間以上戻っていないというのです。私たちの楽しい会話は一瞬にして終わりました。

葛西という人は、25才くらいでもの静かな感じの良い青年と思っていましたから驚きです。

「もし、見かけたらすぐに連絡をお願いします」と慌てて出ていってしまいました。

世の中は何が起こるか分かりません。何か困っていたのでしょうか。前に会った時は静かにモルトを飲んで将来は自分で店を始めると夢を語っていた記憶があります。最近は来店されてないのですが・・・

いやはや何ということでしょうか。みんな沈んだ気持ちになったのは言うまでもありません。

その沈んで澱んだ空気を一掃してくれる客の登場です。

「あの居酒屋の前にパトカーとか覆面パトカーとかが止まっていたけど何かあったの」と常連の高橋さんの来店です。

私が事情を説明すると納得して席に座りました。

「世の中色々だよね」と言いながら、生ビールの注文です。

「マスター 綾さんと小川さんは何かあるの」といきなり店の客に対しての質問です。色々と知ってはいるのですが、職業柄言えないこともあります。本人が目の前にいて雰囲気的に問題がないならいいのですが、この場合は軽く流しておくのがいいでしょう。

「最近はよく来ますよね、特に何かあるとは聞いていませんよ」と答えると「さっき、2人で居酒屋にいたから」と言うのです。どうやら今夜の小川さんは綾さんと飲んで食べているようです。

「そうなんだ、何か用でもあったんじゃないの」と生ビールを出しながら答えたのでした。私の答え方がそっけないのでこの話はそのままで終わったのでした。

客同士でも気になることは結構あるものですよね。私もそうだから客がどうのこうのとは決して言えた立場ではありませんからね。

忘れていましたが、綾さんの就職は決定したとの連絡が入っていました。藤本さんの会社で最初の3ケ月は見習いで働いてみるということに決定したようです。とりあえずよかったということですね。

誰にも言えないのですが、綾さんは小川さんの家で同棲するようなことを言っていました。

昼の仕事だけだと生活が苦しいということでした。小川さんなら信用のできる人だから幸せになれると思います。こんなことは今の段階では誰にも言えませんから、はっきりするまでは貝になっておきます。

多分、今夜居酒屋の後に店に来ると思いますね。11時過ぎになっていました。

いよいよ明日はクリスマスイブになります。

例の居酒屋の店員の手品のうまい佐藤さんがイブの夜に手品のショーをやることに決定していたのです。

しかし、佐藤さんも仕事があるので深夜近くになると思います。

明日のイブは11人の予約が入っていますが、緊急用の椅子と合わせて合計で25人くらいまでならOKです。

店自体の席はゆったりととってあるので立ち飲みなら30人は可能なのです。ただ、椅子が足りないだけですね。

と、ドアが開いて噂の小川さんと綾さんの登場です。

「寒いね。マスター こんばんは」と綾さん、少しお酒を飲んでいるせいか顔が上気しています。

「みなさん お揃いですね」と小川さん。小川さんは明日も早くから仕事だそうで帰り際に一杯だけということでした。まだ、綾さんとはいっしょに暮らしていない様子です。

小川さんが「今ここにいる人は明日のイブにも来るの」とみんなに聞いています。

今は、大場さん、真紀さん、高橋さん、と二人です。

私が明日のイブは大場さんと真紀さんと真紀さんの娘さんは来ますよと告げると「娘さんも」と小川さん。

娘さんは手品が好きということで来ることになったそうです。

「そうか、なんだか楽しそうなイブの夜になるね、ところで高橋さんは?」残念ながら高橋さんは無理なのです。取引先主催のパーティーに出席しないといけないということなのです。

明日は、料理も出しますから5時から店に入って仕込みをしないといけません。

毎年のことなので苦ではないのですが、いつもグラスが足りなくなってしまいます。

明日は予備のグラスを知り合いの店に借りにいかないといけませんし、結構忙しい日となるのです。

それにイブというのは、面白い日でして、普段まったく来ない客でも事前に予約が入ったりするのです。

特別な日という意識があるのかと思いますね。それはそれで有り難いことですが。

しかし、全国のバーテンダーや飲食関係の人にとっては全く無縁の日なのです。

休むことはできない日となります。悲しい職業なのかもしれません。

私も20年以上自宅で過ごしたことはありません。仕方のないことですよね。

明日の予約の客の半分は新規の客になります。常連さんは心得たもので適当な時間に集まってくるのですから

事前に予約という人は以外と少ないのです。

それと、家庭のある人は自宅で過ごすことが多いと思いますから自然と独身やカップルが中心になります。

私の店も同様で、ほとんどが独身か若いカップルとなるのです。

そこで、新しい出会いが待っているというストーリーになるのです。

言わば、イブの日やクリスマス当日は出会いサイトのようなものです。

何故か不思議と初めて会ったみんなが仲良くなれる日なのです。

まるでディズニーランドに行った時のウキウキした心になってしまうが面白いですね。

自分家が浄土真宗であっても何も関係のない不思議な日なのです。

本当にあった笑い話なのですが、5年くらい前にお寺で修行している若いお坊さんが来たことがありました。

普通に見るとスキンヘッドなので何やら怖い感じがしたのですが、出身は東北で今はこちらのお寺で修行しているとのことを記憶しています。イブの日に一人の部屋にいるのが寂しいと言っていたと覚えています。

どうやら、夫婦では久しぶりの外出らしいのです。若いころには二人してよくバーで待ち合わせてデイトしたということを言っていました。昔を思い出しながら昔の話が出来るということは素晴らしいことだと思います。

昔の思い出を共有している人がいて、その人と話すことができるということはなんとも言えない幸せな時間ではないでしょうか。同じ場所、同じ空間、同じ記憶というものはお金では買うことのできない思い出財産です。

よく、私は思い出財産という言葉を使いますが、今目の前にいる二人はその思い出財産を共有しているのです。

二人で顔を見合わせ昔にどこのバーで何を飲んだとか何を食べたとか誰に会ったとか・・・何故か目頭が熱くなっていました。私も年をとったということですね。それほど幸せな雰囲気を持った二人なのです。二人でゆっくりと飲むカクテルを提供できるということは私の至福の時でもあります。9時半前になっていました。

ドアがカタンと開いて、女性の客が入ってきました。小雨なので肩やスカートが少し濡れています。

私がお好きな席へどうぞと案内すると、ご夫婦のご主人の一つ空いて横に座りました。

「何かお勧めのカクテルをお願いします」と言うと同時にご主人に向かって「先生 覚えていますか、西山です」と声をかけたのです。先生? と「西山さんか」と知っているようなのです。

どうやら話を聞いていると高校の時の担任の先生のようなのです。その女性は年のころなら30才前半でしょうか。偶然にも私のバーで10余年ぶりに会ったのです。

よく、客が客を呼ぶということがありますが、どちらも新規の客なのです。どうやら西山さんという女性は、高校を卒業して電気メーカーに就職したということでした。

3人が懐かしい昔の話をしています。これも思い出財産ということでしょうか。

またまた嬉しい日となりました。偶然でもこんな偶然なら大歓迎です。

女性は左手の薬指に指輪をしているので結婚されているかと思います。

笑い話ですが、最近は未婚でも男よけのために指輪をしている人もいますから。バーや居酒屋等の飲食店で男に声をかけられたくない人も多いのです。ちなみに、私の店の常連さんの女性の中にも一人いますので。

以前、昔近所に住んでいたという人が偶然にカウンター出会ったということがありました。

30年ぶりということでしたね。バーには出会いというのが似合っています。別れの場所としては似合わないと思いたいと思うのは私だけではないと思います。

1時間くらいして3人がお帰りになりました。私も心暖まる時間を共有できたことに感謝したい気持ちでした。

さすがに小雨の日です。客足が悪いですね。こんな日は普段掃除しないところを掃除したり特性のカクテルを試作したりして過ごします。和夫くんは何やら新作のカクテルを作っているようです。

11時を回ったでしょうか。

こんな日は似たような客が来るものです。

男二人の客です。どうも大手の会社の先輩と後輩で10年ぶりに本社で会ったということです。

それで居酒屋で飲んでいてバーでゆっくり話そうということになったようです。

似たような客は続くものです。

ほどなくして、先月の道路上での窃盗にあった、めぐみさんが来店です。

「マスター 私の盗られたバックと財布が発見されたって警察から連絡があって行ってきたのよ」と言って入ってきました。どうやら、現金と携帯はなかったようですがそれ以外のものは出てきたようです。

一応確認して返してもらったということなのです。しかし、今だに犯人はわからないということでしたね。

少しほっとしているめぐみさんを見ているととりあえずは良かったと思ったのです。

それ以来、めぐみさんは一人で歩くことが怖いというトラウマになってしまっています。

いつになったら普通の生活に戻れるのかとちょっと不安になってしまいました。

今日もタクシーで店まで来たとのこと。世の中が物騒になっているというのを肌で感じた事件でした。

他のお客さんに何もないことを日々祈っている私です。

私の店には駐車場の設備はありませんから、車で来店される方は非常に少ないのですが、なかには車はどこに留めればいいのという方もいます。しかし、飲酒運転をされると客もこちらも困りますから、一応、車での客の場合は、基本的にお断りするか運転代行を必ず呼んで帰っていただくように確約してもらってからお酒を提供するようにしています。昨今、飲酒運転の事故が多発していますから人事ではないのです。

くれぐれも車を運転される方は注意して下さい。一生を台無しにしてしまいますから。

めぐみさんもほっとしたのか、今日はリラックスしていつものお酒を楽しんでくれているようです。

二人の男性の客がお帰りになられて、店の中にはめぐみさんだけになりました。

相変わらず外は肌寒い小雨が降り続いています。突然電話が鳴って、これから3人で来るから席を用意しておいて欲しいとのことです。電話の主は、常連さんの工藤さんでした。バーもどこの飲食店も同じだと思いますが、いかに常連さんを作るかということが店の存亡にかかっているのです。オーバーな言い方かもしれませんが常連さんが常連さんとなる人を呼んでくれるものなのです。

また、一見客はもっと大事です。一見客が常連になっていくのですから。

日々、この繰り返しなのです。長い間経営しているということは、とりもなおさずに常連が多いということに他ならないのです。みなさんも気にいった店があったら時間と余裕のある時で結構ですから足を運んであげて下さいね。時間は12時過ぎになっていました。

と、ドアが開いてさきほど電話のあった藤本さんの来店です。この人は車で来られて帰りには運転代行で帰られますから私も安心なのです。どうやら会社の部下の2人を連れて来られたようです。

「マスター 元気」といつものはきはきとした声です。藤本さんは、30人くらいの社員のいる電設会社の

社長なのです。秋田から出てきて27年になるといっていました。15年前に独立して会社を設立したようです。ブランデーが大好物な客です。どうやら明日は昼からの仕事になりそうなので遅くに来られたということでした。「藤本さん 聞きたいことがあるのだけど女性の事務員とか募集していない」と例の仕事を辞めた綾さんのことが気になっていたので聞いてみたのです。

「何才の人 どこに住んでいるの」色々と聞いてきたのです。どうやら前から募集していたけどなかなかいい人が見つからないということでした。一応、綾さんの素性を話してみたのです。

「一度会えるかな」と。藤本さんの会社と綾さんの住んでいるところは車で10分くらいだと思います。

深夜に失礼だと思ったのですが綾さんの携帯へ電話してみたのです。

さきほど小川さんと帰られてから時間がたっていたので寝ているのではと思ったのですが、善は急げです。

数回のコールの後に綾さんが電話にでましたので説明したのです。途中で藤本さんに変わってもらって話がついたようです。どうやら、明後日に面接に伺うということになったのでした。

前のキャバクラよりは給料が悪くなりますが、昼の仕事に就きたいという思いのほうが強いので面接を受けるということになったようです。

藤本さんも苦労人ですが面白い会話のできる人です。電設工事のために全国を飛び回っているので、全国津々浦々のことに精通しています。いつも、出張のたびにその地方の料理のことや地域柄を教えてくれるのです。

バーにいると色々な話が聞けます。会話の中に入らなくても自然と色々な話が聞こえてくるのです。

どこの地方の料理が美味しかったとか、どこの旅館のサービスがよかったとかを教えてくれるというのも楽しいものであります。本やテレビで見るよりも生の体験したことを直接聞けるというのは有り難いものです。

実際に私は、客の紹介で旅行の時の旅館を決めたことも多々あります。

ある意味バーというのは情報の発信元という役割もあると思います。

なかには、聞きたくもない話の客もいますが結構ためになることも多いのです。

今夜も藤本さんから滋賀県のとある町での楽しい話を聞かせてもらいました。

私も和夫くんもめぐみさんもとても楽しい具体的な体験内容の話に聞き入ってしまったのでした。

藤本さんの会社の社員の人が明日は早いということで、そうそうにタクシーで帰られました。

しかし、一通り藤本さんの話が終わると急に私の顔を見て「また離婚したよ」青天の霹靂です。

またかと思いました。私と知り合いになって3度目になります。私と藤本さんとは10年来の友人でもあるのです。「また」と問い返しました。「そう 仕方ないよね」確か彼には最初の奥さんとの間に2人の子供がいて

2度目の奥さんとにも2人の子供がいるはずです。3人目は子供がいないはずです。

「どうしたのよ 仲良かったように見えたよ」何度か奥さんと来店されたことがあったので、てっきり今度はうまくいっていると思っていたのです。「色々とあってね」とタバコに火をつけてぽつりぽつりと語り始めたのです。

「月に半分以上は出張だから、それが大きな原因だと思うよ。それと浮気もばれたし」と言うのです。

またです、以前も同じ原因で離婚したのです。「仕事は仕方ないとしても浮気はまずいよ」と言ったのですが

「病気かもね」といたって平然として答えてきたのです。懲りない人です。

多少なりともお金があるから離婚できるとは思うのですが、それにしても3度目の離婚した知り合いは彼だけです。さらに驚くことが続きました。

「それでね。今度新しい女房を紹介するからと」照れ笑いしながら話してきたのです。

これには驚きましたね。先月別れたばかりなのに、もう新しい女房です。

これには返す言葉もなくなってしまいました。聞いていたみんなも唖然としています。

「報告が遅くなったけど、そういうことで」と笑っています。

藤本さんは今だに4人の子供に養育費を払い続けているのですから大変なことです。

今回の離婚にあたっては、300万円の慰謝料を支払ったということです。

記憶が正しければ、結婚したのが2年前だと思います。それでもう離婚です。

それともう一つ凄いのが離婚してすぐに結婚するのですから何とも言いようがありません。

世の中にはこんな人もいるのだと面白いやら悲しいやらの時間を過ごしました。

もう、1時を回っています。

めぐみさんも明日の仕事があるということで帰られました。

お金があるというのがいいのか何なのか分からなくなってしまいました。

お金があるから我慢しないで即離婚しているように見えてならないのです。

それともう一つは単なる女好きという言葉ですますことは語弊がありますが藤本さんはある意味において

そのような性格の人なのかもしれません。自分と置き換えて考えさせられてしまったのです。

そろそろ2時という時にドアが開きました。

仁さんと由美さんです。どうやら結婚の件が固まったというのです。仁さんも年貢の納めどきになったねと言うと、「そうだよね、当分結婚しないと思っていたのにね」と笑っています。

「子供ができたの」と聞いたらそれはないとのことでした。昨今はできちゃった婚が多いのですから、もしかして仁さんと由美さんには失礼なのですが聞いてみたのです。

来年の4月か5月に式を挙げるということで決定したようです。それで私に聞きたいことがあるというのです。

仁さんは九州の出身だけど結婚式はこちらで挙げるということのようです。奥さんになる由美さんの関係もあってこちらで式を挙げることになったようです。

「マスターの顔の広いところで、式場知らない」と聞いてきたのです。私の友人が近くのホテルの支配人で式場もあるので紹介したのです。明日、支配人に連絡をとって話してみることになりました。

いくつかのメーカーの車を推薦しました。そうすると「100万円だとそれくらいしかないのね」とがっかりしたようです。軽自動車ですからものすごく種類があるわけでもありません。国産だけですから種類も限りがあるのです。「150万円くらいなら種類が増える・・・」確かに150万円まで出せば大半の軽自動車は買えますから「それだけ出したら軽ならなんでも買えますよ」と言うと、150万円くらいまで予算を組んでみるということでした。タイミングよくその話を聞いていた新規の客の中に軽自動車の新車ディーラーの人がいたのです。

年のころなら30才くらいでしょうか。近所のディーラーのようです。

「何でも相談に乗りますよ」と営業話になっています。よく、お客さん同士で似たような会話があります。

例えば、家を買おうと思っているけど誰か不動産会社の知り合いがいない・・・という感じです。

今回は、新車の話になりました。私も妻が同じメーカーの軽自動車に乗っているのです、横からそのメーカーなら一番だよと美紀子さんに告げると、マスターが言うなら問題はないよねとその新規客と話になりました。

その新規客は全員がディーラーの社員だったのです。一人が営業で他の二人は整備のほうだと分かりました。

美紀子さんは席を移動してその営業の話を真剣に聞いています。

このようなことはバーではよくあるのです。これもバーならではのことだと思っています。

色々な業種の人が客としてきますから、このようなことも多々あるのです。

どうやら、近々に美紀子さんの店に伺うということに決まったようです。

その営業の人は飲みながら仕事ができたのもラッキーのようでしたね。

「マスター ありがとう。この店には色々な人がいるけど今回は助かったわ」と嬉しそうな美紀子さん。

他の客も美紀子さんが買う車についてメーカーはわかっているのだから色は何がいいとか、こんな装備はつけたほうがいいよとか外野が煩いこと煩いこと。私は笑ってしまいました。美紀子さんのことになると常連の男連中はまるで自分のことのようになるのです。

いやはや、男丸出しの様相です。これも私の楽しみの一つとして聞き流しておいて下さいね。

既に時間は10時を回っています。

数人の方が帰られて残っているのは、大場さんと綾さんとだけになりました。

大場さんは綾さんと、今度はどこに行こうかとか何を食べようとかで話に花が咲いています。

私からの見た目だと付合っているに違いありませんね。

彼氏彼女という雰囲気は、自然と出てくるものですからこの業種の人は何となく分かるのです。

と、ドアが開いて、新規の客が顔を出しました。

「日本酒はおいていますか」とちょっとだけドアを開けて聞いてきたのです。

「はい 数種類ならありますが」と答えると、それではと入ってカウンターに座りました。

手拭タオルを出しながら「どのような日本酒がお好みですか」と聞くと、大吟醸酒がいいというのである。

私の店には、カクテル用の日本酒と他の日本酒が数種類おいてあるのだが、いきなり大吟醸酒という客は珍しいのです。かなり、日本酒に詳しい客と見ました。私も日本酒は好きなのでそれなりの勉強はしています。

「千葉県のお酒で精米歩合が30%の美味しいのがありますが、如何でしょう」と聞くとすかさずに客は、それは素晴らしいですね。バーで精米歩合が30%をおいているのは珍しいというのです。

確かにそうだと思います。実は、私の趣味でもあるのでおいているのです。

私の根底には日本人なら日本酒というのがあります。みんなには矛盾していると言われます。つまり、日本酒なら日本酒バーをやればいいのに・・・確かに言うとおりなのですが洋酒も同じくらいに好きなのです。

グラスに日本酒を注いで出すと、一気に飲み干しました。「これは美味しい」とおかわりの注文です。

年のころなら30才前くらいでしょうか。若いのに日本酒が好きな人は最近では少なくなってきましたから何か嬉しさを感じました。この男性が後に酒のメーカーに杜氏として就職する田辺さんなのです。

20才くらいのころから杜氏に憧れていたのですがチャンスがなくて就職できなかったということです。

どうやら、来年の春には静岡の蔵元に就職するらしいのです。それで日本酒に詳しいのです。

二人で色々と話しをしたのですが、杜氏に憧れているだけあってかなりの詳しさです。

私も日本酒については自負していたのですが私と同等かそれ以上の知識を持っています。

先が楽しみな青年ですね。日本酒は売上が低迷していますが、それに伴って杜氏になる人も減っていると聞いています。彼のような人が増えていくことが大事なのだと思います。

「マスター 来年に出来たお酒を贈るから名刺下さい」と田辺さんは言ってくれました。

私は、田辺さんの作ったお酒を楽しみに待っていますと言ったのです。また、一つ楽しみが増えました。

田辺さんがお帰りになり、ほどなくキャバクラの綾さんが入ってきました。

綾さんのことは、一番最初に記述しましたが客にお金を貸していてトラブルになった方です。

「みなさん こんばんは マスター いつものね」との注文です。

しかし、綾さんは今日は休みではないはずです。それに中途半端な時間の来店です。

「綾さん 今日は休みなの」と聞くと、先月末に店を辞めたということなのです。

確かに、しばらく同伴もありませんでした。「実はマスター 昼の仕事にしたいのよ」という話なのです。

それでどうやら私や他の人に昼の仕事があったら紹介して欲しいということのようです。

このようなことはよくあることです。仕事を紹介して欲しいというのは月に12回はあるのです。

で、どんな仕事がいいのとか、何が得意なのとか色々と聞いたのですが特に何かが出来ることもないようです。資格や特技でもあればいいのですが何もないのです。

昔に事務の仕事をしたことがあるのと、衣料品店の店員をやったことがあるというのです。

その後は夜の仕事だけになったようです。どうやら、夜の仕事の人間関係に疲れたようでした。

ハローワークや就職情報誌でも探しているのだけどなかなか見つからないし貯金も底をついてきたということでかなりあせっていたのです。すると、常連の車会社の小川さんの来店です。

綾さんは小川さんに電話して相談に乗ってもらっていたようです。二人の会話の内容でよくわかります。

小川さんは綾さんに好意を持っていますから何とかしたいと思っているようですが、事が事なので簡単にはいかないようです。女37才で就職は大変なのだと思いましたね。

私も知り合いに聞いてみてあげると約束しました。

綾さんの言うことを大場さんや真紀さんも親身になって聞いていました。

これが仲間なのです。同じ長方形の空間を共有している一体感というのでしょうか。何か不思議なものが存在しているのがバーだと思います。人のことを自分のことのように思って心配してくれる仲間がいるのです。

綾さんの話はこれくらいにして、大場さんと真紀さんのことが次の心配になってきました。

つまり、真紀さんの子供のことなのです。小耳にはさんだのですが真紀さんが一番心配しているのは子供との関係なのです。高校生の女の子ですから多感な時です。母親が他の男と付合っているというのが子供の目にどういう風に映るかということです。それを大場さんと話し合っているのです。

私が口を出す問題ではないので黙って聞いておくことにしましたが聞こえてくるのです。

どうやら近いうちに3人で食事をしようということになったようです。

うまく事が運ぶことを祈らないではいられませんでした。後にわかるのですが案ずるより生むがやすしという言葉がありますが、結果その通りになっていったのです。

外は、木枯らしが吹いているようです。12月も半ばになると肌寒く人恋しい時があります。

人は誰でもあるのではないでしょうか。今年も終わり新しい年に期待するという気持ちにもなります。

毎年感じるのですが、12月は他の月と比べて何がもの悲しい話も多いように感じますし、反面、楽しい話も多いように感じます。これは私だけでしょうか。

ドアがカタンと開いてスウーっと冷たい風とともに客が入って来ました。外はかなり寒いようです。

懐かしい顔が「外は寒いよ」と黒色のコートを脱ぎながら席に座りました。

「元気か」と一言。私の師匠である、臼井さんです。わざわざここまで来てくれたのです。

どうやら私の近くに住んでいる友人の家に行った帰りということでした。

この業界で私が一番尊敬する人なのです。今はバーを6店舗経営されています。臼井さんは店に立つことはないので自由気ままに過ごしていると言われていました。もう、61才になられますね。

修行中は、かなり厳しく指導していただきました。臼井さんがいなければ今の私はないのです。

「お元気そうで何よりです」と軽く会釈しました。頭が白くなっています。昔は黒々としていたのですが歴史を感じてしまいます。かくいう私も白いものが増えてきていますが。

3年くらいでしょうか、臼井さんとはお会いしていませんでしたが、急にふけられたように思います。

その分私も年をとったということにもなるのですから同じですよね。

カクテルの注文です。電車の時間があるので一杯だけとのことです。とても緊張してしまいます。

臼井さんは、いつもウォツカベースのブルーラグーンというシンプルなカクテルを注文されます。

シンプルですが、中華料理で言うならばチャーハンと同じくらいに腕がはっきりと出るカクテルなのです。

回りの常連さんも雰囲気に気づいたようで静かに見守っているのがよく分かります。

私は普段よりも慎重に作りました。

「如何でしょうか」とゆっくりと差出しました。

一口飲んでから、「ありがとう」と一言だけです。臼井さんは、何も言うことがなければ、ありがとうという一言だけの人なのです。体の緊張感がスウーっと消えていくのが分かりましたね。

それからたわいもない話を15分ほどしてお帰りになられました。

師匠と弟子という形は永遠に続くものです。また、切れてもいけないと思っています。

お帰りになられて店の中は前の雰囲気に戻りました。もう、12時前になっています。

大場さんと真紀さんのお帰りとなりました。店は一気に静けさを取り戻したように感じられます。

小川さんと綾さんは、何か食べ物が欲しいということで普段は作らないのですが、こんな寒い夜にはということで、私の得意な焼うどんを作ってみることにしました。料理は特別な客だけに出すことにしています。

普通は乾きモノかチーズ・ピーナッツ・生ハム・ソーセージといった程度なのです。

それと、先日、山形の友人から届いたラフランスで特性カクテルを二人にサービスさせていただきました。

山形の友人がさくらんぼ農園をやっているので6月くらいにはさくらんぼ、11月からはラフランスを送ってくれるのです。焼うどんは私も和夫くんも食べようということで4人前を作りました。

普通は客と一緒に食べることはないのですが今日は別格の日です。臼井さんもお見えになられたということで気持ちが高揚していたのかもしれません。

小川さんと綾さんは1時過ぎにそろってお帰りになりました。

焼うどんは好評のようです。また、作って下さいとの言葉でした。

相変わらず、小川さんは量を飲んでくれました。しかも、綾さんの分までも支払っていただいたのです。

この二人には何かありまかね。和夫くんも感じていたようです。

今日は、ここまでの日となりました。久々に3時に店を完全に閉めることができたのです。

外は冷たい北風が吹いています。でも、今日は何故か心が暖かい。そんな12月です。

次の日はうって変わって雨になりました。前にも書きましたが雨の日は客足が遠のくのです。

小雨程度なのですが嫌な日となりました。

今夜は、熟年という年齢の客の二人から始まりました。どちらも60才以上と思えるご夫婦のようです。

見ていてとても優しい気持ちになる客です。奥様がご主人にとても気づかっているのが分かります。

ずっとその話で盛り上がっていたのです。それからほどなく2人がお帰りになりました。

残っているのは、高橋さんだけになりました。高橋さんは自営業ということもあっていつも遅くまで飲む人です。明日も午後からの仕事ということで飲まれています。彼も今の本業の他に色々な事業に手を出しているようです。来年には株式会社を設立するということで本格的な事業展開を望んでいるようです。

とにかくお酒の好きな方で、いつも酔っ払って帰りますね。しかし、若いのに酒代だけで月に20万円は使っていると言っていました。たいへんな酒豪です。私と和夫くんと高橋さんとでお酒の話で盛り上がっていると突然ドアが開いて、例の慶子さんが再び来店です。

和夫くんは目がテンになってしまいました。

「どうしたのですか」と私が聞くと「一度家に帰って酔いをさましてきたのよ」と平然としています。

確かに、服装が違っています。「さっきは迷惑かけてごめんなさい。お詫びにみんなでこれ食べて」とコンビニのアイスクリームを差し出してきました。5個入っていましたね。

「いえいえ 気を使わないで下さい。明日早いのではないですか。無理しないで下さい」と言うと、「まだ大丈夫よ。もう少し飲みたいから」と言うのです。確かに先ほどとは違ってしっかりしています。どうやら、聞いてみると自宅はここからタクシーで15分くらいのところのようです。また、タクシーで来たようです。

「何か軽いカクテル頂戴」と言ってきましたのでマティーニを作りました。和夫くんはさきほどの件があるので高橋さんと一生懸命に話し込んでいるのがわかります。出来るだけ慶子さんとは目を合わせないようにしているのが面白くもありました。確かにさっきの会話では気持ちは引きますよね。

お酒を飲まないと静かな人なのにさっきの豹変ぶりというのは一体なんだったのだろうか。

「慶子さん、明日は仕事大丈夫ですか」とにかくさきほどの状態になってもらっては困るので、早く帰ったほうがいいよという気持ちから聞いてみた。

「そえねぇ 一杯だけ飲んで帰るわ」ということで私もほっとしたのである。

ほどなくタクシーを呼んでお帰りになられました。

和夫くんはとてもほっとした顔つきになっているのが手に取るように感じられたのです。

どちらにせよ、お酒を出す商売をしているから色々な客に出会うのは仕方のないことではあるが、飲み方というものがあるのであるから、楽しいお酒にしたいものである。

最近は、ストレスの溜まっている客が多いと思う。ストレスの溜まる時代なのであろうか。

客同士の会話においても、会社での嫌なことを話すことが多いのも事実である。

そのストレスを癒すことができたなら私も嬉しいし店を出している意味もあると思う。

ただ、酒は飲んでも飲まれてはいけません。以前にも経験しましたが、かなり酔っ払って帰られた客が途中で

転倒して救急車を呼ばれたという話を本人から聞いたこともあります。

みなさんも十分に注意してお酒を楽しんで下さいね。

1時間で閉店の時間になります。

高橋さんは、和夫くんと談笑しながら楽しいお酒を飲んでいます。

今日は、これで終わると思ったのですが何が起こるかわからないのが飲食店でもあります。

「まだやってますか」と男女のカップルが入ってきました。

年のころなら30才代でしょうか。二人とも会社員ではなさそうです。この仕事をやっていると客がどういう素性なのかが多少はわかりますね。

「いらっしゃいませ。3時までです。お好きな席へどうぞ」と話しました。

「久保田さんに聞いてきたのだけど」と質問をしてきたのである。とっさに久保田さんと言われても誰なのかがわからず「久保田さんというお客様は3人いらっしゃるので」と困った顔をしたら、「ほら、ラーメン屋の」

あっ、たまに来られるラーメン屋のおやじであった。

結構、味がよいので行列もできる店の店主である。醤油とんこつのこってりした味が人気のようである。

月に2回くらい来られるラーメン屋の久保田さんのことである。「久保田さんとお知り合いなのですか」と聞くと、「ええ、家が近いのでよく行くんですよ」と連れの女性が答えてきた。夫婦なのだろうかと思ったが、どう見ても夫婦の雰囲気ではない。「ご注文は如何しましょうか」と聞くと、二人とも生ビールということで、和夫くんに作って出してもらったのである。

「久保田さんに聞いたら、ここのバーは静かに飲めるよということで来ました」と有り難い言葉である。

「有り難うございます。久保田さんにお会いしたら宜しくお伝え下さい」と私の気持ちを伝えました。

久保田さんも苦労人で、若いころは不動産の仕事をしていたということですが何やら倒産して解雇されたのをきっかけにラーメン屋を開くことにしたという話でした。1件目は1年ももたなくて閉店したということです。

それである有名店に修行にいって3年間経験を積んだと話していました。

その後、新規にラーメン屋を開店したということです。何事も簡単そうに見えても実情は違うものです。

バーも同じなのですが、たまに客からバーってお酒を出すだけだから簡単だよね。カクテルでもいくつか知っていたらいいのでしょう。僕もバーを出そうかなという気楽な客がいますが、カクテルでも最低100以上は作れないと商売にならないのです。それと接客です。これは一朝一夕に身につくものではありません。

私もバーを開店した当初は閑古鳥の鳴く日々でした。

そのラーメン屋の久保田さんも同じだと思います。色々と経験したからこそ今があると思っています。

ちょっと説教じみた言葉になりましたが・・・

閑話休題

二人の客は、久保田さんの家の近くに住んでいて、どうやら夫婦ではないということまで書きました。

客を詮索することはよくないのですが、二人とも紳士・淑女的な雰囲気があるので興味を持ったことは否めません。所詮、私も一人の人間ですから、他人のプライベートについては気になることもあります。

「今日はどこかからのお帰りですか」と、さりげなく聞くと「いえ、明日は会社が休みなので来ました」という返答です。それにしてもこんなに遅い時間でお酒も入っていないのです。私は家でゆっくりしていたのだろうと思いました。「そうですか、閉店は3時ですがゆっくりしていって下さいね」と言うと「はい、彼女は明日は仕事があるので閉店までいさせていただきます」と言うのです。

朝が早くない仕事なのだろうと思いました。後30分で閉店になります。

相変わらず防水屋の高橋さんは和夫くんと車の話で楽しそうです。

「この店の休みはいつですか」と突然男性のほうが聞いてきました。私が休みはありません。日曜日と木曜日は一人になりますがと答えると「それは有り難い。時間のある時には寄せてもらいます」という返答。

しかし、この二人には会話がないことに気づいたのです。普通カップルでくると話し込むケースが多いのですが、この二人は黙って飲んでいるだけなのです。はたから見ていると知らない人が横に並んで座っているような感じしかしないのです。まあ、こんな人もいるものだと思っていたのですが、女性のほうが男性になにやら話しかけています。小声なのではっきりとは聞こえませんが「あれ、どうするの。私も困るし親も煩いし・・」

というような内容です。「もう少し時間をかけるしかないよ」と男性。「・・・・それしかないの」と少し暗い顔の女性です。なにやらもめ事が二人の間にはあるようです。

と、突然「マスター マスターって呼んでいいのかな、マスターは結婚しているの」と聞いてきたのです。

「はい、もう高校生の子供がいます」と答えると「そうだよね。結婚しているよね」と何やらため息をついているのです。「ほら、私たちもね」と女性がすかさず男の顔を見ています。

ここで何となく分かってきたのですが、女性のほうが早く結婚したいのだということのようです。

しかし、そこに何か問題があるのだということのようです。親が・・・と言っていましたから。

それ以上は私としても踏み込めませんから何も言わずに黙っていたのです。

よくあるパターンということでしょうか。男性は、女性に向かってなにやらもう少しだから待ってて欲しいということを言っています。後日この二人に大きな問題があることになります。

それは後ほど書くとして閉店の時間になりました。今日も色々な客が来店されました。

和夫くんと二人で後片付けをしながら、「今日はお疲れさま。慶子さんには驚いたね」と笑いながら聞くと

「ええ どうしようかと思いましたよ。年上の女性には興味はないし。酔っぱらいの女性は嫌いです」と

もうこりごりだといわんばかりです。看板の電気を落として今日は終わりです。

4時過ぎになっていました。外にでると空気がとても冷たい。後1ケ月で今年も終わりです。

12月は宴会等が多いので規定の営業時間外のことも多くなります。体調には気をつけないといけないのです。

和夫くんは自転車で帰り、私はタクシーを呼びました。静かな早朝でした。

それから数日後の夜のことです。

車会社の期間工の大場さんが来店されたのです。しかも、女帝の真紀さんと一緒です。

「今日はふたりなの」と聞くと、今日はデイトしているというから驚きましたね。

私の店で最初に出会った時から何か仲良く話していたので、もしかしたらとは思っていましたが。

「どこに行ったの、楽しそうだね」と少し嫌味っぽく聞いたら「ステーキ店に行ったのよ。とても美味しかったよ」と綾さんが一生懸命に話しかけてくるのです。今まで彼女のこんなに楽しそうな顔を見たことはありません。本当にリラックスしているのです。大場さんも彼女の笑顔を見ていて楽しそうです。

もしかしたらもしかする・・・という感じなのです。45才の男と39才の女に何があってもおかしくはありません。私としては私の店で出会った人には幸せになって欲しいものです。

いつもの真紀さんと違うので少し面食らってしまいましたが人の楽しそうな笑顔はまた人を幸せにするものです。店の中はほぼ満席になっています。他の客は常連さんが5名、新規客が3名です。

新規の客は和夫くんが対応していますので自然と私は常連さんの対応です。

その常連さんの中に美紀子さんという28才の女性がいるのですが、この女性が私の店のマドンナという立場なのです。色白で小柄なのですがとても人あたりのよい人です。自分で小さな雑貨店を経営しているのです。

常連の男性陣は彼女が店にいると楽しくなるようです。話し方もおだやかで相手の話も真剣に聞いてくれるので評判がいいのです。月に3回くらいしか来ませんが、みんなとすぐに仲良しになる不思議な人です。

どうやら母親と一緒に住んでいるということです。彼はいないということです。一度も男の人と一緒に来店されたことはありません。いつも、一人でやって来るのです。ちなみに、美紀子さんと前に書いた女神のめぐみさんとはとても仲良しです。マドンナと女神なのです。

美紀子さんはいつもカクテルだけを注文されます。それも同じものではなくて、毎回違う種類のカクテルなのです。

ちょっと笑い話になりますが、私もカクテルのレシピを全て覚えているわけではないのでたまに困ることもあります。それほどカクテルに精通している女性なのです。

美紀子さんは、2年ほど前から来店されています。地元出身ではないようですから友人と呼べる人は少ないと言っていましたね。唯一親友が女神のめぐみさんなのです。

二人は私の店で出会ってから仲良くなったのでした。

「マスター 車買おうと思うけど何がいい」と美紀子さんが質問してきました。私が車について詳しいということを知っているのです。「予算は・・・」と聞くと、100万円くらいの軽自動車がいいと言うのです。

月曜日というのは客の出足が遅いのですが今夜は5人の予約が入っています。

料理もお願いしたいとのことで、夕方には仕入れにいかないといけません。かくいう私も料理は作れるのです。

簡単な料理でいいということなので、オードブル的なものを考えています。

さて、月曜日の始まりです。予約の客はみんな初めての客なので楽しみです。

午後6時から仕込みを開始しました。和夫くんも料理は得意なのでいっしょに作っています。

8時からの予約で一人5000円という設定です。5人なので貸切にはできませんから一般の人も入られます。

今夜も何が起こるのかと楽しみと不安との繰り返しです。今日は平凡終わることを祈っています。

結局は裏切られるのですが・・・

8時少し過ぎに5人の予約客の来店です。どうやら近くの会社の仲間のようです。

カウンターにはオードブルをセットしていますのでお酒の注文だけです。

年のころなら40代でしょうか。一人は女性です。この女性が事件を起こしてくれたのでした。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」と5人をカウンターに誘いました。

今日は和夫くんに全面的にまかせようと思っています。和夫くんもノリノリで頑張りますと言っています。

本当に気のいいやつです。5人のお酒の注文は生ビールです。料理を含めて一人5000円で止めてくださいとのことですから、お酒は一人4000円として計算しています。生ビールなら6杯は飲めます。

5人のミニ宴会が始まりました。私は隅で和夫くんの様子を見ているだけにしておきます。

5人は会社の話でワイワイガヤガヤです。女性は年のころなら40才ぐらいでしょうか。気品のある感じです。

どうやらこの女性が上司のようなのです。他の男たちが課長と呼んでいます。女性課長なのでしょう。

お酒は次から次へと注文されています。和夫くんは汗だくで作っています。私は空いたグラスを洗ったりの片付け仕事に終始しています。どうやら、この女性は独身のようなのです。結婚がどうとかという話になっています。とても楽しそうな人たちでした。1時間が経過したころに、近くでスナックを経営している和美さんが来店です。月曜日が休みということで来られました。私は和美さんの対応です。「マスター 久しぶりだね」

と和美さん。「元気でしたか、店は順調ですか。何年たった」と聞いたのです。「もう3年よ。よくもっているよね」と苦笑しながらレモンビールを注文してきました。レモンビールというのはレモンの味がするビールです。このスナックは近所でも美人のホステスが多いと評判の店なのです。何度か客の付き合いで行ったことがあるのですが、とても感じのいい店です。ホステスは5人が交代で出ています。和美さんも34才になったそうです。いつも誰かいい人いないかなぁというのが口癖になっています。今日もマスターいい人いないと何度か連発しています。「ママくらいの器量なら男が寄ってきて大変なくせに」とすこしちゃかしながら顔をのぞきこんでみました。確かに可愛い感じの和美ママなのです。昔に一度結婚して離婚したと言っていました。

子供はいないそうです。「一度失敗しているから臆病になっているのよね」と和美ママ。

「それは仕方ないかもしれないよね。特に女性は慎重になる人が多いと思うよ」となぐさめのような変な会話になってしまいました。女性は2度目の結婚にはかなり慎重になると思います。男でもそういう気持になるのですから。私の場合は2度目は勢い以外のなにもありませんでした。でも続いているから不思議なものです。

そうこうしているうちに5人の客の4人の男性がどこか別の店に移るようです、多分女の子のいるスナック関係に行く雰囲気ですね。女性はまだ少し店に残ると話しています。ゆっくりと飲みたいのかもしれませんが、この女性がトラブルメーカーだったのです。お酒には強そうなのですが後半からはテキーラ一本やりになっています。目も落着きがないようでうつろになっています。4人の男性が帰られてすぐにこの女性が和夫くんと話始めました。「バーテンさんの名前教えてよ」さっきとはうって変わって女になっているのです。さっきは男性たちの上司ということできりっとしていたのですが全く別人のような感じです。

「菊池和夫といいます」と和夫くんが答えました。「和夫ちゃんね。若いけど何才なの、独身なの」と色々な質問攻撃です。しまいには彼女はいないのとか、どこに住んでいるのとかの個人情報保護法案に触れるような質問だらけなのです。これには私も和美ママも驚きましたね。「そうなんだ。私は慶子っていうのよ。これから慶子ちゃんでいいから呼んでね」これには和夫くんも何と答えていいのかどぎまぎしてしまったようです。

「慶子さんて呼ばせてください」と和夫くんがはっきりと言うと「そんな他人行儀な呼び方はいやよ、慶子ちゃんと呼びなさい」と命令口調なのです。そこで私が「いくらなんでもお客様にちゃんづけで呼ぶことは勘弁して下さいよ」と助け舟を出したのです。「だって私はどこに行っても慶子ちゃんなのよ、いいじゃない」と

一歩も譲る気持ちはありません。これには困りましたね。どうしたものかと考えて「慶子さんだけがお客様の時には慶子ちゃんと呼ばせていただきますのでいいですか」と諭すように話したら何とか納得してくれました。

和夫くんはありがというという目で私を見ています。何とか落着したのですが彼女は次次とテキーラを飲んでいます。完全に酔っ払い状態なのです。すでに10時を回っています。今日は昨日と違ってよい天気なので空には星と月が見えています。と、急に慶子さんが眠り始めたのです。これはまずい。

カウンターで眠られると大変なのです。それに女性ですから触って起こすことも問題があるのです。

以前、同じような女性客がいた時に起こそうとしたら「何触っているのよ」と凄い剣幕で怒られたことがありました。その時はちょうどいた常連の女の客にお願いして起こしてもらってタクシーまで運んだのでした。

今日はちょうど和美ママがいるので相談したら快くOKしてくれたので、和美ママが慶子さん慶子さんと何度も呼んで肩をゆすりながら起こそうとしたのですが全く起きる気配がないのです。このような時にはしばらく眠ってもらって15分くらいしてから起こすことがいいのですからしばらく眠らせることにしました。

40過ぎの女性がカウンターで寝ているのは、見ていていいものではありません。

客が入ってきたら変な店というレッテルを貼られるのですから。ほとほと困ってしまいました。

15分くらいして「もう、起こしたほうがいいでしょう」と和夫くん。

和美ママにお願いして少しきつく肩を叩いてもらったのです。そうすると半分目が開きました、なんとかなりそうです。「うーん 今何時」と慶子さん。10時半になりますよと答えるともうすこし眠らせてというとんでもない言葉。これから団体さんがお見えになるので帰ってもらえませんかと言ったのです。

帰ってもらうための口実です。

「いちゃ駄目なの 和夫ちゃん」と和夫くんを見てまだここにいたいの懇願しています。

「慶子さん かなり飲まれていますから明日のためにも早くお帰りになったほうがいいですよ」と和夫くんも強い口調で諭したのです。ちょうどその時にドアがカタンと開いて、3人の常連さんが来店です。

いいチャンスです。慶子さん客が来られたので清算させてもらいますよと強引に金額を提示しました。

「わかったわよ 払って帰るから」とバックから財布を取り出して開けたのですが財布の中から小銭がフロアーに散乱してしまったのです。やれやれまたやってくれました。

何とか慶子さんを店の外に送り出して落着しました。ストレスが溜まっているなと思いましたね。

女一人で生きるのも大変だなと思いましたね。余計なことかもしれませんが。帰り際に、和夫くんに「明後日 また来るからね」とウインクして帰っていったのです。

「いらっしゃい お待たせして」と3人の常連さんに席に座ってもらいました。

野中さんと鈴木さんと防水屋の高橋さんです。

「マスター 何かあったの」と野中さん、「たいしたことではないですよ ちょっと眠ってしまった客」と答えました。「あの人大丈夫なの、足がよろよろしていたよ」と高橋さん。私は大丈夫だと思いますよとしか答えようがありません。その慶子さんが明後日ではなくて2時間後に戻って来るとは誰も想像しませんでした。

その後お世話になった和美ママのお帰りです。11時過ぎになっていました。

バーには色々な客が来ますが、一番困るのは酔って寝てしまう人なのです。この対応には苦慮しますね、

みなさんも酔って寝ないようにして下さいね。本当に困るのですから。くれぐれもお願いしますね。

慶子台風が去ったあとは常連さんのなごやかな会話で楽しいひとときです。

野中さんは先月会社の出張で台湾に行ったそうで、その時の話が面白くみんなで聞いてしまいました。

台南のほうへ出張だったそうですが、女性がとても綺麗なことに驚いたようなのです。台湾には複数の民族がいて特に南のほうの部族は美人が多いということを聞いたことがあります。多分、その部族の人に会ったのかもしれません。独身の野中さんにとっては至極興味のあった世界だったのでしょう。