ずっとその話で盛り上がっていたのです。それからほどなく2人がお帰りになりました。
残っているのは、高橋さんだけになりました。高橋さんは自営業ということもあっていつも遅くまで飲む人です。明日も午後からの仕事ということで飲まれています。彼も今の本業の他に色々な事業に手を出しているようです。来年には株式会社を設立するということで本格的な事業展開を望んでいるようです。
とにかくお酒の好きな方で、いつも酔っ払って帰りますね。しかし、若いのに酒代だけで月に20万円は使っていると言っていました。たいへんな酒豪です。私と和夫くんと高橋さんとでお酒の話で盛り上がっていると突然ドアが開いて、例の慶子さんが再び来店です。
和夫くんは目がテンになってしまいました。
「どうしたのですか」と私が聞くと「一度家に帰って酔いをさましてきたのよ」と平然としています。
確かに、服装が違っています。「さっきは迷惑かけてごめんなさい。お詫びにみんなでこれ食べて」とコンビニのアイスクリームを差し出してきました。5個入っていましたね。
「いえいえ 気を使わないで下さい。明日早いのではないですか。無理しないで下さい」と言うと、「まだ大丈夫よ。もう少し飲みたいから」と言うのです。確かに先ほどとは違ってしっかりしています。どうやら、聞いてみると自宅はここからタクシーで15分くらいのところのようです。また、タクシーで来たようです。
「何か軽いカクテル頂戴」と言ってきましたのでマティーニを作りました。和夫くんはさきほどの件があるので高橋さんと一生懸命に話し込んでいるのがわかります。出来るだけ慶子さんとは目を合わせないようにしているのが面白くもありました。確かにさっきの会話では気持ちは引きますよね。
お酒を飲まないと静かな人なのにさっきの豹変ぶりというのは一体なんだったのだろうか。
「慶子さん、明日は仕事大丈夫ですか」とにかくさきほどの状態になってもらっては困るので、早く帰ったほうがいいよという気持ちから聞いてみた。
「そえねぇ 一杯だけ飲んで帰るわ」ということで私もほっとしたのである。
ほどなくタクシーを呼んでお帰りになられました。
和夫くんはとてもほっとした顔つきになっているのが手に取るように感じられたのです。
どちらにせよ、お酒を出す商売をしているから色々な客に出会うのは仕方のないことではあるが、飲み方というものがあるのであるから、楽しいお酒にしたいものである。
最近は、ストレスの溜まっている客が多いと思う。ストレスの溜まる時代なのであろうか。
客同士の会話においても、会社での嫌なことを話すことが多いのも事実である。
そのストレスを癒すことができたなら私も嬉しいし店を出している意味もあると思う。
ただ、酒は飲んでも飲まれてはいけません。以前にも経験しましたが、かなり酔っ払って帰られた客が途中で
転倒して救急車を呼ばれたという話を本人から聞いたこともあります。
みなさんも十分に注意してお酒を楽しんで下さいね。
後1時間で閉店の時間になります。
高橋さんは、和夫くんと談笑しながら楽しいお酒を飲んでいます。
今日は、これで終わると思ったのですが何が起こるかわからないのが飲食店でもあります。
「まだやってますか」と男女のカップルが入ってきました。
年のころなら30才代でしょうか。二人とも会社員ではなさそうです。この仕事をやっていると客がどういう素性なのかが多少はわかりますね。
「いらっしゃいませ。3時までです。お好きな席へどうぞ」と話しました。
「久保田さんに聞いてきたのだけど」と質問をしてきたのである。とっさに久保田さんと言われても誰なのかがわからず「久保田さんというお客様は3人いらっしゃるので」と困った顔をしたら、「ほら、ラーメン屋の」
あっ、たまに来られるラーメン屋のおやじであった。
結構、味がよいので行列もできる店の店主である。醤油とんこつのこってりした味が人気のようである。
月に2回くらい来られるラーメン屋の久保田さんのことである。「久保田さんとお知り合いなのですか」と聞くと、「ええ、家が近いのでよく行くんですよ」と連れの女性が答えてきた。夫婦なのだろうかと思ったが、どう見ても夫婦の雰囲気ではない。「ご注文は如何しましょうか」と聞くと、二人とも生ビールということで、和夫くんに作って出してもらったのである。
「久保田さんに聞いたら、ここのバーは静かに飲めるよということで来ました」と有り難い言葉である。
「有り難うございます。久保田さんにお会いしたら宜しくお伝え下さい」と私の気持ちを伝えました。
久保田さんも苦労人で、若いころは不動産の仕事をしていたということですが何やら倒産して解雇されたのをきっかけにラーメン屋を開くことにしたという話でした。1件目は1年ももたなくて閉店したということです。
それである有名店に修行にいって3年間経験を積んだと話していました。
その後、新規にラーメン屋を開店したということです。何事も簡単そうに見えても実情は違うものです。
バーも同じなのですが、たまに客からバーってお酒を出すだけだから簡単だよね。カクテルでもいくつか知っていたらいいのでしょう。僕もバーを出そうかなという気楽な客がいますが、カクテルでも最低100以上は作れないと商売にならないのです。それと接客です。これは一朝一夕に身につくものではありません。
私もバーを開店した当初は閑古鳥の鳴く日々でした。
そのラーメン屋の久保田さんも同じだと思います。色々と経験したからこそ今があると思っています。
ちょっと説教じみた言葉になりましたが・・・
閑話休題
二人の客は、久保田さんの家の近くに住んでいて、どうやら夫婦ではないということまで書きました。
客を詮索することはよくないのですが、二人とも紳士・淑女的な雰囲気があるので興味を持ったことは否めません。所詮、私も一人の人間ですから、他人のプライベートについては気になることもあります。
「今日はどこかからのお帰りですか」と、さりげなく聞くと「いえ、明日は会社が休みなので来ました」という返答です。それにしてもこんなに遅い時間でお酒も入っていないのです。私は家でゆっくりしていたのだろうと思いました。「そうですか、閉店は3時ですがゆっくりしていって下さいね」と言うと「はい、彼女は明日は仕事があるので閉店までいさせていただきます」と言うのです。
朝が早くない仕事なのだろうと思いました。後30分で閉店になります。
相変わらず防水屋の高橋さんは和夫くんと車の話で楽しそうです。
「この店の休みはいつですか」と突然男性のほうが聞いてきました。私が休みはありません。日曜日と木曜日は一人になりますがと答えると「それは有り難い。時間のある時には寄せてもらいます」という返答。
しかし、この二人には会話がないことに気づいたのです。普通カップルでくると話し込むケースが多いのですが、この二人は黙って飲んでいるだけなのです。はたから見ていると知らない人が横に並んで座っているような感じしかしないのです。まあ、こんな人もいるものだと思っていたのですが、女性のほうが男性になにやら話しかけています。小声なのではっきりとは聞こえませんが「あれ、どうするの。私も困るし親も煩いし・・」
というような内容です。「もう少し時間をかけるしかないよ」と男性。「・・・・それしかないの」と少し暗い顔の女性です。なにやらもめ事が二人の間にはあるようです。
と、突然「マスター マスターって呼んでいいのかな、マスターは結婚しているの」と聞いてきたのです。
「はい、もう高校生の子供がいます」と答えると「そうだよね。結婚しているよね」と何やらため息をついているのです。「ほら、私たちもね」と女性がすかさず男の顔を見ています。
ここで何となく分かってきたのですが、女性のほうが早く結婚したいのだということのようです。
しかし、そこに何か問題があるのだということのようです。親が・・・と言っていましたから。
それ以上は私としても踏み込めませんから何も言わずに黙っていたのです。
よくあるパターンということでしょうか。男性は、女性に向かってなにやらもう少しだから待ってて欲しいということを言っています。後日この二人に大きな問題があることになります。
それは後ほど書くとして閉店の時間になりました。今日も色々な客が来店されました。
和夫くんと二人で後片付けをしながら、「今日はお疲れさま。慶子さんには驚いたね」と笑いながら聞くと
「ええ どうしようかと思いましたよ。年上の女性には興味はないし。酔っぱらいの女性は嫌いです」と
もうこりごりだといわんばかりです。看板の電気を落として今日は終わりです。
4時過ぎになっていました。外にでると空気がとても冷たい。後1ケ月で今年も終わりです。
12月は宴会等が多いので規定の営業時間外のことも多くなります。体調には気をつけないといけないのです。
和夫くんは自転車で帰り、私はタクシーを呼びました。静かな早朝でした。
それから数日後の夜のことです。
車会社の期間工の大場さんが来店されたのです。しかも、女帝の真紀さんと一緒です。
「今日はふたりなの」と聞くと、今日はデイトしているというから驚きましたね。
私の店で最初に出会った時から何か仲良く話していたので、もしかしたらとは思っていましたが。
「どこに行ったの、楽しそうだね」と少し嫌味っぽく聞いたら「ステーキ店に行ったのよ。とても美味しかったよ」と綾さんが一生懸命に話しかけてくるのです。今まで彼女のこんなに楽しそうな顔を見たことはありません。本当にリラックスしているのです。大場さんも彼女の笑顔を見ていて楽しそうです。
もしかしたらもしかする・・・という感じなのです。45才の男と39才の女に何があってもおかしくはありません。私としては私の店で出会った人には幸せになって欲しいものです。
いつもの真紀さんと違うので少し面食らってしまいましたが人の楽しそうな笑顔はまた人を幸せにするものです。店の中はほぼ満席になっています。他の客は常連さんが5名、新規客が3名です。
新規の客は和夫くんが対応していますので自然と私は常連さんの対応です。
その常連さんの中に美紀子さんという28才の女性がいるのですが、この女性が私の店のマドンナという立場なのです。色白で小柄なのですがとても人あたりのよい人です。自分で小さな雑貨店を経営しているのです。
常連の男性陣は彼女が店にいると楽しくなるようです。話し方もおだやかで相手の話も真剣に聞いてくれるので評判がいいのです。月に3回くらいしか来ませんが、みんなとすぐに仲良しになる不思議な人です。
どうやら母親と一緒に住んでいるということです。彼はいないということです。一度も男の人と一緒に来店されたことはありません。いつも、一人でやって来るのです。ちなみに、美紀子さんと前に書いた女神のめぐみさんとはとても仲良しです。マドンナと女神なのです。
美紀子さんはいつもカクテルだけを注文されます。それも同じものではなくて、毎回違う種類のカクテルなのです。
ちょっと笑い話になりますが、私もカクテルのレシピを全て覚えているわけではないのでたまに困ることもあります。それほどカクテルに精通している女性なのです。
美紀子さんは、2年ほど前から来店されています。地元出身ではないようですから友人と呼べる人は少ないと言っていましたね。唯一親友が女神のめぐみさんなのです。
二人は私の店で出会ってから仲良くなったのでした。
「マスター 車買おうと思うけど何がいい」と美紀子さんが質問してきました。私が車について詳しいということを知っているのです。「予算は・・・」と聞くと、100万円くらいの軽自動車がいいと言うのです。