不格好経営

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我ながら絶妙な組み合わせの本を図書館から借りてきました。

 

DeNA創業者の南場智子さんのエッセイと、DeNAnoWELQ騒動に端を発するゴミキュレーターサイト問題に焦点を当てた本です。この2冊の発刊時期の間隔は4年。たった4年でこんなことになるなんて一体誰が予測できたでしょうか?だいたい2013年のDeNAの主な事業はまだモバイルゲームでしたからね。それから買収に買収を重ねて新事業としてキュレーションメディアを乱立させて大問題をやらかすんだから何から何まで爆速です。
ということで、とりあえず不格好経営から読んでみました。
 
本書はDeNA創業者の南場さんの所謂「社長本」なのですが、そのタイトルどおり成功話を列記するような内容ではありません。南場さんも「なにもそこまでフルコースで全部やらかさなくても、と思うような失敗の連続」と文中で書いているとおり、ありとあらゆる種類の失敗がてんこ盛りにつまっています。まあ前述のWELQ騒動は歴代のDeNAのやらかしの中でも最大級になるかとは思うのですが。
しかし本書を一読して思うのは南場さんの文章の面白さです。普通だったら壮絶過ぎるエピソードも南場さんの軽妙な文章で読めてしまうので重くなりません。南場さんには東京にいたころに一回だけお会いしたことがあり、また講演も何度か聞いたことがあるのですが、あの方はお喋りも面白くて、聞くたびに「軽妙洒脱とはまさにこのこと」と思っていました。本書にはプロ野球参入の際に楽天からケチが付き、それでナベツネが難色を示した際に南場さんが直接彼と面談して一気に打ち解けたエピソードも書かれているのですが、きっと南場さんには軽妙洒脱な言葉使いで人とすぐに仲良くなれる「人たらし」の才もあるんじゃないかと思います。
 
南場さんは亭主関白で男尊女卑の家庭で育ち、そこから逃げ出す形で津田塾大に進学しマッキンゼーの経営コンサルタントになり、さらにハーバードに留学してMBAを取得。それからまたマッキンゼーに戻り、日本人女性として歴代3人目の女性役員(マッキンゼー社内では”パートナー”)になります。これだけ見ると華々しい経歴に見えますが、この生い立ちで南場さんのあるパターンが見えてきます。それは「逃避が新たなスタートとなる」ということ。南場さんは厳格な父から逃れるために勉強して津田塾大へ行き、さらに父から完全に逃避するために在学中に1年アメリカへ留学します。津田塾大に入るのも留学するのも普通の人にとっては非常に難しいことなのに、南場さんのとってはそれが「逃げ」になる。そして新潟に戻ることから逃げるためにマッキンゼーに新卒入社し、今度はマッキンゼーの仕事がきつくてそこから逃げるためにハーバード大へ行きMBAを取得する…ハーバード留学でMBA取得が逃避になるって一体どんな修羅な人生を歩んできたんだよ!という感じですが、ある意味「最低最悪」な状態から人生をスタートするのは上昇志向の人生を生きるなら案外アリなのでは?という気になってきます。

そんな南場さんは、仕事上ある人に言われた「それなら自分でやれば?」という一言をきかっけに突然起業という「熱病」にかかってしまいます。結局経営コンサルタントはアドバイスをすることしかできず、自分自身がプレイヤーになれない職業なんですよね。というわけで1999年にDeNAを創業するわけですが、最初のスタッフ集めがこれまた面白い。

 

「社長失格」は、90年代末期~2000年代初期には珍しく、成功話を列記した社長本ではなく徹頭徹尾会社が爆発四散する様を描いた壮絶な”失敗”社長本なのですが、それをこれから会社を始めるというときにスタッフの勧誘に使うというのも凄い話です。

 

社長失格 社長失格
1,728円
Amazon

 

ところがこれが功を奏し、優秀な人材が集まってしまうのだから不思議な話です。これを読んでベンチャー企業への入社に心が躍ってる時点で相当な人物ですけどね。

 

あと相当な人物といえば、南場さんの夫である紺屋勝成さん(USEN取締役・2016年没)の凄さと面白さもちょいちょい差し込まれます。

 

寝起きでいきなりこれが言えるって。

 

なのにビア樽のように転がる。

 

で、DeNAの最初のサービスであるネットオークションサービス「ビッダーズ」はシステム開発詐欺(開発会社がさも開発しているように見せかけて実は全くしていなかった)に遭いながらも急遽天才エンジニアを獲得して自力で開発し、ようやくリリースしたときの社内の様子がこれ。

 

守安CEO若い!この写真を見てからWELQ騒動を振り返ると、もう「どうしてこうなった」という言葉しか出てきません。

 

DeNAはマッキンゼー時代の南場さんがクライアントに「今ネットオークションを日本でやったらウケる」と言ったら「じゃあ自分でやれば?」と返されたのがきっかけで出来た会社ですが、結局様々なトラブルによりヤフオクに先を越されてしまうのですが、ある日珍事が起こります。これは私もよく覚えているのですが…

 

ヤフオクの広告営業の成績が悪いことに目を付け、なんとライバルであるヤフオクにビッダーズのバナー広告を出稿。しかもすべてのスペースに。

 

本書は南場さんのエッセイではあるのですが、DeNAの歴史を辿ることはちょうど日本のインターネットビジネス、ひいてはモバイルビジネスの歴史を辿ることでもあり、もうエピソードの一つ一つが懐かしくて仕方がありません。

 

そして、読んでいくうちに「あれ?これって今もそんなに変わらないんじゃ?」と思う箇所も多数出てきます。私的に一番印象に残ったのは、DeNAがPC向けサービスからモバイル向けビジネスに大きく舵を切るきっかけとなった「モバイル専用オークションサイト」の立ち上げです。

 

PC上のやり取りよりもモバイル上のやり取りの方が爆速かつ頻繁で、オークションの出品者と購入希望者が問合せとその回答を超えてコミュニケーションを楽しみ、結果オークションサイトがSNS的役割も果たすようになる…これは現在の「メルカリ」と同様です。メルカリの場合はさらに分刻み、秒刻みのやり取りとなりさらに爆速っぷりか加速しているのですが、プラットフォームが変わればユーザーのスピード感も変わり、それにより金が動くスピードも速くなるというのはいつの時代も変わらないITサービスの法則なのでしょう。それにいち早く気付いて参入した者が次の勝者となる…。ヤフオクもそれに早く気づけばメルカリに先を越されることはなかっただろうに…。

 

こうしてDeNAはモバイルファーストにシフトし、現在のMobageの礎となるモバイル専用ゲームポータルSNS「モバゲータウン」をオープンします。モバゲータウンはゲームを軸とした交流とアバターの着せ替えが楽しめるSNSでしたが、今度はSNSというサービスの特性上、出会い系の問題が出てきました。

 

ここから、カスタマーサポートに於いてユーザーからの問い合わせに対応するだけでなく、24時間365日体制でユーザーの書き込みやメッセージのやりとりを「監視」する業務が生まれます。DeNAでは南場さんの出身地にちなみ、その支社をまず新潟に開設しました。今見るとこのオフィスはちょっと作業者の席の間隔がつまり過ぎのように感じますけどね。

 

そんなモバゲータウンはスマホ時代の到来に伴い名称をMobageに改称し、主戦場をスマホに移すことを決定。2009年~2010年頃の超円高の波に乗り海外企業を買収して本格的なグローバル展開を始めます。ところが守安さんは当時英語ができず、買収先の米企業の代表に送ったメールがこれ。

 

とてもひどい。

 

ちなみにこの米企業の代表はその後DeNA 北米支社を離れてまた新たな自分のゲーム会社を立ち上げるのですが、DeNAの雰囲気が嫌になっての決断かどうかは定かではありません。

 

本書で紹介されているDeNAの歴史は2011年までのもので、その後の同社の事業については触れられていません。一方、2011年といえば、紺屋勝成さんが癌になり、その看病のため南場さんがCEOを退任したことが話題になりました。

 

南場さんは夫の看病のためにCEOを辞任したことを「多くの人に迷惑をかけた」と書いていますが、もしこの理由でうんぬんかんぬん文句を言う奴がいたらそいつは間違いなくクソです。なんら負い目や引け目を感じることはないし、むしろその判断は人間として正常であり称賛されてもいいくらいだと思います。逆に、もしこの時南場さんが仕事を最優先する判断をしていたら、日本ではよくても海外では非難されていたでしょう。

 

もうこういうエピソードがある時点で、日本がいかに異常な社会であるかが分かるってもんです。

 

この山あり谷ありどころではない南場さんの人生およびDeNAの歩みを振り返り、そして現在のDeNAを取り巻く状況を見ると、本当になんでこんなに波乱万丈になってしまうのか?なぜ起業家という人間はこんな困難な道をあえて選ぶのか?と不思議になる人は多いでしょう。しかしそれでも心が躍ってしまう、「自分もやりたい!」と思ってしまうのが、起業家および彼らやスタートアップに関わることを好む人間の「業」です。軽妙洒脱な文章の中に、そんなどうしようもない「業」が見え隠れする。本書はそのギャップもまた面白い本です。

さてこれを踏まえて「DeNAと万引きメディアの大罪」を読むと一体どうなってしまうのでしょうか。