ITとゲームとメタル

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下書き置き場


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本日、仙台市経済局と協同組合仙台卸商センターによる協働事業「とうほくあきんどでざいん塾」のクリエイター支援事業の一環として仙台市若林区卸町に作られたクリエイター向けのシェアスタジオ「スタジオ開墾」のお披露目会に行ってきました。

この施設は平たく言うならば「シェアオフィス&コワーキングスペースのアーティスト向け版」といったところ。シェアオフィスやコワーキングスペースは、ラップトップや紙資料を広げられるテーブル、および電源とWiFiが十分にあればなんとかなりますが、作品制作をするアーティストにはある程度のスペースも必要です。あと様々なツールと材料を使用するので、それらを思いっきり広げ、汚れ仕事もできるような場所…と考えると、普通の住居用のアパートやマンションでは正直手狭です。大学に行っている学生なら校舎で作業できるかもしれませんが、じゃあ卒業した後はどうするのか?一端のアーティストになるまで、作業する場所をどう確保したらいいのか?と考えると、逆に今までこのような施設がなかった方が不思議なくらいです。もっと日本全国各地にあってもいいようなものなのに。

 

 

「スタジオ開墾」は、もともと紙問屋の倉庫だったところをリノベーションした施設で、倉庫として使用されなくなった後は「ハトの家」というイベント施設として不定期に利用されていたとか。それがついに常設の施設となったわけです。外観は倉庫だった時のままですが、こうしてアーティスト向け施設となった後は、もしかしたらもっとクリエイティブな感じに変わっていくのかもしれません。

 

本日のお披露目会では、計画に関わった美術関係者やアーティストによるパネルトークや作品展示会も行われました。基本的にここは作業をする場所ですが、作品展示スペースを設けて展覧会などのイベントも開催していくとのことで、さらに今後もカフェやショップスペースを作っていくとのこと。当初の予定では2018年11月オープン予定だったのが今月までずれ込んだそうなので、まだ未完成の部分もいくつかあるみたいです。でも逆に「これからどう変化していくのか?」を観察する楽しみがあり、これはこれで良いと思いますけどね。

 

近いうちにちゃんとしたレポート記事をvsmediaにUPする予定ですが、とりあえずここには撮影した写真を全部貼っておくことにします。

 

 

 

 

カフェスペースはまだありませんが、本日はおでんが無料でふるまわれました。Facebookのイベントページに「軽食」とあったのでてっきりパーティによくある感じの軽食をイメージしていたのですが、まさかおでんが出てくるとは。冬

 

 

 

 

「現代美術の展覧会の会場に清掃員がゴミを置いておいたら、来場者がそれも作品だと勘違いし写真を撮っていた」というエピソードを彷彿とさせる一角です。これ絶対直前までだれか昼寝してただろ!

 

 

シェアオフィス&コワーキングスペースの定番である書籍コーナーももちろんあり。こういう場所なのでランナップや写真集や画集、展覧会の図録、漫画といったもので最高オブ最高です。

 

DJ卓もあり!展覧会のオープニングパーティまでできてしまいます。

 

 

元倉庫だけあって天井高は6m!なのでこんな大きな現代美術作品も作ったり展示したりできます。

 

貰ったパンフレットに寄れば、期間で固定したスペースを借りるだけでなく、3時間~1日のスポットでも借りられるらしいので(コワーキングスペースのドロップインみたいな)、もし大きな造形物を作ることがあったら私も利用してみたいと思います。利用したらそのレポートをvsmediaにも書けるし。


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本日、道を歩いていて偶然最高過ぎるお店を見つけてしまいました。こういう出会いがあるから、いつも同じ道ばかり歩くのではなく、たまには違うルートを歩かなければと思いますね。

 

「古本屋+カフェ」

このお店の前を通りかかった時、一目で「ここはすごい店だ」と直感しました。理由はこの看板のオブジェです。

 

もうこれだけで100点満点中1満点です。この金属片を溶接したジオラマ風の看板!経年により浮いた赤錆!店名である「火星の庭」の影が土台に落ちるこのデザイン!最高という言葉しか出てきません。ジオラマ仕立てなんだからなめこ写真も撮ればよかったと今思っています。

 

そして店内に入ったら10満点です。古本のラインナップは、芸術、歴史、哲学、思想、映画、演劇、音楽、その他アート性の高い絵本、地方のミニコミ誌などで、さらには台湾の同人誌(腐った薄い本ではない自費出版本という意味)なんかもありました。これはもう完全にお店の人独自の伝手ですよね?台湾のクリエイターの同人誌なんて、東京の文学フリマや同人誌即売会に行っても出会えるかどうか。夏コミ、冬コミやデザフェスくらい大きなイベントに行けばあるかもしれませんが、そういう激レアな本と地方の小規模な店で出合えるというこの奇跡。

 

このブックカバーも台湾のクリエイターの方が作ったものですが、敢えて日本語でプリントしているのがいいですね。

 

で、私が購入した本はこちら。

 

エドガー・アラン・ポーの小説の挿絵だけを集めた画集&解説本です。出版から30年以上が経過した本なんですが、別にプレミア価格にもなっておらず1000円ポッキリという大変良心的なお値段で購入できました。で、会計時にくじを引けるというので引いたらなんと当たりで古本一割引券GET!偶然見つけたお店に思いつきで入ったらエドガー・アラン・ポー作品の挿絵画集を1000円でGETできて、しかも割引券まで当たるなんて、我ながら正月早々“持って”ます。

 

 

んふんふ(なお、先の看板にもある通りカフェも併設されていたのでカレーとコーヒーをご馳走になりました。ブックカフェの魅力って、その場で買った本をその場ですぐ読めるということに尽きます。このご時世、敢えて実店舗で本を買う時なんて「すげえ面白そうな本を買った!家に帰るまで待てない!今すぐここで読みたい!家まで帰る10分すら惜しい!」という精神状態なので、それがすぐにできるのは本当にありがたいことです。)

 

せっかく割引券をもらったことだし、近日中に絶対また行きたいと思います。

 

 

 

 


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今年は新年早々映画鑑賞をキメました。というのも、月の始まりと曜日がいい感じに重なって、1100円で観られる映画館の割引デーにドンピシャではまったからです。で、2本目に観た映画はこちら。「ボヘミアン・ラプソディ」です。

 

本作はもう説明するまでもないでしょう。QUEENの伝説的ヴォーカリストであるフレディ・マーキュリーの伝記映画です。

 

伝記映画とは難しいもので、特に誰もが知っている有名人の生涯を映画化するのは大変です。だってみんな知っているから。周知の事実を映像化したところで面白くも何ともありません。では、そんな「誰でも知っている人」をネタに面白い映画にするにはどうすればいいのか?…となったら、もう構成で魅せるしかないわけです。

本作は「事実と違う」「時系列がおかしい」などといった批判が多数出ているそうですが、映画とは事実の再現VTRではありません。多少事実と異なった内容や演出があっても、それらによってその人の「本質」が描かれており、それにみんなが気付き、感動し、何かを考えたりすればOKではないでしょうか?

 

本作を観て真っ先に私の頭に浮かんだのは、使い古された言葉ではありますが「艱難汝を玉にす」でした。本作のタイトル「ボヘミアン・ラプソディ」は勿論QUEENの楽曲のタイトルでもあるのですが、直訳すると「放浪者の狂詩曲」。放浪者とは誰のことか?何を意味するのか?と考えると、QUEENの名曲の数々は彼らの人生、特にフレディ・マーキュリーの人生とリンクしており、彼ら自身の苦悩の中から生まれたことが分かります。

 

本作はヒット曲「Somebody To Love」で幕を開けます。

 

 

この曲の冒頭の歌詞は

 

Can anybody find me somebody to love? 

誰か俺を愛せる人を見つけてくれないか

 

もう誰かに「自分を愛してくれ」と頼んでさえいない、神か何か人智を越えた存在に「見つけてくれ」と祈っている。ただ曲を聴いているだけではなかなか気づけませんが、これをフレディ本人の人生を振り返りながら聴くと、その絶望的なまでの孤独さがグサグサ刺さってくるのです。

そこからシーンは一転、ヒースロー空港で荷物搬入のバイトをしている、まだ何者でもなかった頃のフレディの姿へと移ります。彼は職場では同僚に「パキ」(南インド系、特にパキスタン系の人を侮辱する差別語)と蔑まれ、家に帰っても厳格なゾロアスター教徒の父と相容れず、遊びに行ったライブハウスでも南インド系の容姿(と出っ歯)から白眼視され、どこに行っても居場所がない。後にフレディはゲイでエイズで亡くなったことで知られますが、性的指向云々の前に人種と容姿で差別されます。そんな四面楚歌状態の彼がQUEENに加入して一発目のライブで歌うのが「Keep Yourself Alive」。

 

 

Well I sold a million mirrors
In a shopping alley way

But I never saw my face

In any window any day

Now they say your folks are telling you

Be a super star

 

俺は路地裏の店で何百万もの鏡を売ってきた

でも俺は自分の顔を見ることができなかった

いつも、どの窓に映る顔も

今、お前の身内たちがお前に言う
スーパースターになれと

 

実際にこの曲を作ったのはギタリストのブライアン・メイだし、そこの当時のQUEENがこれをライブで演奏していたかどうかは分かりませんが、本作の、フレディ・マーキュリーという人間の「本質」を描くのにこれほどピッタリなシーンはないでしょう。たとえ事実と違っていても、このタイミングと選曲で”つかみはOK”です。

 

その後、劇中には「Misfits(不適合)」「Belong(所属する)」「Famiry(家族)」という単語が度々出てくるようになりますが、これこそが本作を最も端的に表した言葉です。大学のドサ周りも含め着実に実績を重ね、アルバムを自主制作したQUEENは遂にメジャーレーベルとの契約を獲得するのですが、その際レーベルの担当者に「居場所のない人々のためのバンドになる」と、まるで”宣言”のような発言をします。そしてなんとなく、自分の居場所を見つけられず孤独な思いをしているのはフレディだけでなく、他のQUEENのメンバーや、後にフレディに悪い影響を及ぼすスタッフのポール・プレンターまでもが皆同様で、QUEENというバンドそのものが居場所のない連中の「疑似家族」だったことが見えてきます。だいたい自分の現状に満足していたら、ブライアン・メイは大学卒業後にそのまま天文学者になっていただろうし、ロジャー・テイラーは歯医者になっていただろうし、ジョン・ディーコンは電気技師になっていたでしょう。でもそうせずにわざわざ楽器を持ってバンドマンなんて面倒で不安定な活動をしていたのは、やはり現状に「何か違う」と違和感を持っていたから。言うなればQUEENに集まってきた皆が皆「放浪者(ボヘミアン)」です。

 

さらにフレディの前に運命を変えるキーマン「メアリー」が現れます。彼女は南インド系の容姿を持つフレディを差別せず、彼が女性ものの服に興味を示しても何も言わず、むしろ「あなたはエキゾチックな魅力を持っている。もっとチャレンジしなくちゃ」と励まして化粧まで施し、彼をエンターテイナーとして開眼させ、やがて彼がゲイであることを看破し恋人関係を解消してもなお生涯の親友として支え続けます。

私は彼女を見て、不意にサルバドール・ダリとその妻ガラを思い出しました。

 

 

ダリはガラと出会う前からシュールレアリズム画家として知られていましたが、ガラとの出会いによって才能が爆発し、真の天才として開眼します。不思議なことに、どの時代、どの分野にも世界を変えるべく選ばれるキーマンがいて、その人をキーマンに変えるキーマンもまた絶妙なタイミングで現れるものです。ダリにとってそれがガラだったように、フレディにとってはメアリーだったのでしょう。後にダリはガラを聖母マリアの姿に似せて作品を描くようになりますが、偶然にもメアリーという名前は「マリア」の英語読み。もう運命の見えざる手が関与したとしか思えません。フレディにとって、QUEENが疑似家族ならばメアリーは母、それも聖母マリアに等しい存在だったのではないでしょうか。

 

メアリーはフレディとの恋人関係を解消した後も彼の家の近所に住み親友として付き合いを続けますが、それでもフレディは寂しくて仕方がありません。彼は心ではメアリーを愛していても、体は男を求めてしまう、その心と体の乖離と孤独を埋めるためにパーティ三昧の乱痴気騒ぎを繰り返し、それが要因でバンド内に軋轢を生み、遂にポール・プレンターにそそのかされる形で高額な契約金のもとソロ活動を開始するという、疑似家族としてのQUEENから”家出”をするような行動に出ます。実際はフレディはバンドを脱退したわけでもないし、ソロ活動と並行してバンド活動も継続しツアーもやっていたそうなので、劇中のような「袂を分かつ」状態ではなかったかもしれません。でも、フレディが当時のゲイ・シーンの隆盛からドイツに別荘を買って長期滞在し、ソロ活動に費やす時間を増やしていたのは事実なので、やはり他のメンバーは「俺たちを置いていった」と少なからず思っていたのではないしょうか。

 

やがてフレディは孤独を埋めるための度重なる乱痴気騒ぎが災いしエイズに感染するのですが、皮肉なことに乱痴気騒ぎをしていたおかげで生涯最期の恋人であるジム・ハットンと出会います。実際は劇中のようなドラマチックな出会いではなく、たまたま行ったゲイバーでフレディがジムをナンパしたというよくある話だったらしいのですが、これもまた「本質」を描くための脚色でしょう。

 

実際の出会いについてはジム・ハットンの手記に書いてあります。

 

乱痴気騒ぎはフレディの寿命を縮めることになりましたが、それをしていたからこそ晩年を共に平穏に過ごし、最期を看取ってくれる大事な人に出会うことができた…禍福は糾える縄の如し、つくづく人生は皮肉にできています。そして、フレディが孤独に苦しめば苦しむほど、もがけばもがくほど曲ができて、パフォーマンスに磨きがかかる。その集大成が1985年の「ライブエイド」出演です。

 

 

実際はライブエイド出演後にエイズに感染していることが分かったそうですが、どの時点で分かったかなんて本人たちのみぞ知ること、真相は誰にも分かりません。ただ、今改めてライブエイドのセットリストを見ると、もうどう考えてもフレディが自分の死期を悟っていたとしか思えないのです。ただでさえ当時は「エイズはゲイの癌」と呼ばれ、薬もまだ乏しく、公然と差別され、感染者の多くがすぐに発病し亡くなっていました。そんな時代、彼が「いずれ自分も…」と考えていたとしても不自然ではありません。あと、「ボヘミアン・ラプソディ」を途中で切り上げて「RADIO GAGA」に移るところなんかも、同曲がかつてどういう扱いを受けたかを劇中で知ると完全に皮肉にしか見えないし、その後に続く「Hammer To Fall」なんかはド直球でメメント・モリな歌詞だし、全ての曲がフレディの人生にリンクしているように思えてきます。まさに完璧な構成、構成の勝利。おまけにエンドロールで流れるのは「Don't Stop Me Now」と「The Show Must Go On」。完璧です。最初から最後の最後まで完璧過ぎます。

 

おそらく、アーティストにとって孤独と苦悩は栄養みたいなものなのでしょう。それに真正面からぶつかり、もがき苦しみ、それにより何かを作り続けた者だけが常人には到達できない領域に達し、伝説になれる。そもそも先祖がイスラム教徒に迫害されてペルシャからインドに逃れたゾロアスター教徒で、さらにインドからタンザニアのザンジバルに移住し、イギリスに移住したインド人家庭の子供でゲイって、こんなにボヘミアンな人生はありません。先の「Somebody To Love」の歌詞の中に

 

Lord, what you're doing to me

I have spent all my years in believing you

But I just can't get no relief, Lord

 

神よ、あなたは一体私になんてことをしてくれたのか

私はこれまであなたを信じて生きてきたのに

全然救われないじゃないか、神よ

 

という一節がありますが、本当にその通りです。

 

ちなみに私はこれをシネコンのTOHOシネマズで観たのですが、隣のフロアでレディ・ガガ主演の「アリー/スター誕生」が上映されていました。実はレディ・ガガはQUEENの大ファンで、「女版フレディ・マーキュリーになる」という志のもと「RADIO GAGA」にちなんだ芸名「レディ・ガガ」を名乗るようになったとのこと。こうしたエピソードを持つアーティストが出演する映画が隣で上演されているのにも不思議な因縁を感じました。

 

 

 

 

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